5-2
緩やかな風の波が扉を開けた途端に流れ込む。
それに向かって1歩、右足が玄関を抜ける。
アスファルトを踏む音が妙に心地いい。
ぬるい外の空気を肺いっぱいに吸い込んだ時、なるほど。
この全身に広がる空気の味が、懐かしく思えた。
数えて3日、ろくに息をしていなかった気さえする。
思わず歩調が軽くなる。
行く宛もなく、無計画な外出であるにもかかわらず、足が自然とどこかへ向かう。
ずっと買いたかったノートパソコンを買った。
喫茶店で紅茶を飲んだ。
明日からの生活に向けて少し高めの食材を揃えた。
よく金を使う日だった。
財布に入っていた3万は消え、ノートPCの8万円はクレカに請求される。
しかし、満足した。
果たして今日がどこまで価値があるかと問われれば無駄であるかもしれない。
しかし、僕にとって確実に有意義な1日であった。
膨らんだ買い物袋を腕に下げ、スーパーをあとにする。
ここから家までは徒歩でおよそ10分、幾ばくの間もなく辿り着くだろう。
車通りまばらな午後の4時、傾いた日が道を照らす。
「少し買いすぎたかな…重い。」
ボソッと独り言を漏らす頃にはマンションの手前、坂の根元に辿り着いていた。
赤く染まった坂道に右足をかける。
ふと、空気が重くなったような気がした。
「──京 木留。」
不意に、後方、僕の名を呼ぶ声。
どこかで聞いた声。
「振り向くな、お前にひとつだけ教えてやる。」
どこか、懐かしささえ覚える声。
「今晩──11時、木更津公園だ。そこで〝零の少女〟朽梨沙羅が先のペルソナと邂逅する。」
体が熱くなる。
涙でも溢れようかという様な感覚に満たされる。
パズルのピースが齎されたかのような感覚。
「厳しい──いや、敗北は必須だろう。彼女は今晩その命を終える。」
ピースが、はまる。
「お前は────」
苦しくさえある空気を振り払い、体をねじる。
思いっきり、遠心力に任せて全身を回した。
なんなら、そこで持っていった腕が〝誰か〟の顔面を捉えたとしてもいいと思った。
しかし、虚しく。
腕は空を滑り勢い余って体勢が踊る。
ふるい落とされたレジ袋を拾い上げて踵を返す。
群れた烏が飛び去っていく姿が目に入る。
速くなった鼓動がはっきりと、じわりじわり、僕に伝える。
間違いない、と。
「出たな──人殺し。」