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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ3
86/161

第十五話




 その翌日の夜。


 俺は再び『ろっくおん』にいた。


 数日後に迫るロックフェスに向け、少しでもリハーサルをしておきたい、とダメ元でライブを申し込んでみたら、キャンセルが発生して空いた枠に滑り込めたのだ。


「なのに、また初っ端なのな」


 性質の悪い偶然だ。既にライブを終えた俺は帰り支度をしながら辟易したような声を上げる。


「まぁ、仕方ないだろ。むしろ俺は初っ端の方が修行になると思うけど」


 隣にいる宗二がフォローを入れてくる。


 勿論俺だって、初っ端が不名誉なポジションだなんて全然思ってない。一番最初に客と触れ合うオープニングアクトがドレだけ重要で、責任重大かは自覚しているつもりだ。


「俺が気に入らないのは、またあいつらがトリだってことだよ!」


 そう。俺が腹に据えかねているのは、またもイリア達が同じ日にいて、同じようにトリを務めたという、こちらの偶然の方の性質の悪さだ。


「極めつけにはあんのアマが、またリハすっぽかしやがったってことじゃぁぁあ!」


「どーどーどーどー」


《どう、どう、ですよ。アキーロ》


《あんたこそ、まーた学校サボって……。停学の次は留年でもしたいの?》


 脳内で、リライとアルルの声が聞こえる。


「うるせ。分かってるけど、俺にとってはこっちのが優先順位が上なんだよ」


《そーですね。しっかり練習してあの小生意気な女をぎゃふんと言わせるですよ!》


《まぁ、浄化に繋がるんなら仕方ないかもしれないけどね》


「……いや」


《?》


『その通りだ』と返事できなかった俺は、つい口ごもってしまう。


 ……ここでは、俺は二十五歳の戸山秋色としてのスキルを持ったまま過去へと戻ってきている。体力に至ってはこっちの方があるくらいだ。


 曲のアレンジも、構成も、散々試行錯誤を繰り返してよりベターなモノに磨きこんだアイディアを、過去に持ち込んで他のメンバーに持ち寄る。


 ……コレを繰り返していけば、一度は叶わなかった夢も、今度こそ叶えることができるんじゃないか?


 そう思ってもおかしくないだろう? 諦め切れなかった執着心が、再燃しても不思議じゃないだろう?


 ……本来の使われ方と違うリトライだけど、他の人達にはできない、ズルをしているという罪悪感を感じないワケでもないけど……仕方ないだろう?


《アキーロ、どーしたですか? 何か、複雑な感じが伝ってきて……ゴチャゴチャするですよ》


「あ……スマン。なんでもないんだ。とにかく! あんないい加減な姿勢で音楽と向き合ってるヤツに負けるワケにゃいかねーんだ!」


 俺がそう声を張り上げた時だった。


 目の前に、問題のイリアが現れたのだ。何か言いたそうなジト目を俺に向けている。


「…………」


「……ごほん」


「お疲れー」


「……ども」


 にこやかに挨拶する宗二に、やや小さいながらも挨拶を返すイリア。


「……陰口」


 再び俺に視線を戻したイリアが、ぼそっと呟く。


「陰口のつもりはねーさ。公言してるつもりだぜ。リハをすっぽかすようなヤツは何言われても仕方ないだろ」


「あ~き~」


 宗二が片手で顔を覆いながら、困った声を出す。


「……放っといて下さい」


 イリアがぷい、と目を逸らす。


《何か……やたらこの女にはカラむわね。あんた》


 アルルが不思議そうな声を出す。


 ……確かに。やや男らしくないと言えなくもないかもな。


 自分でも分からないが、何故か敵対心を持ってしまう。なんでなんだろう?


《いーんです! この女が……アキーロを……!》


《……はぁ。少し落ち着きなさいよアホ兄妹。でもまぁ、いいんじゃない? たまにはあたし以外の女にもエラソーにしてみても》


「……お前、一体何の為に今度のフェスとか出ようとしてんの? 出るんだろ?」


 俺はイリアの逸らしたその目から視線を離さないまま、質問を投げ掛けた。


「……別に。わたしが出ようって言ったワケじゃない……です。他のみんなが出てみよう、きっとイケる、って言うから──」


「……そんな根性のヤツに負けるワケにいかないな。こっちは本気で勝ちにいくぜ。デビューすんのは俺達だ」


 湧き上がるイライラを言葉に乗せ、俺は大見得を切った。


 ……なんでこんな適当なヤツに、あんな実力があるんだよ。本当に世の中は不条理だ。


「……『夢』ってヤツですか」


 さすがに腹が立ったのだろう。イリアが嘲るように笑みを浮かべる。


「そんなキレイな表現かは分からねーけど、野望の為ではある」


「……野望?」


「俺は……俺が顔も、名前も知らない大勢の人間に、俺の名前を覚えさせたい」


「…………」


「日本中、世界中の人間に、俺という人間の記憶を刻み込んでやりたいんだよ。ソレができれば、ナカナカ上等な人生生きたってことになるんじゃねーか?」


「…………」


「誇りたいんだよ。生きたことを」


《ニャー! アキーロカッコいーですよ! もっと言ってやれです!》


「……無謀な、野望ですね……」


《ニャー! やっぱムカつくですこいつ!》


 目を閉じたイリアが、口許に笑みを浮かべる。


 リライは分かってないようだが、口から出た言葉は否定なのに、何故か俺には肯定しているように聞こえた。


「……は。笑いたければ今の内に笑っておけばいいさ。最後には泣くことになるんだからな」


 だが彼女に気を許すことに抵抗を覚えた俺は、そう答えた。


 そう……最後に笑うのは、俺だ。


 そう言えば、あの時のバーでの飲み代は、こいつにおごらせちまったんだよな。


「今度は俺がごちそうするよ……煮え湯をな」


「……?」


《……やだ、ちょっとカッコいいじゃない。秋色のくせに》


「ふへ?」


《ほへ?》


 アルルの意外な言葉に、俺とリライは思わずマヌケな声を上げてしまった。


《え……? あ……! い、今の無し! 今の無し! 今のは何かの間違いよ!》


 慌てふためきながら否定するアルル。


 ……ほほう。そうか。カッコよかったか俺様は。


 ふふん、またもエス心をくすぐられてしまった。目の前にイリアがいなければ存分にからかってやるのだが。


「オラ、もう閉めるぞ。ションベンくせーガキ共は帰れ帰れ」


 そんな時、店長が割り込んできてさっさと帰るように促してきた。


「あ、お疲れさまです」


「おつかれーッス」


 ライブハウスから出て、各々の道へ散っていく出演者達。


「つーか、一応女子がこんな遅い時間に帰って大丈夫なのか? 親が心配すんぞ?」


 前を歩くイリアの背中に、俺はふと思ったことをそのまま放ってみた。


 するとイリアがぴた、と脚を止め、振り返らないまま言った。


「ソレは……絶対にない……です」


「そんなことねーだろ。俺が親だったら──」


「ありえないです。賭けてもいいですよ」


 俺の言葉を遮り、ピシャリとイリアが言い切った。


「…………」


「……失礼します」


 二の句が継げなかった俺を置き去りに、彼女は足早に遠ざかっていった。


 何か、違和感があったな。今回は色々と妙だ。彼女に対する俺のイライラも、彼女の態度も。


 ……あ。


「……アレ? 今日……あいつ、終始敬語じゃなかったか? 前はフツーにタメ口だったのに」


 と言っても、大した時間を過ごしたワケでもないのだが。







「よし。ノーミス! どうだこの野郎!」


「……よく分からないけど、お見事だと思います」


 どうだ、と得意げな俺と、小さな拍手をする愛理。今日も場所は屋上である。


 あの日以来、放課後になると俺はこの屋上の空の下、ギター練習に明け暮れるようになった。


 本当は宗二やらと一緒に練習するのが一番なのだろうが、できれば上達してから初めて見せて『うお!? すげーじゃんか秋! いつの間にそんなうまくなった!?』と言わせてやりたいじゃないか。


「でも、本番は立って演奏するんでしょう? ソレも目の前にマイク立てて」


「ああ」


「じゃあ、立ってマイクの位置を意識しながらじゃないと完璧じゃないじゃないですか」


「……む」


 俺の脱いだブレザーを膝掛けにしながら、前髪娘が言う。


 彼女も、あの日以来俺がここにやってくるといつもいる。


 そして今では、自分から寒いから上着を貸せ、と言ってくるようになった。だったら毛布でも持って来いよ、と思うのだが。


 ……と言うか、なんでここにいるんだろう、こいつ。


《確かに、そのとーりですね》


《てゆーか、なんで座りながら練習してるんだか》


「いいだろう。じゃあ立って弾いてやろうじゃないか! 見てろよ!」


 まぁそんなことはどうでもいい。


 彼女には彼女の事情があり、ここにいるのだ。


 俺がここで練習するのを、先住民が迷惑がってないだけで十分である。


「あ、じゃあ、一度本気で歌ってみてください。聞いてみたいです」


「えぇ? でも……校内のみんなやら運動部のみんなに聞こえちまうぞ? さすがに──」


「聞かれて恥ずかしい腕前なんですか? いずれは世界中の人に聞かせるんでしょう?」


「……む」


《そーですよ! コレわ野望の始まりですよ!》


《人みたいなゴミが、ゴミみたいな人に生まれ変わるチャンスかもね》


 確かに彼女達の言う通りだ。野望の第一歩の為の練習をこんなところでためらってどうする。


「ソレに……聞かれてもゲス魔王の野望やら奇行やらで済みますよ」


「いいだろう……聞け愚民共よ! 魔王の調べを!」


 覚悟を決めた俺はギターをかき鳴らし、思いっきり熱唱してやった。


 ……空に向かって歌うのが、こんなに気持ちいいことだなんて、いつの間にか忘れてたな。


「……どうでい」


 高揚感を引きずりながらも、結構とんでもないことをやってしまったのではないだろうか、という不安と戦いながら俺は空を見たままそう言った。


 多分、色んな人に聞かれたなぁ……。


 ……パチパチパチ。


「……!」


 聞こえてきた拍手の音に、俺は一瞬懐かしい、あの風景を思い出した。


 そう、初めてのリトライ時に、俺が空を見たまま歌ったあとに、彼女がこの音と共に現れたんだ。


 だがそこにいたのは彼女ではなく、少し頬を紅潮させ、口許を綻ばせた後輩だった。


「……やっぱり、すごいです。先輩。歌ってる時だけはカッコいいんですね」


「歌ってる時だけは、はヨケーだ」


「あ、いや……その……黙ってれば結構カッコいいと思う時もありますよ?」


 フォローになってないぞ。無意識に毒吐く癖があるなこの娘は。


「……お前も黙ってればカワイーと思うぞ」


 俺はジト目を向けながらそう返す。


「…………」


「で、どうだった?」


「……え? あ、はい。よかったと、思います」


「……そか」


「はい。やっぱり上手なんですね。歌」


 再び彼女が、口許を綻ばせながらそう言う。


 ……ん?


「やっぱりって……お前俺の歌、聴いたことあったっけ?」


「え……あ……」


 愛理が驚いた顔になる。と言っても目は見えないんだが。


「もしかして……俺達同じ中学だったとか? で、アレの時にいたのか?」


「え……と……」


「違うか……ソレじゃ……ライブ見に来てくれたとか?」


「その……」


「違うのか……ソレじゃ……」


「先輩のファンだった友達が、その……CD聴かせてくれたんですよ!」


「マジで!? 女の子!? 物販で買ってくれたのか!?」


「は、はい……ソレで、聴いたことあったんです」


「お前、俺のこと嫌いだったのによく大人しく聴いたな」


「え……あ、いや……む、無理矢理聴かされたんですよ! 聴かないと殺すって脅されて!」


 ……ど、どんな友達だ……。


「で、その時に……まぁ歌はうまいなぁ、と思ったんですよ。うん!」


 ……うん! て……なんで納得しながら話しとるんだ。


「で、その俺の熱烈なファンの女の子は何年何組のどんな娘なんだ!? 会いたいんだが」


「え……あー……その……」


「なぁいいじゃないか教えてくれよ! お礼が言いたいんだ!」


《ダメです! そんなどこのウマのホネかもわからねー女と会ってるヒマわねーですよ!》


《このあたしに手伝わせてるくせに、そんな余計な寄り道したら殺すわよ!》


「あー……うーんと……彼女は……死にました」


「死んだの!?」


《死んだですか!?》


《死んだの!?》


「あ、いや! 死んでません。転校……そう、転校したんです!」


「転校?」


「はい、両親の都合やらで」


「そうなのか……でもそっちでもCD聴いてくれてるのかな? でまた友達にCD聴かせたりして、案外予想外の方向からファンが増えたりして……うん! いいなソレ! そう仕向ける為にもやっぱお礼したいな。アドレスとか分かる?」


「い、いえ……彼女、もうCD聴いてないらしいんですよ!」


「なんでっ!? 新しく見つけたバンドに夢中ってパターンか? ショックだぞソレは……」


「い、いえ……あのー……彼氏、そう、彼氏に止められたらしいんですよ! 俺以外の男の歌声を聴いたら殺すって脅されて!」


「どんな彼氏だ! ただのアブねーヤツじゃねーか! なんでそんなのと付き合うのその娘!?」


「だ、だから……もう先輩のCDは聴いてないと思いますよ?」


「そっか……色んな意味でヘコむぜ」


「き、気にしないのが一番ですよ」


 ……『気にするな』と言われて気にしなくなれれば苦労はない。が、


「気にしても仕方がないことは、気にしても仕方がないな」


「そ、そうですよ。ソレよりも練習。です!」


「……愛理は、歌ったりしないのか?」


「え? わたし……ですか?」


「うん。友達とカラオケ行ったりさ」


「……全然行かないですね。お金ないですし」


「ははは、この間のラーメンも結局学食だったしなぁ」


「すみません……おこづかいがピンチだったので……」


「そうだって言ってくれればおごるか貸すかしたのに。誘ったの俺なんだから」


「だ、駄目ですよそんなの……」


「でもアレだな。放課後になって閉まる直前の学食ってお得なんだな」


「でしょ? 余って捨てなきゃいけないおかずとかサービスしてくれるんですよ。カツとか」


「ちょっと固かったけどな。ソレにおばちゃん俺がネギ抜きって言ったら代わりにメンマ超入れてくれたし」


《う~。ずりーですよアキーロ。何かお腹減ってきちゃったです》


《本当よ。しかもあたしなんか学食に行きたくなっちゃってるわよ》


 ……実は、俺もだ。


 でも今食べたら夕飯が入らなくて母さんがメンドくさいことになるな。


「じゃあアレだ。もし今度のフェスで優勝したら俺が大盛りの全部乗せ、おごってやる」


「……へ?」


「その代わり、もし優勝できなかったらお前のおごりな」


「え、ええ? なんでわたしが?」


「慰めてくれよ。ま、そんなことになる可能性はまずないがな」


「さっきおこづかいピンチだって言ったばっかりなのに……」


「お前が歌うまいし、歌ってる俺はカッコいいって言ったんじゃないか。きっと大丈夫さ」


「……分かりました。でも優勝したらそっちのおごりですよ! ソレも学食じゃなく、行列のできるラーメン屋に連れて行って、です!」


「……お前がおごる場合は?」


「もちろん学食です」


「…………」


「なんです? 自信ないんですか?」


「アホ抜かせ。分かった。その日一日ラーメンだろうがカラオケデートだろうがなんでもおごってやるよ!」


「……デート」


「おう」


「……い、いいですよ。でも『俺のおごりだからラブホテル入ろうぜ。本当入るだけだから! 何もしないから!』とか言わないでくださいよ?」


「……お前、高一じゃねーだろ」


 赤く染まりつつある夕暮れ空に見守られながら、妙な関係の妙な後輩の妙な言動に、俺はジト目でツッコむのだった。




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