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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ2
34/161

第七話




 この部屋に戻って来た翌日。


 食事を終えた俺は今、歯を磨きシャワーを済ませ、いささか身体を固くして、差し向かいに座るリライの碧眼から注がれる珍しく真剣な視線を受け止めていた。


 何故そんなことになっているのかというと――






 ――コレが夕べの俺。


 公園から部屋に戻った後、適当にありあわせの食材で作った料理を――


「うまっ!! うめーですよ! やべーですよ!」


 ――とか言いながら掻き込むリライ。


「ホントか? 優乃先輩の家でもっといいモノ食べただろうに」


「アレわアレでうめーでしたけど、やっぱりこっちもやべーですよ!」


「……食べながら喋るんじゃない」


 そんなことを言いつつも、俺は内心ほっとしていた。と同時に、リライが他所の家でこんな食べ方をしていたのかと思うと、やたら恥ずかしい気分になった。


 箸が使えないのでスプーンなのはまだ文化の違いで通じるだろうけど、この常識のなさはコレから生活していくにあたっていささか具合が悪いというモノだ。






「まぁ、今回のお泊りは避けられぬアクシデントのせいみたいなモンだったしなぁ……」


 久し振りにシャワーではなくバスタブに溜めたお湯に浸かりながら俺は大きく溜息を吐いた。コレからはリライに少しずつ色んなことを教えていかなくては。


 リトライ時にも色んな知識を学習、吸収しているみたいだし、モノ覚えが悪いワケではないみたいだが、全くの常識知らずではなく、所々知識に穴があるから厄介なんだ。


 しかし、リライ本人は大丈夫みたいに言ってたし、優乃先輩に聞いてもいい子だったって言ってたけど、彼女に迷惑を掛けたんじゃないか心配だ。何か迂闊なこと言ってないだろうな。


「先輩……俺と結婚したら自分の妹になるんだし……とか考えてくれてたりして……」


 なんて人に聞かれたらかなり恥ずかしい妄想を、俺が口にした時だった。


「自分も入るですよっ!」


 バン! と音を立ててセパレート式のバスルームのドアを開け放って入って来たのは、一人しかいない。肝心なところは何故か都合のいい湯気で隠れているが……素っ裸のリライだ。


「うおおぉぉおおっ! ありがとうございましゅうぅぅううっ!!」


「うるせーですよアキーロ……なんでお礼ゆーですか。うー、さみーですぅ……」


 反射的に出た俺の角度九十の完璧なお辞儀を無視して、リライはなんてことない様子で、俺が身体を隠す様に丸まったことによってできたスペースにざぶんと音を立てて入って来た。


「な、な、な、何を考えてるんだお前はっ!? お婿にいけないっ!」


「何って、一緒にお風呂入ろーとしただけですよ? あったけーですぅ……」


「おまおまおまお前は女の子なんだから駄目だろ!」


「……女わ、一緒にお風呂入っちゃいけねーですか? 自分、ユノと入っちまったですよ?」


 ……何いっ!? こ、こいつ……あっけらかんととんでもねーことを言いやがった!

 

 俺が命を賭して渇望したとしても、一生見ることが叶わないかもしれないモノをこいつは、こいつは! 


 たまたま性別が女だったってだけの理由で見やがったって言うのかぁぁああっ!?


「優乃先輩とお風呂……優乃先輩とお風呂……」


 うわごとの様に俺は繰り返す。


「アキーロ。女わ一緒に入っちゃいけねーですか?」


「いけねーですよっ! あ、いや、女同士ならともかく、男と入っちゃ駄目! 絶対!」


 俺は個人的感情を押し殺しながら常識を述べる。うう、同性でも許し難い程妬ましい……!


「なんでですよ?」


「何でもだ!」


 小首を傾げながら聞いてくるリライに俺は反射的に返す。


「ユノが自分の身体見て、キレーな白い肌だねーって言ってたですよ。確かに自分、アキーロより白いですね」


「ば、バカやろっ! 見比べんな! こっちを見んな! むこー向け!」


 リライの言葉に釣られてついその身体に目をやってしまった俺は慌てて視線を逸らす。


 コレ以上俺がこいつを見るのも、そしてこいつが俺を見るのも問題がある。特に視線を下の方にやられるのは。何故かとゆーとヤツが目覚めつつあるからだ。


「うりゃっ」


 俺が視界の隅に見つけた温泉の素の蓋を開け、湯船にひっくり返すとたちまち湯が濁った。


「おー! お風呂が真っ白ですよ! 何かいー匂いがするです! 飲んでみていーですか?」


「駄目っ! 大人しくしてなさい!」


「……はいですよ。アキーロ、怒ってばっかです」


 後ろを向いたリライが肩を落とす。心なしかアホ毛も垂れた気がする。怒鳴り過ぎたか?


「……怒ってるんじゃなくて、叱ってんだよ」


「……ソレ、同ぢぢゃねーですか」


「全然違う。リライがコレからこっちの世界でやっていくのに必要だからそうしてるんだ」


「……ふへ」


 リライが顔だけ振り向き、不思議そうな表情をする。


「戸山家家訓、第一条。『自分がやられて嫌なことは人にするな』だ」


「……ほへ」


「でもリライはまだ何が嫌なことで、何がいいことなのか分からないだろ? だから俺はソレをお前に教えなきゃならないんだ」


「……とやまけ……かくん」


「そうだ。お前もコレからはそうなんだぞ。俺の妹だろ。戸山リライ?」


「……とやま、リライ……」


「そうだ」


 噛み締める様に繰り返すリライ。


「……はいですよっ!」


 花が咲く様な笑顔、というのは誰が言い出したんだろう。うまいこと言うモンだ。


 さっきまでしゅん、とうな垂れていたアホ毛がぴこっと立ち上がる。


 最近になって気づいたが、リライの気分に合わせて動く傾向があるような? 濡れてもクセが取れないし、謎の多いパーツだ。

「あ、自分もう、いーこと一つ知ってるですよ! アキーロ、上がるです」


「……は?」


「背中流すですよ!」


 満面の笑顔の前に断ることもできず、押し切られた俺は泡まみれにされた。


「……背中だけでいいからな。前は自分でやるからな!」


「……はいですよ。よいしょ、よいしょ」


 ……いで、いででで。


 何だか楽しそうなリライの気分に水を差すこともできず、俺はリライの方からは見えないのに、無理して笑顔を作った。


 だが痛みとアットホームな空気のせいで、下半身に住む魔物はナリを潜めた様だ。助かった。しかし改めて考えるとすごい状況だよな。


 血の繋がらない妹。お風呂乱入。うぅん、コレ何てエロゲーだ? いかん、考えるな。


「……アキーロ、気持ちいーですか?」


 気持ちいい? とか言うなぁぁああ! いかんいかんいかん! 考えるのはやめろ! 俺のアサルトバスターがスタンダップトゥーザビクトリーしてしまう!


「……お、おぉう……疲れるだろリライ。もっと弱くてもいーんだぞ」


 苦労して俺はそんな言葉を搾り出した。コレは本心だ。背中の皮がズルズルになっちまう。


「アキーロもユノと同ぢことゆーですねぇ」


「……え?」


「……うわっ、びっくりした」


 言葉の意味が分からず、反射的に俺は振り向きかけてしまった。リライの鎖骨が目に入って、慌てて前に向き直る。


「動いちゃだめですよぉ……ふわっ!」


 泡で滑ったのだろう。腕で俺の背中に体重を掛ける様にしていたリライがブチ当たってくる。


「いだっ!!」


 ぶつかられたことによる痛みはほとんどない。しかしその衝撃はハンパないモノだった。


 ソレは、まるで崩れないプリン。いや、プチプリンだな。しかもその二つのプチプリンの上にはチェリーが乗っていた。俺の背中はソレを敏感に感じ取ってしまったのだ。そう、チェリーの背中にチェリーが。


 駄目だ。自分でもこのちょっとうまいこと言おうとする神経が勘に障るが、こんなモノではヤツを止めることはできないらしい。いかん、泡の下でヤツが完全に目を覚ましたぞ!


 ――もういいじゃないか? 一体何がいけないって言うんだ俺? どうせリライはワケ分かってないんだし、見るくらい。なんなら洗いっことか言って触り返してやれよ。


 俺の中で悪魔が囁く。


 ……いかん! ソレだけは駄目だ! ワケ分かってないならなおさらだ!


 何故なら俺の最重要萌えセンサーは、恥じらいにこそ反応するからだ! 


 ワケ分かってないガキや簡単に見せる痴女の裸なんて見ても意味がない! そういうのは、俺に惚れていて、俺以外の男には絶対見せたくないって女性が、俺にだけ見て欲しいって見せてくれるのに価値があるんじゃないか!


「アキーロ、聞ーてるですかぁ?」


「え? あ、あぁ! 何だっけ?」


 脳内の悪魔との論争に興じていた俺は、リライの声で我に返った。


「だから、ユノも昨日こーしたら、もっと弱くていーんだよ、って言ってたですよ」


「そ、そうか。もしかして、コレって優乃先輩に教えてもらったのか?」


「そーですよ。お礼に何かできることねーですかって聞いたですよ。ただ食わせてもらって、世話になるだけの自分ぢゃねーですよ」


「おお、その心意気やよし! 偉いぞリライ。見直した」


「ふふん、悔い改めやがれですよ」


 背後でふん、と鼻息を吐く音がした。得意満面に違いない。


「そんなワケで、自分わ背中流しを教わったですよ。アキーロにもしてやりたいって言って」


「――え」


「……ふへ?」


 今とんでもないこと言わなかったか?


「……お前、優乃先輩に『俺の背中流してやるんだ』って言ったの?」


 俺はそうでないことを祈る様な心持ちで、恐る恐る聞いた。しかしリライはあっけらかんと――


「そーですよ」


 ――こんなことを言いやがった。


「何てことを言ってくれてんだお前はっ!」


「わっ、びっくりした。え? いけねーですか?」


「いけねーよ! ソレだと普段から一緒にお風呂入ってるみてーに聞こえるじゃん!」


「あ、確かにユノにも聞かれたですよ。『アキくんとお風呂入ったの?』って」


「そ、ソレで? 何て答えたんだ?」


 ごく、と唾を飲み込みながら俺は問う。


「……『まだ入ったことねーですよ』って言ったですよ?」


「…………」


 ……アウトか? セーフか? 入ったことないって否定してるし。いやでもこんな言われ方したら絶対『まだ』が引っ掛かるって!


 やばいよやばいよ! ただでさえ優乃先輩には裸で抱き合ってるのを見られたり、色々疑わしく思われても不思議じゃない状況なんだから!


 アレ? でも電話には出てくれたし、お礼のメールにも普通に返事してくれた。実はアレは内心ブチ切れていたとか? ソレとも、最早俺なんか眼中にないから平然としていたのか!?


「……アキーロ?」


「何っってこと言ってくれてんだお前は!!」


「……うひゃっ! びっくりした」


 熟考せども答えの出ない俺は、再びリライに向けて怒鳴る。


「いくら何でも分かれよ! 妹って言ったのは嘘なんだから! そんな二人が一緒に風呂に入るなんておかしいだろ! ちょっと考えれば分かるだろ! ソレを人に言うなんて――」


 俺は立ち上がって振り返り、不思議そうに見上げてくるリライの顔に向けて怒鳴りつけた。


「……アキーロ。叱ってるですか? 怒ってるですか?」


「……っ!! 怒ってんだよ!」


 何も分かっていないその表情にかちんときて、口角泡を飛ばす、とばかりに俺は叫んだ。


「……妹は……嘘」


 ……しまった。と言ってから気づいた。リライの顔がさっきまでとは打って変わって落ち込んだモノになる。泣き虫のこいつが次にどんな表情になるのかは想像に難くない。


 ……どうする?


「……何ですよ? コレ」


「……え」


 俺が考えていると、リライは徐々に落ちていく視線を正面で止め、不思議そうに呟いた。


「あ」


 ソレは立ち上がって向き合った泡まみれの俺の局部、言わば俺を形成するもう一人の俺に注がれていた。


 しかも気づいたら俺は完璧にリライの裸を視界に収めている! 自動的に網膜から得た情報を脳内HDDが記録しようと活動し、もう一人のあいつが主導権を下半身の脳に寄越すように主張してくる! そうはさせるか! 幸い泡まみれのせいでリライには見えない!


「いや違うコレは――でっ!」


「いぎゃっ!」


 ガン! と音がした。俺がもう一人のあいつの覚醒を阻止しようと手でヤツを覆い隠し、身体を屈めようとしたら、リライに強烈な頭突きを叩き込んでしまったのだ。


「いぃぃ……ったぁ~」


 リライの涙混じりの声がする。が、目の前がチカチカしてるせいで姿は見られない。俺はぶつかった反動で再びリライの前に立ち上がり、頭を抱えている状態だ。


 そして回復した視界が捉えたのは、悪夢の一歩手前といった状況だった。リライが拳を固めて正面を睨んでいる。リライの正面、つまり――。


「ま、ままままま待てリライっ!」


「何しやがるですかっ!」


 景色がスローモーションに見えた。


 マジに命の危険を感じるのは何度目だろうか? リライの禁じられたはずのグーパンチは、ゆっくりとコークスクリュー気味に螺旋を描き、俺を俺たらしめる象徴を包む最後の防壁である泡の形をゆっくりと歪め、そのまま確実に死に至るだろうと思われる衝撃を着弾させんと前進して来た。


 俺は痛みと衝撃に備え、意味があるのかは甚だ疑問ではあったが、腹筋にあらん限りの力を込め、歯を食い縛った。


 すぱーん! と、大きな音がバスルームに響く。眩い閃光が俺にだけ見えた気がした。


「ど、どこかでなくしたあいつのあいつぅっ!」


 俺は意味不明の叫びを上げて、頭から湯船に落ちていった。


「……ふへ? 何ですよ? 今の感触」


 なんて、しでかしたことの重要性をまるで理解していない声を聞きながら、温泉の素で白濁化した湯船の中で、俺の意識も真っ白になっていったのだった。




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