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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ2
33/161

第六話




 ようやく、帰って来れた……。


 駅前で降ろしてもらった俺は、たった一日余りしか離れていなかった地元の空気を大きく吸い込んだ。


 ……やっぱり、向こうに比べると空気が不味い。空気に味があるかは知らないが、どことなく排気ガスや街行く人達の振りまく香水の匂いが混じり合い、本来のソレを損ねている様な気がする。


 ……いや、コレはもしかしたら決して明るいとは言えない今の俺の気分のせいかもしれないな。俺は今一度、早朝に交わした従妹との会話を思い返す。


「……はぁ」


 自然と溜息が出た。ハッキリとは分からないが、何かしらのミスを犯した気がする。マヨねぇに依ると、まひるは家族にもすっかり心を閉ざしていて、数分でも並んで座っての会話ができただけでも快挙と呼べるモノだったそうだ。


 だからこそミスが痛かった。もう少しうまくやれば、状況を好転させることができていれば、俺も地元にまでこんな気分を引きずらず、今よりマシな気分で帰って来られたかもしれない。


「…………」


 頭を切り替えようと、俺は携帯電話を取り出し、優乃先輩へとコールする。


《もしもし秋くん?》


「あ、ども。こんばんは。お世話掛けてます。今、こっちに戻って来ました」


 この相手からは見えもしないのに頭を下げてしまうのは、日本人特有のモノなんだろうか? 俺は電話の向こう側の優乃先輩へと申し訳なさそうな声を出した。


《え、今帰って来たところなの? もう家?》


「いえ、まだ駅前です。コレからリライを迎えに伺おうかと」


《ええ? リライちゃんなら夕方まで一緒に買い物してたけど、突然『そろそろアキーロが帰ってるはずです!』とか言ってもう帰っちゃったよ!?》


「え、そうなんですか?」


《う、うん……もう家にいるんじゃないかな?》


「わ、分かりました。家に戻ってみます。また連絡します。すいません!」


 そう言って俺は電話を切り、走り出した。


 リライのアホめ、迷子になったり、事故に遭ったりしてないだろうな!? 


 あいつにはまだ家の合鍵を渡してないから、玄関前で待ち呆けている可能性もある。ちくしょう。コレなら家の前まで車で送ってもらった方がよかった!






「はぁっ……はぁっ……」


 我ながら体力のなさに辟易する。いくら少し大きめのバッグを肩に掛けているとはいえ、何たる体たらくだ。真面目に身体を鍛えるべきなのかもしれない。


 そんな具合で息絶え絶えになりながらも小走りしていると、ようやく我が城であるワンルームのアパートが見えてきた。


「……はぁ……はぁ」


 玄関前に、リライの姿はなかった。鍵を開け、一応中を確認するも、やはりリライはいない。


「くそ! どこ行ったんだよ!」


 俺がそう毒づいてバッグを放り込み、辺りを探してみようと踵を返したその時だった。


 ちりん。ちりん。


 向かいの公園から、聞き覚えのある鈴の音が聞こえてきた。


「…………」


 鈴の音の発信源に向けて歩いて行くと、公園内のベンチに異様な物体が腰掛けていた。


「……ね、猫?」


 そう、何匹もの猫が、ベンチに座っているのであろう物体に群がっていた。


 合体しようとでもいうのだろうか。ソレとも互いに身を寄せ合って冬の寒さに耐えているのだろうか?


「……何やってんだお前? 頭からマタタビでも被ったのか?」


 俺はベンチの前まで来て腰掛けている物体、即ちリライに声を掛けた。


 正面から見るとすごい光景だ。頭の上に一匹、膝の上に一匹、両脇に二匹、極め付けには肩の上で寝そべる形でリライの首に一匹の猫が巻きつく様にしがみ付いて、首輪の鈴にジャレている。


「……アキーロ」


「おう、ただいま」


 リライの呟きに、俺は努めて平静を装って応えた。内心ほっとしていたのはナイショだぜ?


 するとリライは頭や肩に乗っかっていた猫達をベンチに下ろし始めた。抗議する様にニャ~、と猫達の鳴く声がする。


「おかえりなさいですよっ!!」


「ぐはぁっ!!」


 猫を下ろし終えたリライが俺に向けて、カタパルトから発射されたかの様な勢いのダイビングヘッドバットスタイルで飛び込んで来た。


 何とか尻餅を付かずに受け止めることができたのは幸運としか言い様がない。昨日の力仕事の賜物か? 多分偶然だ。


「こんなとこで何やってんだお前は!?」


「猫達と遊んでたですよっ! 友達になったですよ!」


「友達ぃ?」


「紹介するですよ。ニャーとニーとナーとミーとミャーですよ」


『ニャー』


 おう、よろしくな! と言わんばかりに全員が声を上げる。


「……全然分からん。みんなニャーにしか聞こえん」


「ええ? 全然ちげーですよぉ」


「大体、何で密集してたんだ? 猫を使い魔にしてキャラ補正でも企んだのか?」


「何ですよソレ? アキーロがまだ帰ってなかったから、ここで待ってたら寒くなってきて、そしたらいつの間にか寄って来たですよ。ぬくぬくだったですよ」


「……そうか。ありがとな、猫共……ってそうだよ! 何で俺が迎えに行くまで待ってなかったんだ! また迷子になってんじゃねーかと心配したんだぞ!」


「迷子にわならねーですよ。ググリ先生に道を教えてもらってたですから」


 そうだ。何でもリライは機密事項に抵触しないことなら死後の世界の管理者ブレインだか何だかにアクセスして情報を得ることができるらしいのだ。この能力に依って俺しか知りえない情報をこいつが持っていたことで、俺はこいつの死後の世界説を信じることになったんだ。


 で、この検索機能のことを俺はググリ先生と名付け、リライもソレに習っているとゆーことだ。その時『本人も「ソレでええでー」って言ってるですよ』なんてリライが言ってたことを考えると、情報を送ってくるのは機械的な何かではなく、リライの上司の人物(?)らしい。


 機密事項なので俺には教えてくれないが。バレバレな気もするけど。


 ……て、今はそんなことはどうでもいい。


「そうじゃなくて、俺が迎えに行くまで優乃先輩ん家で待ってろって言ったろ! 何時だと思ってんだ! 何の為に懐中時計持たせたと思ってる!」


 俺がそう叱りつけると、リライはしゅんとするどころか、どういうワケか得意顔になった。


「ぬふふ。アキーロ! コレを見るですよ!」


「あん?」


 そう言ってリライが腕に下げていた紙袋から取り出したのは、数種類の女モノの洋服だった。


「おま、コレ、どうしたんだよ?」


「ユノが買ってくれたですよ。パンツも、ブラも。ちゃんとサイズ計ったですよ」


「何ぃ? 買ってもらったぁ?」


「そーですよ。自分服持ってねーって言ったら、ユノの買い物のついでとか言って」


 何ぃぃ? じゃあ先輩も下着を買ったのかな? うう~ん、色と形状とサイズが知りたいぞ。


「あと、ユノのお古の服ももらったですよ。もー着ねーとかで」


「何ぃ?」


「そして、自分わコレをアキーロに早く見せたくて帰って来たですよ!」


 そう言ってリライがオーバーアクションで取り出したのは――


「猫のパヂャマですよっ!」


 ――言葉の通り、猫の……被り物? みたいなフードの付いた暖かそうなパジャマだった。


「コレ超やべくねーですか? 猫ですよ! 猫!」


 何だか知らんが、ネズミの王国に行って以来、リライにとって猫にまつわるアイテムは最上級の興味の対象になるらしい。今もその首でちりんと音を立てる首輪がいい証拠だ。


 ……てゆーか! そのパジャマ優乃先輩が着てたのか!? うおぉ超見てぇぇ!! 


 ソレはつまり、お風呂上がりや寝苦しい夜などに、彼女の素肌を包み、彼女の香りを存分に吸収した超レアアイテムなワケか!? オークションでプレミアが付く程の貴重品じゃねーか!


 ……なんて、いくら俺が童貞でもそう思うのは一瞬だ。いつまでも変態思考に囚われているワケにはいかない。彼女をそんな下種な目で見てたまるかっての。


「自分わ今日からコレを着て寝るですよ。だからアキーロの寄越した男モノのYシャツわもういらねーです。さみーですし、アレ」


「何ぃ!? 男のロマンなんだぞ!」


「自分、女だから分からねーです。ソレに、アキーロわ男の中でも特殊な気がするですよ」


 なーにを言ってやがる。どういうワケか性別は女に区分される、みたいな存在のくせしやがって。ソレに、男モノのYシャツを一度は着せたいと思うのは全国の男子共通の夢だ!


 だがリライはその猫パジャマが大層気に入ったらしい。嬉しそうにアホ毛がぴこぴこ揺れる。


「……よかったな。先輩に迷惑掛けなかったか? ちゃんとありがとう言ったか?」


 俺はそのリライの頭を撫でながらそう聞いた。


「言ったですよ。もらった時も、ご飯の時も、バイバイの時も」


「そっか、偉いぞ。リライ」


「ぬふふ……」


 ソレこそ撫でられて喉を鳴らす猫の様に、リライは心地良さそうに笑った。


 俺からもお礼を言わなくちゃな。受け取ってくれるか分からないけど、お返しもしなくては。


「ほら、風邪引く前に帰るぞ。リライ」


「はいですよっ! みんなー、おやすみですよー」


 上機嫌で猫に手を振るリライの、ぴこぴこ揺れるアホ毛をぽんぽん叩きながら、俺は彼女と並んで歩き出した。




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