第1章-2
リヒトさんの研修に巻き込まれる形で、私はアレクシスさんとヴィルヘルムさんが待っているという、王都の中央広場にやって来ました。もちろん、隣にはリヒトさんがいます。仕事中なのでローブを着て、私は髪を隠すためにフードもかぶっています。
それにしても、なんで中央広場なんでしょう。グリムファクト本部じゃ駄目だったんでしょうか。
「やっほー、リーくん、マリーちゃん。待ってたよー!」
「こんにちは。リヒトさん、マリウスさん」
お二人は中央広場にある小さな噴水の前にいました。緩くて飄々とした声のアレクシスさんと、穏やかな口調のヴィルヘルムさんが、私たちを見つけて手を上げます。
一応仕事中のはずですが、お二人とも、ローブを着ていませんね。裕福な家のお坊ちゃまがお忍びで遊びに来ているような雰囲気です。
「アレクさん、こんにちは。あと……」
「ヴィルヘルム・クラッセンです」
アレクシスさんは先日応援に来て下さった風の加護を受ける人です。風属性は隠密に特化し、探索や索敵が得意です。見回りにはうってつけでしょう。真価を発揮するのは潜入の時ですね。
ヴィルヘルムさんは水の加護を受ける証である青い髪と目を持っています。水属性は回復や補助魔法の適性が有り、攻撃もある程度こなせる万能タイプ。レベルが低ければ器用貧乏で終わりますが、ヴィルヘルムさんはかなり強いのであちこちからひっぱりだこだそうです。
私より年下の十六歳で、穏やかで優しい性格……に見せかけた腹黒キャラです。大切なのでもう一度。腹黒キャラです。ヴィルヘルムさんのルートに入れば入るほど、その本性が明らかになる……最初に見たときは少し怖かったです。
「あなたがリヒトさんですね。お噂はかねがね」
「え、噂?」
「えへへー、俺がいろいろ話しちゃった~」
「ええ……。なんか恥ずかしいな……」
テレテレと頬をかくリヒトさん。それを微笑ましく眺めるアレクシスさん。尊い。
ヴィルヘルムさんは……きっと「素直で利用しやすそうな人だなあ」とか思ってるんじゃないですかね。
「あ、そうだ。アレクさん、ヴィルヘルムさん、今日はよろしくお願いします!」
「よろしく~。あ、別に敬語じゃなくていいよ-、俺別に君の上司じゃないしね~」
「僕はリヒトさんより年下なので、どうぞ話しやすいように」
「え、ヴィルヘルムさん年下なの!?」
「年下なんですよね、信じられないことに」
「やだなあ、マリウスさん。そんな褒めないで下さいよ」
褒めてないです。
「ええと、じゃあ改めてよろしく、アレクさん、ヴィルくん。あ、ヴィルくんも別に敬語じゃなくていいよ?」
「あ、そう? だったら遠慮無く、気楽に話させて貰うね」
「うん、よろしく」
「うんうん、打ち解けたようで何よりだよ~」
アレクシスさんがにこにこと笑っています。
端から見ていたら、初対面の後輩を可愛がる先輩、といった図でしょうか。三人ともタイプの違う美形なので目の保養になります。
この顔面偏差値高いグループに巻き込まれている私、周りからはどう見られてるんでしょう。フードかぶった怪しい男がつきまとってる、とか思われてませんかね。
「それじゃー、打ち解けたところでお仕事しよっか~。とりあえず、二人組で適当に回ってこうかなーって思うんだけど~」
「研修なんだから、そこは当然、僕たちとあなたたちで組むことになるね」
「俺はリーくんと組むから~、マリーちゃんはヴィルと組むって事で~」
「はーい」
「分かりました」
「反対回りに王都をぐるっとして、お昼の鐘が鳴ったらみんなでご飯食べよ~」
「わーい!」
……それで、何を見回るんでしょうか?
王都は中央広場を中心に、四つの区画に別れています。
北は貴族区画。その名の通り貴族の屋敷が集まっています。貴族街の奥には王城があります。王城は門を使うのに訪れますね。
東は住宅区画。平民が暮らす場所です。グリムファクトの寮もここにあります。
南は商業区画。食料品や日用品、魔法具や魔道書まで、手に入らない物はないと言われています。
西は防衛区画。衛兵の詰め所や冒険者ギルドの支部があります。グリムファクトの本部もここにあります。
王都は広いですが、バスが走っているので行き来はそう苦ではありません。
今は住宅区画を歩きながら、ヴィルヘルムさんの説明を聞いているところです。
「見回りって言っても、結局グリムファクトの仕事って魔道書と魔法具の回収だからね。魔法商店が集まる魔法街を中心に、情報収集をすることが多いかな」
「ここは住宅街ですけど……」
「魔法街はリヒトさんが回ってるよ。新人研修だしね。それに、魔力分からないマリウスさんが行ったって役に立たないし」
「……」
こう、突かれたくない痛いところを遠慮なく突いてくるのがヴィルヘルムさんです。
魔力が無いのは今更ですが、仮にも魔力あるものを回収する仕事にも関わらずそれに気づけないこと、これでも気にしてるんですよ。
「そういえば、マリウスさんは新人のことをずいぶん気に入っているみたいだね」
「はい?」
「アレクさんがそんなことを言ってたよ。マリウスさんはリヒトさんに親切だって。なんで?」
「なんでって……、どうして、そんなこと聞くんです?」
「だって、マリウスさんが新人の研修するのはよくあるけど、その後新人と関わることってなかったじゃない?」
「それは……」
グリムファクトに入る人は優秀な魔法使いばかりなので、魔法を使うどころか魔力を感じることもできない私と話なんてしたくないっていう人ばかりだったんですよ。こっちだって、説明もろくに聞かない人と話すのはごめんでしたから関わらなかっただけです。
「ふーん」
「そっちから聞いてきたんじゃないですか。興味ないなら聞かないで下さい」
「興味があるのは僕じゃなくてアレクさんだもの。……んー、住宅街は特に異常なしかな。おかしな魔力も感じない」
「それはよかったですね」
「仮にも王都、そうそう危ない気配がしても困るけどね。んー、でも何もないのもつまらないなー」
「怒られますよ」
「はーい」
ゴーンゴーンゴーン、と鐘の音が三回聞こえました。
王都では、二時間毎に鐘が二回鳴ります。一日に二回、昼十二時と夜十二時だけは三回鳴るので、この鐘がなったら昼休憩になることが多いですね。
「あ、お昼だ。住宅区画は特に異常なしで、一度戻ろうか」
「わかりました」
中央広場へ向かうヴィルヘルムさんについて行こうとしたとき。
「失礼」
「はい?」
声をかけられ、振り返ります。そこにいたのは、旅人の装備をまとった濃茶の髪の男性でした。
「おや、君は……」
「?」
「最近は一人じゃないんだね」
「え……」
この人、何故そんなことを知っているんですか?
私が警戒したのを見て取ったのか、男性は宥めるように笑みを浮かべます。
「あなた、一体……」
「マリウスさーん? どうしたのー?」
ヴィルヘルムさんに声をかけられ、一瞬、そちらに気を取られた、次の瞬間。
男性は、姿を消していました。
「マリウスさん? 何か気になるものでもあった?」
「今、誰かここに……」
「? 住宅街だから、人がいるのは普通じゃない?」
「そう……ですね。すみません、何でもないです」
「じゃ、行こっか。遅くなってアレクさんに文句言われるのは面倒だからね」
中央広場に向かって歩き出すヴィルヘルムさん。周囲を気にしながら、私も中央広場に向かいます。
(あの人、私のことを知っていたんでしょうか……)