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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ1
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第六話




 まるで天災だな。受け入れたら即死。断ったら記憶を消された後に自殺。それも重罪のおまけつきだ。どっちにしろ俺は死ぬ。


「お試しコースみたいのはないの? 今の人生を生きたままで償いが出来る。みたいな」


 頬に小さな紅葉マークを貼り付けた俺がむっつりとした口調で尋ねる。


「出来なくわねーですが、お勧めしねーですよ。色々メンドーな制約がつくし、減刑率も冷遇されるし、失敗時にわペナルティーまでつくですよ」


 天災女はまだ潤んだままの瞳を俺に向けて言った。


「……ソレらは死後の世界からコースならつかないの?」


「もちろん! 出来る限りの便宜を図ってくれるですよ。ソレどころか特典だらけですよ」


「何だその無料会員と有料会員みてーな差はっ!! 課金させる気満々かっ!!」


 俺はキレた。


「わっ! びっくりした! 何なんですかこいつわっ!? いきなり叫ぶし、もうヤダ!」


「ソレはこっちの台詞じゃあ!!」


 俺が天災女に掴みかかろうとすると、綺麗なカウンターが俺の顔面を的確に捉えた。


「何なんですかあんたわっ! さっきからドアで殴るわワケ分かんねーこと言ってのしかかってくるわ! サポート要員への暴力わ禁止ですよ!」


 左頬に紅葉マーク、右頬に拳の痕をつけ、三度床に突っ伏した俺に、天災女が泣いてんだか怒ってんだか分からない顔で叫ぶ。


 あ……そか。こいつ……貞操観念とかもないのか。まぁ……デリ●ル嬢と間違えて押し倒したのは、勘違いしててくれた方が好都合なんだけど。


「あ、てことはっ! 最初の金的キックも、パンツ見られたからじゃなくて、殴られたと思ってたからなのか!」


「よく分からねーですが、暴力わサイテーですよ!」


 お前が言うかソレ……


「……お前さ、他に何か特殊な能力とかねーの? ビーム出せたり、空を飛んだり」


 俺はふと浮かんだ疑問を尋ねてみる。


「いえ、限りなく人間に近くってことらしくて、今の自分わ向こうに波長を合わせられるってこと以外わ、あんたと変わらねー普通の人間ですよ」


 えー……何かがっかりだぞソレ……。ここで特殊能力の一つでも出してくれればこいつが死後の世界からの執行者って話も確信に変わるのにな。


 勿論、まだ百パーセントじゃない。つーか、信じたくなくなってきたよ。


「ソレで、覚悟わ決まったですか?」


 がっくりとうなだれていた俺は女の声により現実回帰した。覚悟って……


「おとなしく償いをして次の人生やり直すか! しぶしぶ償いをして次の人生やり直すか! 二つに一つですよっ!」


「一択!? ソレどっちも同じじゃねーか!」


「ば、バレた……!?」


「本気で騙せると思ってたんか、おい」


 予想外だという顔をするアホ女に、俺はジト目で冷ややかに言ってやった。続いて――


「そんなに断って欲しくないのか、お前?」


 ――俺がそう聞くと女は眉間に皺を寄せ悲しそうな顔つきになった……はぁ、肯定みたいだ。


「……逆に、こっちからも質問するですよ。あんたわ何で断ろーと思うですか?」


「な……」


「こっちわちゃんと調査してから来てるですよ。あんたわ自分でも今の人生に失望してるはずですよ。一体、今の人生に何の悔いがあるってゆーですか」


「…………」


「今の人生で叶えられなかった願いも、次の人生で頑張れば叶えられるですよ。今の人生で得たよーな友人わ、次の人生でも頑張れば得られるですよ」


「…………」


「一からやり直せるですよ? またとないチャンスぢゃねーですか。ソレに比べると、今のあんたの人生わ、もう取り返しのつかない、『終わってしまった人生』ですよ」


 勝手なことを言うな。と叫んでやりたがったが、どういうワケか口が開かなかった。


 いや、分かってる。今俺が反論出来なかったのは、俺の中にどこかこいつの言ってることを、少なからず肯定している部分があったからだ。


 俺の中に、今の人生に失望してる部分が確かにあり、次の人生という言葉に、確かに心躍ってる部分があるからだ。


「答えるですよ。今の人生に何の悔いがあるってゆーですか?」


 悔い、か。今の人生に対する悔い。心残り……。


 ある。確かにある。このままじゃ悔いが残るってことが。


「つまんねー答えだったら、殴って無理矢理にでも連れてくですよ」


「…………」


 ……つ、つまんなくねーさ。多分。少なくとも俺にとっては大問題だ。


「……さあ、答えるですよ」


 ぴん、と張り詰めた空気のまま、いつまでも続くと思われる沈黙が流れた。


 コレは、言うしかない。意を決して俺は口を開いた。


「……のま……くない……」


「……んん? 何て言ったですか?」


 女がキツイ口調で再度答える様、促してくる。


「ドーテーのまま、死にたく、ない……です」


「……は?」


「童貞のまま! 死にたくない! って言ってんだよ!」


「どーてー? ……何ですよ? ソレ……」


「一回も異性とエッチなことしないで死にたくねーってんだよ! ソレどころか、おっぱいはおろかキスすらしないで死ねるかっ!! もう二十歳はとっくに過ぎてんだよ! ヤラハタドラ二で満貫だよ!」


「……はぁ???」


 女がひたすら頭上に疑問符を浮かべることなどどこ吹く風。


 六畳半の俺の城に、この上なく情けない主の叫びが鳴り響いたのだった。


「えー……よーするに、あー……あんたわ……子孫を残したい、と?」


 俺の言葉の意味を電波に通訳してもらったようで、女が聞いてくる。


「……んん、どっちかというと、そういう結果から生まれる事実より、過程そのモノを体験してみたいというか……」


 先程よりは少し落ち着いた声で、俺はそう答えた。妙に恥ずかしいぞ。


「かてー? ソレって、子作りの?」


「そうだよ。アレはとても素晴らしいモノだという話だ。人間の間では、ソレを体験しないでこの世を去るのは、他の何にも比べがたき不幸だと言われているのだ」


「ほへ……そーですか」


「……そーですよ」


 非常に情けない事態になってしまっているが、俺の脳内には一つの光明が射していた。


 この女はどうにかして俺を死後の世界とやらに連れて行って償いとやらをさせたいみたいだし、ソレに対して俺は『性交渉もせずに逝きたくない』と言ったのだ。


 とくれば、次にこの女が言ってくる言葉も予想出来ようというモノだ。


 ……何? 手口が姑息だって? はっ。チャンスは最大限生かす。ソレが俺の主義だ。


 ……いいじゃん! 変にカッコつけて機会を逃すより、土下座してでもヤラせてもらった方がまだ男らしいだろ! 少なくとも俺はそう思うね!


「つまり、あんたわ、女性と性行為をしねーで転生したくねー、と」


 女は仕方ない、といった溜息を吐いて俺を見つめてくる。キタ!!


「……ああ。情けない話だけど、俺にとっては大切なことなんだ」


 俺は口許がニヤけそうになるのを必死で堪え、俯き気味にそう言った。


「……ソレさえ果たせば、死後の世界に行ってもいい、と?」


「……まぁ、やぶさかではない。と言うか……考えてもいいな」


 ここでがっついた様子を見せてはいけないのだ。まるで期待なんかしていない。そんな都合のいいことがあるはずがない。と半分なげやりなくらいの態度で。コレ大事。


「……はあ」


 大きく溜息を吐く女。……こい。こい!


 まるでバカラのここ一番の大勝負で、カードにしぼりを掛けているギャンブラーの様な、または競馬で賭けている馬が、終盤の直線でとんでもない追い足を見せている時の大穴一点張りの馬券購入者の様な気分で、俺は鼓動を高鳴らせた。やったことないけど!


「……仕方……ねーですね」


 キタ――!! 計画通り! 勝った! 俺は勝ったんだ!


「お試し。させてあげるですよ」


 させてあげる……。何て官能的な響きなのだろう。こんにちは、勝ち組メリークリスマス! さようなら、負け組メリー苦しみマス! 父さん母さん! 秋色は今大人の階段を昇ります。


「……はぁ」


 再度溜息を吐き、女は子供の駄々に付き合う保護者の様な顔を、俺の顔に近づけてきた。


「……ち、近い。……え? い、今すぐですか?」


「何ですか。今更ビビったですか」


「び、ビビってねーよ! ドンと来い! ばっちこーい!」


 とは言ったモノの、マジか。俺は内心ビビりまくっていた。


「ぢゃあ、いくですよ」


 そう言って女は両の手を俺の手に繋いだ。フォークダンスの構えの要領だ。


「……rftgyふじこlp;@!」


 情けないことに、俺は自分で話を持っていったにもかかわらず、テンパりまくっていた。


 仕方ないだろ! 女性が自分の意思で俺に触れてくるのなんか、フォークダンスとコンビニでお釣り返される時くらいしかなかったんだから!


「……落ち着いて。気持ちを静めるですよ。ゆっくり大きく呼吸して」


 そう言って女は、俺に分かりやすい様に大きく、すーはー、と呼吸をしだした。


「お、おう……」


 俺もソレに合わせて、大きく息を吸って、吐く。


「ホラ、もっと身体を密着させるですよ」


 女が身体をくっつけてくる。俺の顔のちょっと左下に、女の顔がある。そして、俺の胸板に、胸が当たっている!


 ……ソレは、決して大きい! と言える程のモノというワケではないのだが、皆無! というモノでもまたなく、そして下着のせいか、想像していたようなマシュマロの如き、ぷにゅぽよん、てな感触でもなかったのだが、確かにそこにある、そのささやかなれど壮大な存在を、目一杯に主張してくるではないか!


「ちょっと。心拍数が上がり過ぎですよ。あと何で腰だけ引いてるですか。しっかり密着しやがれですよ」


 俺の左胸に顔をつけているので、心臓の音が聞こえるのだろう。いや、そうでなくても外に音が漏れてるんじゃないかと思う程に脈打ってるんだ。


 ……密着しろだって? 何で腰を引いてるだって?


「仕方ねーだろ! マズいとこがマズいことになってるんだから! や、やっぱらめぇぇえ! さ、先に! 先にシャワーを浴びさせてえぇぇ~!!」


「はぁ? 何言ってるですか。いーから落ち着いて、自分に身体も、呼吸も合わせて、あんたと自分、でわなく、一つになるんだって念ぢるですよ」


 ひ、一つになる……ですか……。やっぱキンチョーしますであります! 教官!


 ここまで話を持っていこうと画策してた時は、『相手も初めてだろうから、俺がやさしくリードしてあげよう』な~んて考えてたけど、こりゃあ無理だ。色んな意味で腰が引ける!


「……すー、はー」


 ソレでも辛抱強く、俺が合わせやすい様に大きく深呼吸を繰り返す女を間近に見て、何とか俺は呼吸を合わせた。一つになる……何となくのイメージを頭に浮かべて。


「……ソレぢゃ、自分と同調して、向こうに情報を送信するので、粘膜を合わせるですよ」


「ね、ねんま……」


 何かエグいとゆーか、何となくやらしい響きだなぁ。と思った瞬間――


「んんっ!」


 ――女が唇を重ねてきた。

 

 ガチッ! とこいつの八重歯と俺の歯がぶつかる音がする。


「……!?」


 俺は不意打ちに目を剥いた。すると、集中する様に目を閉じている女の顔がすぐ目の前にあり、何故だか、俺は目を奪われたまま、その顔に見入ってしまった。


 ……お、俺のファーストキッス!! ……キッスって、何か間抜けな響きだな。


 ぼんやりとそんなことを考えていたら、今日何度目かのブラックアウトが襲って来た。





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