第二十三話
「アルル! ちょっと待てって!」
翌日。
徹底して俺と顔を合わせないように、逃げまくるアルルを追いかけながら、俺はその背中に声を掛けた。
始業前、休み時間、そして放課後。
「ついてこないで。もう用事済んだでしょ。もうこっちにいる理由ないじゃない。早く消えてよ。一片の細胞も残さず消滅して」
「理由ならあるよ! ちゃんとお前と話さないとって!」
「……何を話すの? 一秒でも早く終わらせて、一秒でも早く消えて」
丁度中庭に着いたあたりで、アルルが立ち止まり、こちらに振り返る。
「お……お前に謝らないとって……」
「……っ!」
「リライにも謝ってこいって……ぐえぇっ!」
言葉の途中だった俺の首に、アルルのハイキックがクリーンヒットした。カクっと膝が折れ、尻餅をつく俺。
「あたし、もうあんたの監視者やめるから!」
頭上から、叩きつけるようなアルルの声がした。
「……はぁ?」
「だから消えてよ!! もうあたしに関わらないで! あんたといると、あたしはあたしでいられなくなるの! 監視者としてのアルテマ・マテリアルでなく、一人の小娘になっちゃうのよ! だから……!」
「ソレの何がいけないんだよ……?」
「…………」
「俺にとってのお前は監視者じゃなく、一人の女の子だよ。ソリャ出会った時は監視者と執行代理としてだったけど、もう俺にとってお前は大切な恩人で、大切な身内だ! 言ったろ? 妹みたいなモンだって……」
「…………」
「だから……関わるなとか、寂しいこと言うなよ」
「あんたって……ほんっっっとうに……!」
「アホだよ。自覚してる。スケベなのも、変態なのも、カッコつけのくせに弱いのも、自覚してる」
「…………」
「……百歩譲って……ナル男なのも、今だけは自覚してやる」
「…………」
「…………」
「あたしがいなくなったら……寂しいの?」
「寂しいよ。当たり前だろ?」
俺が立ち上がりながら言うと、アルルは俯いて見えなかった瞳をこちらに向け、両手を広げながら、こう言った。
「じゃあ……ぎゅー……して?」
「……はい?」
「身内って家族みたいなモンでしょ? 家族には、ぎゅーするのが戸山スタイルなんでしょ?」
「…………」
「…………」
眉をハの字にしながら、唇を尖らせるアルル。
いつも白い頬は、いつかよりも赤くなっていた。
……ここまできたら、弁解や言い逃れは恥の上塗りになるだけだ。
「…………」
「……ん」
俺は無言でアルルを抱き締めた。
「……ぎゅー……」
「……ん。ぎゅー……」
……耳元で、かつてないくらいリラックスした、どこか楽しげな声が聞こえた。
「頭も……撫でて」
「……ん」
俺は言われた通りに、サラサラの白銀に指を滑らせる。
「……バーカ」
「……自覚してる。ごめんな?」
俺の首に回された腕が震え始め、ソレに抗うように力が込められる。
「もう、二度と……あんな無茶……しないで……っ!」
「……約束はできないけど努力はする。お前達に泣かれることに勝る恐怖なんて、そうそうありゃしないよ」
「……バカ」
「はいはい……てか、そろそろ離れない?」
「……もーちょい」
「……見られるぞ。見られると色々メンドーなヤツを俺は少なくとも二人は知ってる」
「はいはい……」
気のせいかもしれないが、どこか名残惜しそうな声でそう言ったアルルのぬくもりが離れる。
「……ふふ」
アルルが両腕を後ろ手に組み、楽しげに身体を揺らしながら俺の瞳を覗き込んできた。
キラキラと潤んだその瞳と、嬉しそうなその微笑みは、正直に可愛いと思えるモノだった。
「……あんだよ?」
「……真っ赤」
「うるさい。見るな」
俺はアルルの視線を切るように、顔の前で手を振った。
「ふふふ……ねえ」
「うん?」
「あたしは……こっちでの妹? あの娘の……リライの、代わり?」
「アホ。リライの代わりなんていねーよ」
「…………」
《…………》
……一瞬ブレーキを掛けようか迷ったが、俺はそのまま言葉を紡いだ。
「……お前の代わりがいないのと同じだ」
《……ですね》
「……カッコつけ過ぎ」
《……ですねぇ》
……やっぱ言われた。
……自分で言ったこの言葉の意味を、俺は理解していた。
こいつらにとっても、俺の代わりはいないんだよな。
猛省だな、コレは。
「じゃあ……もう行くな?」
「ええ……またね」
「おぅ……何つーか、元気でな。体調とか、ゲスな変態共とか、気をつけろよ?」
「……心配?」
「……いんや」
「……ねえ」
「うん?」
「最後に『お兄ちゃん』って言ってあげよっか?」
「……いや、いいよ。別に……」
「……制約」
「だあっ! クソっ! お願いしますっ!」
「やっぱやーめた」
「何でっ!? 鬼かお前!」
「また……『今度』ね」
「……あいよ」
「じゃね。リライも、秋色をよろしく」
《はいですよっ!》
俺が面倒見る側なんだがな……とか思ってたら、帰りのブラックアウトが訪れた。
「……アレ? 何やってたんだ俺は? ここは……中庭? 何で……? アレアレ? お前は……確か……留学生? 何で……?」
「……さようなら。戸山くん」
「あ……うん。さようなら。……っかしーな。夢遊病にでもなったのか……? うーん……」
「…………」
「……? まぁいいか。帰ろ……てか何か首が痛えな……何なんだ……?」
「……バカ……」
…………。
「……妹……か」
…………。
「……バカ……バカ……っ!」
「……姉さん」
「あら……エル」
「もう……終わったの?」
「……うん」
「姉さん……泣いてるの?」
「え、あぁ、コレ? ちょっとおっきなあくびしたとこだったの」
「姉さ──」
「エル……ごめんね? ワガママばっかり言って」
「……うん」
「……おいで? ぎゅーってしてあげる」
「えっ!? どうしたの!?」
「新しく覚えた愛情表現。すごく落ち着くのよ? ホラ」
「う……うん」
「ね? 落ち着くでしょ?」
「……うん」
「エルは素直で可愛いわね。羨ましい」
「姉さん、少し気になったことがあるんだけど」
「……何?」
「今回浄化が行われた際に、どこかの執行者の精神レベルが殺人に至るくらい昂ぶったんだって。誤報の可能性もあるらしいけど」
「その執行者って?」
「ソレがどうもハッキリしないみたいで。もう反応が感知できないらしいよ」
「…………」
「誤報なのか、誰かが隠蔽でもしたのか……」
「殺意の原因自体が消失した……?」
「そんなことがタイミングよく起こるかな? でももし誤報じゃなかったら危険だね。そんな出来損ないは廃棄されるはずだよ」
「……そう」