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ソレは笑う(書き足しました)

三日目夜


四季は再び家の中を見て回る。

葉月はリビングのソファで泣きつかれて眠り、慰めていた弘樹もその隣で寝てしまった。


ヌイグルミはある種の証拠であるため処分も出来ず、ビニール袋に入れて紐解いていないダンボール箱の山と一緒に客間へ放り込んだ。

クマハチに触れ、気配を探ると娘や息子たち、妹の物も感じるが、それ以外にはよくある既製品にありがちな雑多なものだけで、特にこれといったモノを感じ取ることは出来なかった。


弘樹が犯人と決めてかかった葉月も、きっと怖かったのだろう。

この家には自分たち家族以外居ないのだと、そう思いたかったのだろう。

怪我で階段を上れない兄、朝から出勤している父、家の様子を見て回りつつ、兄の看病もしている母。

自分と弟を除けば、一体誰が居るというのか?

それはつまり、足音を立てる誰か、もしくは何かを認めてしまう事になる。


四季は簡単な食事を作りながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。


悪意なのだろうか?

害意なのだろうか?

入居してすぐにこの手の現象が起こることは得てして少ないと言われている。

何が原因なのかは不明だが、例えば心霊スポットや霊が出ると言われる場所へテレビ局が取材しても、何も起きない事が多いのと同じように。


しかし葉月の話を信じるならば二日目の夜には始まっていた。

これは一体何なのか? 

音だけならまだ良かったのだ。

ラップ音の類には、幾らでも物理的な理由を探す方法があったし、ちょっと物が動く程度の場合にも、生活していても気付かないほどの僅かな傾斜や、ちょっとした事が原因のこともある。


しかし階段の足音、誰も居ないはずの二階の足音と物音に破裂音に続き、ヌイグルミが手足と首をもがれ、風呂釜の上に置かれたとなるとかなり自体は危険なものに感じられる。

胸につかえたようなモヤモヤの理由もわからないまま、四季は調理を終えた。



三日目夜ほぼ同時刻


山野家夫妻の寝室は八畳の和室だ。

四季は帰宅後怯える一樹のためにこの部屋に来客用の布団を敷き、皆で昼食用に買ってきた軽食を食べた後、痛み止めを飲ませてから彼を休ませていた。


リフォームの際に新しい畳へと入れ替えたのだろうその部屋は、畳の匂いがやや強く漂っている。


痛み止めが聞いたのか、ぐっすりと眠っていた一樹は畳に混じって仄かに香る味噌汁の匂いを感じて目を覚ました。


部屋は照明がつけられており、数時間は眠っていたのだろう、白いレースのカーテンをひいた大きな窓の外は濃い闇に覆われていた。


今日のアレはなんだったのだろう?


動物でも居たのか、実は近所の大きな音が響いていたのに、僕達が恐怖心から二階から聞こえてきたと勘違いしたのかも知れない。

ぼんやりと見慣れない室内を見渡しながら、一樹はあれこれ思考を巡らせた。


一樹を始め子供たちは母と叔母の仕事を知っていた。

その母がすぐには解決できない何かが起きている。


すでに幼子と異なり親に対して全能感などの感情は持ち合わせて居なかったが、それでも彼にとって母と叔母は特別な存在だった。


見えない何か。

特別な力。

中学二年生になる彼にとって、それは心躍るものだった。


息子である自分にも何か特別な力があればいいのに。

一樹はそう願ったが、特にこれといった力が顕現する事はなかった。


未だオカルトブームの名残は強く存在しており、一部の心霊漫画を始め、テレビや雑誌でも霊や超能力を扱う企画は数多く存在していた。


書店でたまたま叔母の記事が掲載されているのを見かけて購入したオカルト雑誌『アトランティス』には、付録にゼナーカード、ESPカードと呼ばれるプラスや波、丸などの模様が二組セットになったカードがついており、兄弟たちであれこれ試してみたが、唯一まともな成績を出したのは弟の弘樹だった。


思い起こせば数ヶ月前にテレビで超能力特番を放送していた時、ある外国人超能力者が「テレビの電波を通して皆さんにパワーを送ります!是非皆さんもスプーンを曲げましょう!」と言いう宣伝文句に乗せられて、兄弟揃ってスプーンやフォークを弄り倒した事があった。


その時一樹と葉月の持つスプーンは全く曲がる素振りもなく、ガッカリしたのを覚えている。


しかし弟の弘樹は、少し念じつつ指一本触れただけで、スプーンをぐにゃりと曲げ、フォークは分かれた先端の全てが非ぬ方向に折れ曲がり、柄の部分も飴細工のように曲げてみせた。


出来た本人も驚いたようだが、その驚きつつも喜ぶ姿に、悪意を抱いてしまったのは仕方のない事なのかも知れない。


何でお前が?!


選ばれなかった自分と、力を持った弟。

ややお人好しな自覚もある一樹だが、所詮これから中学二年生になるばかりの子供でしかないのだから。


怖がりで方向音痴、不器用で融通の効かない、でも何故か憎めないはずの弟を、一樹はハッキリ憎いとこの時思ったのだった。


そんな事を思う自分が酷く小さく思え後悔したものの、それでもその思いは消えることなく一樹の中で燻っていた。


「スプーン曲げなんて特に役立つ訳でもないのにな」


あえて口に出すことで気分を和らげようと声を発したその時、


カン カン カカン

ガラス窓を乾いた何かで突くような音が聞こえる気がした。


カン カカン 


聞こえる。


その音は位置を少しずつ変えながら、窓を執拗に突き続けた。


上から下へ。

下から斜め上へ。

右から左へ。

四隅から真ん中へ。


恐怖に震えながらも一樹は目を凝らし、窓の向こうを凝視する。


ガン!!

きぃぃぃぃ〜!


一樹の視線を感じたかの様に一度大きな音を立てたあと、爪で窓を引っ掻くような嫌な音が室内へ響いた。


一樹はほんの一瞬、窓の向こうに黒いボロ布を纏った髪の長い女性が、マジマジと目を見開いて窓ガラスに茶色くなった分厚く長い爪で突く姿を見たような気がした。


見られている!

布団を頭から被り、窓の向こうの何かから隠れる一樹。


見ちゃ駄目だ

見られちゃ駄目だ


大声を上げて母を呼びたい気持ちを、恐怖心が抑え込む。


アレに見られたら駄目だ

怖い…怖い…

ガクブルと布団の中で震えつつ、冷や汗が額へ浮かんで流れた。


どっかいけ!行ってしまえ!


両瞼をギュッと閉じて必死に布団で丸まっていると、


カサカサカサ

ザザッザザッザッ

何かが、例えば畳の上で長い髪引きずるようなそんな音

何かが畳を引っ掻くような音


唐突にそれが室内から聞こえてきた。


「?!」

叫びたいのに叫べない。

痺れなど特にないのに体が思うように動かせず、首を僅かに動かす事も、布団の中で瞼を開くことも、全身が何かねっとりとしたものに囚われている様な感覚に襲われて出来なかった。


照明が灯された室内が急に暗くなったような、布団の中でそんな感覚に襲われた。


ザッザッザッ カサカサカサ

それは明らかに窓付近から自分へと近付いてくる。


目を合わせたら…


コロサレル…


パキーン

パキッ

室内の空間の何処からか唐突に響く破裂音。


夢の中の曖昧な、思うように動けない時のあの独特のもどかしさ。

怖い ダメだ 逃げなきゃ 動け 怖い 来る 来る 来る…来るよ

動け 怖い 怖い やだ

見つかっちゃう

ダメだ 見たらダメだ


混濁する意識の中、恐怖心が脳内を駆けずり回る。


布団を被って見えないけれど、それは〈居る〉。


ハッキリと、でもボンヤリと感じるそれは、長い髪を振り乱し、節くれた指と汚れた長い爪を畳に食い込ませ、敷かれた布団を、一樹を見詰めているのが何故か分かる。


ソレがニヤリと笑った気がした。


ゆっくりと、しかし確実に、ソレは一樹の元へと這い寄ってくる。


ズル ズザッ ザッ


夢と現実の狭間にいるかのような自由を奪われている感覚の中、近くにナニかの気配を感じ、聞こえているのに動けない。

叫ぶ自由も泣く自由すらも一樹は奪われ、布団の中で丸まったまま、僅かにブルブルと震えていると、その気配は遂に一樹の足元へと到達した。


助けて助けて助けて


ソレが声なく笑いながら、一樹の掛け布団に手が触れる。


怖いよ 助けて ヤダヤダヤダ


ソレは掛け布団の隅をしっかりと掴んだのが気配で伝わる。


消えろ!消えて!助けて!


一樹の願いは虚しく、ソレはズサッと大きな音を立てながら、掛け布団を足元へと一気に引き下ろした。


「一樹、ご飯よ〜」

ザッと音を立てて襖が開き、母が部屋へと入ってきた。

敷布団の上で丸まりながら、一樹はそっと顔を上げる。

涙と鼻水と汗で汚れた顔を母に向け、一樹は足の痛みも忘れて母に縋り付いた。


「一体どうしたの?何があったの?」

母の声が耳に染みる。

一樹は部屋を振り返り室内を見た。

そこには先程まで自分が横になっていた敷布団と、部屋の隅まで投げ飛ばされた掛け布団が転がり、そして窓から敷布団へと、計八本の引っ掻き傷のような線が走り、その線に沿うように長い黒髪が何本も散らばっていた。




三日目夜 夕食後


一樹の話を聞き、自分のタイミングの良さと悪さ、その双方を強く感じる四季だった。


少し遅れていたら、もしかしたら一樹は酷い目にあっていたかも知れない。


少し早ければ、ソレの姿を見る事が出来たかも知れない。


長い髪の女、しかしそれは人間とは思えなかったと言う。


夫の太樹は仕事を終え、つい先程帰宅した。

眠っていた葉月と弘樹も目を覚まし、ダイニングキッチンで夕食を摂らせた。


リビングで太樹は四季と一樹から事情を聞き、憔悴しきった息子の姿に驚きつつも、明日の昼とは言わず、夫はすぐに春夏を呼べないだろうかと廊下にある電話へ向かった。


今日は皆でリビングで眠るか、何処か近くでホテルにでも行くべきか。


夫が春夏に電話するも出る様子はなく、四季は電話開通時に貰った分厚い電話帳を太樹に渡してホテルを探して欲しいと伝え、二人の子供を連れて二階へ上がった。


春夏の家へ行く事も考えたが、家族五人が押し掛けるには手狭だ。

軽症とはいえ怪我人もおり、近場の方がありがたい。

ホテルに春夏の家、どちらにしても着換えがいる。

葉月と弘樹を連れて一樹の部屋へ入り、スポーツバックに2〜3日分の着換えを押し込む。

次いで葉月の部屋で2〜3日分適当に着換えをリュックへ放り込むと、弘樹の部屋へと向かった。

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