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やらかした

「ヨシアの用事って仕送りだったんだな」

「うん、そうだよ」


 孤児院を出てしばらく。ヨシアと侠龍は朝来た道を逆に辿っていた。


「ジェスキドンさんも言ってたけど、あそこは経営がぎりぎりでね。幸い僕は稼ぎがあるから、定期的に仕送りをしてるんだ」

「これからは俺もその一助になるわけだな」

「ふふ、よろしくお願いします」

「いえいえこちらこそ」


 タルゴゴは大きな円の形をしている。建物を円状に配置され、壁から遠い、中心部ほど人の通りが活発だ。金持ちや権力者、市長の住居、大きな商店か各ギルドが中心部に建てられている。

 そこから外周に向かうにつれ、格落ちの商店や露店、宿屋が並ぶ。沸き上がる食欲亭はここだ。さらに外周にはさらに小さな商店や民家が並ぶ。中心部を中央区、それ以外を外周と呼ぶことが多い。

 今侠龍とヨシアはふたり並んで中央区へ向かっていた。


「俺はなんとなく歩いてるんだけど、ヨシアは目的地があんの?」

「とりあえず傭兵ギルドに向かおうかな。昨日の調査がどうなったかも気になるし」

「ああ、昨日の。それは俺もちょっと気になるな。なんか痕跡でもあれば、こっちの世界に来た理由というか、原因とかわかるかもしれないし」


 是が非でも日本に戻りたいという欲求を、侠龍は持ってはいなかった。戻らなければいけない理由もないし、戻ってやりたいこともない。だがなぜ世界を移動してしまったのかが分からなければ、侠龍は今後も突然の転移に怯えて過ごすことだろう。


「とはいっても、これまでの俺の人生分と、交遊関係&テレビでよく見る人たちの人生分くらいには低い確率みたいだから、怯えるだけ損なのかもしれないっちゃあ、しれないけどな」

「じゃあシャロンも一緒に来るってことでいいのかな?」

「ぜひご一緒させてもらいたいね。でないと帰り道もわからないもんで」


 そうして歩きながら、侠龍そうだ、と声を上げた。


「贔屓にしてる武器屋なり防具屋なり鍜冶屋なり道具屋なんかを教えてもらえないかな。やっぱり傭兵になろうと思ったもんで、初期装備を整えたいんだ」

「あ、やっぱり傭兵になるんだ」

「ま、他に道も無さそうだしな」


 侠龍の脳裏に昨日の戦闘がよぎる。

 ヨシアとの試合で手も足も出せずに落ち込んだ侠龍だったが、昨日の賊相手には終始優勢で、悪魔が出るまで一撃ももらわなかった。ヨシアとの試合にしても、元職業軍人から誉められたではないか。自分の腕を過信するわけではないが、そのことを思えばやはり傭兵になるのが手っ取り早く稼ぐには良いだろう。

 というより、他に選択肢はない。こちらの常識に疎い身では、動植物の痕跡や古い時代の遺跡を追う探索者にはなれるはずもなく、魔法が使えないので魔法使いでもない。頬の魔法を見せて稼ごうにも定期収入には繋がらないだろう。


 日本の技術や知識を持って産業に介入しようにも、こちらの世界のそれがどのレベルなのかもわからないし、それと比べて日本産のものが優れている保証もない。それ以前に侠龍は生粋の消費者で、専門的な知識を持っていない。

 商人になろうにも読み書きができず、通貨にも慣れていないので偽貨をつかまされてもわからない。商品を手に入れる伝手などあるわけもなく、商品の良し悪しもわからない。

 だが傭兵ならば、最悪は体ひとつで始められる上に、すでに通用することも分かっている。さらには先輩からのうはうを学べるのだ。天が傭兵になれと言っているかのようでないか。


「というわけで、俺を指導してください。お金はあります」

「あはは、僕でよければよろこんで。それじゃ、まずはいい鍜冶屋を紹介しようか」

「助かるぜ先輩」



 ヨシアが案内したのは、中央区から一本外にある、立派な構えの店だった。

 侠龍の感性から言えば控えめな大きさだが、建築技術が日本ほどに発展していないこの都市を基準とすると、なかなか儲かっているのではないだろうか。


「ここがヨシアの行き着け?」

「そうだよ。この看板を覚えておいて。ジアン国チャンのティエの店、って書いてあるから」

「ジアン国チャン?」

「ジアンっていうのは、タルゴゴから西方にある国でね。馬車なりなんなりで、半年もあればつくかな。チャンはそこの首都で、凄腕の職人を多く輩出している国なんだ。ジアンの品っていうだけで値段が跳ね上がるくらいにね」

「ブランド品ってわけだ。それは結構だけど、いまんとこ俺には収入の当てもないし、初期投資でブランド品はちょっとなぁ」

「大丈夫だよ。ここの職人のティエはジアンの職人としては二流でね、ジアンのブランドを名乗れないんだ。だから値段はそれほどでもないけど、そこらの職人よりはずっと良いものを作ってくれるよ」


 へぇ、と相槌を打ちながら店の中に入る。商品と思われる金物や武器、鎧の類いが所狭しと並べられ、あるいは壁に掛けられていた。


「エージェントKの昔の家の隠し部屋みたいだな。こっちの壁は木製だけど」


 侠龍が商品を見ていくと、そのサイズがおかしいことに気がついた。異様に短く、薄いナイフ。やたらと大きく太い鍬。小さな鍋や、長く分厚いスプーンなどだ。

 はじめは技術をアピールする狙いかと思った侠龍だが、すぐにそうではないと思い直した。単純に、人類のサイズが幅広いのだ。カッパは二メートル強の体躯を持っていたし、昨日侠龍が倒した連中の中には侠龍の半分ほどしか身長のないものもいた。

 とすると壁に掛けてある用途の知れないあれやこれやは、侠龍とは手の構造が異なる客に合わせたものだろうか。

 動物や昆虫の特徴が千差万別となると、まさか各々特注なのか。体の大きさや構造、見た目の個人差が大きいのなら、なるほど職人の腕前は重要だ。侠龍がタルゴゴを歩いて見た限りでは、ただの、言うなれば純粋な人間というのは非常に少なく見えた。今のところは昨日の賊の何人かとヨシア、ボクシアードだけだろう。ゴルドたちもそれぞれ少し違っていたように見える。

 自分が少数派ということは、規格などの用意もないかもしれない。結局は高くつきそうだと、侠龍は内心でため息を吐いた。


「お客かな? いらっしゃい」


 店内を見回していると、カウンターの奥から声がかかった。声につられてそちらを見ると、半裸の女性がのっそりと出てくるところだった。


「ようこそ、ジアン国チャンのティエの店へ。あたしがジアン国チャンのティエだよ」

「どうもご丁寧に。俺は日本の関東の東京の侠龍だよ」


 ティエは肘から先が人間で、他に見える部分はすべてヨーロッパバイソンだった。表情の読めない口が動く。


「おやヨシア。もう研ぎかい?」

「いや、今日は違うよ。友人を紹介しに来たんだ。昨日タルゴゴに来たばかりなんだけど、傭兵になるっていうから、武器とか防具を見にね」

「へぇ、傭兵に」


 ティエはじろりと侠龍をねめ付ける。侠龍はなんとなく身構えるが、ティエには人間的な表情がなく、目線の意図は読めなかった。


「盗賊の客はごめんだけど、露皮種の傭兵は大歓迎だよ。武器も鎧も、がんがん使って、買い換えておくれね」


 ぐわっと歯を剥くティエの声色から、どうやら笑顔を向けられたらしいと悟った侠龍も、同様に笑顔を返した。


「死なない限りはそうさせてもらうよ。俺には自前の角も爪も、甲殻も鱗も獣毛もないからな」


 ヨシアやティエからすれば当たり前で、わざわざ口にすることもないようなことだろう。だが侠龍は意識していなければうっかりそのことを忘れてしまいそうだった。

 昨日と今日で見た人々の営み。

 虫や獣の特徴を持った人間は、兵士や傭兵に多かった。

 特徴を持たない人間は、商人や代筆、宿屋や孤児院経営などをしていた。

 強い人間と弱い人間。その差が隔絶しているのだろう。

 ヨシアと違って魔法を持たない侠龍では、傭兵で生計を立てるのは難しいかもしれないが、賊に身を落とすよりずっとましだ。


「どのみち俺にはこれしかないんでね。武器と防具の相談をしたいんだけど、いかがかな」

「もちろん承ろうじゃないの。お好みは?」

「とりあえず籠手(こて)(すね)当てが欲しいな。あとは、鉢金と胸当て。あ、鎖帷子とかある?」


「籠手に脛当て、鉢金、胸当て、鎖帷子ね。形やデザインに希望はあるかい」

「特には。あ、籠手と脛当ては手首と足首が動かしやすいのがいいな。籠手は指先は覆わなくていいかも」

「ふうん? 変わった要望だね。そうすると、手首は繋げた鎖でいいかね」

「あ、じゃあそれで」

「僕は適当に剣を見てるから、ゆっくり決めてくれていいからね」

 

 ヨシアの気遣いに目礼を返す侠龍は、鎧を着て戦ったことはない。それどころか単純に着たことも、構造を調べたこともない。なので侠龍の要求は、なんとなくこれが必要かな、という思い付きによるものでしかなかった。

 手足を使うので保護しよう。でも自由が効かないのは困るから指は出そう。頭の保護は最優先だな。でも視界が狭くなったり重くなるのはいやだな。よし、じゃあ鉢金だ。

 その程度の、言わば浅知恵だった。

 

「武器は、そうだな……槍とトンファーが欲しいな」


 侠龍はろくに武器を使ったこともなかった。不意打ちにボールペンを使ったり、石を投げたり棒で殴ったりといった程度だ。それでも武器を求めるのは、リーチを確保するためであり、潰れない拳を欲したからである。

 そのため武器の王たる槍と、複雑な使い方を要しないトンファーを選んだ。トンファーは振り回さなくても、拳の延長や、固い肘、腕刀として使える。熟達するまでは、そちらの使い方がメインになるだろう。槍の心得は全くない。昔通った道場で棍を使ったことがある程度。あとは、動画サイトで演舞を少々。


「嘘か真か、把式爺爺は外回しと内回し、それから突きだけでいいと言ったとか言ってないとか。その猿真似でもしてみようかなって。生兵法は怪我の元って? 知ってる」

「賑やかなやつだね。槍の長さはどうする?」

「あー、どれくらいがいいんだろう? 身長とちょっとくらいなイメージあるし、俺の身長くらいの柄に刃でひとつ。あ、柄の素材なんだけど、こう、しなる木材ってある?」

「あるよ。じゃあそれを使えばいいね」


「あ、ちょっと待った。ここで言う槍ってどれになるんだ? ランスとかスピアとかパイクとかジャベリンとか種類あるしな……。あとでイラスト持ってくるわ」

「はいはい。こだわりがあるのはいいことだね。露皮種のくせにありものを持っていこうなんて言い出したら、売るのを止めるところだよ」

「わおラッキー。でも貧乏人に優しくない。素槍と鎌槍と十文字槍で悩んでるから、それが決まったら持ってくるわ。取り敢えず俺の身長くらいの柄だけ注文ようかな」

「はいよ。太さを見たいからあとで見本から選びな」

「はーい。しかし当たり前にみたいに受け入れられたけど、欲しいもんが全部あるみたいでよかったよ。いっそネット販売とか無いかな」


 侠龍の扱おうとする槍は日本や中国のものだ。前手を支点にして後ろ手で石突き近くを持ち、後ろ手で穂先を操る。

 侠龍のイメージするしなる柄とは中国の槍に見られる特徴だ。穂と柄の根本に染めた馬の毛などを着け振り回すことで敵の気をそらす。侠龍はそこまでを知らないが。


「で、トンファーはどうするね?」

「どうしようね。どれくらいがちょうどいいものなのかも知らんのよね。取り敢えず指先から肘まででいいかな。長すぎるかな」

「あたしに相談してるなら、分からないとしか言えないね。トンファーは露皮種の手でしか使えないし、好んで使う人も少ないからね。盾と剣じゃダメなのかい?」

「ダメってこたないんだけど、俺剣も盾も使ったことないからさ。練習はするけど、キャップほどのシールドスローができるまでは慣れ親しんだスタイルで行きたくてさ」

「なるほど。こだわりがあるのはいいことだね。見本を用意してやるから、それで試してから決めな」

「マジで? いやぁさすがヨシアの紹介だけあってサービスがいいね。まさかタダで見本くれるなんて」

「寝惚けんな、金はもらうよ。安くはしてやるけどね」

「十分だよ、ありがとう」

「どういたしまして。おーい、奥からトンファー何本か持ってきな!」


 ティエが店の奥に声を投げると、反響を伴う返事が帰ってきた。奥にも誰かいるようだ。

 その後も侠龍の要求を詰め、採寸を終えると、金の話になった。


「で、予算は? 全身揃えるならあたしも勉強させてもらうけど、数が数だ。安価じゃ請け負えないよ」

「店に入る前に相場をヨシアと相談しとくんだったと後悔しきりだぜ。全部で二十万ギル以内におさまるといいんだけど」


 それは侠龍の全財産の三分の二ほどの大金だ。いまだ収入のあての無い身としては破格の出費である。だが荒事で身を立てようというのに、自らの身を包むものをケチるつもりは毛頭なかった。ただでさえ裸足は変えられないのだから、せめて他は包みたい。


「あいよ、二十万ね。じゃあ二十万に収まるように作るから、日が経ったらまたおいで。なにから作って欲しいとか、これは後回しでいいとか、希望は?」

「特に無いかな。どのみち揃うまで仕事はしないつもりだし。あ、いや、武器の練習したいから武器からお願い」

「ならさっさとイラストを持ってきな。柄なら明日までに用意してやれるから」

「あまり繁盛してないってことかな?」

「あたしの仕事が早いってことだよ」


 商談が煮詰まって来た頃、店の奥から声がかかった。


「ティエさん、トンファーです。ここに置いておきますね」

「ああ、ありがとうね」


 声の主は扉の影から顔を覗かせることもなく、扉の影にトンファーを置いてそのまま奥に戻ってしまったようだ。男性とも女性ともつかない、澄んだ声だった。


「さ、どれがいいかね」


 そうしてティエに示された見本は四対。すべて木製。うち最も短いものは子どもが使うかのように短く、最も長いものは侠龍の肩から手首までの長さがあった。柄もそれに合わせて太く、とてもじゃないが握れない。

 残りの二対はちょうど侠龍のような体格の者に合わせたのだろう。少なくとも握れないようなことはなかった。

 一対は肘から手首まで。もう一対は肘から指先まで。


「これ俺の要望にジャストミートじゃん。重くもないし、取り回しも……」ひゅんひゅんと二、三度回し、「うん、悪くない」


 持ったまま軽く体を動かす。柄を握ると拳から五センチほど先端が出ているため、反対の腕にぶつけないよう練習はいるだろうが、素手で堅い甲殻や鎧を殴るよりずっと良いだろう。反対側は肘までカバーできている。


「おし、じゃあこの長さで作ってもらおうかな。木製で」

「あいよ。出来上がるまでそいつで練習するといい。格安で貸してやるよ」

「いいね、助かる。ありがとう」


 長さと太さの型を取ってから、見本のトンファーを受け取った。トンファーの正しい持ち方など知らない侠龍は少し迷ったすえに、腰にぐるりと巻いている財布の革紐に挿すことにした。腰の両側に一本ずつだ。


「じゃ、槍のイラストは明日にでも持ってくるわ。支払いはその時でも?」

「本当なら前金をもらうんだけどね、ヨシアの紹介だ。出来上がってからでいいよ。作らせるだけ作らせて買い取らないなんてことはないだろう?」

「ヨシアの信頼すごいな。常連なのか?」

「そりゃあね。本来は剣も鎧も、電気を通すようには出来てないんだよ。それをそんな使い方するもんだから、何度研いでもキリがない。身の丈ほどの大剣を持たせたって、一年と経たずに片手剣にしちまうだろうさ」

「そりゃすげえ」


 商談から雑談に移りふたりで笑いあっていると、ヨシアが手に短剣を持ってやってきた。


「僕の話してた?」

「ああ、ヨシアは消費者の鑑だなって」

「そう? それほどでも……」


 照れ臭そうに鼻をこするヨシアだが、もちろん褒めたわけではない。ティエもそれは同様で、どこか呆れたように短剣の代金を受け取っていた。


 

 ◯


 ティエの店出たふたりは、今度はまっすぐに傭兵ギルドを目指して歩いた。侠龍は腰にトンファーが、ヨシアは短剣が増えている。


「ヨシアはナイフも扱えるのか」

「誰かに訓練を付けてもらったわけじゃないけどね。基本的には魔法を使うから、武器は手加減用なんだけど」

「刃物使う方が手加減になるような人間と、俺は今歩いているわけだ……」


 さもありなん。消えたようにしか見えない速度で移動し、バックステップのついでに交通事故に匹敵するダメージを与えるのがヨシアなのだ。ならば切り傷のふたつみっつも与えて、戦意を喪失させるほうが情け深いと言えよう。


「それに、僕が使う魔法は被害が広がりやすいからね」

「被害が?」

「うん。ほら、雷って、伝わるでしょう?」

「あー、木に落ちたら周りにも被害が出る、みたいな話? それって魔法で制御できないの?」

「できないんだよね。雷を作って打ち出すまでは制御できるんだけど」

「そっから先は自然現象ってわけか。物理法則に乗っ取りますって? ベクトル操作で飛んできた瓦礫に幻想殺しは効かないってことね。あれ? じゃあもしかして昨日はあわや森林火災のピンチだったってこと?」


 ヨシアとショコラティエの魔法は被害を限定しづらい。周りに何もなかったり、周りに敵しかいない状態なら無類の強さを発揮できるが、人混みや建物、森の中や水場ではその行動は大きく制限されるものだ。

 それでもヨシアが東の森の依頼を受けたのは、身体能力を底上げする魔法があるからだ。あの魔法で素早く動き、素早く事態を収集することが、ヨシアの仕事である。


「魔法って聞くとめっちゃ便利なイメージだったけど、そうでもないんだな。ヨシアでポン! で頭の上にたらいを召喚して落としたり、杖を向けてナメクジ食らわせたりはできないの?」

「どうだろうね、出来る魔法使いもいるかもしれいけど、その魔法を持つ悪魔は契約を取るのが大変だろうね」

「契約は足で取るもんだよきみぃ」


 雑談をし、笑い、露店をひやかしながら歩く。人が行き交うだけあって、色々なものが売っていた。魚の串焼きや虫の団子。動物の脳みその薫製に野菜のスープ。いずれも侠龍が知らない生き物を、知らない方法で調理したものだ。そのどれもが、侠龍からすれば奇抜な見た目をしていたが、それぞれ違った美味しさで侠龍を満足させた。

 無駄遣いを戒めなさいと大脳が囁くが、当の大脳が好奇心を示すのだからどうしようもない。そう言い訳をして侠龍は買い食いを楽しんだ。

 ヨシアも一緒に食べ、笑い、歩く。刑務所では出来なかった久しぶりの楽しい体験に浸っていた侠龍だったが、その時間を切り裂くかのような悲鳴が轟いた。


「い、いやだ! 助けてえええええ!!」


 その声を聞いた瞬間、侠龍は走り出す。手に持っていた野菜スティックを地面に打ち捨て、全力で声の方向へと。


「シャロン!」


 ヨシアが叫ぶんで後を追うが、侠龍は応じる余裕がない。声が聞こえていないのかもしれない。侠龍はぐんぐんとスピードをあげて人混みを駆けていく。騒ぎが起こっている場所にはすぐにたどり着いた。騒ぎの中心はふたりの人間。

 倒れたものと立つもの。

 怯えた顔と怒った顔。

 みすぼらしい服ときらめく鎧。

 意味もなく翳された手と振り上げられた剣。


 その男女を目にした瞬間、侠龍はさらに加速する。自分の今の脚力を理解した、過不足無い踏み込みで一直線に突っ込む。


「やめろぉぉ!」


 地面に突き刺さるような震脚(しんきゃく)と、背中から肩にかけた背面での体当たり。侠龍は叫びとともに鎧の女にぶち当たり、相手はその衝撃に耐え兼ねて大きく吹き飛び、そのままごろごろと地面を転がり、露店のひとつに突っ込んでいった。

 一瞬の静寂。侠龍は体の鈍痛を無視して今まさに襲われていた男を見下ろした。大丈夫か。なにがあった。そう声を掛けるより早く、「貴様!」と声がかかる。


「賊の仲間か! 皆の者、囲め!」


 号令に従うように、侠龍と足元の男を囲うように絢爛豪華な鎧の男女が展開した。いずれも揃いの首飾りをつけている。


「我ら聖甲騎士団の名に懸けて、無辜を脅かす卑賊を許しはしない!」

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