表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

未知との遭遇

 ふたり目は俠龍の接近に驚きながらも俠龍に正面を向けて相対しようとした。俠龍は大きな刃に怯むことなく、移動の勢いを乗せたまま右の親指で喉の窪みを突く。素早く右手を引き左を突き出す。縦拳を見舞うつもりが、踏み込みすぎた。肘に切り替えみぞおちに埋める。膝が落ちたことを確認し、次に向かう。なにやら力がみなぎるのを感じる。踏み込みが軽く、突きの手応えが重い。


「なんか馬力が上がった気がするな。違和感やべえ」

「リュチヤレオール!?」


 仲間がふたりやられたことで男たちはようやく俠龍に気が付いた。ひときわ体の大きな男がそのダミ声を張り上げる。


「ゲレディトウ! ヤームハゥアヤーマン、トミトミ!」


 なんらかの指示を出したのだろうか、八人の男たちのうち三人が俠龍に向かい、残りの五人で三人の若者たちに当たるようだ。指示を出した大柄の男は俠龍に背を向け、若者たちに向き合う。

 俠龍は自分に相対する三人を見る。右から頬傷の男、長髪の男、そしてやけに背の低い豊かな髭の男だ。他ふたりは青竜刀に近い刃物を持っているのに対し、髭の男は鉄でも打つような大きな金槌を担いでいる。


「メーサ!モレ、リュリュリャイ!」

「何語喋ってんのかもわかんねえな。山賊が旅行者? を襲ってるように見えるから乱入したんだけど、それがあってるかどうかだけ教えてくれない?」


 相変わらずなにを言っているかは分からないし、俠龍の言葉が通じているとも思えないが、三人が俠龍に害をなそうとしているのは疑いようがないだろう。そもそも先に仕掛けたのは俠龍なのだし。

 包囲しようとする三人だが、それよりも早く俠龍は足元に落ちていた刃物を拾い上げる。ふたり目が落とした、やはり青竜刀に似た大きな刃物だ。右手に武器を携え、それに隠れるように真半身を取る。ジリジリと後退、足元に倒れる男から離れた。

 それが及び腰に見えたのか、頬傷の男が嘲るように笑い距離を詰めてくる。重心のぶれも頓着しない無防備な歩き方で。やがて頬傷の男は倒れる男に近付き、跨ごうと足を上げた。その瞬間を逃さず、俠龍は飛びかかるような大股の一歩で彼我の距離をゼロにし、驚愕にバランスを崩す頬傷の男の首に刃を突き刺した。

 目を見開いて絶命する頬傷の男。俠龍はやや手首を捻りその刃を引き抜くと、血に濡れたそれを長髪の男に向ける。


「レオール!!」

「いやそう怒んなよ、勝手に使って悪かったって。返すから勘弁な」


 怒りに目を剥く長髪の男の胸元めがけ、俠龍は血塗れの刃を優しく投じた。ボールをパスするように、受け取りやすい位置に。


「リュチヤ……!?」


 長髪の男はそのパスに応じようとしたのか、それとも打ち払おうとしたのか。胸元に飛び込む刃物に目を奪われ、対処するために手を動かそうとした。しかし、投じると共に飛び出していた俠龍の方が早い。腰から打ち出された強烈な左拳が長髪の男の顔面に吸い込まれ、打たれた鼻を中心に拳の形に顔が凹んだ。

 その感触を確かめるより早く、俠龍は右の掌底でもって長髪の男の恥骨を粉砕していた。

 喉から血を噴き死んだ頬傷の男。夥しい鼻血と何本もの歯を吹き飛ばし、血と尿を垂れ流す長髪の男。瞬く間にふたり、いや四人の人間を殺傷せしめた俠龍を見て髭の男はその目を恐怖に濁らせる。

 俠龍は再度地面に手を伸ばす。雑草のうち比較的茎の太いものを何本かまとめて引き抜き、そのまま髭の男目掛けて放り投げた。幸い根から抜けた雑草たちは、髭根に絡んでいた細かい土をともない髭の男の顔面に向かう。


「ップワ!」


 咄嗟に顔を手で覆う髭の男は、己の失策に気付くまもなく俠龍の脛に首をへし折られていた。

 瞬く間に三人を戦闘不能にした俠龍は、両手に刃物を拾い五人の男たちの背後につく。若者はひとりが倒れ五対二。馬車の荷台を背にしているため背後は取られていないが、五人は若者を完全に包囲していた。しかし背後に俠龍がつくことでその優位は大きく揺らぐことになる。男たちにしてみれば、素手で仲間の半分を仕留めて見せた謎の全裸男が、今度は両手に刃物を持ち自分たちの背後を取ったのだ。目の前の若造も存外粘りを見せているし、形勢は五分。いや不利かもしれない。

 そう思った大柄の男は忌々しげに顔を歪めると、手にした刃物で自分の右腕を切り裂いた。驚愕に眉をひそめる俠龍をよそに、大男は勝ち誇るかのように笑う。頭上に掲げられた腕から流れる血は、地面に滴ることなく中空で球状にまとまり始めた。


「なんだぁ!?」


 大男も若者たちも、何を言っているのか俠龍には理解できない。しかし大男が勝ち誇り、若者が焦っていることだけはわかる。この場でこの現象を理解していないのは俠龍だけだが、とにかくそれを続けさせては不味いことは察せられた。


「大道芸はお呼びじゃねえよ。見物料が払えないからな!」


 だから俠龍は大男に走り寄る。他の敵は無視して大男に肉薄する。右手に持つ刃物を顔に向けて投げつけ、開けた右手で脇腹に拳を放つ。同時に左手の刃物で膝の裏を切りつける。上中下段の同時攻撃。俠龍の経験上ひとつ以上は当たる必中の攻撃が迫っても尚、大男の顔から余裕は消えない。投げた刃物が大男の横面に達しようとした、そのとき。


 胸に衝撃。

 一瞬の浮遊感。


 とっさに転がり着地のダメージを減じるとともに謎の衝撃から距離を取る。

 舌に感じる、痛みと血の味。

 吹き飛ばされたことを理解するのに五秒近い時間を要した。がばりと跳ね起き状況を確認する。いや、確認しようとした。俠龍の目が男たちを見るよりも早く、音が響き渡る。


「ハッハハハハハハハハハハハ!!」


 おそらくは、笑い声。不気味な反響と不自然な籠り方をした、不出来な楽器のような声。

 声を上げるのは血色の人形。髪も耳も目も口もない、つるりとした五体で地に立つ一メートルほどの異形だった。

 恐らく俠龍にもそうしたのだろう。血色の異形は両手をデタラメに伸ばし、側に立つ男たちの胸を打ち据える。襲う側も襲われる側もなく、みな胸にこぶし大のへこみを造り地面に転がる。胸郭がへこむほどの力で打たれたのだ、心臓も無事では済んでいないだろう。異形は、まるでそうするのが当然のように、側に立つ大男をも殴り飛ばした。今や俠龍の前に立つのは、その異形ただひとつ。


「なんなんだこいつは……」


 立ち上がった俠龍が発した呟きに、異形は笑い声を止めた。血でできた顔を俠龍に向け首をかしげる。動作を人間に当てはめてよいのなら、疑問に思っているのだろう。こいつはなぜ生きているのか、と。


「いやそんなもん俺も知らねえけどさ」


 ひとりごち、左を前に半身をとる。この異形がなんなのかは分からないが、どうせ敵だ。異形から目を離さずにコンディションを確認する。呼吸の度に胸が痛む。ひびでも入ったか。地面を激しく転がった自覚はあるが、捻挫はおろか擦り傷もない。裸足で力強く踏み込んでいるのに足の裏もどうやら無事。理屈はわからないが、胸の痛み以外は無傷だ。

 左手は開き、やや肘を曲げて胸の高さ。右手は緩く握って臍の下。肩幅よりやや狭く開いた足の真ん中に重心を置いて立ち、左の爪先は敵に向く。俠龍の基本スタイルだ。

 異形は気付く。この人間は自分に敵対するつもりだと。

 異形は思う。生意気だと。人間は自分に怯えるべきなのだと。

 苛立ちのまま異形は右手を俠龍に向けた。子どもほどの体躯で十メートル近い距離をどう積めるのか。

 俠龍の疑問に応えるように、右手が伸びた。


「文字通りかよ!」


 早いが距離がある。

 先と同じように俠龍の胸に向かって伸びる血の腕を、俠龍は転身し左腕で上から巻き込むように捕らえ、一気にへし折る。

 ……つもりでかち上げた右手には、車のタイヤのような重く柔らかい感触が伝わるのみだった。血の腕は、かち上げた右手に沿うようにグニョンと形を変える。


「……そりゃそうだよな骨なんかねえよな! ちくしょう、ファンタスティックな体しやがって!」


 やけくそ気味に叫び、両腕を掴み体ごと後ろに下がった。バランスを崩そうと思っての行動だったが、俠龍が引っ張った分腕が伸びるだけで異形の本体は小揺るぎもしない。


「ちょっと理不尽すぎだろキン消しくんよぉ。あの大男の体中の血を集めたってこんな量にはならないんじゃねえの?」


 よく分からないが、物事の推移を純粋に受け止めるのなら、きっとこの異形は血の球体が変形したものなのだろう。血で作られた人形がなぜか個体になってどういうわけか動いて信じられないことに笑って自分に敵意を向ける。


「あの小汚ない男の血液かよ。感染症が怖いから顔は殴らないでくれよな」


 俠龍は物理も生物も得意ではなかったが、少なくとも俠龍の知る科学ではこの状況を再現出来ない。出来ないが、事実として不可思議があるのだ。なにがしかの法則でそうなっているのだろう。仮説も立てられないし推測も得意ではない俠龍に出来ることは限られている。

 すなわち、動かなくなるまで殴るのみ。


「いや待てよ、逃げてもいいのか。事情はわからんままだったけどもう誰もいないし。こんなわけの分からんハイディホーを相手にすることもないか」


 そう決めると、俠龍は背中を向けて走り出した。右に左に蛇行し木を盾にするように異形から距離を取る。足の裏に枝や小石を感じるが、痛みがないお陰で走るのに支障はなかった。


「結果論だけど、俺が追い詰めなきゃ山賊風味な男たちは生きてたかも」


 連続する不思議を前に平常心を保とうと軽口を叩く。チラと後ろを振り返るもあの異形が追ってきている様子はない。このまま逃げ切れればいいのだが、自分の人生がそううまく運ばないことを、俠龍はよく知っていた。

 頭上で枝が揺れ、葉が擦れる。肩越しに振り返ると、異形が樹上を追ってきているのが見えた。伸ばした腕で木の枝や幹を掴み、それを縮めて移動している。猿さながらの身軽さだ。


「腕だけじゃなくて体もついてこさせるのか。見た目ほど便利な体じゃなさそうだな」


 体を引き寄せる手間があるためか、俠龍の方がわずかに早い。だが異形の体力が未知数だし、無尽蔵でもおかしくない理不尽さを感じる。緊張を強いられる俠龍の体力がどれくらい持つものか……。

 ふと、苦々しい予想に顔を歪める俠龍の前に人影が現れた。成人男性としては小柄な俠龍と同程度の背丈の青年だ。鈍い銀色の髪に磨かれたアメジストのような虹彩、赤銅色の肌を持つ男性。革製の肩当て、胸当てを着け左腕にバックラーを、右手に尺骨ほどの短剣を持っている。

 驚きと警戒で俠龍の足が鈍る。背後で物音。咄嗟に振り返った俠龍の頬が強かに打ち据えられた。長く伸びた血色の腕が木の幹を掴み、その本体を引き寄せる。もし青年が敵なら、俠龍は挟み撃ちにされた形だ。逃げる方向は俠龍が決めたので待ち伏せとは考えにくいが、無関係であるなら俠龍が青年に災厄を運んでしまった形になる。

 プッ、と口中の血を吐き出し異形に向けて構えを取る。


「くそ、口ん中切っちまった……。感染症の検査って保険おりるかな」


 青年が逃げる時間を稼がなければ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ