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死刑執行

「出ろ」


 年嵩の刑務官の声に従い、剛侠龍は独房から出た。どうやら今日、侠龍の刑が執行されるようだ。

 人を殺した。殺人罪だ。三五年の人生で十六人殺した。男も女も老いも若きも殺した。死刑が妥当だと、司法は認めた。侠龍も同じ意見だ。自分のような大量殺人者は司法の名の元に死ぬべきである。たとえ世論がどうであれ。

 侠龍が逮捕されてから、世間では無罪や減刑を求める署名、デモが行われているらしい。嘆かわしいことだ、と侠龍は溜め息をついた。動機がどうみえようと、被害者がどんな人間だろうと、人を殺していいのは刑務官と医者だけだ。侠龍はそのどちらでもない。

 

 侠龍が殺したのは、いわゆる犯罪者たちだった。

 

 法の目を掻い潜り人身売買を行っていたヤクザ。殺人で収監されながら脱走して殺人を繰り返す快楽殺人者。各々強姦を繰り返し仲間内で被害者を共有していた若者グループ。老後に見出だした趣味が放火だった男。子どもをさらいいたぶって殺していた女。人殺しの、人権無視の、人の皮を被った人でなしどもを、侠龍は殺してきた。世間ではダークヒーローが如く扱いを受けている。

 

 自分がダークヒーローか、と侠龍は自嘲する。

 両親が共に香港人だったが、侠龍は日本から出たことがない。田舎とも都会ともつかない病院の分娩室で産まれた。言葉も日本語しか知らない。両親は日本語しか話さなかったから。

 両親がどういう思いで日本に来たのかも知らない。日本に馴染み日本語で話し我が子を日本の学校に通わせながら、しかし帰化しなかった理由も知らない。侠龍自身、自分は日本人だと思っている。香港人らしい出来事と言えば、そう、父から中国拳法を習ったことくらいか。

 

 中国武術とも言う。なんちゃら拳とかなんとか掌というやつだ。家にたくさんあった武侠小説を読んで育った侠龍は、自然と武術に興味を持ち、父に教わり、空手や柔道の道場に通った。体が大きくなってからはムエタイや総合もやった。強くなっていく自分が誇らしく、誉めてくれる父母を愛した。大小を問わず、大会で結果を残した日には家族で寿司を食べた。そしてそんな日は、必ず母に優しさ、正しさを説かれた。

 磨いた技は罪のない人に向けてはいけない。人に上下はなく、自分の価値観で選り分けてはいけない。きっと皆、友達になりうるのだから。武侠小説を嗜んでいた侠龍は、試合と正しいことのためにしか拳は握らないと母に誓った。母は優しく笑っていた。

 幼い頃からずっと続く、暖かい記憶。家族の絆。

 父からもらった強い拳。母からもらった優しい心。

 

 それを使って人を殺した。

 

 侠龍が殺した十六人。殺害に至らず重軽傷にとどめた三十人超。そのほとんどは、素手による犯行だった。

 

 

 先導していた刑務官が扉を開ける。簡素に過ぎる部屋だ。調度の類いはなにもない。ただ、天井から下がる太い縄が目立つ。協誨師と短い言葉を交わし、侠龍は縄の前に立った。隣の部屋のボタンを押すと足元の床が開き、自分の体重で頸椎が折れるか抜けるかするはずだ。


「すまない……」


 暗い顔の刑務官が侠龍の顔に袋を被せながら言う。侠龍は笑ってしまった。 


「おいおい、いいのかよ死刑囚に謝って。給料減っちまうぜ」


  声は分厚い麻袋のなかにこもってしまったが、刑務官の苦笑が見えるようだった。彼の息子は、侠龍が殺した女の被害者のひとりだった。

 別室で執行ボタンの前に立つ刑務官のひとりが侠龍のいる方向に敬礼した。本来咎められるべき行動だが、他の刑務官は止めず、見て見ぬふりをしている。彼の家族はみな焼け死んだ。彼自身、体には大きな火傷のあとが残る。彼らのような侠龍の『賛同者』は刑務官の中にもたくさんいる。お陰で侠龍は月に一度ひとかけらのチョコレートを食べることができた。

 

 侠龍は気のいい友人にそうするように、これから自分を殺す刑務官に、見ている検察官に、親しげに笑った。麻袋を透かすような、透明な笑顔だった。 


「気にしなさんな。俺はただの人殺しさ。ろくでなしさ。世に言われるような聖人なんかじゃない。鍛えた技が通用するのか、試したかっただけだって。じゃなきゃ素手で人殺しなんか、しようと思わないだろ? そんな危ない奴なんだから、これは正しい結末さ」

 

 侠龍の最後の言葉は、果たして聞く人の心を軽くすることが出来ただろうか。

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