第二十一話
「そんなことがあったのか……で!? どうするんだ秋!? どうしたいんだお前は!?」
何キロ出てるんだろうか? とんでもない向かい風の中、前にいる宗二が叫ぶ。
……そうだ。俺は愛理を追いかけて、どうしたいんだ?
宗二の運転するバイクのリアシートに座りながら、俺は自分に問う。
「……分からん!」
「おいおい!」
「考えても分からないことは、考えても分からん! 俺は一体どーしたいんでしょーか!?」
「知らん!」
「だけど……!」
「だけど……?」
「……あのまま去って行く愛理を見送るって選択肢だけは、ありえねーかと!」
「ははは! そうだな! ソレが秋だ!」
「もうウダウダ左脳使って考えるのはやめだ! とりあえずもう一度愛理の顔を見て! そん時に右脳が弾き出した答えに従う!」
「出たとこ勝負だなぁおい!」
俺の前で豪快に笑う宗二。俺はその肩を掴む手に力を込める。
「……ん? どうした秋?」
「宗二……ごめん」
「……え?」
「多分……もう俺達の出番には間に合わない……」
「そうだな! 間違いなく店長にぶん殴られて、出禁喰らって……終いには他のメンバーにも愛想尽かされるかもな!」
「ごめん……宗二」
「いいよ! 確かにアホだしどうかしてるけど! この土壇場で後輩の女の子を優先しちまうって、すげー秋らしいじゃん!」
宗二……!
「……あぁ、ああ! ホントだよ! こっち来てから毎日アホみてーに秘密特訓して! レベルアップしたのに! コレ繰り返せばゼッテーうまくいくのに! ヨリによって何一番邪魔なライバル助けようとしてんだ俺は! バカじゃねーの!?」
「わっはっは! しかし何だってあの娘助けたいんだ!? 何の為!?」
「自分の為!」
「おぉ!?」
「自分の為だ! 他人を助けられる自分でいたいとか、誰かをカッコよく助けて『俺カッコいい!』って思っていたいんだ、っつーくだらねー意地の為だ!」
「素直なナル男発言だな、おい!」
《アキーロ……》
《ホント……アホよね》
……結局俺も戸山家の男児ってこったな。親父のこと、バカにできねーや。
「ちっくしょう! あいつにはゼッテー全部乗せラーメンおごらせる!」
「俺にも何かおごれよ!」
「学食でいいならな! 見えたぞ! あの車だ!」
俺の言葉通り、先程愛理を乗せて走り出した高級車が目に入る。
「で!? どうすんの!?」
「どうにかして止まってもらう! 横につけてくれ!」
「あいよ!」
そう答えた宗二が、アクセルを開ける。
グングン距離が縮まり、あっと言う間に目標と並ぶ。
「愛理ぃぃいいっ!!」
俺がそう叫ぶと、窓際に座っていた愛理の驚いた顔が見える。
その目には……涙が浮かんでいた。
「ホラやっぱ泣いてんじゃねーか! 音楽や好きな人とか、色々諦めて泣くくらいならカッコつけんなバーカ! でももし全然違うことで泣いてたらごめんねっ!!」
「アホかっ! あの母親と話してて嬉し涙はありえねーだろ!」
ソレもそうだな。腹を決めよう。
……てか、もし愛理が俺のこの行為を迷惑がろうが、知ったことか。
コレは、俺がしたいことをしているだけなんだ。
たとえ愛理に恨まれても関係ない! 悪者上等、結構じゃないか。
『しかも相手の都合なんてお構いなしで。自分が助けたいからーって。押し付け気味に──』
……母さんの言葉が脳裏に甦る。
あの時は否定したい心持ちだったけど、今は分かる。分かってしまう。親父もこんな気分だったのだろう。
「止まれぇぇえええええええ──っ!!」
叫ぶも、止まるどころか高級車は加速した。
「だー! ちくしょう! 予想はしてたがやっぱこうなんのかよ! 宗二!」
「あいよ! 離されないよう、ついてきゃいいんだな!」
「あぁ! 頼む!」
言葉の通り宗二がスピードを出し、再び距離が縮まっていく。
しかし、
神のいたずらかってくらい赤信号に捕まらない!
コレは正直想定外だ。信号待ちで捕まえるつもりだったのに!
「かくなる上は……!」
「おぉ! どうすんだ秋!?」
「宗二……前にババッ! と出て強制的に止まらせる、ってぇのはどうだろう?」
「ソレ向こうのブレーキ遅れたら死ぬじゃん! 漫画じゃねーんだぞ!」
「ですよねー……と、なると……」
……。
……コレしか、ないか。
《やめなさい秋色! あんた、飛ぶ気でしょ!》
《ふへっ!? マヂですかアキーロ!? アブネーですよ!》
「……宗二、タイミング合わせて右側に体重掛けてくれ。反動でバイクが倒れないように」
「……本気か、秋!?」
俺が何をするつもりか、察したのだろう。宗二が息を呑む。
「……超本気」
「……分かった……!」
《ダメよ! そんなやり方危なすぎる! あたしの言うこと守るって約束したじゃない!》
「悪いな! ホントごめん! でも今ここで何もしなかったら、俺は戸山の男児じゃない!」
《アキーロ! なんでアキーロがここまでしなきゃならねーですか!? 何の為ですか!》
「さっきも言った! 俺の為に決まってんだろ! コレは俺の趣味なんだよ! つーかこのまま放置なんてしたら寝つきが悪すぎる!」
《そんな理由で納得できるワケないでしょ! リライ! 接続を切りなさい!》
《…………》
《リライ!》
《……ごめんなさいですよアルル。アキーロの好きにやらせてやって欲しいです!》
リライ……
《じゃあもういいわよ! あたしが切るから!》
《お願いですよ! コレわきっとアキーロに必要なことです! アキーロの新しい生きがいなんです!》
《ソレで、秋色が死んじゃったらどうするのよっ! 秋色が死んだら、あんたの存在も、周りの人達の記憶から消去されちゃうのよ!? あたしは嫌よっ!!》
同調しているからだろうか。アルルの恐怖が、偽らざる心が、ダイレクトに伝わってくる。
……そうか。
アルルと違って、何故俺と現代に暮らしているリライに関しての記憶は、優乃先輩やまひるから消去されないのかと思っていたけど、俺が現代で暮らしたまま執行代理をやってるから……特例だったんだ。
事実、俺自身の記憶からも一度リライが消去されたことがあったじゃないか。
《だから、接続を切って向こうですぐに救急車を呼んで。その方がまだ助かる見込みが──》
「…………」
……どうしたらいい?
今更この土壇場で、俺はどうするべきか分からなくなった。
……アルルの言う通り、俺はアホかもしれない。
一度は守りたいモノがあるからと、愛理を見殺しにしようとまでしたくせに、自分勝手なエゴでその守りたい妹の存在まで犠牲にするのか?
……どうする? どうしたら……。どうしたらいい!?
《……アキーロわ、死なないです……!》
「……!」
《アキーロわ……! リライが守るです……っ!》
《……っ!》
──涙が、出そうになった。
リライと同調していて、こんなにもこいつの感情がハッキリ流れ込んできたのは初めてだ。
本当は怖くて堪らないくせに。
九割の恐怖に呑み込まれそうな、一割の勇気を口に出せるなんて。
こんな状況でも、こいつは俺の意志を優先してくれるのか。
「……了解した。絶対に死なないよ。俺はリライを守らなきゃいけないから、死なない」
《はいですよぉ……っ!》
《何で……! どうしてよっ!?》
……ありがとう、リライ。ごめん、アルル。
「行けぇ! 秋っ!」
車の横にバイクをつけた宗二が叫ぶ。
「ありがとう! 優乃先輩に愛してるって伝えといて!」
《やめてっ!! 秋色っ!!》
《アキーロ……っ!》
「コレが……『二代目ヒロイックエゴイスト』戸山秋色の、リライトトライだ──っ!」
俺はリアシートを思い切り蹴って、高級車の上へと跳躍した。
内臓が浮き上がるような感覚、全身の毛穴が恐怖に拒否反応を起こすかのように広がる。
全身の筋肉が、効果もないのに訪れるかもしれない衝撃に備え、硬直する……
……ソレらを、俺は全力で無視した。
「ぅぅぅうああああぁぁぁあ──っっ!!」
伊達メガネが弾け飛ぶ。
端から端まで裏返り気味の叫び声を上げて、俺は恐怖を打ち消すかのように無理矢理自分を鼓舞して、ロクに取っ掛かりなどない車体に、もう二度と離さないと言わんばかりの力を込めてかじりついた。
「止まれええええぇぇぇぇ──っっっ!!」
俺がそう叫ぶと、さすがに根負けしてくれたのか……多分、面倒になるのが嫌なんだろう。高級車は減速し、路肩に停車した。
「はぁっ……はぁっ……!」
俺は荒い息を吐きながら、車のボンネットに汗の雫が落ちるのを見ていた。
「……勘弁……しろよな」
前方へと視線をやると、今更になって、赤信号が俺を嘲笑うように点灯している。
コレには……残り僅かな気力を振り絞ってでも、悪態を吐かざるを得なかった。