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力あるもの

三日目夜 その後


弘樹の部屋に四季が入り、葉月と弘樹が後に続く。

上二人の子供たちとほぼ同じ作りのその部屋には、ベッドにタンスに本棚、学習机。

おもちゃ箱の類は箱に入れ、押入れにしまってある。

タンスの上には姉を真似たのか、ロボットやヌイグルミがいくつか。


四季は押入れに仕舞われたリュックを取り出し、タンスの中から手早く下着やズボン、トレーナーなどを取り出して詰め込んだ。

正体の分からない不安がある。

焦る気持ちが動きをやや雑にし、タンスを閉じる音が大きく部屋に響いた。

カタッ

小さな音を立ててタンスの上のロボットが床に落ちる。


「あっ」


金属とプラスチックで出来たそれは、落ちた衝撃で翼が折れてしまった。

弘樹は駆け寄り落ちたおもちゃを拾い上げる。

「そんなの置いて早く行くわよ!」

四季はややキツい口調で声をかけ、おもちゃを持つ弘樹へと手を伸ばした。


「やだ!」

弘樹は小さく叫んで四季の手を避ける。


カタッ

軽い小さな物が揺れる、そんな小さな物音がした。

サワサワとザワザワと。

見えない圧力のようなものが室内を満たしてゆく。

そして微かな物音は、至極自然なことのように部屋中へ広がって行った。


カタカタカタ… 

「地震?!」

葉月が四季にしがみつく。

四季の胸に依然としてあったモヤモヤが大きくなって行く。


カタカタッ 

カタカタカタカタカタ

ガタガタガタガタ…


小さかった振動は徐々に強く大きくなり、弘樹の部屋に置かれた数少ない家具、机やタンス、本棚が振動する。

タンスの上に置かれていたおもちゃの類が次々と床に落ち、本棚の本がランダムに1cmほど引き抜かれ、また押し込まれる。

落ちたおもちゃが床から壁へ、小さな何かに投げられたかのように叩き付けられた。


ドン!ゴゴゴ ミシッ パキッ ビキッ

部屋自体が突き上げる様に大きく揺れ、地鳴りのような音を上げつつ部屋が大きく揺れ動く。


突然の大きな振動に、家屋を支える柱がミシミシと悲鳴を上げる。


ベッドが机が椅子が浮き上がり、縦に横に揺れながらカタカタと音を立てる。


本棚の絵本や漫画が乱雑に部屋へと撒かれ、ボッと音をたてて一瞬のうちに燃え上がり、そして消える。


春夏ならいざ知らず、四季はここまでの騒霊現象に遭遇した事などなかった。


おかしい…


四季の目は息子へと向かう。


この感じ、違う。

四季の中で胸のモヤモヤは増してゆく。



四季は壊れたおもちゃを持つ少年を見つめる。


これは…


振動に驚くこともなく俯きおもちゃを見詰めていた息子は、すっと顔を上げ怯える母を見てニタリと笑う。


こんなのはっ…


少年の目の奥底に見える淀んだ光。

見たこともない息子の笑顔。

四季の背筋に悪寒が走る。

 

息子の中に、ソレは居た。


無邪気を装う悪意のような、子供の姿をした老人のような、歪んだ何か。 


いつからだろう?

この家に来てから?

どうしてこんな事に?!


四季の中のモヤモヤしたものは際限なく大きく膨れ上がり、それに押上げられように頭に顔に、血が上ってゆくのがわかる。


いけない


四季の冷静な部分が静止の声をあげる。


それを言ってはいけない!!


しかし内から膨れ上がったその衝動は、容易く内なる静止の声を凌駕する。


「この、化け物っ!」


四季は咄嗟に弘樹へそう叫ぶと、荒れ狂う部屋の中、娘を庇いつつドアへと走った。


半ば引きずるようにされた葉月は、声もなく震え、母の促しに従った。


ガチャガチャッ

ドアノブを握るが鍵がないはずのドアは壁と一体化したかのように動かない。


四季は左手で葉月を庇いつつ、右手の指を握りしめ、人差し指と中指を立てると素早く縦横縦と少し指をずらして格子状に動かし、格子の真ん中に気迫を込めて

二本の指を突きつけた。

早九字の亜種と思われるそれは、正しく効果を発揮し、ドアがガチャリと音を立てて開いた。


「逃げるの!」

葉月と共に廊下へ躍り出た四季は、ふっと背後を振り返る。


そこには今にも泣きそうな顔をした、十歳の次男が、ポツンと一人、母である四季を見つめていた。

!!

四季の胸に鋭い痛みが走る。

私は 何をしたの?

私は 何を言ったの?

私は…

私は こんなにバカだったの?!


開いたままのドアへ四季が飛び込もうとした瞬間、弘樹の頭を学習机の椅子が直撃した。

「弘樹ー!!!」

ドサッと音を立てて荒れ狂っていた品々は床に落ち、弘樹はその中へゆっくりと倒れ込んで行く。


四季は見知らぬ女が何処かで嘲っているような、そんな気がした。



三日目 その後とほぼ同時刻


二階の激しい物音に気付いた太樹が階段を昇ろうとした時、玄関のチャイムが聞こえてきた。

太樹はそれを無視して階段を数段登るが、チャイムに続いてドアを激しく叩く音が聞こえ、仕方なく玄関へと向かった。


「すみませんが今取り込んでいるので」

訪問者を早くに帰そうとそう声を掛けつつドアを開けると、そこには四季の妹、春夏と17〜8歳くらいの少女が立っていた。


黒く長い髪、意志の強そうな瞳の美少女は、その外見と葉不釣り合いな革製の鞄を肩からぶら下げている。


「お義兄さん、遅くにごめんなさい。

姉さんに電話を貰ってから何だか嫌な予感がして。

私じゃ対処出来ないかも知れないから、応援を呼んできたの」

春夏は緊張した面持ちで太樹にそう説明すると、少女は挨拶もせずにスルッと彼の横を通り抜け、さも当たり前のように靴を脱いで階段を登ってゆく。


「あ、ちょっと君」

太樹は少女を止めようとするが、春夏がそれを押し止める。


「彼女は私達とは違う。特別な存在なの。お願いだから自由にさせてあげて」


春夏や四季の仕事を知る彼は、同業者の中でも特別な存在なのかと納得し、頷きつつ春夏と共に少女を追って二階へと上がった。


太樹は彼らの存在を知っていた。

怪しい詐欺まがいの連中が多い事も。

大した能力もないのに金の為に干渉し、事態を大きくしてしまうものすらいる事も。

逆にある局面では絶対的とも言える力を持つ者すら存在する事を、彼は骨身に染みて知っていた。


特殊な力を持ち、独特の価値観や判断基準で生きる本物の存在。


彼の実家はとある地方にある寺で、そこの三男として生を受けた。

祖父と父、長兄、次兄は特殊な力を持つ本物だった。


血の影響か、太樹も僅かばかりの力は持っていた。

小さな、それこそいくつかのビー玉を浮かせて遊ぶ程度の、何かの気配を感じ、時に何かを見てしまい、稀にそれとは気付かずに会話をしてしまう程度の、それは力ある家族に比べ余りにもお粗末なものだった。


代々続くその力は、本来自分の様な紛い物ではない、それは法力と呼んで差し支えのないものであり、その現実は幼い太樹を打ちのめした。


宗派内で特殊な立ち位置にあり、寺を継ぐのは代々力を持つ者だけだ。


そもそもそんな条件が無くとも二人も兄が居る時点で、太樹が僧籍を得ても跡継ぎの居ない寺の婿養子に入る程度の選択肢しかない。


彼は逃げるように都心へと出て職に着き、黙々と仕事を熟していった。


普通の家庭に生まれ育っていたのなら、まだ良かった。

少し勘が良い、霊感が強い人で済むのだから。


しかし家族が、そしてその関係者たちが、彼を普通から遠ざけ、気づけば紛い物なはずの自分すら、力ない者との交流に多大な気力を消耗する人間になっていた。


見えても見えないフリをして、聞こえても聞こえないフリをする。

そんな生活の中、二人は出会った。

同じモノを見て感じる事が出来る。

それは二人にとって絆となり得るものだった。

頭がおかしいと言われる事もなく、嘘つき呼ばわりされる事も気味悪がられる事もなく、好奇心を満たす為の道具にされる事もなく。


太樹の知る限り、四季と春夏の力は、父や兄たちには遠く及ばぬものの本物だった。

その春夏が特別と呼ぶ存在。

それならば或いは…


「弘樹ー!!!」

四季の悲鳴が屋内に響く。

少女はチラリと四季を冷たい瞳で見たあと、弘樹の部屋へと入っていった。


少女は足音も立てずに弘樹の横にしゃがみ込み、そっと傷口を確認する。

「無理に動かしてはダメ。救急車を呼んで」

振り返りもせず少女は四季に命じた。

名を呼ぶことすらなかったのに、それは自分へ向けたものだと感じたのだ。


自らの子供たちより僅かに年上な程度の、そんな少女の命に何の疑いも抱けぬまま、四季は葉月を春夏に預け階下の電話へと急いだ。


少女は静かに顔を上げ、その場に立つ三人の顔を一人ひとりじっと見つめる。

最後に葉月へと視線を向け、ほんの僅かな優しい笑みを浮かべて語り掛けた。

「今あった事、教えて頂戴」

それは命ではなく願いだった。

怖くて今にも泣きそうだった葉月は、うん!と大きく頷くと、何が起きたのかを語り始めた。


「お母さんが…お母さんがいつもと違うの!怖かった…」

ホラーってかなんか別のになってるよね?

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