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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ2
32/161

第五話




「うおお……さっびぃぃ……」


 まだ薄暗い中庭に、カチカチ歯が鳴る音と共に吐き出された声が白く浮かび上がる。


 こちらの地面は都会に比べてアスファルト舗装されてない箇所が多い。おまけにまわりは畑や草だらけだ。だから様々なところから出て来た水分でそこら中に霧が掛かっている。


 ソレと関係あるのかは知らんが、めちゃ寒い。だってのに全く何をやってるんだろうねぇ俺は。


 ……昔から気になることがあると眠れないタイプだったんだよ。いや寝てたけど。気になってること関連の夢を見たり、結局安眠できやしないんだ。


 めちゃくちゃ気になる商品を店で見掛けたのに、買わなかった夜もそうだった。


 もちろん当然のオチというか、翌日になって店に行くと、売り切れているんだ。そういうのは。


 というか気になると言っても、ちょっと聞けば分かるだろ、くらいのモンだったんだぜ。ソレをマヨねぇがいかにもこちらの興味心をくすぐる様な言い方をするのが悪いんだ。あの悪女め。


 ……今更愚痴っても仕方がないか。もう俺は起きて来てしまったんだし。


 そう思って俺は、ポケットから取り出したたばこに火を点けた。吐く息の白さが一層濃くなる。


 しかしたばこの煙と寒さを差し引いても、俺の住んでるとこより息が白くなってる気がする。空気のキレイさと関係があるんだろうか?


 なんてことをまだ半分寝ぼけた頭で考えてると、空に日が昇り、白々と夜が明けてきた。


「……おぉ」


 なんてことない景色なはずなんだが、俺は感嘆した様な声を上げてしまった。近くに海があるせいか? 太陽が近くてでかい気がする。


 空を見上げてみると、ハッキリと見て取れた星が少しずつ認識できなくなって、代わりに空が青白くなっていく。


 俺も歳を取ったってことかな。こうやって少しセンチメンタルな気分に浸るのもそう悪くない様に思えるぜ。


 いつか、リライにもこの星と太陽を近くに感じる景色を見せてやりたいな。


 ……なんてことを考えていたら、いつの間にか星は完全に見えなくなり、辺りの景色はハッキリと朝に移り変わっていた。


「……?」


 疲れた首を休ませる様に、真上から前方へと視線を落とすと、仕事の始まりだと張り切るまっさらな太陽が映る視界の端に、何かがいた。


「……え?」


 俺がそう間抜けな声を上げると、その何かがびくっと動き、物陰に隠れた。と思いきや、物陰からニット帽がニュっと覗き、こちらを窺っているではないか。


「……女?」


 そう、物陰からこちらをやぶ睨みする様な視線は、ニット帽を被った女のモノだった。


「…………」


 隠れるのがアホらしくなったのだろうか?


 やがてそいつは完全に姿を現した。ニット帽から覗く適当に結わいただけの赤茶けた髪。


 スウェットにどてらを引っ掛けたパジャマスタイル。コレは今の俺も同様の出で立ちなのだが。


 このどてらはみこの手作りなのだそうだ。あと、おそらくコレも俺とおそろいなのだろう。


 そいつは、目を真ん丸くして口を半開きにさせていた。


「……秋、にぃ?」


「……ふへ?」


 またも間抜けな声を上げてから、俺は女が口にした言葉が自分のことなのだと思い至った。


 そして、その懐かしい呼ばれ方と、俺をそう呼ぶ唯一の人物のことに。


「……まひる、か?」






「…………」


「…………」


 俺は今、何年か振りに……何年だっけな? 十年? いやもっとか? いや実際には見掛けただけで会話をしなかったり、ここに来ることがあっても、たまたま出掛けていて出くわさなかったりしたのを加味したら……えーっと、何年だっけな?


 とにかく、俺は今、久し振りに再会したまひると並んで縁側に腰掛けている。


「な、何してたんだ? こんなとこで」


「……そっちこそ」


 抑揚のない声が返ってくる。


「俺は……日の出を見に」


「……同じ」


 またもホントに喋ったのか、幻聴かと疑いたくなる様な短い言葉が返ってきた。いや、同時に白い息が出てるから、返事してきた様だ、うん。


「……ここ」


「うん?」


「こっちの離れで、暮らしてる」


「……そっか」


 言われて見てみると、確かに昔はなかった小さなプレハブ小屋がある。なるほど、まひるはここで……


 見てみると、まひるはこちらを見もせず、興味なさそうに目の前の景色に視線をやっている(俺も女の子をジッと見れるワケじゃないからチラっと確認しただけだけど)。


「まぁ……何だ、その、大きくなったな」


「……ん」


 ……か、会話が続かねぇええ……! 何だこの気まずさは?


「確かお前、俺の四つ下だから、今は……あ、アレか? 大学の冬休み、とか?」


「…………」


「い、いいよな、冬休みとかって、学生の特権だよな! 頑張って充実させるんだぜ?」


「学校なんて、行ってない……高校も、途中で辞めた」


「…………」


 気まずさ最高潮。コレは本当にまひるなのか? 


 でも確かにこいつはさっき俺を秋にぃって呼んだ。俺をそう呼ぶのはまひるだけだったと記憶している。


 俺は意を決して顔を見てみることにした。


 マヨねぇと同じくツリ上がり気味の目尻は、確かにまひるの面影がある。


 だけどその目は虚ろで、目の下にはクマができてる。


 肌も真っ白で、昔の様に男と見違う程に活発で真っ黒だった従妹はどこにいっちまったんだ?


 コレじゃ、まるで……不健康な引き篭もりみたいじゃないか。


「秋にぃ……メガネしてんだ」


「……!」

 

 そう言って初めてこちらを見るその顔は、やっぱりまひるに間違いない様だ。


「あ、あぁ。伊達だけどな」


「……ふーん」


「…………」


「…………」


「お前さ、今――」


「たばこ」


「え?」


「たばこ、吸ってた」


「あ、あぁ……」


「……一本、ちょうだい」


「え、お前吸うの?」


「……ん。部屋まで取りに行くのがめんどくさいから」

 

 ……いや、別にショックだったワケじゃないぜ? 


 成人してるだろうし、別に俺は女がたばこ吸っちゃ駄目って思ってるワケでもないし……あー、でも、やっぱりショックなのかな?


 やっぱり女の子には吸って欲しくないかも。こういうのが男の身勝手な部分なんだろう。


「……ほい」


「……ん」


「ホレ」


 そう言って俺は、まひるが咥えたたばこにライターを近づける。


「……いー。自分で点ける」


 そう言ってまひるは俺の手からライターを奪って火を出した。


「……ん?」


「……?」


「……アレ?」


「どした?」


「……湿気ってる。点かない」


 そう言ってジト、っと俺を見てくるまひる。その表情には見覚えがあって、やっぱりコレはまひるなんだと実感してしまう。


「……吸いながらじゃねーと点かねーだろ」


「……知ってるし」


 そう言って再度着火を試みるまひる。こいつ……


「……! げほ! げほっ!」


「おいおい、大丈夫か?」


「……げほ。つ、つえーたばこ吸ってんじゃねーよ」


「ソレ……一ミリなんだけど」


「……ま、マジーんだよ」


「お前、吸ったことねーんだろ」


「……あるし」


 嘘吐け。


「無理すんな」


「してねーし」


 そう言って、涙目でこちらを睨んでくるまひる。喫煙が背伸びなんだと分かって、俺は少し緊張が解けた様な気がした。


「すー……ふぅ」


「ソレだとただ含んだ煙吐いてるだけだろ。吸うんだよ」


「……?」


「一旦口ん中に吸い込んで、吐く前にフツーに呼吸してみ」


「……ぅ、げほっ! ごほ!」


 俺の言った手順を行い、激しくむせるまひる。やっぱりな。


「ホラ、吸ったことねーんじゃねーか」


「けほ……あるし!」


「無理すんな」


 そう言って俺は自分の吸っていたたばこを携帯灰皿に放り込み、まひるの手から取ったたばこを口に咥えた。


「……こほっ、な、な、何してんだよ!」


「何って、勿体ねーじゃん」


「……セケーんだよ」


「……やだった?」


「別に……やだじゃない」


 久し振りのフレーズだ。そう言えばこいつの口癖だった気がする。しっかし口わりーなこいつは。そう思って俺がまひるの顔に視線をやる。


 するとまひるは慌てて視線を逸らした。


「寒いのか?」


「はぁ? 寒くねーよ。何で?」


「顔が赤いぞ」


「……っ! さみーんだよ! 見んな!」


「寒くねーって言ってたじゃんかよ」


「うるせー! 見んなよ! キメーんだよ!」


 何考えてるんだか全然分からん。さみーんなら部屋入ればいいじゃねーか。


「……何しに来たんだよ?」


「……は?」


「どうせアレだろ。『まひるが引き篭もってるから』とか言ってマ――あの女が呼んだんだろ」


「……は?」


「ソレとももう片方のヤツか? あんた『マヨねぇ~』とか呼んで、あいつに惚れてたモンな」


「……何言ってんだお前?」


「だから、まひるが――」


「まひるが?」


「――わ、わたしが、引き篭もってるから」


「一緒に親父の墓参りでもしようって、家族で来ただけだよ」


「……!」


 ……まぁ、まひるのことが気になってたのは本当なんだけどな。


「しっかし――」


「な、何だよ」


「――わたし、か。小さい時は男か女か分かんなかったのに、今は一目で女って分かるな」


 俺はそう言って俯きっぱなしのまひるの頭に手を乗せた。


「……ど、どけろよ。重いんだよ」


「態度はデケーけど、相変わらず背はちっせーし、自分のことまひるって呼んでたのに、今はわたし、だもんな」


「あ、秋にぃ、は……その、どっちが――」


 ……ハッキリ言って、俺は調子に乗っていた。こいつがさっき自分をまひるって言いかけて、『わたし』に言い直したのや、たばこを吸ってみせたりと、俺の前で背伸びしようとしているのがムショーに可愛く見えたのだ。


 だから、迂闊なことを言ってしまった。そして、女は好きでもない男に気軽に頭を撫でられるのが大嫌いだということも、失念していた。


「ウチにも今、自分のこと『自分』なんていう女がいるんだけどさ。あいつもいつか『わたし』とかになるのかねぇ」


「……!」


「あ、やべ……コレまだマヨねぇや母さんにもナイショなんだった。言わねーでくれよ」


「…………」


「さて、そろそろお開きにして二度寝すっか。昼から親父の墓参りだから、お前もちゃんと起きろよ」


「……れよ」


「んあ?」


 まひるの頭に乗せていた腕から、まひるが激しく震えているのを俺が理解した瞬間――


「帰れよ! 今更来て! 兄貴ヅラすんじゃねーよ!」


 ――まひるがそう叫んで俺の手を振り払った。


「……まひ」


「帰れ! もうわたしに関わんな! 二度と来んな!」


「おい、何怒って――」


「帰れぇっ!!」


「……わ、分かったよ。退散するって!」


 いきなり涙目になって喚き散らすまひるに、俺はワケが分からず背を向けて逃げ出した。






 もしやと思っていたが、予想通り、まひるは墓参りの時や夕飯の時はおろか、俺が帰る時になっても、終ぞ一度も顔を見せなかった。





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