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決着

 闘いは膠着していた。

 シュルクは侠龍を警戒しながらも果敢に攻め、侠龍はそのすべてを避け、いなす。トンファーは木製のため正面からは受けられない。剣の腹を叩いたり、トンファーを削るようにしながら受け流すのがせいぜいだ。

 シュルクの攻め手は単調で起こりが大きい。大きく振りかぶったり、足に力を溜めたり、その予備動作でどこをどう攻めるかが侠龍には読める。だから侠龍には当たらない。

 侠龍は迂闊に攻められずにいた。手首や肘、膝を狙って打ち込むが、利いている様子がない。もう一歩踏み込んで顔を打とうとしても、そこは剣や爪が巧みに邪魔をする。顔を覆っていないのは誘いであるのだろう、狙われることに慣れている動きだ。


「ふっ!」


 吐息に一瞬遅れて繰り出される袈裟斬りを、大きく左手側に避ける。そこは剣の内側だが、爪の外側に出る方が重要だ。剣の外側に逃げて爪に引っ掛かられでもしたら、もう避けようがない。


「ハァッ!」


 避け様にトンファーを回し、膝を打つ。跳ねて自分の腕を打とうと構わない。大したダメージではないが、着実にダメージを与えていくことが先決だ。


「参ったねぇ、強くて。俺鎧もなにも着てないのに武装した騎士様相手に決闘とか、これがタルゴゴのスタンダードなんですか?」

「貴様が賊を相手に裸で立ち回ったことは聞いている」

「下賎な賊徒と高貴な騎士様を一緒にしちゃいけませんでしょう」


 いくら刃引きしてあるとはいえ金属の棒だ。頭に落ちれば死んでもおかしくない。腕や手首で受けても骨折のリスクは当然ある。せめて防具が出来るのを待ってもらえばよかったと後悔するが、後の祭りだ。

 頭の片隅で理性の一部が叫ぶ。負けても死ぬわけでなし、骨折でも裂傷でもさっさと負って、負けてしまえばいいと。

 しかし体は避ける。いなす。目は観察し、理性の大部分はどうすれば勝てるかと考える。闘いが始まる前ならいざ知らず、始まってからわざと負けるには、侠龍は若すぎた。


「せいっ!」

「ぐお……!?」


 侠龍が振り抜いた拳が膝を捉える。何度目かの打撃で、ようやくシュルクはバランスを崩した。上体が大きく傾ぎ、侠龍の眼下に後頭部を晒す。

 ここだ。


「ちぃぇりゃぁぁぁ!!」


 今日一番の気合いと発声。トンファーを打ち付ける全力の右拳槌打ちを後頭部に放つ。もちろん殺さないよう振り抜きはしないが、持てる最速で打つ。


 バキャッ、と音が響く。手には確かな手応え。しかし結果は到底満足のいくものではなかった。


「ぐぁぁっ!」


 シュルクの口から苦悶の声が漏れる。シュルクは自身がバランスを崩したと見るや迷いなく体を投げ出し、頭を守ったのだ。そのため侠龍は狙いを外し、渾身の拳槌はうなじの甲殻を砕くに終わってしまった。

 しかもその一撃でトンファーは弾け、右のトンファーはもう使い物にならなくなってしまった。

 右手に刺さる木片の痛みを無視し、追撃に移る。だが左拳での下段突きは転がるシュルクに避けられてしまった。


「なんの!」


 転がるシュルクを追って足を踏み下ろす。ドシンドシンと杭のように足を打つが、シュルクはさらに転がり避けていく。加護のおかげか足が痛むことはない。侠龍は体勢を整えさせまいとさらにシュルクを追いかけた。


「く……、ハァッ!」

「っつ!」


 シュルクの振るった左腕が侠龍の右足を捉えた。不十分な体勢で振るわれたそれは、地面に着く直前の足を狙ったものだ。鉤爪で足を払われた侠龍もまた地面に転がる。その間にシュルクは起き上がり、今度はシュルクが侠龍を狙うが、侠龍はブレイクダンスのように胴を捻って足を振り回し牽制。その勢いを利用して跳ね上がった。

 着地の衝撃で痛みが走る。鉤爪がアキレス腱を引っ掻いている。雑なナイフで撫でられたようないびつな傷跡ができてしまっていた。


「器用なものだなっ!」

「ジャッキーファンなんだ」


 シュルクが突きを放つ。反射的に身を捻って手を取ろうとした侠龍だが、足の痛みで捻りが甘くなってしまった。左肩に剣が突き刺さる。


「ぐあぁっ!」


 刃引きされているため深く刺さりはしないが、刺傷は刺傷。痛みが強く、血も流れる。刺された瞬間の身動ぎで、腰に着けていた財布が地面に落ち、じゃらりと重い音を立てた。

 脚力を活かし大きく飛び退く侠龍。追うシュルク。右足と左肩を負傷した侠龍は、今までのような素早い動きはできないだろう。それが分かっているシュルクはここが勝機と飛び掛かった。


「でやぁぁぁぁ!!」

「くっ……!」


 叩きつけるような気合い。短い助走から一息に距離を詰め、侠龍の眼前にシュルクが迫る。筋力と体重が乗った一撃は、間違いなく受けた骨を折るだろう。そうなるともう勝負は決まったようなものだ。

 シュルクは勝負を決めに来ている。侠龍も賭けを迫られた。


「くらえっ!」


 シュルクの剣が振り下ろされるなか、侠龍は右手を左肩に引き上げた。それは防御のための動作ではない。カウンターのためでもない。シュルクの体に触れもしないその動きは、シュルクの動きを乱すためのものだった。

 今まさに侠龍に渾身の一撃を見舞おうとしていたシュルクは、背後から膝を叩かれたのだ。


「な、んだと……!?」


 不意の衝撃にうろたえるシュルク。転倒はさけようとバランスを取ることはできたが、剣を届かせることはできなかった。

 侠龍とシュルクの距離は一メートル未満。シュルクがバランスを取り戻しきる前に、侠龍が前に出た。痛めた右を前足にして踏み込み、痛めていない右肩での体当たりを打つ。中国拳法の靠撃(こうげき)だ。

 胸甲に当たるためダメージは期待できないが、両者の距離はさらに離れる。それを確認した侠龍がすかさず「むん!」と右手を振るうと、空気がうなりを上げた。


 ガシャッ! と籠った音がシュルクの頭を叩く。低くうめくシュルクは正体を確かめようと視線を動かすが、それより早く侠龍の手が閃く。一瞬遅れ、三度(みたび)衝撃。横面を殴られた。反射的に持ち上げた左腕が、なにかを捉えた。

 細く、柔らかく、張りがあるそれ。


「革紐……?」

「ご名答。正解者にはひとしくん人形をプレゼント」


 侠龍が財布を手元に引き寄せ、長く持った革紐を振り回す。ビュンビュンと空気を切り裂く皮袋はだんだんと速度を増していき、高速で回るそれはやがて目で追いきれなくなった。

 硬貨が詰まった皮袋を流星錘(りゅうせいすい)代わりに使っているのだ。


「うまく使えないから、当たりどころ悪くても勘弁な!」


 侠龍が腕を振り抜くと、ビュオンと一際大きな風切り音が鳴る。それに合わせて皮袋が舞い、咄嗟に剣を構えたシュルクの右腕を強かに打ち据える。その重さと衝撃にシュルクは顔をしかめるが、剣は落とさずに済んだ。

 そのままシュルクが走る。シュルクに当たった皮袋は紐もたわんで地面に落ちようとしている。引き寄せるには時間がかかると読み、速攻に出たのだ。


「小細工は終わりだ!」


 距離を詰めながら焼き直しのような大上段。皮袋の位置は把握している。先程より足を低く踏み込んだ。今度はバランスを崩しはしない。


「はぁぁぁっ!!」


 迫る剣を前に、しかし侠龍には先程よりも焦りはない。侠龍の体勢も崩れてはいない。

 すっと右足を出す。シュルクの激しさとは対局な、静かな体重の移動。その右足が地面を踏むよりも早く、右のリードパンチがシュルクの鼻を打った。


「ぶっ……!?」


 打ち抜くでも打ち砕くでもない緩い一撃だが、早い拳。それはそこで終わらない。右拳と入れ替わり、痛みをおした左拳がシュルクの鼻を打つ。また入れ替わり右。入れ替わり左。入れ替わり右。次の左は掌を上向けた抜き手。手刀部で耳を擦りながら振り抜き、そのまま後頭部の髪を掴み引き寄せ、右の肘で迎え打った。

 ぐちゃりと湿った音が響く。鼻骨の折れた感触が伝わった。シュルクは振り上げていた剣を落とし、右手で顔を覆って膝をつく。その指の間からはボタボタと赤い血が流れ落ちていた。


 

 ◯


「君は強いな」


 決着をのちシュルクの口からでたのは、素直な称賛だった。決闘の前の様子からは想像できなかった言葉に侠龍が鼻白む。


「純粋な露皮種に負けたのは初めてだ。正面から闘ってこれなら、昨日の結果も恥とは思うまい」


 側頭部と鼻に布を当てていて顔は半分以上隠れているが、その声には朗らかさ、清々しさが滲んでいるようだった。


「あー、納得いただけたならなによりですがね。治療費の請求は沸き上がる食欲亭まで持ってきていただけます?」

「請求などするまいよ。決闘で負った名誉の負傷だ」

「そうなると俺の怪我も自己負担ってことか……」


 左肩はともかく右足は問題だ。アキレス腱を負傷していては、せっかくなると決めた傭兵の仕事もおぼつかないだろう。魔法の医者の伝手でもないか、と口を開きかけたが、横でヨシアが言った。


「え? シャロンは地神の加護を持ってるでしょう? それくらいすぐ治るよ」

「持ってるには持ってるらしいけど……。え? 治癒力が上がるってそんなに劇的に上がるもんなの? スラフシステム?」

「なるほど、君の強さの秘密は地神の加護か。過去に複眼を半分潰された者が治った例もあると聞く。加護の深さにもよるが、それくらいなら一晩もすれば治るだろう。その、スラフシステム? は、知らないが」

「聞き流してくれ。一晩か。腹八分目だな」


 加護とは侠龍が思っていたよりも便利なものらしい。神の恩寵を便利というのは不信心かもしれないが。

 アキレス腱と複眼の違いはあるが、治ると言われれば希望もわく。同時に感謝も。神社なり神殿なりはあるだろうか。喜捨をして、聖印に祈りたい。


「私は部下と団の宿舎に帰るよ。困ったことがあったら支部に来て私の名前を出してくれ。力になれることもあるだろう」


 そう言って朗らかに笑うシュルク。その所作からは当初あった怒りを感じることはできない。後ろに従う従士も同様だ。侠龍は困惑するが、この手の手合いとは日本でも関わりがあった。彼ら彼女らにとって、一度拳を交えた相手はもう友人なのだ。


「ありがとう。食うに困ったら借金しに行くかも」

「ははは。私も薄給だが、出来る限りの力になろう。では、これで」


 身を翻し、肩で風を切りながら歩く騎士達。それを見送り、侠龍とヨシアも歩き出した。右足が痛むためひょこひょことだが。するとヨシアが興奮したように言う。


「すごいよシャロン! 騎士と決闘して勝っちゃうなんて!」

「うわびっくりした。急に大声出すなよ……。すごいって、ヨシアも勝てるだろ?」

「僕? 無理だよ! 魔法をを借りたらそりゃあ、勝てるだろうけどさ」

「だろ? じゃあ勝ちじゃん」

「僕が野盗の類いなら、それでもよかったんだけどね。それじゃあ騎士にはなれないからね」

 

「へえ? ヨシアは騎士になりたいんだ?」

「そりゃあもちろん。僕だけじゃなくて、大抵の傭兵は騎士や兵士になりたいと思ってるよ」


 兵士も騎士も、定職だ。仕事がなくても収入があるし、仕事の一環でトレーニングもできる。一軍の将になるには才能もいるが、一兵卒でも構わないという。


「高給だしね。それに、大勢の誰かの役に立てる」

「世知辛いやら尊いやら……。騎士やら兵士やらっていうのは、魔法を使うとなれないってこと?」

「ううん。悪魔憑きが問題なんだ」


 悪魔憑きは信用の必要な職にはつけない。悪魔は人には扱いきれない。交渉の最中に商売敵に、戦争の最中に敵軍に、寝返られでもしたら大変な損害となる。ショコラティエがした侠龍の証言のように、極めて限定的、一時的なものでもなければ、悪魔憑きは公職にはつけないのだ。


「僕が傭兵としてやっていけているのは、ひとえにジンレンさんのおかげなんだよ。あの人が使ってくれなかったら、騎士は諦めて魔法使いギルドに入っていたかもね」


 ショコラティエがいつまでヨシアに憑いているか分からない。ショコラティエが離れたあと、ヨシアに魔法が残るかもわからない。だからヨシアは傭兵になった。白兵戦を学び、いつか兵士に、騎士になるために。


「夢があるってのはいいことだよな。それじゃ今回は騎士に顔繋ぎができたってことにしとこうぜ」

「それはそれとして、シャロンは慎重さを身に付けてよね」

「次回のアプデに期待しよう。運動したら腹減っちゃったよ。なんか食べようぜ。あ、近くに病院ある? 消毒くらいはしときたいんだけど」


 傭兵ギルドへの到着が遅れてしまうが、急ぐ目的があるわけでなし。ショコラティエにチョコを与えながら、ふたりは互いに胃袋と相談しながら何を食べるか話し合った。

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