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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ3
88/161

第十七話




「ただいま」


「おかえりー……って、どうしたのぉ秋ちゃん? 怖い顔して」


 俺が自宅の玄関を開けると、そこには戸山夏美──即ち、母さんがいた。


《ママ! ママですよアキーロ!》


《あんたのママじゃないでしょうが。落ち着きなさいよ。ここんとこ何回も見てるじゃない》


「いや……別に何でもないよ」


「あぁ……昔はその日に何があったか全部話してくれたのに……やっぱりパパがお家にいないから? 息子が非行に走っちゃったらママどうしたらいいのぉ?」


 わざとらしくヨヨヨ……と泣き崩れる母さん。入院中の親父がここにいたら、さらにわざとらしい小芝居が始まっていたに違いない。


「非行になんて走ってないって! 高校生にもなってそんな親にベッタリしないよ!」


「そう? 反抗期なのかってママ心配だわ」


「気にしすぎだって」


「じゃあ話してくれなくていいから、秋ちゃん、ぎゅー」


 そう言って、母さんが両手を大きく広げる。


《ふへ?》


《ぎゅー?》


「やだよ! ますます高校生になってすることじゃない!」


「戸山家では当たり前のことじゃない。こうするだけで毎日頑張れるのよぉ?」


「そうだけど……」


 ……リライとアルルが見てるから嫌なんだよ!


「やっぱり非行に走ってしまったのね? ママ悲しい!」


「あぁちくしょう! ホラぎゅー!」


「うふふ、ぎゅー♡」


「うぅ……」


 ヤケになった俺は両手を広げて母さんをハグした。


「いいじゃない。家族しかいないんだからぁ」


 そう言って、満足気に去っていく母さん。


 ……リライとアルルが見てるんだよぉ……!


《……ママ》


《ちょ、ちょっと、何泣いてんのよリライ!?》


《アキーロ……自分、やっぱりママに会いてーですよぉ……自分もぎゅーって、してーですよぉ》


「……うん」


 ソレは、リライが前々から溢していた言葉だった。


 そろそろ、覚悟を決めるべきなのかもしれない。


 しかし実際には血の繋がっていないリライを、何て紹介すればいいんだろうか。


《……しかしアレね。ここのところ何度か見てて思ったけど、落ち着いてて優しそうな母親じゃない。あの人からあんたが産まれたなんて非常に残念な話ね》


 湿っぽい空気を何とかしようと思ったのだろう。アルルが気を遣うような口調で言う。


《優しそーだし、キレーですよ。自分もぎゅーってしてーですぅ……》


「あぁ見えて母さん、元ヤンキーだぞ」


 俺は小声で返す。


《やんきぃ?》


《え……っ!?》


「うん。暴走族だったとか……昔の話、あんましてくれないけど」


《ボーソーゾク?》


《あ、あんなおっとりした人が……?》


「うん、親父と付き合うようになってああなったらしい。こっちの話はやたらしてくるよ」


《…………》


《……ふへ?》


 アルルは絶句。


 リライは……分かってないな。


「そう言えば、まひるちゃんが来てるわよ?」


 母さんが思い出したように言う……本気で忘れてた可能性もあるな、この人の場合。


「……まひるが?」


「ええ、秋ちゃんの部屋にいるわよ」


「家族しかいないんじゃないのかよ! さっきの見られてたら……!」


「あら、親戚も家族よぉ? 親戚はみんな家族である。家族はいつだって味方である」


「……む」


《あ、戸山家家訓ですよ! 何ヂョーでしたっけ、アキーロ?》


《確か第二条ね》


「何でお前が知ってるんだよ?」


《あんたが言ってたんじゃない。そのまひるを助けた時、あたしあんたと同調してたモノ》


「ドウチョウじゃなくてトウチョウってんだよ、ソレは」


 俺はぶっきらぼうに言って、自分の部屋へと続く階段に足を掛けた。





「あ、秋にぃだ。おかえり」


 自室のドアを開けると、そこにいたのは赤茶けた髪をツインテールに結わいた、セーラー服姿の従妹だった。


「ただいま。何やってんだ?」


「遊びにきたの」


「わざわざ電車に乗ってか? あーもう。人のベッドに寝そべるな。ベッドに寝そべりながらポテチを食うな。人の漫画を読みながらポテチを食うな! そして人のポテチを勝手に──」


「うるさいなぁ、もう」


「あー、ホラ! ポテチを食べた指を舐めるな、はしたない!」


 ……自分だってそこまで几帳面じゃない方なのに、どうも俺は相手がまひるやリライだと口うるさくなってしまう。やたら気になるんだよな。


「はしたなくない! ポテチ食べたら指を舐めるのは万国共通だモン」


 調査もしてないくせに、適当なことを言い張って頬を膨らませるまひる。


「舐めた指どうするつもりなんだよ? 俺の漫画か布団で拭いたら怒るぞ」


「あーもーうるさい! 拭けばいーんでしょ!」


 そう言ってまひるが枕元にあったティッシュで指を拭く。


 何で枕元にティッシュが? なんて質問は受け付けないからな。涎とか鼻水とか拭くだろ? ぜ、全然不自然じゃないんだからね!


「……はぁ」


 俺は大きな溜息を吐く。さっきから不機嫌そうにうつぶせに寝転がったままバタ足をしているまひるを見れば、溜息も吐きたくなるってモンだ。


 ……こいつは自分がどんな格好をしているか、自覚しているのか?


「全く。全然女らしくなってないではないか」


「ふんだ。秋にぃが知らない内にちゃんと女らしくなってるモン」


 まぁ、実際何年か後にちゃんと認めることになっちゃったしな。


 しかし……今はまだ発展途上だな。素材はともかく、立ち振る舞いが、なぁ。


「その証拠にね。まひるクラスの男子に告白されちゃったんだよ!」


「ふーん」


 そう生返事をしながら、俺は脱いだ制服をハンガーに掛ける。


 正直、さっきから頭の中は、愛理の意味不明な言葉に対するイライラでいっぱいだ。


「もっと喰いつけよなっ! まひる告白されたんだよ! そこは『さすが俺の指導だな』とか『ホラ! やっぱりまひるは魅力的だったんだよ』とかだろ!」


「あーうるせぃ。どけオラ」


 そう言って、俺はまひるを手振りで奥に行くよう指図して、空いたスペースに腰掛ける。


「……で、どうなったか気になる?」


「何が?」


「だから! まひるは! 告白されたの!」


「あぁ、付き合うの?」


「……付き合わないよ」


「どうして?」


「……さて、どーしてでしょう?」


 ……クイズ?


「身体目当てなのが見え見えの、変態だから?」


「ブブー。秋にぃ以上の変態はソーソーいませんー」


 ……何でいきなり変態扱いされなきゃならんのだ。


「さてどーしてでしょう?」


「知るかよ。何なんだ一体」


「まぁとにかく、まひるはそいつと付き合うつもりはないよ。もう断った。けど……」


「……けど?」


「そいつ……諦めてくれなくて……だから……」


「……だから?」


「だから……えーっと……ホラ、アレだよ」


 何だか急に落ち着かない様子になったまひるが、顔を上気させ、口許をニヤニヤと弛めている。


《いつかのアルルにソックリですよ》


《……うるさいわね。こんなだらしない顔してないわよ》


「……一緒に来て『俺がまひると付き合ってるんだ』って……彼氏のフリ、してくれない……?」


「やだ」


「即答かよ! 何で!?」


「嘘は吐けないからだ」


 そう、リトライ中の俺は嘘が吐けないんだ。


 しかしそんなこと露と知らぬまひるは、顔を真っ赤にして怒る。


「少しくらい考えてくれたっていいじゃん! じゃ、じゃあ! 嘘吐くのがやだなら──」


「ていうかさ、付き合えない理由があるから振るんだろ? だったらソレを正直に言えばいいじゃねーかよ。なんで付き合えないんだ?」


「そ、ソレは……」


「……ソレは?」


「……分かんないの?」


「全然分からん」


「……っ! もういいよ! 秋にぃのバカ! 不感症! ドニブ男!」


「はぁ? 何だよソレ! 俺のせいにすんな!」


 いきなりまひるがキレだした。


 理由は不明だ。ヒスを起こしたようにしか見えない。


 ソレとも……本当に俺のせいなのか? 俺、何かまずいこと言ったか?


 ……前にも、俺の不用意な一言でまひるを怒らせたことがあったよな……。


 うすうすもしかしたらそうなんじゃないかって思っていたけど、やっぱり俺って──。


「ほんっと秋にぃって、バカだしアホだしカッコつけのモテ男気取りだし、そのくせ鈍いよね!」


「うるせー!」


「わきゃっ!」


 頭にきた俺はまひるを押し倒し、ベッドに両手をついてまひるの上に覆いかぶさった。


《あ、アキーロ!?》


《ちょっと! 何やってんのよ変態! ロリコン色魔! 近親相姦大魔王っ!!》


 ステレオで似たような声が頭に響く。うるせぃ。


「……え」


「…………」


「……え? え!? ちょ、ちょっと秋にぃ!?」


「…………」


「な、何か怖いよ? ま、まだ心の準備とか……!」


「…………」


「そ、ソレに……今日の下着あんま可愛くないし! 上下バラバラだし!」


 中学一年の分際で、何をマセたこと言っとるんだこいつは。


「……俺って、そんな鈍い?」


「……は?」


《ほへ?》


《へ?》


「……俺って、そんなに他人の心に鈍感なのかなぁ?」


 そう言って俺はまひるに背を向け、ベッドに座り直して頭をガシガシ掻く。


 ……自分では結構他人の心の機微に、鋭いつもりなのだが。


 とか考えていた俺の後頭部にいきなりゴスっ! とハンパない衝撃が走った。


「いって! 何しやがるっ!」


 そう俺が叫びながら振り返ると、真っ赤になった不機嫌顔を隠そうともしないまひるがいた。


 どうやらこいつが寝転んだまま、俺の脳天にカカト落としを叩き込んだようだ。


「鈍感も鈍感だよ! このニブチンヤロー! 自分で『こう思ってるに違いない!』とか独りよがりに悦ってるナル男だよテメーは!」


「何だとこんガキャ!」


「うるさいうるさい! バカじゃないの! バカじゃないの! バカじゃないの!! 死ね!」


「もーあったまきた! お前さっきからパンツ丸見えなんだよ! ちったぁ隠せ! 見た目ばっかで全然女らしくなってねーじゃねーか!」


「ギャー見るな変態!」


「こうなったらじっっっくり見てやる! シミを見つけてやる!」


「マジキモいマジ変態マジサイテー!」


「やかましい! このAA女っ!」


「サイッテー! Aはあるモンっ!」


《サイテーの変態ですよアキーロ! こんなのがお兄ちゃんだなんて自分恥ずかしーです!》


《最低の変態ね。今すぐそこの窓から飛び降りて解脱しなさい》


 再び三人の女性から、先程以上の罵詈雑言を浴びせられた俺はさすがにちょっと傷ついた。


「もう帰るっ! 秋にぃのバーカ!」


 そう一方的に言い放って、まひるは階段を駆け降り、玄関を開けて出て行ってしまう。


 一応玄関前まで追い掛けたモノの、あっと言う間に走り去ってしまったまひるに追いつけなかった俺は、ぽつんと立ち尽くしていた。


「あらあらまあまあ。ケンカぁ? 大丈夫なの?」


「ケンカってか、あいつが一方的にキレまくってただけ……だけどね」


 心配そうな声を出す母さんに、俺は困惑顔でそう答えた。


「まひるちゃん、昔と比べてとっても女の子らしくなったのに。ソレも、秋ちゃんが助けてくれたおかげだって、嬉しそうに言ってたのよぉ?」


「……そんなこと言ってたんだ」


「そうよ? 何かひどいこと言ったんじゃないのぉ?」


「……分かんないよ。でも……ちょっと今色々面倒なこと抱えてて……余裕なかったかも」


「面倒なこと?」


「ちょっと……まひるとは別に、助けなきゃならないヤツがいて……」


「はぁ……そんなとこばっかりパパに似ちゃって」


「親父……父さんに?」


「そうよ。パパも昔は色んな人を、ホント手当たり次第に助けまくってたのよぉ」


「……へえ」


「ママ以外の女の子もい~っぱい助けて、ママ、ヤキモチ焼いちゃってたくらいなんだから」


「……はぁ」


「しかも相手の都合なんてお構いなしで。自分が助けたいから~って。押し付け気味に」


「…………」


《誰かに似てるですね》


《ホントね》


 ……うるせ。


「ソレでついたあだ名が『ヒロイックエゴイスト』やら『押し掛けヘルパー』やら……」


「ヒロイックエゴイスト?」


「ええ。ヒーローみたいに誰かを助けずにいられない人だ、ってね」


「……はは」


 俺は引き笑いをしながらも納得していた。確かに親父はそういうところがあるな。


「本人も『違いない』とか言って大笑いしてたけどね」


 ……俺より救済者に向いてるんじゃないだろうか。


 俺には手当たり次第、他人を救うなんて出来ないしやりたくもない。


 実際今回のコレも、助けたいからなのか助かりたいからなのか……未だによく分からない。


「何かね、本人曰く……自分の為なんだって。他人を助けられる自分でいたいとか、みんなをカッコよく助けて『俺カッコいい!』って思ってたいんだって」


 ……素直なナル男発言だな。


「ソレくらいじゃないと、ママに釣り合う男になれないんだって……ふふ」


 始まったよ……こっちが恥ずかしい。


「あと……助けられたのに、手遅れになってから『あの時助けてれば……』て、思いたくないんだって」


「…………」


「秋ちゃんも優しいところあるから、きっとその人を助けずにはいられないんだろうけど……無茶だけはしないでね?」


 母さんが心配そうに俺の頭を撫でる。気恥ずかしかったが、俺はソレどころではなかった。


 手遅れになってから、助けてればって思いたくない……か。


 分かるよ。親父。


 そうか。ソレが理由なのかもしれない。


 俺はかつて優乃先輩に対して感じたその思いが、未だにトラウマになっているのかもしれない。


 リライのおかげで、ギリギリ手遅れになる前にソレに気づけたのだけど、あの時の恐怖と喪失感は二度と味わいたくない。


 でも……親父はそんなにも、母さんに心配を掛けてきたんだろうか?


 だとしたら、ソレはよくないことなんじゃないだろうか。


 自己満足を追い掛けて、隣にいる大切な人の気持ちまで考えてないだけの……エゴなんじゃないだろうか。


「……うん」


 無茶なんてするつもりはサラサラないのだが、もしかしたら制約のせいで聞こえないかもしれない。なんて何故だか俺は思ってしまって、ハッキリ母さんに見えるように頷いてみせた。





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