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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ3
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第六話




 ……今日は眠れそうにないかもな。


 先ほどまで頭を占めていた恐怖は既に何処かにいってしまったし、睡魔に身を任せてうつらうつらと意識が途切れそうにはなるのだが、その度に閃光、または雷鳴が自己主張を始め、その度に……


「ふぅぅううう──っ!」


 リライがしがみついてくるのだ。


「はいはい……大丈夫大丈夫。漏らすなよ」


「だ、大丈夫……ですよ」


「本当か?」


「ちょっと……チビったかもしれねーです」


「勘弁してくれ……」


「う、嘘ですよ。大丈夫です。多分……」


 多分てのが怖いぞ。俺の布団を世界地図にしちまうのはご勘弁願いたい。


「なんでアキーロわ怖くねーですかぁ……? こんなヤベーこえーですのにぃ……」


 瞳を潤ませたリライが聞いてくる。


「ソレは俺がお兄ちゃんだから、だ」


「カンケーあるですかぁ?」


「昔な、母さんが雷に怯えて親父にしがみついた時があったんだよ。今のお前みたいに」


「ママが……?」


「うん。母さんも雷が苦手だったんだ。で、母さんにしがみつかれてデレデレへらへらしてる親父に聞いてみたんだ。『とーさんは何で雷へーきなの?』って」


「……んん」


「したら親父は『お父さんだから、だ』ってさ。あん時は意味分かんなかったけどな」


「……パパ」


「守る側が怖がってたら、守られる側はもっと怖くなっちまうモンな」


「……んん」


「だから、俺は怖くないんだよ。リライを守ってやる側だからな」


「ぢ、ぢ、自分だってもう怖くねーですよ。自分はニャーを守る側ですから!」


「…………」


 当の猫はリライの頭の横で寝っぱなしだ。一度も起きやしない。


「雷なんて何処吹く風……だな」


「風ぢゃねーですよ。何処落ちる雷……ですよ」


 リライが俺の腕を引っ張って枕にして背中を向け、猫を腕の中に包んだ。左側から段階的に大きくなる変則的な川の字ができあがる。


「よし、ですよ。コレで前も後ろもバッチリガードですよ。準備万端です」


 ……ニャーはお前が守る対象ではなかったのか? 盾扱い?


「いざとなったらアキーロの腕を噛むから完璧です。ソレでも怖かったら──」


 噛むな、と言いたかったが、既に睡魔に九割方侵食を許していた俺は口を開くのもおっくうで、そのままリライの決意表明を子守唄に、意識を手放した。







「…………」


 目が覚めると、目の前に着ぐるみのフード。つまりリライの後頭部があった。珍しいな。いつも朝早くから起きるこいつが俺より遅いなんて。


 リライを起こさないように彼女の頭から腕を引き抜く。その腕は涎まみれの上に、歯型が一つ……二つ……三つ……。


「…………」


 甘噛みを覚えたのか? 俺が不感症になったのか? 慣れって怖いな。


「ぅぉぉ……!」


 俺は塞き止められていた血液が腕に流れ込むチリチリした感覚に耐えながらトイレに立ち、顔を洗って、いつの間にかリライの腕から逃れて玄関のダンボールの中に戻っていたニャーを外に出してやる。今日は快晴ではないモノの、悪くない天気だ。


 さて朝飯でも作るか、と伸びをした俺が玄関のドアを閉じると、ベッドの上で寝ぐせだらけになったリライが目をとろんとさせながら、ちょこんと座っていた。


「おはよう」


「おはよーれふよ……」


 盛大に口周りに涎の痕を残したリライが、再びゆっくりと瞼を閉じていく途中で──


「うひゃっ!」


 ──いきなり身体を跳ねさせた。


「う、うえ? ふへっ?」


「どうした?」


 せわしなくキョロキョロするリライに、俺は声を掛ける。


「……了解ですよ。あ、アキーロ……おはよーですよ」


「おはよう。どうした?」


 先ほどのやり取りが記憶に残っていないことを窺わせる会話のあと、俺は再び質問した。


「何か……ググリ先生が……新しいミッションが発生したとか……」


「…………」


 今までの嫌な予感なんざ比べモノにならないくらい、嫌な予感がした。


「昨日採取したアキーロの情報からまた罪人候補が浮かび上がったらしーです」


「…………」


「……アキーロ?」


 ……もう、決まっているんだろうな。確信がある。


「でも、アキーロの記憶からだと名前が分からねーみてーですね」


「……ソレ、どうしてもやらなきゃダメかな?」


「ほへ?」


 リライが首を傾げる。


「昨日会った女……だろ? 多分……もう殺人を犯してる……」


「……そやね、だそーです」


「そんなヤツに関わったら、俺が殺されかねないんじゃないか?」


「……そやね、だそーです」


「でも俺、そいつのこと知らないんだよ。覚えてないんじゃなくて、知らない」


「そーみたいやね」


「そもそも! 手伝うのは気が向いた時と暇な時だけでいいかって! 最初に言ったよな!」


「そやね」


「じゃあ……今回は断っちまってもいいかな?」


「別にかまへんよ」


「……!」


 はっと顔を上げると、そこにいたのはリライではなかった。いや、身体や声はリライのままなのだが、顔つきや喋り方がまるで別人だった。


「……ググリ先生」


「別にかまへんよ。今回はハッキリこっちの落ち度やしね」


「……どういうことだ?」


「今回の対象は、あんたとは出会ってへんのよ」


 ……やっぱり。


「あんたが浄化に成功して……あんた自身も少し影響を受けとるんよ」


「……影響? どんな?」


「別にあたしらが何かしたワケとちゃうで? 大切な人を救えたあんたは、根本的な性格は変わってなくとも、救えなかったあんたよりは明るく、奔放に生きてきとるっちゅーこと」


「……は?」


「書き換えが成された世界でのあんたは、罪人を救えたこと自体は覚えてても、その細部や、この子のことやリトライのことまでは覚えとらん。そういう処置が施されるんよ」


「……ああ」


「だけどな、そのはずのあんたが極めて微少ながらも影響を受けてるってことが報告されとるんよ。本来知覚できるはずのない監視者に話し掛けたり、挑発したり」


「……挑発?」


 ……監視者って……マテリアル姉弟だよな? 何をしたんだ過去の俺?


「何でそんなことになったかはまだ不明や。あんたが特別なのか……この娘が特別なのか。偶然の産物なのか」


「…………」


「だから……あんたに書き換えの内容を知らせるのにストップが掛かったんよ」


 ……そういう、ことだったのか。


「そんなワケで……あんたは今回の対象と会ってない。今のあんたとホンの少し、ごく僅かにズレが生じた過去のあんたが出会った……偶発の罪人やから」


「……そうか」


「だから……放置してもええで。あんたにこの罪人を救う義務はない」


「……そうか」


 ……何故かスッキリと安心はできなかったが、ソレでも緊張が徐々に和らいでいくのを感じた。


「でも……コレだけは忘れたらあかんで」


「……何だよ?」


「この罪人を助けられるのはあんただけや。今のシステムではそう判断するしかない」


「……!」


 ハッキリと、心臓が跳ね上がるのを感じた。俺が無理矢理、胸の奥深くに隠そうとしていたモノを、貫かれた気がした。


「あんたが見殺しにしたら……この罪人は間違いなく死んで、罰を受けることになる。この罪人に殺された命も、次を始められるとはいえ、ここでの命は終わる」


「…………」


「この罪人の精神が不安定になる以前の時代に行けばまだ安全なんとちゃうか、とか思っとるんやったら一応言っとくけど、今回はあんたの中に罪人の記憶がないから、リトライにはこの罪人の情報……つまり、細胞が必要や。そんでソレを手に入れる為には……」


 ……本人に会う必要がある……ってことか。


「何か……エラいシリアスでごめんな。あたしももっとおちゃらけエッチなググリ先生で出てきたかったんはヤマヤマやで? 堪忍な……でも、今言ったこと、忘れたらあかんで」


 ……俺が、見殺しにしたら……終わる。


 ……見殺し、見殺しなんて……!


「そんな言い方──!!」


「──ズルいですよっ!!」


 いきなり目の前にいたググリ先生が天に向けて叫んだ。目には一杯の涙が溜まっている。


「アキーロのせーみてーに言わねーでくださいっ! アキーロわっ! リライを……ユノも! マヒルも守らなきゃいけねーですからっ! 死んだらダメなんですよっ!」


「……リライ?」


「だから……そんな! 守ろうとするアキーロを殺すかもしれねー罪人なんて! 放っとけばいいですよっ!」


「リライ!」


「ふへっ!?」


 俺の呼び掛けに、熱に浮かされていたように天目掛けて叫んでいたリライがビクっと身体を跳ねさせる。


「アレっ……? 戻ってる……ですよ?」


「あぁ、もう大丈夫だから。……おかえり」


 俺はきょとんとするリライの頭に手を乗せた。すると、リライは目の端に溜めていた涙を溢れさせて、こう言った。


「アキーロ……ごめんなさいですよ」


「何がだよ。一体どうしたんだ? 何でお前が謝る──」


「……本当わ……助けたい……ですよね?」


「……っ!」


 またも心臓が跳ね上がる。と同時に、自分の胸に引っ掛かっているモノの正体が分かった。


 今ここにいる俺ではないとはいえ、彼女が自分と出会っていたこと、彼女の言葉が嘘ではなかったこと、そして彼女の罪の一因が俺にあると知ってしまった今……俺は……昨夜雨に打たれ、号泣しながら俺に助けを求めていた彼女を……救ってやりたいと思ってしまっていたんだ。


 リライには、まだ俺自身も自覚してなかった俺の本心が見えていたんだ。


「でも……自分わ嫌です……嫌ですよ……もしアキーロが死んだら、自分……一人ぼっちです」


「リライ……!」


「アキーロわ優しいですから、本当わ助けたいって分かってるけど……お願いですよ……死ぬのわダメです……リライを一人にしちゃ……嫌です……ごめんなさいですよ……」


 俺はボロボロに泣くリライを思い切り抱きしめた。


「バカ……! 一人になんかするワケねーだろ……! お前が謝ることじゃねーだろ……!」


「ごめんなさいですよ……」


「こっちこそ、ごめんな……そんな心配をさせちまって、ごめん……」


「アキーロの方こそ、謝ってるですよ……ぬふふ」


「ホントだ。変だな。謝る側が二人で、許す側のヤツがいないだなんて」


「ホントですよ。変ですね」


 ……変じゃない。本来、俺が謝るべき人間がここにいないだけなんだ。


「てゆーかリライ。お兄ちゃんを過大評価し過ぎだ」


「かだ……何ですよ?」


「自分を殺そうとするかもしれねーヤツ助けたがるほど俺は優しくねー! ってこと」


「そーですね! アキーロわ優しくねーです! 犬派の裏切りモノです!」


「そこは否定しろやっ!」


「ソレより早くメシにしろやっ! ですよ! お腹減ったです!」


 リライにようやく笑顔が戻ったことに安心して、俺はキッチンへと向かった。


 助けようとしたら殺されるって決まったワケでもないけど、ソレでも……ごめん。


 俺はキミを見殺しにする。


 すまない。


 恨んでくれていいよ。


 ソレでも守っていきたいモノがあるんだよ。





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