都市へ
森を抜け、視界が開ける。青々とした草原、丘陵が俠龍の目に移った。そしてその先には灰色の壁にぐるりと囲まれたなにか、ヨシアいわく交易都市タルゴゴが見える。
「結構距離があるな……」
「そうかい? 四半日も歩けば着くよ」
「歩きで四半日の距離はあるんじゃねえか……。朝出て昼に仕事とかキツくね? ブラックじゃん傭兵ギルド」
タルゴゴも傭兵ギルドも、道すがら俠龍がヨシアから聞いた言葉だ。
交易都市タルゴゴ。ヨシアが住む都市で、四つの国の国境に股がる位置にある唯一の無国籍都市。いろんな場所から人や仕事が集まるという。
傭兵ギルド。ヨシアが所属する組織で、登録していると仕事を紹介してもらえる。今回のような賊徒の討伐や商人の護衛、動物や魔物を追い払う仕事を専門にしている。
「悪魔だ魔物だ魔法だ、慣れねぇよなぁ……」
ヨシアの話を反芻しながら思い返す。いずれも俠龍の知識では信仰の中で生まれ比喩や創作で親しまれる存在だ。それがこちらでは身近にあるという。
悪魔は人を悩ませ、時に寄り添い、魔物は人を害し、魔法使いは悪魔に悩まされる。それらが災害や犯罪と同レベルで日常なのだ。
「シャロンも体力がないわけじゃないだろう? 悪魔と素手で渡り合えるなんて、ギルドにもそうそういないよ。誰か師匠はいるのかい?」
「師匠か。プライバシーとか個人情報に配慮すると、エリオットとかゲン・フーとかこころとかかな」
こっちは著作権とかが大丈夫じゃないけど。と皮肉げにひとりごちる。個人情報も著作権も、元の世界でなければ気にする必要のないものだ。ショコラティエ曰く、戻れるかどうかも、戻った者がいるかどうかもわからないという。
「とりあえずは俺も傭兵ギルドで日銭を稼ごうかね。戸籍とかは、まあ邪教の儀式で第四の壁破っちまったとか言っとけば満足してもらえるだろう」
そういってとりあえず上空を振り返り笑顔で手を振ると、不思議と死にたくなった。
「俺なにやってんだろう……」
「ひとりで奇行に走って落ち込まないでもらえるかな……。お互いに文化の理解には時間を要しそうだね」
「基本的には無視してくれていいよ。それより俺的に問題は、服飾が発展していて衣類を身に付けるのが一般的ってところかな。なぜ俺は全裸なんだ。手が不自由でロープ付き麻袋被ってたら初手で詰んでただろうから、まあいくらかましと言えばましなんだろうけどさ。ちょっと極端だぜ神様よ」
いっそ魔法使いギルドの人間とでも会えないものかと俠龍は願う。
魔法使いギルドとは主に悪魔の祓い方や、悪魔に憑かれて間もない新人魔法使いの生活を支援することを目的としている。魔法の研究、開発もしているが、優先度は低い。
悪魔と契約すれば魔法が使えるが、代償は大きい。そしてその代償が大きいほどに強大な魔法を使える。
過去には視力や四肢の自由を代償に、天候を左右する魔法を行使して干ばつや水害をなくした者もいるという。彼女は死後聖人として扱われ、農民は彼女に祈るのだとか。
魔法使いギルドの稼ぎ方は傭兵とほとんど変わらない、戦力としての数え方が主だが、治水や引っ越し、地均しなど多岐に渡る。しかし絶対数が少なく、悪魔との関係が良い魔法使いなどほぼ絶無であるため依頼するには大金が必要だった。
当然すかんぴんな俠龍だが、今用があるのは魔法ではない。魔法使いが憑いている悪魔や浮かび上がる痣、紋様を隠すために好んで着るローブをもらいたいのだ。
「汗だく間違いなしだし全裸ローブとか新世界が見えそうだけど、ピュア全裸よりはきっとましだ。まだ文化的なはずだ。着るものが欲しい」
「魔法使いギルドから派遣された魔法使いもいるはずだから、運が良ければ会えるかもしれないね」
「その時は俺のいかす刺青の研究させてやるって交渉する。新種の魔法とローブ一着なら応じてくれる奴もひとりやふたりいるだろう」
歩きながら周囲を見回すがそれらしき人影はない。先程からずっとない。
「なんとか君が連絡したんだろう。先行しているか、もしかしたら探索者の現場検証に付き合っているのかもしれないね」
探索者。探索者ギルドに所属している人間の総称だ。動植物の生態や古い遺跡などの調査が主な仕事で、微かな痕跡を探すことに長けているため今回のように斥候として雇われることも多い。調査のついでに野草や動物の肉などをおろして金を稼いでいる。探索者の多くは学者気質で、その行動原理は知識欲によるところが大きい。
「俺が場所を覚えていれば、戻ってローブを貰うんだけどな。あーあ、今願いが叶うなら、月見バーガーをレギュラーメニューにしてほしい」
「場所なら私がわかるよ。案内はしないがね」
「俺が頼んでも?」
「君は私のなんだと言うんだね。チョコレートの作り方を知らないというなら、私は君と言う個人に興味はないね」
「ごめんね。ショコラティエの気紛れは僕にもどうにもできないんだ」
「チョコレートで釣るとかできたりしない?」
「しないね。ヨシアの機嫌を損ねて数日から数年チョコレートが食べられなくなったとして、いずれヨシアは私の魔法に頼るしかない時がくる。そうしたら、否が応にも私にチョコレートを用意せざるを得ないのさ」
ヨシア作でなくても贔屓にしているチョコレートのメーカーもあることだしね。と嘯く悪魔の言葉に、俠龍は溜め息を吐く。時間の感覚が違いすぎる。そこまで気が長いのでは脅しも交渉も効かないだろう。
それに、タルゴゴについてからは彼らの証言が俠龍の氏素性を保証することになる。傭兵ギルドに加入するにしても口利きはあった方がいいだろう。俠龍の戦闘力を高く評価している彼らの心証を悪くしたくはなかった。
「しゃーない、全裸で行くか。たまにはいいだろこういうのも」
無理矢理切り替えて明るい声を出す。とりあえず都市に入ってなんとかして衣類を手に入れよう。討伐の謝礼が出るだろうというヨシアの言葉を信じることにした。
もしくは邪教被害の補償が。邪教徒は混乱を、悲劇を、憤怒を邪教に捧げるべく活動しているのだという。そのためいつどこに出るかわからず、どれほどの被害をもたらすかもわからない。生存者も極めて少なく情報も不透明。ゆえに数少ない生存者には補償を出し、可能であれば証言を引き出すのだという。
「俺の異世界転移に連中が絡んでる可能性もないじゃないし、嘘にはならんだろきっと。しばらくは見ず知らずの皆さんの税金で食わせてもらいましょうかね」
「厭世的だね」
「厭世はちょっと違くないか?」
つらつらと話ながら草原を歩く。ヨシアは気軽に世間話のつもりだが、俠龍は慎重にヨシアの人となりを探る。これまでの会話でショコラティエはあくまでヨシアの付属だということは分かった。口を出すし手も出す、気まぐれをお越しもするが、大筋ではヨシアの決定に逆らわない。俠龍と話がしたいというヨシアに応じて魔法を使ったり、俠龍を連れてタルゴゴに向かったりだはするが、俠龍のために服を探しはしない。
であればショコラティエのことはひとまず置いておいていい。俠龍が取り急ぎ見極めるべきはヨシアの人となり。お人好しの類いなのは間違いがないだろうが、それだけとも限らない。森の中で会った三人組はヨシアに対し負の感情を持っているようだった。まずはあれがなぜかを探りたい。
「そういや俺の話ばっかだったな。ヨシアの話も聞かせてくれよ。どこ住み? いつ会える? LINEはやってないんだよな」
「家はタルゴゴ。いつでも会えるよ。僕の話といってもね……」
「なんでもいいよ。普段何してるとか好きな食べ物とかよくやる遊びとか好んでとる仕事とか日頃のトレーニングとか。ほら、話してるうちに俺の常識とは違うこととかわかるかもしんないし。協力してくれよ」
「そう、だね。そういうことなら……」
ヨシアが話し、俠龍が相槌を打ち、ときに質問を挟む。ショコラティエもそれに混ざる。そうするうちにいくつかわかったことがあった。牛と亀の間のような生き物がいて、焼くと美味しく食べられること。ヨシアは個人の戦力としてかなり上等な部類であること。そうでない人間でも、武装しただけで百キロ近い体重の肉食動物を狩れること。魔法使いは絶対数が少ないこと。ヨシアは護衛として商人によく雇われること。常宿にしている『沸き上がる食欲亭』で小遣いをもらってチョコのテンパリングをすることがあること。
「テンパリングの違和感やべえな。転生者のお陰で文化レベルでこぼこってわけか」
「どうだろうね、僕はここの文化レベルしか知らないから。シャロンの世界では違う発展の仕方をしたのかい?」
「どうだろうな。俺世界史成績悪かったから。インド人が0を発明したこととむかーしのギリシャには下水道があったことくらいしか知らないな。スイーツの知識も……。与謝野晶子がご飯に大福を乗せてお茶かけて食ってた、くらいかな」
「下水道ならあるよ。異世界人の知識かどうかは知らないけどね」
「お、そいつは朗報。ウォシュトイレある?」
「初めて聞くね」
「少なくともタルゴゴにはないっぽいかー、残念。ないものは仕方ない切り替えて行こう。おー!」
「おー!」
「いやーヨシアが話のわかる、ノリのいい奴でよかったよ。もしかしたら俺悪魔と一緒に始末されてたかもしれないもんな。あのなんとか君率いる一党に先に見つかってたらやばかったかも? なんかつんけんしてたし」
自分に「さりげなく」は無理だと俠龍は悟った。
「あー、彼らは……」
「なんとか君が特にぶっきらぼうなわけではないさ。私の美味しい契約者は、人望がなくってね」
口ごもるヨシアに変わるように、ショコラティエが嘴を開いた。楽しそうに、歌うように。
「君は僕の悪口となると饒舌だよね、ショコラティエ」
「失敬な。君が言いにくいことを代弁してあげているんじゃないか。どうせ都市に行けば知られることだ」
「それはそうだけどね……」
ヨシアは苦笑しながら俠龍を見る。言いにくいことのようだが、俠龍は聞くのをやめるつもりはなかった。悪人ではないにしても、一緒にいることで俠龍にも不都合があるとしたら、それをしっかり把握しておきたい。
「ヨシアはその有能さゆえに、嫌われものなのだよ。特に同業者からのやっかみは、絶えることがなくてね」
「やっかみ?」
「そう、やっかみ。剣の腕が立ち、魔法に優れ、悪魔と仲が良く、その悪魔は周辺の探知能力に秀でている。傭兵からも魔法使いからも探索者からも、嫉妬の嵐というわけさ」
「ふーん。目の上のたんこぶ? 出る杭は打たれる? 隣の芝は青い? とかその辺の感覚なのかな。俺なら有能な人間にはすり寄っておこぼれに預かるがね。まあこの世界と俺のいたとこじゃまた人間性というかそういうのも違うんだろうとか適当に納得しとくわ。つまりヨシアはただの嫌われもので、犯罪者とか荒くれものってわけじゃないんだな?」
念押しのような俠龍の言葉を、ヨシアは苦笑しながら肯定した。
「犯罪を犯したことはないよ。無闇に人を脅かしたこともない。君の世界の犯罪と照らし合わせてどうかはわからないけど、少なくともこちらの世界で見れば僕は真面目な労働者でしかないよ」
続けて言い訳のように、
「それに、みんなに嫌われているわけでもない。傭兵で僕に当たりが強いのは、魔法なしでの実力が伯仲している人たちだけだよ」
と言った。
「なるほど、仕事が被る連中から嫌われてるってことか。自分の仕事が奪われかねないから」
得心がいったと俠龍。それなら常識の違う自分にもわかりやすい。
「その通り。ヨシアの指名はそれなりに値が張るが、傭兵と魔法使いと探索者の三人を雇うよりもやや安価だ。心得と金のあるものは三ギルドからそれぞれ雇うが、世の多くの人間はどちらかしか持っていない。結果ヨシアは常に人気の傭兵というわけだ」
「ショコラティエが嬉しそうなのは、ヨシアの仕事が増えると魔法を使う機会も増えるからってわけか? 歩合制なの?」
「然り。私を使えば使うほど、チョコの量も質もあがっていく。今回も強力な攻撃を使ったからね。帰るのが待ち遠しい」
ショコラティエとしては現状は好ましいものであるわけだ。
「聞く限りじゃそれぞれのギルドは反目しあってるわけでも無さそうだけど、ヨシアは他のギルドの客を食っちまってるんじゃないか? その辺なんか調整とかしてねえの?」
「さてね。私たちは聞かされていないが、なにかしてはいるんじゃないかな。指名依頼の場合報酬を他ギルドと分けるとか」
「え? そうなの?」
「実際になにをしているかは知らないが、なにもしていないということはないだろう。三ギルドはそれぞれがそれぞれに助け合うことで、絶妙に噛み合っているからね」
単純な荒事なら傭兵が。悪魔や魔物が絡むなら魔法使いが。痕跡を見つけそれを判断するために探索者が。各々の仕事をする。専門分野毎にしっかり分業し人手を確保することが、失敗しないための手立てなのだ。
俠龍はこっそり安堵した。ヨシアが嫌われものだというのは決して良いことではないが、悪人でないというのは朗報だ。
ヨシアには助けてもらった恩がある。都市についてからも身元や事件の経緯について話してもらわなくてはいけないし、今もこちらの常識や身の立て方などを教えてもらっている。
今後どうしていくにせよ、まずはこれらの大恩を返さなくては。