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人々

「なん……だこりゃぁ……」

 

 交易都市タルゴゴ。

 四つの国家の国境に跨がり建てられた大陸一の交易の隆盛にして、大陸で唯一の無国籍都市。周囲を明灰色の壁でぐるりと円柱状に囲われたその都市は、俠龍の想像よりずっと広く、建物が密集し、そして人が多く行き交っていた。

 人と、

 一見人に見えるモノたちが。

 行き交っていた。

 

「獣人……?」

 

 そう、獣人。俠龍の常識では小説や漫画の世界にしか存在しない人種。存在しないはずの人種が、こちらではにこやかに会話をしながら、あるいはしかめつらしく眉値を寄せながら、あるいは全く表情を読ませぬ獣面で、往来を行き交っている。

 

「ほう、またずいぶんと珍しい呼び方を知っているものだね。よほど学者らしい呼び名じゃあないか」

 

 呆然とする俠龍に感心したように言うショコラティエ。獣と言えば、ショコラティエも鳥の見目をしている。

 

「珍しいってのは? なんで学者?」

 

 やや頭に血が戻ってきた俠龍が問いかける。

 

「獣人、という言葉さ。ライカンスロープやワー某、という場合もあるがね。在野の獣の特徴を濃く持つ人々のことだろう?」

「ワー某って、ワーウルフとかか? まあ、そうだな、うん。そうだ」

「もしかしてそれも君の世界の言い方なのかい? 僕たちは普段遣いしないんだけど」

「あー、どうかな。翻訳がどう働いてるのかわかんないし、なんとも言えない。名詞と言えるかどうか微妙だしな。似た言葉なら自然に発生してもおかしくないし」

 

 頭を掻きながらそういう俠龍。もし翻訳されずに元の言葉がそのまま脳に認識されていれば、それはどう聞こえたのだろうか。少なくとも三種類は呼び方があるらしいので全て日本語ということはあるまいが、俠龍よりオカルトに詳しい人間がよりマニアックな呼称を伝えていないとも限らない。

 

「獣人呼びが珍しいってなら、ヨシアたちは普段どうやって呼び分けてるんだ?」

 

 慎重に言葉を選ぶ。ことは差別や迫害に繋がりかねない問題だ。ここで迂闊なことをいって平地に放り出されでもしたら、俠龍は野盗に身を落とすしか生きる術はない。

 獣人が差別用語に当たらないらしいことはラッキーだったと、俠龍は内心冷や汗をかいていた。

 

「僕たちは『山岳人族』『平地人族』『森林人族』で呼び分けてるよ」

「山岳? 平地? 森林?」

 

 山々や洞窟などに居を構える、体の構造がそれに適している人種を山岳人族。山羊の獣人やイヌワシの獣人がこれにあたる。

 草原や荒野などに居を構える、体の構造がそれに適している人種を平地人族。プレーリードッグの獣人やライオンの獣人がこれにあたる。

 森や林など木々の生い茂る場所に居を構える、体の構造がそれに適している人種を森林人族。シカの獣人や虎の獣人がこれにあたる。

 

「ちなみに、人から見たときの獣人たちは君たちのような人種を『無毛種』『有皮種』『露皮種』と呼ぶこともあったらしいね。もっとも、今では学者か医師くらいしかその言葉を使うものもいないが」

「へー……。山賊みたいな連中は分かんなかったけど、探せばあったのかな。特徴」

 

 ショコラティエの注釈に頷きながらキョロキョロと見回す。俠龍の常識では計り知れない光景だ。よく見ると獣の特徴とやらも画一的ではなく、強弱があるようだ。

 馬に乗る男性は頭の上に猫の耳を生やし体表は毛皮におおわれている。子どもの手を引く女性は直立二足歩行の牛そのもので、服の上からでも豊かな複乳が目立つし、手を引かれる子は手足の先が蹄になっている以外は人間そのものだ。特徴の濃淡には個人差が大きいらしいことが見てとれる。

 

「…………いや、それより服だな」

 

 周囲を見渡したことで浮き彫りになる問題。この文明的な街中でひとり裸体をさらしているなど、冒涜的にすぎるように俠龍には思われた。ちらちらと視線を向けられることはあっても、大きな騒ぎになっていないことが唯一救いだろうか。

 

「ここに入るときの衛兵? さんもそうだけどさ、誰も悲鳴あげたり騒いだりしないんだな。猥褻物陳列罪とかないの?」

「? どうして騒ぐんだい?」

「いやだって裸の男がいたら普通……」

 

 言いかけて、ちょうど俠龍の目の前を人が通る。全身を豊かな毛で覆ったナマケモノによく似た獣人だ。

 彼ないし彼女以外にも、力強い翼を背負うアルバトロスの獣人や、金属光沢を思わせる艶めく甲殻を持つカブトムシの獣? 人もいる。そのいずれもが、服を着ていなかった。

 

「そうか、着衣は当たり前じゃないのか……」

 

 文化として着衣、服飾はある。しかしそれは義務や、社会通念上の常識としてではない。毛皮を持たない人種は保温のためにも服を着るのが一般的ではあるが、来ていない者を見ても珍しいな程度にしか目に留まらないのだ。皮膚を露出している人が目につかなかったため、すぐには気が付かなかった。

 

「武を誇る個人や民族では、裸で戦うことも珍しくはないからね。僕もはじめはシャロンはその風習に則っているのかと思ったよ」

「あー、昔のケルトとかギリシャのパンクラチオンみたいな? そこまでの勇猛さは持ってないけど、そうだな、その線で行けば無理に服を着る必要はないか」

 

 多様性に溢れていてよかった、とひとりごちる。もしこれが現代日本での神隠しや戦国時代トリップだったりしたら、出だしから躓きが著しい。

 

「ギルドに向かう前に服を用意するつもりだったけど、いらなくなった?」

「いやそれは是非くれ」

 

 それはそれとして、裸というのは心許ない。俠龍には髄の髄まで服飾が根付いていた。

 道すがら、差別意識か侮蔑ととられる言動なんかも細かく確認していく。握手を求めて切りかかられてはたまったものではない。



 傭兵ギルド。

 無骨で粗忽、飾り気のない佇まいではあるが、がっしりとした威容の大きな建物だ、と俠龍は思った。

 ヨシアに立て替えてもらい数時間ぶりに衣服を纏った俠龍は、裸であった頃に反して軽い足取り(こちらは裸足のまま)でその大きな木造建築についた。

 

「ここで今から尋問が行われるわけね。俺金ないけどカツ丼って後払いでいいかな」

「簡単な聞き取りだけだよ。すぐ終わるさ」

「だといいけど。【伝える羽根】でも読み書きはカバーできないことが分かったわけだけど、サインが必要になった場合日本語でもいいと思う?」

「ここは代筆も代読もしてくれるから大丈夫」

「今日一番のいいニュースだ」

 

 軽く言葉を交わしあいながら、ヨシアはギルドの扉を開いた。俠龍もその後に続いて中に入る。

 軽い喧騒。外観のとおり中も広い。

 入り口正面には長いカウンターがあり、等間隔で揃いの制服を来た人員が配置されている。

 左手にはいくつかの椅子とテーブル。飲み食いをしている者もいることから、イートインスペースだとわかる。

 右手には人だかりと、その先には何枚もの紙が貼り付けられた大きな板がある。

 

「おい、おいおいおいヨシアヨシアヨシア!」

「な、な、な、な、な、ななんだい」

 

 興奮気味の俠龍に激しく背中を叩かれながら、ヨシアは俠龍の指差す先を見た。

 

「あれ、あれ! あれなにもしかしてあれってあれ!? クエストボード!?」

「そうだよ、よく知ってるね。もしかしてシャロンの世界にもあったの?」

「あった! いや無かったんだけど、でもあった! やっべえモンハンみたいじゃん超テンション上がってきた!!」

 

 内観が俠龍が年若い頃に熱中していたゲームによく似ているのだ。目をキラキラと輝かせながらまくしたてる。

 

「あれだろ、ボードには色んなクエストが貼ってあるんだろ! 薬草の採集依頼にギルドショップで売ってる薬草納品して周回するんだろ!」

「しないよ。なんの意味があるんだいそれ」

「しないのか……。下位、上位、G級とかランク分けされてたりは?」

 

「それはするね。各依頼書には六本から一本の線が入っていて、線が少ないほど達成が難しかったり、危険が伴うようになる」

「おお! あるのか! ってことは傭兵もその線の数によってランク分けされてて、自分のランク以下の依頼しか受けられないわけだな!?」

 

 再度目を輝かせて詰め寄る俠龍だが、ヨシアは気の毒そうに苦笑した。

 

「傭兵にランク分けはないかな。よく受ける依頼のランクで大雑把に実力が計られることはあるし、実力に見会わない依頼は推奨されていないけど、子どもがドラゴン退治を受けるようなことだって制限はされてない。だって、職業選択の自由に反するだろう?」

「うおっとすっげえ温度差。よもやドラゴンと職業選択の自由が同じ文脈存在しようとは。つうかそこは制限しとこうぜ。自由よりもっと大きいものを侵害してないか。んでドラゴンいるんだなここ」

 

 急激に現実に帰された俠龍。出入り口で騒いでいたせいか、少し注目を浴びているようだ。

 

「さ、仕事をしよう」

 

 やや気落ちした俠龍を促し正面のカウンターに向かうヨシア。俠龍はそこに向けられる穏やかならざる視線に気付いた。ボードの人混みから、イートインのテーブルから、少なくない数の人間がヨシアを見ている。離れていても舌打ちが聞こえてきそうだ。

 俠龍にとってはお人好しの好青年でしかないヨシアだが、嫌われるような理由があるのだろうか。



「はじめましてシャロンくん。私は傭兵ギルドタルゴゴ支部支部長のジンレンだ。よろしく」

「はじめまして、俠龍です。よろしくお願いします」

 

 受付でことのあらましを話したヨシアとシャロンは、しばらくの後それぞれ別室での聴取が行われることになった。当然、整合性の確認のためだ。なんとか君が前もって簡単な報告をしてくれていたため、スムーズにことが運んでいる。

 俠龍が通されたのは傭兵ギルドの二階にある一室。依頼内容の詳細な説明や報告に使われる部屋だ。中には長机と椅子しかない簡素な作りとなっている。ひとつ隣にはヨシアが通されている。

 さきの名乗りは、俠龍が部屋に通され少ししてからあらわれたイタチ面の男のものだった。

 俠龍よりいくぶん背が高い。俠龍ほどではないが筋肉もついている。なにかの革製らしい衣類の袖から伸びるごつごつした手には毛皮はなく、そこだけ見ればただの人のようだ。皺があることから高齢に差し掛かっていることがわかる。

 

「君が邪教徒らしき集団に襲われ、記憶も定かじゃないと聞いているんだが、どうだね?」

「おっしゃる通りですね。邪教徒かどうかは知りませんが、気味の悪い集団に襲われましたし、どうにもそこに至るまでの記憶がありません。直前までの記憶では、実家のような場所で気心の知れた友人と話していました」

 

 嘘だ。俠龍から襲いかかった。が、それは言わなくてもいいだろう。

 

「記憶もないのに、なぜ邪教徒かもしれないと?」

「それは順番が違います。身を守るために応戦したあと、邪教徒ではないかと聞かされました」

「それは誰に?」

「そちらのギルドに所属しているヨシアさんと、その悪魔のショコラティエさんにです」

 

 その後も事実確認は続くが、俠龍は聞かれたことに正直に答え続けた。質問が次から次へと繰り出されるため、どうにも異世界人らしいということは言えていないが。

 

「……ヨシアからの報告と大きな齟齬はない、か。いいだろう。君たちの話を信用する」

 

 ジンレンは大きく息を吐きながら頷いた。

 

「君が倒した連中だが、邪教徒ではなかった」

「え……」

 

 さっと血の気が引く。俠龍が手にかけた人間の特徴は伝えてあるし、刃傷ではない遺体はほぼ俠龍の手によるものだ。間違えようがない。

 考えなかったわけではないが、自分はもしかして、罪もない人を……。

 

「早合点しないでくれ、君がしたことは間違ってない。邪教徒ではなかったが、人相書きに合致した。手配中の盗賊だったようだ」

「盗賊、ですか……」

 

 ほっと息を吐く。俠龍は自分の芯にたがうことをしていなかった。もちろん日本では違法だが、ギルド長を名乗る男の言葉を信じるなら、こちらでは罪にも問われないらしい。

 

「懸賞金もかかっていたからね、いくつかの確認が終われば、それも渡そう」

「それは……ありがとうございます」

「聞けば裸で持ち物も無かったそうだね。商人が人を積んでいた様子はなかったから、野党に連れられていたのかもしれないね」

「瞬間移動とか、そういうことはないんですか?」

「ないこともない、かな……。邪神はいたずらに人を迷わせるというし、もしかしたらその被害にあったのかもしれない」

 

 が、確かなことは言えない。髪や肌に汚れがなく、髭も綺麗だった。直前まで清潔を保てる環境にあった証拠だ。なにより盗賊は俠龍を見て驚いていた。一緒に行動していたということはないだろう。

 ジンレンもわざわざ言わないだけでわかっているのではないか。俠龍にはそう感じられた。俠龍を信じるとは言ったが、額面通り受け取ってよいとは限らない。まだ疑われているように思う。

 というより、疑って当然なのだ。氏素性の知れない怪しい男など。

 

「野盗どもは邪教徒では無かったが、ショコラティエが邪教に言及しているのでね。我々は野盗と邪教になにがしかの繋がりがあると見ている。その被害にあったとおぼしき君には、それなりの補償を約束しよう。さしあたっては身分か。君の記憶が戻るか、出身がわかるまでの仮の身分証を用意する。わからないまま五年が過ぎた場合、それがそのまま君の身分証となるので紛失には十分注意してくれ。名前はシャロンでいいんだね?」

「はい。それは間違いありません。歳は三十五になります」

「歳は聞いてないが……、三十五? ずいぶん若く見えるな」

「そうですか? 見た目相応だと思いますけど」

 

 俠龍はまだ知らないことだが、こちらの世界にはスキンケア用品はない。香油の類いはあるが、元の世界のようなUVカットなど望むべくもない。洗髪にシャンプーやリンスなども使わないし、仕事といえば外に出るものが主で、当然日光に晒される。髪も肌も長時間じかの日光に焙られ続けるため、その分老化が進むのだ。

 シャンプーもリンスもボディソープも日焼け止めも存分に使用し、栄養バランスの整った食事を取り、日光の届かない屋内での運動を続けてきた俠龍は、そうでないこの世界の住人よりずいぶんと若く見られることになる。

 

「身分証には人相描きと名前しか乗らないよ。賞罰の欄もあるが、君は今のところまっさらだしな。他になにかトピックはあるかな?」

「トピック……。俺異世界人らしいんですけど、それって記入されます?」

 

 ジンレンはなんとも言えない不思議な顔をした。俠龍にはイタチの表情は読めないが、これは渋面だろうかと推測できた。

 

「……邪教徒の被害にあったってのもあながち与太じゃないかもな」

 

 ジンレンは軽く頭を振ってから、ふぅ、とため息を吐いた。そしてずいと身を乗り出す。

 

「いいかい俠龍くん。我々が君を信用するのは、ヨシアが君の発見時の証言者だという事実が大きい。ショコラティエが邪教の関わりを示唆しているという事実が大きい。そうでなければ君は、もっと長時間拘束されて聴取に多大な手間を取られていただろう。君に恩や感謝を感じる情緒があるのなら、彼らの迷惑になるような行動は慎んでもらおう」

 

 やはりイタチの表情は読めない。読めないが、その言葉にはヨシアを案じる色が込められているように思えた。

 それは、ヨシアに向けられる感情としてははじめて見る、親愛。

 

「……ヨシアはずいぶん嫌われものみたいですけど、あなたは違うんですね」

 

 気付けば俠龍は率直な感想をもらしていた。

 

「嫌われているのは事実だよ。それはあいつの過去の行いによるものだし、庇いようがない」

「過去の行い? ショコラティエさんには嫉妬によるものだと聞いていますが」

「……あー……。それも間違いじゃない。ないが、それだけでもない」

 

「と、いいますと?」

 

「それをお前に言う必要もない。ヨシアはお前の恩人だ。だから迷惑をかけるな。私からはそれだけだ。身分証は市長からうち経由で渡すので、そうだな、三日後にまたうちまで来てくれ。仕事の斡旋も出来るが、いるかね?」

「前半は了解です。後半は……どうしましょうかね。傭兵ギルドって新人募集してたりしませんか? 履歴書はないんですけど」

「うちは来るもの拒まずだよ。有能なであれば、いつでも門戸を開いている」

 

 有能であれば。とジンレンは繰り返し、俠龍に退室を促した。

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