第十五話
「……っ!!」
目を開けたら見知らぬ天井が見えた。
全身に汗をかいている。
そして、顔は涙でまみれている。
「…………」
また、悪夢を見た。
「……くそ」
小声で毒づいてから気がついた。
見知らぬ天井ということは、ここは俺の部屋ではない。ではどこか?
そうだ。都の部屋だ。
昨日、結局限界までゲーム勝負に挑戦し続けた結果、俺は一度も都に勝てなかった。
そしてもう帰ろうと、俺が『続きはまた明日』や『じゃあそろそろ』など、帰る素振りを見せる度に、都がどうしようもなく寂しそうな表情を見せるから、俺は最後までその言葉を言いきれなかったのだ。
観念した俺は母さんと、次いで宗二にメールを送った。
宗二の家に外泊するという嘘と、口裏を合わせるようにというお願いをだ。
「……はぁ」
……なんてこった。女子の部屋にお泊まりしてしまった。
勿論エロいことなんて何もなかったぞ。あの肩揉み以降、俺は都に指一本触れてない。
寝落ちしてしまったから、着替える都も見てないし、視覚的にエロイベントも起きていない。
……て、そうだ。都……この部屋の主はどこだ?
うなされているのを見られた……?
嫌だ。ソレは見られたくない。
そう思って俺が首を動かすと……都がすぐ横に寝ていた。
「…………」
俺は絶句した。ベッドがあるのに、わざわざ床に寝ている俺の隣で横になっているなんて、思わないじゃないか。
「……すう」
寝息が聞こえた。
……良かった。顔をこちらに向けていないから確信はないが、寝ていてくれたのなら、うなされているところを見られていないのなら幸いだ。
「……はぁ」
安堵なのか呆れなのか分からない溜息を吐きながら、都の背中と、白いうなじへと視線を送る。
……こいつは、本当に男を分かっていない。無防備が過ぎる。
都……
「……優美穂」
俺はぽつりと彼女の名前を口にした。
理由は分からない。もしかしたら、何の警戒心もなく、完全に俺に心を許してくれているこいつの振る舞いに、心が絆されたのかもしれない。
「……ありがとな」
……正直、お前のおかげで、大分助かってる。
もう女性に対して、こんな心穏やかに接することが出来るなんて、思っていなかったから。
「お前といると、心が綺麗になっていくような気がする……」
もう誰かを愛しいと思えることなんか、ないと思っていた。
今、お前に触れたい、頭を撫でたいと思っている自分に驚いているくらいだ。
「……でも」
俺達の出会い方は、俺がこいつに対して最初に思ったことは……ゲームでこいつを負かして、その時にどんな顔をするのかを目の当たりにすることだ。
「……だから、お前に勝ったら、伝えるよ。俺の気持ち」
そう言ったところで気がついた。都のうなじが真っ赤になっていることに。
「て、ゆーか……起きてんなら言えよおおお! 恥ずかし過ぎる!!」
俺がそう叫んで頭を抱えると、都がプルプルと震えながらこちらに寝返りを打つ。
「……優美穂って……呼ばれちゃった」
コレでもかってくらいに顔を赤くして、コレでもかってくらい嬉しそうに、彼女はニマつきながらそう言った。
「わあああ恥ずかしいいい!」
なおも叫びながら俺は自分の両目を手で覆った。見ざるスタイルだ。出来れば耳も塞ぎたいくらい。
「へー、ウチといると、心が綺麗になるんだ……テレるー♪」
「もうやめてください! もう許してください!」
俺が許しを乞うと、都が両目を覆っている俺の手に自分の掌を重ねてきた。
「じゃあ、さ……今月末、勝負しようよ。最初に勝負したあのゲーセンで」
「……今月末?」
俺が目を塞がれたままそう答えると、都が頷いたことが手に掛かる力でなんとなく分かった。
「うん。ウチ、明日からしばらくパパのところに行くから、月末まで帰ってこないんだ」
「あ、そうだったの」
昨日までお父さん呼びしてなかったっけ? などと思いながら俺は返事する。
「うん……だから、帰って来たら、あのゲーセンで勝負しよ」
「おお、いいなソレ。ソレまで修行するよ俺!」
「うん……そこで戸山が勝ったら、教えて。戸山の……気持ち」
うわああ、はっず……! きっと今俺、真っ赤な顔してる!
「……うん」
「ウチが勝ったら……ウチも伝えるね。ウチの気持ち」
え……
「多分、戸山が伝えようと思ってることと……同じだと、思う」
「…………」
マジか。つまりソレって……勝っても、負けても……俺達は付き合うってこと……?
恥ずかしいけど……嬉しい。やばい。泣きそう。顔隠れてて良かった。
「さて、朝ご飯買いにいこ! 顔洗ってくる!」
そう言って俺の目を覆う、俺の手を覆っていた手が離れる。
「……?」
開けた視界は涙で歪んでいた。歪んだ視界の中に立ち上がり、歩いて行く都の背中が見える。
でも、視界が開けた一瞬、都の顔が見えた気がしたけど……
……あいつ、泣いてなかったか?




