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リライトトライ  作者: アンチリア・充
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第十六話

 



「あびゃあああっ!!」


「ぬおぉぉぉぉっ!?」


「ぐはぁあああっ!!」


 こだまするは歴戦の兵どもの断末魔。


 時は月末。場所は約束のあのゲーセン。


「ば、バカな! デストロイ山田も、スラッシャー斎藤も、デッドリー鈴木もやられただと!?」


「あの小僧……いつの間にあんな進化を遂げたんだ……!」


 都の部屋で再戦の約束をし、別れてから……俺は本気の本気で、血の滲むような特訓をした。


 まず、母さんに土下座してお小遣いの前借り。


 そのまま家族会議になだれ込み、どうしても倒さなきゃならないヤツがいると「秋ちゃんが不良になった」と泣く母さんを説得し、ニヤつく父さんに洗いざらい吐かされた後に許可を貰う。


 次にここの店長に交渉して、夜でも居させてもらえるように、表向き親戚のお店を手伝う夏休みキッズのフリをさせてくれと頼み込んだ。


 極めつけには、夜の部に現れるこのゲーセンのトップランカーの皆さんに、もうコレでもかと粘着しまくって、弟子入りさせてもらった。全ての言葉、全てのテクをメモり、パシリをこなし、対戦を重ね、自分を叩き上げていった。


 そのおかげで、俺は強くなった。あいつに太刀打ちできる程に。


「仕上がっとるようじゃのう。小僧」


「店長……ありがとうございます」


 腕を組んで嬉しそうに頷く店長に、俺は頭を下げる。


「よくやった……秋色」


「もうお前に教えることは……」


「何も無い……」


「師匠達も……ありがとうございました!!」


 今しがたブチのめした師匠達に向けて、俺はさらに頭を下げる。


「いよいよこの後か……」


 店長が煙草に火を着ける。


「ええ、正午からです」


 あと五分程で約束の時間だ……こちらは絶好調。モチベーションも最高潮!


「頑張れよ秋色! あの氷のメガネ美少女を倒してくれ!」


「そしてあのクールな顔が悔しさに歪むところを見せてくれ!」


「押忍!」


 俺は、その他の格ゲーを愛する仲間達の声援を一身に受ける。


「お前は俺達ドーテーゲーマーの希望の星なんだ!」


「ゲーセンでイチャイチャされたら堪らんからな! さっさと付き合ってもう来るな!」


「泣け!」


「叫べ!」


「そして──」


『──幸せになれっ!!!』


「ありがとうございます! 頑張ります!」 


 俺が暑苦しいくらいの応援に応えたその時だった。


「秋──っ!」


 切羽詰まった声のした方を見てみると、そこには息を切らした宗二がいた。


「宗二? どうしたそんなに汗かいて。俺と都の戦いなら十二時からだ。まだ余裕あるぜ? ていうかお前確か今日は赤西とデートだったんじゃ──」


「このボケ!」


 そう言った宗二が、俺に強烈なボディを喰らわせた。


「──げはぁっ!!」


 俺はそんなカッコいい悲鳴を上げて、後方へと吹っ飛び、ギャラリーの皆さんの群れに突っ込んだ。


「なんでこんな時にケータイの電源オフっとんじゃー!! 何度電話したと思ってんだ!!」


「え……ええ?」


 烈火の如く怒る宗二の声に、俺は自分のケータイを取り出してみる。


「あ……電池切れだ。昨日は帰らずにここの事務所に泊まったから」


「バッカヤロー! そんなんだろうと思ったよ!」


「一体何があったって言うんだ。何故怒ってる? 何故そんな汗をかき、息を切らしてる? 何故デートに行ったはずのお前がここにいる? 分からないことだらけだ」


 俺は殴られたお腹をさすりながら、かったるげに宗二に尋ねる。


 ……正直、今は都との勝負に集中したいんだがなぁ。


「ならば全部教えてやる! 秋、全部聞いた時、お前は『ありがとう宗二、そんでごめん。俺、行くわ』と言うだろう!!」


 なおも興奮冷めやらぬ様子の宗二が、俺に指を突き付けて唾を飛ばす。


「一つ! 何故怒っているかというと! デートの最中だったのに、どうしてもお前に伝えなきゃならないことが出来てしまった! ソレなのにお前がケータイオフってるからデート中断して直接伝えに来なきゃならなくなった!!」


「……え?」


 ちょっと待て。


 こいつは……井上宗二は、恋して恋して恋焦がれていた女子に、十七回告白してフラれ続け、十八回目でようやくOKをもらえた。そんな恋人を何よりも優先している青春の(とりこ)だ。


 そんなこいつが……その彼女とのデートを中断して、ここに来た……!?


「お前何やってんだよ! そんなことしてる場合──」


「うるせー! もう来ちゃったんだから仕方ないだろ! 二つ!! 何故汗をかき、息を切らしているかというと、智美に『三十分だけここで待つ。三十分経っても戻らなかったら帰る』と言われて、全速でかっ飛ばしてきたからだ!!」


 俺の胸倉を掴み、捲し立てる宗二の唾を顔面に受けながら、俺は自分の耳を疑っていた。


「なん……で……?」


 ここに来て、俺は宗二が、何よりも楽しみにしているであろう時間を犠牲にしてここにいることを理解した。


 では次の……いや、最後の疑問は──


「──そこまでして、何を、伝えに来たんだ……?」


「…………」


 俺の問いに、バスケ漫画かってくらいに汗をかいた宗二が大きく息を吸い込む。


「……秋。都さんは来ない」


「…………」


「…………」


「……は?」


 何を言っている?


 何故こいつにそんなことが分かる?


 疑問が尽きてくれない。


「……さっきデートの途中、駅で……会ったんだ。都さんに」


「…………」


「……『今日は秋と勝負だったんじゃないの?』て俺が聞いたら、最初は彼女『うん、コレから』って言いかけた。でも、一発で嘘だって分かったよ」


「……なんで?」


「彼女、でかいキャリーバッグ引いてたから。彼女の隣にいたお母さんも」


「…………」


「俺が嘘だって見抜いたのが分かったんだろう。観念したように言ってたよ。『今日、ゲーセンには行かない。このまま空港へ行って、引っ越す。戸山には内緒にして。あと、謝っておいて』ってな!」


「引っ越す……?」


 何だソレ……? 


 随分急じゃないか。


 ソレとも、もう(あらかじ)め決まっていたことなのか?


 俺と出会った時には?


 ここで戦った時には?


 俺を……家に招いてくれた時には?


 ──ウチが勝ったら……ウチも伝えるね。ウチの気持ち。多分、戸山が伝えようと思ってることと……同じだと、思う。


 あの時には、もう……!?


 あの時、見えた気がした都の涙は、見間違いなんかじゃなかったんだ。


 あいつはあの時、泣いていたんだ。


「秋っ!!」


「……っ!」


 宗二の声で思考の旅から帰還した俺は、真っ直ぐに俺を見つめてくる瞳を見つめ返した。


「コレが……十三分前の出来事!! 俺は超特急で智美のところに戻る! さぁ、お前はどうする!?」


「……!!」


 ……決まってんだろ……!


「ありがとう宗二……そんでごめん。俺、行くわ!!」


「あいよ。いってらっしゃい!!」


 宗二がそう言った瞬間、今まで黙って話を聞いていたゲーマーの皆さんから、歓声が上がった。


「行ってこい少年! ゲーム(遊び)は終わりだ!!」


「行け!」


「走れ!」


「そして──」


『幸せになれっ!!』


 再び暑苦しいくらいの応援が、俺の身体に浴びせられる。


「はい! ありがとうございます! 行ってきます!」


 そう応えて俺は入り口へと向き直る。


「……小僧。バイト代じゃあ。コレくらいあればタクシーで行っても足りるじゃろ。帰りは自分で何とかせい」


 店長が俺の手に数枚の万札を握らせる。


「……はいっ! ありがとうございます!」


 がばっと一瞬のお辞儀に万感の思いを込めて、ソレだけ言って俺は走り出した。


「赤西に言っておけ! 何でも好きなモン奢るから許せって! あと宗二をフったらおっぱいを揉みしだくってな!」


 俺は並走する宗二に向けてそう叫んだ。


「殺すぞ! いいからこっちは気にすんな! 行ってこい秋!」


「おうっ!」


 宗二と道が別れても、俺はスピードを緩めなかった。


 ……待ってろよ。


 聞きたいことが、話したいことがたくさんあるんだ……!


 待ってろよ……!




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