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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ2
30/161

第三話




「秋! ちょっと来い!」


 初めて目の当たりにした広い和風の家の中を探検していた俺は、声のした方へ走って行く。前にも来たことがあるらしいのだが、まだ小さかった俺は覚えていなかった。


「……何?」


「おう来たか。今日はお前にミッションを課す!」


 そこに待っていたのは日焼けした顔に満面の笑みを咲かせた男、戸山四季(とやましき)、その人だった。


「……みっしょん?」


「おう、任務だ。一人前の男になる為の修行だ! だっはっは!」


「しゅぎょー?」


「おうそうだ。秋、お前何歳になった?」


「……八さい。もうすぐ九さい」


「そうか。八歳になった戸山家の男子は、みんなこの修行を行うのだ! だはは!」


「とーさんもそのしゅぎょーやったの?」


「おう! 父さんもやったしお前が生まれる前に死んだじーちゃんもやった! おかげで俺はこんなに輝きが漏れてしまう程の男っぷりを身に付けたぞ! ぶわっはっは!」


「……にーちゃんは?」


「春か? あいつは三歳の頃からこの修行をこなしてるぞ!」


「にーちゃん、すげー!」


「おう。で、今度はお前の番だ!」


 腰に手を当て、ワライダケを常用してるんじゃないかってくらい笑いっぱなしの親父が言う。


 その顔から視線を降ろしていくと、親父の脚の後ろに何かが隠れてこちらをやぶ睨みしていた。


「……とーさん、何こいつ?」


「おう、気づいたか」


 そう言って親父が脚に絡みついていた物体を前にやる。そいつは一、二度イヤイヤする様に身体を強張らせたが、やがて俺の前に姿を現した。


「こいつは、愛する夏美の妹である、みこちゃんの子だ。ホラ、名前は?」


「……まひる」


「まひるだ。歳は? 何歳だ?」


「……ん」


 そう言ってそいつは親指だけ寝かせた手の平を広げて見せた。

「四歳か。こいつがオジサンの息子の秋だ。こいつのが兄さんだな。だはは」


「…………」


 無言でこちらを見つめてくる赤茶けたボサボサ頭の日焼け顔。目ツキ悪いなこいつ。


「そーゆーワケだ秋。まひると遊んで来い! ぶわっはっはっは!」


「いやぶわっはっはじゃなくて! 何でおれが! やだよ」


 何がおかしいのか、発作の如く笑いまくる親父に俺は異を唱えた。


「あ~き~。さっきも言っただろ。コレはとーさんもにーちゃんもやってきた修行なんだ。年上の男として年下の子を守り、楽しませるんだ。春なんて三歳の頃から生後間もない赤ん坊のお前と一緒にデパートに放置したのに見事にこなしたんだぞぉ?」


 ……そんなことする親はろくでなしの類に入るんじゃないか? 自慢気に言うな!


「第一お前以外にいないんだ。春はこっちの友達とサッカーに行っちまったし、マヨもソレを追っかけて行っちまった。あんニャロさすが俺の息子だな。女を振り回す才能がある」 


「えー……だっておれ、家の中タンケンしたいよ。まわりに何があるかもわかんないし」


「戸山家家訓! 第一条!」


 う……出た。


「……じ、じぶんがやられてイヤなことは人にするな」


「分かってんじゃねーか。お前はかーちゃんもねーちゃんもおじちゃんも出掛けちまうこの暇な夏休みの一日に、放っとかれたら嫌だろ? 遊んでやれ。家長命令。隊長命令」


「う……」


 デパートに赤ん坊を放置したあんたがどの口で言うんだ、と今の俺なら言ってやるのだが。


「……わかった」


「おーしよく言った! じゃあとーさんはかーさんとデートしてくるからな! だーっはっはっは! ヒーヒー! げほっ! ごほごほ!」


 絶対アッパー系のドラッグキメてるよ、と思わせる様な奇声を上げて親父は走り去った。


「…………」


「…………」


 こうして、八歳の俺は四歳のまひるの面倒を見るハメになったのだった。


「……おい、まひる……だっけ?」


「……?」


「何してあそぶ? 俺このヘンよくわかんねーんだ」


「…………」


「何かしたいことあるか?」


「……ない」


「…………」


 取り付く島がないというのはこういうことをいうんだろな。警戒されているのか、全く心を開いてくれない。


 幸いなのは、この時のがきんちょの俺が、全くまひるに対して気を遣うつもりがなかった為、少しも遠慮やたじろく様な心持ちがなかったことだろう。


「そーだ。ヤキューしよーぜ」


「……二人で?」


「かたほーがなげて、かたほーが打つしょーぶ。バットとボールもって来てるんだ。やだ?」


「……やだじゃない」


 こうして、俺達は会って早々勝負することになった。


「いくぜ! スーパーダイナミックエレクトリックショーリュータツマキハドーオレサマサイコードンドンドンパフパフボールっ!!」


 明らかにボークな構えで明らかに無駄の多い親父譲りの必殺魔球を初球から放つ俺! 恥ずかしいからやめてくれ!


「……んっ!」


 そう言ってまひるが両手を振ったと思ったら、先程投げたゴムボールが俺の顔面に直撃して、ワンテンポ遅れてまひるの手からすっぽ抜けたプラスチックバットが股間に直撃した。


「あふっ!」


 俺はうずくまって、びっくんびっくんとチアノーゼを起こした重傷患者の如く身体を痙攣させた。


「……どーしたの?」


「バットが……バットで……バッドに……」


 不思議そうな顔で聞いてくるまひるに、俺は残酷な悪魔を見る様な目で訴えた。


「はんそく! こーたいだ! おれが打つ! お前がなげろ!」


 八月の暑さのせいだけではない汗を滴らせながら、俺はボールをまひるの方に放った。


「……ん」


「こい! おれのバットでトバしてやるぜ!」


「……ナニソレ?」


「わかんない。とーさんが言ってた。その後かーさんにおこられてたけど。いーからこい!」


「……ん。えいっ!」


「ずおりゃっ!」


「ぬおりゃっ!」


「くおりゃっ!」


 思いっきりバットを振った俺の後ろでゴムボールの跳ねる音。もう三回目だ。


「…………」


「…………」


「……キャッチボールしようぜ。とれなかったり、とれないよーなタマなげたらまけ」


「……ん」


「はぁぁ……ちえいっ!」


 ひょろろ……ぽす。


「ん……えいっ」


「ぶへっ!」


 すぱんっ……てんてん。


「…………」


「…………」


「今のはとれないタマだった! お前のまけ!」


「……そっちがとらないのがわるいモン」


「何だと! お前がカオばっかねらうからだろ! なまいきな!」


「……ヘタクソ」


「あーあーあー。もうキレちまった! もうだれもおれをとめられねえ! しねやぁぁ!」


 ……なぁ。誰が俺にコレを見せているんだかは知らないけど、ここら辺はスキップしないか? 俺の栄光時代が子供の頃にすらないことを実感してしまうじゃないか。


 ……駄目? 駄目か。……はぁ。じゃあ続きに行こう。


「キェェエエエエっ!!」


「……えいっ」


 べちっ!


「へぶっ!」


 びたん。


「……かった」


「…………」


「…………」


「……やるじゃねーか。おれとごかくにヤリあったのはお前がはじめてだぜ」


「ごかくじゃなくて――」


「おれたちはもうマブダチだな! とーさんが言ってた。男はケンカしたらマブダチだって」


 ……なぁ。やっぱスキップしようせ? 目から汗が出そうだ。駄目? ……はぁ。


「……まぶだち?」


「おう、ともだちの上のしんゆーの上のマブダチだ」


「……マブダチ」


「そーだ」


「マブダチ」


「おう、ドロだらけになっちまった。どーしよ?」


「……きて。こっち」


「んお? どこ行くんだ?」


「こっち」


 俺はまひるに手を引かれ、付いていくことになった。立場が逆だぞ! もう許してくれ!


 走ること数分。山道を登り、下った先で、俺は驚くべき光景を目にした。


「うおお! すげー! すっげー!」


「……ん」


 防波堤の上からは、辺り一面に青い海が広がっていた。初めて見るその光景に、俺は興奮しっぱなしだった。


「すげーなお前! よくしってるなこんなとこ!」


「……マブダチ、だから」


「そーか! ここがお前のひみつきちか!」


「……ん。およぐ」


「……え。でも、ミズギねーぞ」


 俺がそう言うのも聞かずに、まひるは海面へと飛び込んだ。


「お、おいっ! だいじょぶか!」


「……ぷは、へーき。足つく」


「お、おお……すげー」


「……ん」


 そう言ってまひるは海面から手を伸ばしてきた。


「…………」


「……はやく。つめたくてきもちいー」


「……いや、でも」


「はやく」


「うわっ!」


 まひるに引っ張られ、コレ以上ない腹打ちで俺は海面に身体を叩きつけた。


「いってぇぇ! しょっぺぇぇ! うわっ! うわっ!」


「……だから足つくって」


「……あ、ホントだ」


「コレからサキはフカいから行っちゃだめ。おこられる」


「お、おう。しかしキレーだなー。足がすけて見える」


「……サカナもみえる」


「あ、ホントだ! すげー!」


 まひるの面倒を見るというミッションそっちのけで、俺は新発見に夢中だった。




「あらあらまぁまぁ。びしょびしょじゃないの」


 夕方になって家に戻ると、俺達のナリを見て母さんが驚いた声を上げた。あまりそうは聞こえないが、コレが母さんの驚いてるレベルなんだ。


「うみいってた」


「海行ってた! すげーんだぜとーさん! 海って青くてしょっぱくて! 魚が見えんだ!」


「そーかそーか! だっはっはっは!」


「もー笑いごとじゃないわよぉ。深いところには行ってない?」


「……いってない。ちょっとだけ、いこーとしたけど……」


 まひるがちらっとこっちを見る。


「……ん?」


「……あきにぃがこわがったからやめといた」


「!」


 この時、俺は再び、けれど、さっきとは違う初めての感情が湧き上がってくるのを感じた。


 ……あきにぃって呼ばれた。ソレは何だかくすぐったくて、だけど同時に誇らしいモノだった。


「だっはっは! 怖がったのか秋! ソレでいい! 怖いモノは怖い! ソレも男だ!」


 相変わらずワライダケでトリップしてる様な親父の言葉で、俺は我に返る。


「べ、ベツにこわがってねーよ! まひるがおぼれたらマズイからやめておいたんだ!」


「そーかそーか! ミッション達成だな! ぶわっはっはっは!」


「おう! ミッションたっせいだ!」


「よかったわねぇまひるちゃん。お兄ちゃんができて」


「……ん。マブダチになった」


「そーかそーかマブダチか!」


「おう! 男と男はたがいにみとめあったらマブダチだ!」


「……あん? 何言ってんだお前?」


「……え?」


 親父が怪訝な顔をする。なんでだ? と俺は首を傾げた。


「ほらまひるちゃん。秋ちゃんも。びしょびしょだから、風邪引く前にお風呂入りなさい」


「……ん」


「おー!」


 そう言ってまひると俺は玄関で服を脱ぎ出した。


「ちょっとまひるちゃん。女の子がこんなとこで裸になっちゃ駄目よぉ?」


「……え?」


「……? どーしたの秋ちゃん?」


「え……え? おんなのこ?」


「……ん」


「え、ええっ!?」


「何だお前、知らなかったのか?」


「し、しらなかった……」


「だっはっはっは! お前もまだまだ甘ぇなぁ! おら! 風呂入って来い!」


 親父に促され、俺は呆然としたまま、まひるに手を引かれ風呂場へと連れて行かれた。


「……すげー。ちんこねー」


「……ん」


「おしっこどっからすんの?」


 この発言はあくまで、八歳のガキの言ってるモノとして受け止めてくれよな。でなきゃ俺は犯罪者だ。三面を飾るハメになりかねん。


 戸山家の親戚にはまひるとマヨねぇしか女がいない。後は全員野郎ばっかなのだ。


「……お前おんなだったんだな。ぜんぜんわかんなかった」


 初めての異性の親戚に俺は興味津々だった。


「……おんなだったら」


「おう?」


「……おんなだったら、マブダチじゃなくなる?」


「え?」


「……おんなはマブダチ、だめ?」


 この時、初めてまひるのどこか怯える様な悲しい顔を見た。何となくソレは俺にとって見ていたいモノでなくて――


「……いーんじゃね?」


 ――反射的に俺はこう答えていた。


「……!」


「お前、おんなだけど、ヤキューも、ケンカも、およぎも、おれとごかくだったんだし、男とかわんねーよ!」


「……ん」


「ソレに、男とかおんなとかかんけーねーよ! まひるはまひるじゃん!」


「……ん!」


 そう言って大きく頷くまひるの顔には、先程までとは打って変わって明るい笑顔があった。


「でも、ヤキューも、ケンカも、まひるのかちだよ。ごかくじゃないモン」


「……む」


「あきにぃヘタクソだし、よわかったよ」


「じゃあここでしょーぶ! おゆビーム!」


「んぶっ! おゆビームがえし!」


「ムダぁッ! バリアー! はいカキン! おけスプラッシュ!」


「きゃはははは!」


「あはははは!」


 ガラガラ。


「そこにとーさん参上! 必殺津波の術! はいざぶ~ん!」


「おわっ! とーさんすげー! だいこーずいだ!」


「きゃははは!」


「まひる! はさみうちだ! ダブルおゆビーム!」


「うん! ビーム!」


「ぐはぁぁっ! 二人がかりとは卑怯なぁぁっ!」


「きゃははははは!」


「あはははははは!」


「だっはっはっはっは!」


 そう……まひると初めて会った日は、確かこんな感じだった。




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