カイが云うには「学校や仕事場で見せている他人行儀の顔って不意に家族に見られると恥ずかしいよね」
最終話。一年かかりました……それもこれも論文が………くっころっっっ!
「学校や仕事場で見せている余所行きの顔を、不意に家族に見られると恥ずかしいやつだ」
カイの発言に、そこに居た全員が、「いや、そういうことじゃない」と心の中で突っ込んだ。
状況を整理すると、まず初めに、悪の組織チアシードのマッドサイエンティストとしてタクトの命を狙って現れたカイの父親のタイツ仮面変態研究員男こと、サタオ・シーサー。今は仮面を脱いでいる。目元がカイに似ているようだ。
タクトとその幼馴染のハナがピンチに陥ったときに、偶然居合わせてしまったカイ・エトランジェ。タクトの非日常に思いがけず迷い込んでしまった。ちなみに、父サタオ・シーサーは人避けにゾーンを展開していたのだが、ゾーンの設定が甘くて血縁であるカイが入れてしまったことが発端であることは、父の胸の中に仕舞われた。
次に、タクトを軍団に引き入れるために、痴女たちと共に現れたカイの母親の宇宙ハーレム軍団の総長若作りのシャーシンこと、シイシャ・エトランジェ。ハレンチな服装の上から、今はカイの上着を羽織っている。
この親子三者は思わぬところで感動的な再会を果たしてしまったために、気まずげな顔をしている。その三人の様子はどこか似ていて血の繋がりを感じさせる。
とりあえずの処置として、父サタオはマッドな実験によって生み出したシードちゃんという娘同然に可愛がっていたバケモノを基地に帰した。母シイシャはUFOごと痴女たちに宇宙の社宅に帰ってもらった。気絶したままのタマサキは応急処置をハナがした後、そのまま地面に寝かせている。
どこからともなく、タクトが持ち出してきた円卓を囲むように椅子を配置し、父サタオ、母シイシャ、息子カイを座らせた。タクトとハナはその近くでベンチに座って様子を見守る。
「まず……」
カイが切り出そうとして続かない。そこで、母が口を開いた。
「まず私に説明をさせてほしい」
力強い声であった。これで視線があっちこっちに泳ぎまくっていなければ完璧に装えていた。
「あれは、仕事。そう、お仕事なの。決して、私が痴女であるというわけではない。好きであの恰好をしているわけではない。あれは仕事着……そう、制服なのよ。しかたなく、お仕事として、悪趣味な制服を着て、上司に命令されたことをやっているだけ」
「ハーレムって?」
「え、ええとね、その。この宇宙にはたくさんの傷ついた女性がいるの。その女性たちを保護しているのが宇宙ハーレム団体の根本なの。看板を装っているのよ。私は魔術学が得意だから保護の実行リーダーとして矢面に立たせられているの」
はあ、なるほどなあ。でも痴女の恰好をするのはなぜなのだろうか。と他の四人は思った。
「少々ハレンチな制服なのは、自信を失った女性たちに勇気と自信を取り戻してもらいたいって上の意向なの。はあ、最近は上司の好みドンピシャだったタクトを一員に引き入れる業務が増えてしまってね。あ、決して私個人の感情ではないわ。もちろん、その業務の傍ら、女性たちの保護も行っている」
「それを聞いて安心した。妻が浮気しているのかと思って心が死にそうになったからな」
サタオが震えた声でそう言ったら、シイシャはムッとして、
「私、あなたのことを夫と思ったこと、ありません」
と、言い放った。
サタオは撃沈した。
「正直、タクトがカイくんの知り合いだなんて、想定もしていなかったわ。仕事のことも今まで黙っていてごめんなさい、カイくん。こんな母親、見たくなかったでしょう。それにこの仕事は恨まれることも多いから、余計に話せなかった。家に結界を張っておくのが精いっぱいだった。ごめんなさい」
そう言って、シイシャは息子であるカイに頭を下げた。
「いいよ。母さん。頭を上げて。俺は母さんが外で誇らしい大変な仕事を一生懸命にしていたってことだけを、覚えておくよ。それよりも、俺は母さんとひさしぶりに話せて、良かった」
カイくん! 母さん! と母子は感動的にお互いの手を握り合う。
「あー、あの変な美女たちの謎が解けたな」
「そうね、深い意味も浅い意味も、あの痴女たちにあったなんて」
「あー感動的だな」
「ええ感動的ね」
と、タクトとハナは感想を言い合っていた。
母と子の、そんな長年の無言の愛情の確かめ合いに、おずおずと混ざろうとする者がいた。
行方不明であった父だ。
「なによ、あんた私の息子に、汚い手で触らないでちょうだい」
母はねめつける。
「なあ、俺の……本当の父さん……なんだよな」
母に視線で問う。
「……ええ、悔しいことに、この変態はカイくんと血が繋がっているわ」
悔しいことに。と、二度言った。
「いやあ、僕の知らない間に、俺にこーんなかわいい息子たんがいたなんて、知らなかったなあ」
暢気にサタオが言うと、シイシャが不機嫌になる。
「妊娠したことがわかる前に、あんたが勝手に失踪したから。急に連絡も取れなくなって」
「ああ、それで女性保護の団体に?」
「いいえ、それは新卒で入ったからあんたと付き合う前からよ」
そ、そうなんだ。それはそれでどうなんだと思わなくもない。
「父さんは、なぜ悪の組織に?」
「ああ、僕は元から研究機関に勤めていてだな。でもそこが予算不足で、満足に研究ができなかった。そのときにチアシードっていう組織が僕を引き抜いてくれたんだ。予算もあって給料もいい。そしてなんと衣食住すべてを用意してくれるっていうからな。……好条件の引き抜きに舞い上がって、シイシャに一言も告げずに、組織に言われるがまま引っ越してしまったんだ。子ができているとは思いもしなかった、すまなかった」
父は首を垂れる。
母も父も、表立って誇れない仕事場であったが、
「悪気はなかったんだな……」
「そう、ね……」
「仕事だからな……」
しんみりとしたところで、――ドーーン!!
「おわっ!」
「何?」
「なんだ?」
轟音が響いた。
咄嗟に頭を伏せる。カイの頭を抱き込むようにシイシャが覆いかぶさる。
「何が起こったんだ?」
土煙が薄まってから、見えた人影は、
「タマサキ・ピンクハート?!」
五人から離れた場所に寝ていたはずのタマサキが、ゆらゆらと近づいてくる。
「ふっはっはっは! 我は魔王サタターンだ! タクト・ベデュグよ、我はこのときを待ちわびたぞ。1年前、お主と死闘を繰り広げ封印されてしまった我だが、ようやく復活をとげたのだ。ふっはっはっはっは!」
「お、お前は、世界を滅亡させようとした巨悪の魔王サタターン! タマサキさんの体に憑依したのか?! どうやって復活したんだ?」
「ふ、まだまだ若いな、救世主タクトよ。一年前、お主のかけた封印魔術など、我が元の力を蓄え直せば、簡単に解けるシロモノだったのじゃ」
ハナが何かに気がつく。
「タクト! そいつは封印から解かれたと言っても、本来の姿を取り戻すほど余力があるわけではないようよ! タマサキさんに憑りつくしかなかったの。そう、あの魔術抵抗の低すぎるタマサキさんにしか!!」
何気に、タマサキ・ピンクハートの弱点まで晒されてしまった。かわいそう。
「そうか、それなら今度はもっと強力な魔王封じをするまでだ! 覚悟しろ!」
「覚悟するのは、どちらかな? ふっはっはっは! 以前の我と同じと思うなよ」
魔王サタターンは、禍々しい魔素の塊を展開する。
「こ、この力は……」
「とても単純で純粋な力だけど、その分威力が桁違いね」
カイの母親シイシャがそう分析する。
「どうにかして止めないと、軽く地球が吹っ飛ぶぞ」
カイの父親サタオが言う。
「そうね、地球は吹っ飛ぶけれども、私とカイの家だけは無事なくらいね」
「「「「え?」」」」
母さん? うちの一般的な一軒家が無事とはどういうことだ。
「カイが生まれてから家には守護系・結界系の魔術をざっと10000はかけてあるわ。たとえ地球がどうなったとしても、帰る家が絶対に壊れないのは安心ね」
「え、シイシャさん、それは……家にいるときは常に10000の魔術の地場を受け続けるということですか?! カイ! お前、体はなんともないか? 一万なんてそんな量の魔術がかかった場所に、ふつうの人間なら一秒たりともいられるはずはないぞ」
「ん? この通り大丈夫だが? ああでも、家に入ると重力がおかしくなって酸素が薄くなる気がするのって……」
「魔術の影響だ」
タクトが答える。
「明かりをつけても暗く感じたのって……」
「魔術の影響だな」
サタオは答える。
「思考が微睡むのって……」
「魔術の影響だと思う」
ハナが答える。
「深海にいるみたいに感じるのって……」
「私の……魔術の……影響らしいわね……」
母シイシャが答える。
なんてことだ……。
あれは母さんの愛の重みだったのか……そうとは知らず、毎日よくぼんやりとしていられたな。
「ごめんなさい。思い至らなかったわ。私自身は魔力の守護膜を張っているから感じられなかった。でも幸いなことに、生まれたときから慣らされていたのね。カイは魔術抵抗力が桁外れに育ったから、無事だったのね」
全部、全部、理由があったのだ。なるほど、知らぬ間に母さんに鍛えられていたのか。これも愛……なのか?
「カイだけは、ふつうだと思っていたのに、ハハ……オレと同じ規格外だったってことか……」
目を伏せたタクトの手を、ハナが握る。
「でも、これでタクトと一緒にカイくんも戦えるってことだよ。背中を任せられる仲間ってやつだよ。タクトはずっと孤独じゃなくていいってことだよ。ね」
「ああ、ああ、そうかも、な」
タクトの瞳に光が戻った。
ところで、
「あの魔王サタターンってやつの攻撃はどうする? 俺からの提案なんだけど、この魔術式を五人で発動するのはどうかな?」
空に術式を投影する。複雑怪奇な術式。何枚も重なり合い、それは紋様というよりは何かの絵に近い芸術のような一本の線でできた何か。
「こ、これは……!」
「世界改変系統?!」
「こんな複雑な術式、見たこともないよ」
「カイ……もしかして、私が家で書き散らしていた術式のメモを」
「ああ、全部解読済みだよ。それらをヒントに今作ってみた。この術式なら、地球が壊れることもなく、タマサキさんの体に影響なく、あのサタターンってやつもおとなしくさせられる。ただし、五人で力を合わせられたらの話なんだけど」
「ああ、やってやるぜ。魔力の練度なら誰にもオレは負けない。いけるよな?」
タクトは自信満々に返事する。
「も、もちろんよ。わたしだってやるときはやるんだもん!支援魔術なら任せて」
ハナは勇気を出して胸を張った。
「僕……父さんはあ、魔生物の研究ずっとしていたからね、手数ならいくらでも増やせるよ。父になった僕ならどんとこいだ」
父サタオはニヤッと格好つけ、すっと手を挙げると、捻じ曲げられた空間から大量の使い魔が出てきた。これで術式の手助けをする人数を増やせる。
「最後は私ね。守護・結界は「「「「やめてくれ(ください)!」」」」……そうね、常に家にかけている分で手一杯だわ。それなら、術式を強化するわね。この術式を一番理解しているのはこの私なのだから。私が朝食中に手慰みで書き散らしたメモが元となった術式だもの。できるわ」
母シイシャは、カイの作って複雑怪奇な世界経変系の『対目標攻撃魔術滅殺~ついでに魔王サタターン完全消滅~』魔術式の強化と安定を一手に引き受けた。
「さあ、こっちの準備は整った。魔王サタターン、いくぞ」
「いやいやいやいやちょっと待って。え、ホントに? チョットそれ受けたら、我、完全消滅しちゃう。今度こそ本当に復活できなくなっちゃうヨ? そんな凶悪な禁術使っちゃダメでしょ!」
「みんないくぞ。いっけーーーーーーーー」
「えーーーーーーーーーーーーー」
ウソでしょーーーと言いながら、宙の彼方へ消えかかりながら飛んでいく魔王サタターン。の魂。禍々しい魔素の塊は地球を滅ぼすこともなく、奇麗に消えた。
そして、タマサキ・ピンクハートは自分の体を無事に取り戻した。
「……ん? 痛て……ここは、どこ?」
「タマサキさん!無事だったのね!」
「ん? ハナとタクト? カイ・エトランジェ? と、変態のような恰好の男女?!」
パニックになりかける彼女は横に置いといて。
「カイ、本当に今までごめんなさい。私は、母さんは家の守りを頑丈にすることと、自分の仕事のことしか考えてなくて、あなたには苦労させてしまったわ」
「僕もだ。父さんもこんな立派で格好いい息子がいるとわかったからには、この数十年分の親子の触れ合いをこれから共にしようぞ」
「母さん……父さん…………」
きっと、俺は、もうあの深海のような家に帰っても、ひとりじゃないんだ。
きっと肺呼吸もできるし、目も見えるし、母やもしかしたら父とも会話をすることができるのかもしれないんだ。
帰ったら、母と父に、おかえりって言うんだ。
そして、ただいま、も。
――平凡だと思っていた彼は、自分の“特別”に気がつき、そして本当の平凡を手に入れた。かもね。
完。
広げた風呂敷を全て回収できたかというと、実はできておらず。おっぱいボインの担任とかも最後に絡めたかったのですが力不足により……無念であります。
読了ありがとうございました。