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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ3
84/161

第十三話

 



「え……マジ?」


「うん……マジ」


「なんで俺達の出番が初っ端なんだよ!」


「俺に怒んなよ」


 納得いかない俺は、目の前にいる井上宗二の腹にポスポスと拳を叩き込む。


 生意気にも、カチカチの腹筋に跳ね返されて拳が痛むのでやめた。アホらし。


 今俺は『ろっくおん』という地元のライブハウスにいる。何故かというと答えは簡単。今日ライブがあるからだ。学校をサボってリハーサルを今終えたところである。


 そんなことやってる場合か、と思わないでもないが、ライブをバックれたり遅刻したりするヤツはバンドマンとして終わっている、というのが俺の考えなのだから仕方がない。


 しかし、バンドマンどころか男ですらないアルルには、この理屈は分かってもらえなかった。


《あーあ。アホで停学になったこともあるくせに学校サボるなんて信じられないわね。あんた自分の命が賭かってんの分かってんの? アホじゃないの?》


 と、散々罵倒された。仕方ないだろ。学校サボらにゃリハの時間に間に合わないんだから。


「しかもこのトリのバンドがまだ結成して一ヶ月ぅ!?」


「うん。しかもここでやるようになってまだ一週間」


 じゃあまだ出演回数は一、二回!?


 おいおいおい、確かに水曜日は学生デー(一応学生じゃなくても参加可)なので週末とかに比べればチョロいかもしれんが、ソレでもビックリだ。


「極めつけに……このトリバンドのヴォーカルがリハに来てねぇだと!?」


 そう。俺はコレが一番頭にきているのだ。たかがリハ、本番ではないとお思いになられるかもしれないが、されどリハだ。


 バンドの音量バランスや機材のセッティング、持ち込んだ楽器との相性、ソレらを本番前に調整できる唯一の時間なのだ。


 パートの音量バランスがヒデぇライブなんて、とても聞けたモンじゃない。


 本当は実力があるのに、カスだと思われても仕方ないくらい、ライブの良し悪しを決めるモンなんだ。


 そんなリハーサルをすっぽかすという行為を『ナメてる』と思うのは至極当然!


「さっきからピーピーうるせーぞヒヨコ。俺が決めたんだよ」


 横から声を掛けてきたのは、ボブ・マーリィみてーなドレッドヘアーにグラサンのおっさん。このライブハウスの店長だ。


「店長……このトリのバンドそんなすげーんスか?」


「俺は他人をすげーとかうめーとか、そんなくだらねー言葉で形容しねーよ。立場もあるしな。が、少なくともオメーらよりは他人の目と記憶に引っかかれるわな」


 ……んだとぉ?


「つーか、そいつらがトリなのは分かりますけど、なんで俺らが初っ端?」


「しゃーねーだろ? 他の連中もプライド捨ててガキ共の日に割り込んできちまってるんだから、実力から言ってオメーらが初っ端になんの」


「なんで学生の日にベテランのみなさんが?」


「来週の祭りの前に、少しでも調整やらウチの機材との相性確認しときてーんだろ?」


「祭り?」


「かー。駄目だこのヒヨコは。おいイケメンヒヨコ。説明」


「来週ここでやるロックフェスで、最優秀賞に選ばれたバンドは、大手と契約してメジャーデビューできるっつースンポーだ。演奏できる曲はたった二曲。しかもリハなし!」


「説明ごくろー」


「マジでか!」


「マジでだ。お前も燃えてただろ。最近秋の物忘れもちょっと心配なレベルまで来てるな」


 ……なるほど。だから他の連中にとっては、今日のライブ自体がリハみてーなモンなのか。


「……で、そのリハのリハにこねーってのはつまりナメてるってことだろーがっ!」


「別に俺はどーでもいいぜ? リハしよーがしなかろーがあとで笑うも泣くも本人なんだからよー?」


「……はぁ」


「まぁこいつらも他のヒヨコはまだチンカスだけどな。ヴォーカルのマ〇カスはまーまーだ」


 ……セクハラだぞ。


「って、女性ヴォーカルなの?」


「おう。何かIRIAとかいうやたらエロイねーちゃんだ。俺の好みじゃねーがな」


「い、イリアぁ!?」


「あんだ知り合いか? まーどーでもいーけどな。せーぜー頑張れよ。ミネラルウォーター」


 そう言って消える店長。


「そっちのクリクラじゃなくて『CLICK ON CLAP』でクリクラだよ!」


 俺は店長の背中に叫ぶ。今までに何度も繰り返された会話だ。


 まぁ……今はそんなことはどうでもいい。今日の出演者に……彼女がいる。


《すげーグーゼンですねぇ……》


《まだ運には見放されてないってことかしらね……》


 ……そうだな。コレはかなりの僥倖だ。正直ホっとしたよ。






「だー疲れたー!」


《お疲れですよっ! ヤベーですねライブって! リライもふぃばぁしちゃったですよ!》


 ……その言語センスはどーかと思うが感動してるみたいだし、いいか。


《……ふん。まぁサルをネアンデルタール人と見間違えるくらいにはマシになってたわね》


 ……まぁ、いいか。


 ライブを終え、汗だくで楽屋に戻ってきた俺と宗二は、着替えもそこそこにホールへと出た。


「おう秋、宗二。お疲れ」


「お疲れwww」


「お疲RE」


「ご苦労さまであります!」


「おぉ、来てくれてありがとな!」


 観に来てくれた友人達にお礼を言い、話に花を咲かせている内にすっかり時間が過ぎてしまい、結局俺は演奏前にイリアの姿を垣間見ることはできなかった。


「……なぁ、お前ら、やたらエロくていい女、見かけなかったか?」


『……はぁ?』


 一同が呆気に取られた顔をする。いや、ケーツーは目を輝かせているが。


「……いや、見てないけど」


「その人ってwww学生? 学生でwwwエロくてwwwいい女?」


「……多分。俺らの一コ下……だと思う」


「じゃあ分かんねーYO。今日学生だらけだモンYO」


「ふむ……」


 俺が腕を組んで首を傾けていると、


「どっちみちそろそろトリバンドの出番だぞ。見てみようぜ秋」


 宗二がそう声を掛けてきた。そうだな。焦らずとも会えるんだし。どっしり構えてよう。


 ……しかし、いずれプロシンガーになる女、か。確かにCDで聞いた時はかなりのモンだったが、この時はどうだったのか、お手並み拝見だな。


 ……ん? いずれプロになるってことは、来週のロックフェスで優勝するのは彼女のバンドなのか?


 てことは……だ、俺達が優勝しちゃってメジャーデビューとかしちゃったら、彼女は音楽の道に進まないってことになるんじゃないか?


 あの時の口ぶりから察するに、彼女はプロとしての生活で生じる何らかのストレスが原因で精神に異常をきたしたのでは……?


 ふむ……何となく浄化の手段が見えてきた気がする……。


 ソレにだ。彼女はずっと俺が好きだったと言っていたな。てことはだ。大好きな俺が『お前は歌う必要なんてない』とか言ってしまえば彼女は従順に俺の命令に従い、ソレで解決なんじゃないか?


 ……ふ。モテる男ってのも罪だな……。


 などと俺が人知れず自分の罪深さに酔いながら、メロンソーダ入りのグラスを傾けていると──


『いい!? わたしは今、モーレツにセックスがしたいのよっ!!』


「ブーっ!」


「ギャー! 汚ぇっ!」


 ──そんな声がスピーカーから聞こえてきたからさぁ大変だ。


 ホールの観客は一人残らず絶句している。俺にメロンソーダを吹きかけられた賢ですら、視線をステージから放せないようだ。


 そして全員の注目が集まる中、カウントから一曲目が始まり、緞帳が上がる。


 そこにいたのは、整った顔立ちに金髪。そして注目を集めざるを得ないパーフェクトボディ。


 間違いない。あの時、俺と出会い、水を飲ませてくれた、寄り添ってきてくれた、ずっと好きだったと言ってくれた、そして……俺を刺してくれやがった、イリアだ。


 だが……その時の俺は、ソレらの感情を思い浮かべることができなかった。頭の中は得体の知れない何かでオーバーフローを起こしていたから。


《すげー……ですよ。ヤベー……です》


《確かに……すごいわね……》


 確かに……すごい。


 圧倒された。完璧に。


 演奏が終わり緞帳が下りるまでの間、俺は一度もステージ上の彼女から視線を切れなかった。






「お、お疲れさま……」


 楽屋に戻ってきた汗だくのイリアに、俺は声を掛けた。


 ……なんで気を使うような声色になっている?


 リハのことでガツンと言ってやるつもりじゃなかったのか? アホか。


「盛り上がってよかったな。まぁ俺達が温めたおかげってのもあるけど、まぁまぁだったんじゃないか?」


 ……そうだ。いくら彼女がのちのプロだとしても、この時は俺の後輩の一人で、俺にホレてる女の一人だ……他にホレてる女なんかいないけど! とにかく! 下手に出る必要などない!


「……どいてくれる?」


 俺の言葉など耳に入っていないかのように、彼女はそう呟いた。


「温めた? アレで? あなたギター下手だし手元見ながらだから、ところどころマイクから声外れてるし、冷えたお客さんが帰っちゃわないか心配だった」


 俺の顔も見ずにそう言って、横を通り過ぎようとするイリア。


 なん……だと……!


「ちょっと……待てよ!」


 一気に頭に血が昇った俺は、振り向きざまに彼女の細い手首を掴んだ。


 何この小物みたいなムーブ!?


 ていうかこいつ、俺にホレてるんじゃなかったのか?


 まさかこんな辛辣なことを言われるなんて思ってもなかった。


「何を──」


「いくらなんでも失礼が過ぎるってモンだろ!」


 ああ、小物ムーブが止まらない……!


 このままだと俺がやられ役で、主人公が助けにきちゃうぞ!


「離してよ……! 離し……あ」


 彼女が自分の手首を掴む俺の手と、俺の顔を交互に見た。瞬間、その顔がみるみる朱を帯びていった。


「え……あっ」


 そしてその鼻から、ドバドバと血が溢れ出てきた。


「やだ……っ!」


「うわっ、ごめん!」


 俺は彼女の服が汚れないように、咄嗟にイリアの顎の下に両手で受け皿を作った。ダラダラと手の平に血溜まりができる。


「お、俺のジャケットのポケットにティッシュがあるから! 取ってくれ!」


「……ん」


 一瞬躊躇う素振りを見せたが、従ってくれたらしい。ゴソゴソとまさぐられる感触がする。


「……ない」


「逆、逆」


「……あった」


 何とか目当てのモノを見つけ出したらしく、彼女がティッシュで鼻血を拭う。


 ふう……ビビった。


「……どうも」


 至近距離でないと、到底聞こえなかったであろう、か細い声が聞こえた。


「あ……うん」


「てか……見ないで」


「あ……うん」


 言われて俺は慌てて視線を逸らす。


 一瞬しか目を合わせなかったが、やはり美人だ。キレイなお姉さん、てイメージがピッタリ。


「…………」


「…………」


 気まずい空気をどうしたモノかと思っていると、俺の指の隙間から、血が一滴落ちてしまった。やはり即席の受け皿では穴があったか。


「……あ」


 厄介なことに、その雫は彼女の……豊満な、女性であることの象徴、要するにおっぱいの上に着地した。


「……! 見ないで……」


「う、うん……」


《アキーロ……見過ぎです! 分かってるですか!? こいつが何をしたか……!》


 うおぉ、その雫は若さを象徴するかの如く張りのある柔肌の上で玉になっていたが、やがて重力に少しずつ押されていくように、その谷間へと滑り込んでいくぅぅ……!


「見るな……!」


「う、うん……!」


《ちょっと! いつまで見てんのよ! ケダモノ!》


 アレを拭くには『よいしょ』て乳を広げないといけないワケで……!


「だから見んなっつってんでしょ!」


「ぶひぃっ!」


 彼女の抗議の声をガン無視キメて穴が開くように凝視していた俺は、横っ面にビンタを喰らって吹っ飛んだ。


「あぁ~っ!」


 倒れた拍子に両手に溜まっていた血溜まりが俺の顔と服の上にぃぃ! スプラッタぁぁ!


「変態……! どうせアレでしょ。『今俺は両手が使えないから、舌で舐め取ってやるよ』とか言い出すつもりだったんでしょ!」


「はい……?」


 何言ってんだこいつ……?


「気持ち悪い……!」


 そう言って彼女は更衣スペースへと歩いていき、シャっと音を立ててカーテンを閉めてしまった。


「だ、誰があんな一瞬でそんな高度なゲス妄想をするか! そういうのはケーツーの境地だ! 俺はただかぶりつきでガン見してただけだぞ!」


「ソレも正直どーかと思うが……」


 いつのまにか背後にいた宗二が、呆れ声でツッコみを入れてくる。てかマジでいつからいた?


「ホラ、いいから出て行こうぜ。あと彼女が言ってたことは少なからず賛成」


「何ぃ!?」


「秋、ギターちょっと雑。ライブ後半になってくると特に。ちゃんとミュートができてなくて雑音が入り過ぎ」


「ぬぅぅ……」


 確かにハイになったり疲れてきたりすると、おろそかになってるやもしれんが……!


「ソレにバンドマンが口で文句言ってドースル。表現は演奏でしましょー。ホラ出るぞ」


 宗二が後ろから俺の両肩を押す電車ごっこスタイルで楽屋を出ようとする。


「いや言いたいことは分かるけど……!」


 ……なんでイリアに聞こえるところで言うんだよぉぉ……!


「……クス」


「……っ!?」


 楽屋のドアが閉まる寸前、聞こえた。確かに聞こえた。


 ……あんのアマ、笑いやがった。


 ……鼻で笑いやがった!


《……アキーロ、予定が狂ったですね》


《全く情けない。俺にホレてるはずだからー、とかえっらそーに言ってたくせにね》


 外からも中からも、刺されまくりの針のムシロ状態。


「は……ははは……」


《何笑ってるですか……?》


《気持ち悪いわね……ようやく自分を客観的に見れるようになったら笑うしかなくなった?》


 ……そうか、コレが初対面。


 彼女と俺の、最悪の初対面。


「いいだろう……俺はコレを試練と受け取った……! この最悪の状態から俺にホレさせ、二度とあんな舐めた口を利けないように俺好みのメス豚に調教してやればいいワケだなコラ!」 


 いきなりそんなことを喚きだした俺に、宗二も含めて周囲は完全に引いていたが、俺はようやく指針が定まった歓びに、血まみれの顔で笑みを浮かべ、胸の内にドス黒い炎を燃やしていたのだった。




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