四季と春夏
三日目朝ほぼ同時刻
山野四季は胸騒ぎを覚え、やや急いで駅から家への道を車で走らせていた。
この感覚は何だろう?
形にならないモヤモヤしたものが胸元に留まり、物理的にすら圧迫感を覚えつつも、これは疾病の類ではないとそう判断する。
四季が月に何度かしている仕事は、簡単に言えば占い師のような霊能者のような、そんなあやふやな感じのものだった。
別段それで大儲けをしようとも思っておらず、稀に水晶玉やお香、お清めに塩などを使うことはあるが、派手過ぎない清潔な服装なら問題ないため特に衣装を用意する必要もなく、仕事の依頼が入った時だけ働いていた。
実妹の春夏はその道でもそこそこ名の知れた占い師兼霊媒師であり、小規模ながらも自身の事務所を構えているほどで、四季は独身時代からたまに手伝っていた関係もあり、幾つか案件を任される事もあって月に数度ほどであるにも関わらず、下手なパートで働くよりも稼ぎは良かったのだった。
いわゆる霊感や霊能力の類は春夏と四季ではやや毛色が異なっていた。
それぞれ得手不得手があるのだが、四季は四季なりに責任感を持って自分の仕事をこなして来たし、それを家や家庭に持ち帰るようなドジは踏んでいないはずだった。
「大体危ない事案はあの子の担当だし」
そう呟きつつも第六感の訴えにハンドルを握る手に力が入る。
春夏は専ら除霊浄霊の類や大きな出来事等の未来に関してその力を発揮した。
ある程度以上の企業や大きな事件事故が主となり、個人のものであってもある程度のアドバイスは可能だったが、それはかなり大まかな物であって本人もそうであると雑誌の取材ですらあっさり認めていた。
対して四季は人や場に対してその力を発揮する。
個人のちょっとした未来を占い、失せ物を探す。
良い場所と悪い場所の気配も分かるが、それも基本的には人の営みが関わるケースが多いように思う。
全く霊の類を見たり感じたりしない訳ではないが、春夏に比べると劣るのも事実だった。
それでも軽度の霊症なら祓うこともあるし、人が絡むならかなり的確なアドバイスや解決も可能だ。
個人的な恨みの念なども感じる事が出来きるし、何よりも見えざる力場のようなものを解体する事が出来る。
例えば子供が先祖代々大事にしてきた宝物で遊んでしまった。
それに怒った先祖の霊が災いをと言う場合、霊の気配や感情は大まかに分かるものの、具体的な内容はその家の家族やその子供と実際に会い感知すると言う形で知ることとなる。
力場とはこの場合宝物になるし、時には生霊と呼ばれる類であることもある。
ただしその力場解体は霊の類そのものをどうこう出来る訳ではなく、住みやすい家を壊す、掃除して出入りしたくない状況にしてしまうと言った形が正しいように思える。
結局原因を絶たねば再び同じ目に合うのが相場だったからだ。
女遊びが好きな男が捨てた女の生霊に憑かれ、一時的に彼の周りの力場を祓っても結局同じことを続けていれば変わらない。
憑きやすい力場も再び生まれ、相手とて歓喜して、もしくは怒り狂ってまたやって来るだろう。
その点に関してはかなり冷静に見捨ててしまう面が四季にある事は認めるが、何も変えようとしない人たちのそれは、四季からすれば甘えであり怠慢であった。
生活習慣病にも似て、医者と相談しつつ休肝日をキッチリ設けたり、ある程度運動したり。
忙しい仕事で生計を立てていたとしても、それを選びそして続けている事は個人の判断なのだ。
自己判断で取捨選択した結果。
自分は料金分、きっちり出来る限りのアドバイスはしたのだから、後は本人次第なのだと四季はそう考えていた。
春夏も四季も姉妹揃って大金を得たいとは思っておらず、生活の足しになれば良い程度でかつては活動していたが、ちょっとした事がきっかけで妹はそこそこの知名度と地位を得てしまい、生業とまでなってしまった。
自分は家族とゆったり暮らして行ければそれでいいかな?
夫はそんな自分を受け入れてくれたし、子供たちも生まれたときからそんな環境だったので細かいことは気にしていないようだった。
やや臆病な次男はどことなく自分や妹の幼少期を思い出すものの、これと言って何かがあった訳でもなく。
いや、考えてみればあった気がするが、自分と妹の継いできた血はかなりの所薄まっているはずだった。
なんだろう?
やはりモヤモヤする。
あれこれと考えながら運転していると、我が家のすぐ近くに来ていた。
四季は車庫に車を入れ、慌て気味に玄関へ向かい、鍵を開けてドアを開くと、そこには階段横で怯えて抱き合う娘と下の息子、そして両手で右足首を押さえて唸る長男の姿があった。
三日目夕方
その日は一日中慌ただしかった。
怯える子供たち共々一樹の為に呼び出した救急車で病院へ向かい、打ち身と捻挫の診断を受けた。
夫へは公衆電話で電話で息子の怪我と具合を知らせ、治療の終わった一樹共々子供たちを連れてタクシーで帰宅する。
子供たちの話によると、夜中階段を上る足音や、一樹が怪我をする直前に起きた足音や何かの弾ける音がしたという。
四季の感覚は未だ僅かにモヤモヤを訴えているものの、あの家は妹の春夏も交えて内見した物だ。
何かが居たとは考えにくい。
実際の所妹の伝手もあって安く購入する事が出来たが、事故物件の類でもなく、庭の社など気持ちが落ち着くほど清々しい。
ちゃんと信仰の生きているのが分かる稲荷神の社だったからこそ、挨拶をしつつ家族の安全とこれから作るハーブ主体の畑の豊作すら真面目に祈願したのだし、まだ三日目ながらも掃除やお供え、お参りもキッチリと行っていた。
子供たちの話が嘘だとは思えないが、自分や妹の関わった事件でも、実は霊の類は関係なかったケースは山ほどあるのだ。
今回も多分そんなものだろうと思いつつも、帰宅後二階には行きたくないと話す一樹を夫婦の寝室に布団を敷いて休ませ、四季は二階を見て回り特に変わったことや怪しいことがないか確認し、その後春夏へと電話を掛けた。
勘の良い妹は2コール目には電話口に出てくれた。
ざっとあらましを話すと春夏は明日の昼頃には来てくれると言う。
自分には全くわからない事でも、妹ならば。
自分が当事者になって初めて不安な気持ちが分かった気がする。
受話器を置き、フッと耳を耳を澄ますと、二階から葉月の咎めるような声が聞こえてきた。
廊下や階段の照明は全て灯したまま、四季は二階へと上がった。
その声は葉月の部屋から聞こえてきた。
「あたしのクマハチ、どこへやったのよ!」
覗いてみると葉月は顔を真っ赤に染めて、大声に怯て小さくなっている弘樹を睨み付けている。
「ボク、知らないよ」
小さな声で答えるが、葉月は詰問口調を崩さない。
「じゃぁクマハチが勝手に歩いて行ったって言うの?ぬいぐるみよ?ある分けないじゃない!」
四季が部屋に入ると弘樹は母の背に隠れ、葉月はそれを睨み付ける。
「本当に弘樹がやったの?何処かに置き忘れたりしてない?」
母の言葉に葉月は首を横に振った。
「引っ越しの日にタンスの上にイヌシチとネコロクと一緒に飾ったの!お母さんも見たでしょう!」
癇癪を起こしたようにタンスの上を指差し騒ぐ葉月に、四季はしゃがんで目線を合わせ、そっと娘の頭に手を置いた。
その仕草が何なのか、葉月は気付いてハッとしつつ、何処か期待を込めた目で母の言葉を待った。
極々偶にだが、失せ物を探してくれる事があり、その時にする仕草こそが今母が目の前でしているものだったのだ。
四季はスッと手を引き、やや険しい表情で無言のまま階段を降りて行く。
母の変化に驚きつつ、姉と弟はその後を追った。
四季は階段を降り切り廊下を進み、洗面所の扉をガラリと開ける。
そのまま灯りも付けずに風呂場の扉も開け放つと、四季は呆然とした表情で風呂場の一点を見つめていた。
母の後を追ってきた二人もその脇から風呂馬を覗き込む。
「クマハチ!!!」
叫んで風呂場に飛び込む娘を、四季は黙って見つめていた。
風呂釜の蓋の上にそれはあった。
腹を引き裂かれ、手足と首をもがれたクマのヌイグルミ。
その無機質な作り物の瞳が、泣き叫ぶ葉月と、そして呆然と見つめる四季の姿をジッと静かに見つめていた。




