第十三話
「ホラ……コレがウチ。何かはしゃいでる写真ばかりで恥ずかしいな」
俺は今、都の部屋で、都が小学校……あ、いや、ジュニアスクールに通っていた時の卒業アルバム……あ、いや! ……何だっけ。イヤーブックを一緒に眺めている。
「すごいなぁ……何かみんなオシャレで可愛く見える。さすがアメリカ……!」
「この時は男子も女子もなかったな……いいヤツはいいヤツで、やなヤツはやなヤツ、て感じ」
男女差別にうるさい国だからかな? 勿論うるさいのは子供でなくその親なのだろうが。
「みんなユミホー、ユミフォー! て普通に話し掛けてくれた」
「へえ、みんなファーストネームなんだな」
「何人かミヤコー! ミャーコー! もいたけどね」
小学校だったら「こいつら名前で呼び合ってるぜー! ヒューヒュー! カップルカップル!」てなるよな。アホだ。
「でも、珍しいっちゃあ珍しい名前だよな……」
「……何が?」
「お前の名前」
「ああ、優美穂? 両親が優美にしようか、美穂にしようかで、お互い譲らなかったんだって」
「へえ、そうなんだ。ソレで……」
「うん。優美穂」
「そうなんだ」
なるほど、と俺は納得してしまった。何だか人に歴史あり、という言葉を噛み締めた気分だ。
「……優美穂」
「……へ?」
気づけば都がジトー……と俺の目を見ていた。
「優美と美穂で……?」
「……優美穂?」
俺がそう答えると都が瞳を輝かせる。
「うん!」
フンス、と都が小さくガッツポーズを取る。何か物凄く嬉しそうだ。
「あ……秋色……は?」
おずおずと都が尋ねてくる。
「あぁ、ウチは家族全員に季節が入ってるんだよ。父さんが『四季』だし母さん『夏美』だし、兄貴が『春輝』だし。で、俺『秋色』てワケ」
「……うん」
……アレ? 反応薄いな? 自分から聞いてきたクセに。何だよ。
「そろそろゲームしようぜ。今日こそリベンジしてやる」
「も……! もう少し、お話がいい……!」
都がクッションをぎゅーと抱き締めたまま、眉間に皺を寄せた顔でこちらを見ながら言った。
……何故だ……? 女の考えることは分からん!
「い、いいけど……何話すの……?」
そしてソレは、ゲームしながらじゃ駄目なのか……?
「……えっと、その……」
「ないならゲーム──」
「と、戸山って! ……彼女、いるの?」
「……いないよ」
……まさか、コイバナがしたかったのか?
……まあ、仕方ないか。いつもやっているゲームより、彼女はこういう……誰か相手がいて初めて成立することを求めていたのだろう。
だったら、もう少し付き合ってやろう。
「……好きな人は?」
「……んー、いない、かな」
まさか『お前』とは言うワケにもいかず、俺はちょっと嘘を吐いた。
「気になる人……は?」
グイグイくる……!
「まぁ、いる」
もう、『お前だ』って言っちまうか? いやでもソレは誓いに反するか?
「……誰?」
「えぇ……内緒」
「ひ、ヒント……!」
「……よく一緒にいるヤツ。て、お前はどうなんだよ!」
「え、ウチ?」
「俺にばかり聞くのはずるいぞ。お前は? 彼氏とか、好きな人は?」
「……いない、かな?」
「…………」
いや、ヘコんでませんよ?
「でも……気になる人はいる、かな?」
そう言って都は、少し恥ずかしそうな視線を向けてきた。
……そんなヤツがいるのに、俺と家で二人きりでいていいんかい。
何だかちょっとイライラしてきた。
「向こうに、ボーイフレンドとかいなかったの?」
「い、いないいない。ジャストフレンドだけ」
……ふうん。つまり、こっちに来てから会った男ってワケだ。
「向こうでは、男の子にそんな、ドキってしたことは、ないかな。普通にゲームして、アニメの話して……」
「……ふうん」
……今の俺と同じじゃん、やってること。
と俺がちょっと拗ねた声で返事をした時だった。
「……でも、戸山に感じてるのは……そういうのとは何か違う気がする」
「…………」
……え?
「…………」
都が真っ赤な顔で目を逸らした。
……もしかして、気になる人って……?
「……へ、へえ」
「今、ドキっとしたでしょ? チョロいなー、戸山は。そんなんじゃ悪い女に騙されそう!」
「し、してねーよ。お前だって顔真っ赤だぞ」
「……エアコン、強くしようか」
「……うん。アイスも、食べよっか」
メチャクチャに顔が熱い。きっと都もだろう。
でも、不思議と居心地は悪くなかった。
「でもさ、本当……何であんな無茶して、ウチのこと助けてくれたの?」
胡坐をかいた脚の上に乗せたアケコンを操作しながら、都がぽつりと言う。
「……俺、女が好きじゃない」
大して俺は、パッドを使いながらそう答える。
「……ウチのこと、嫌いってこと?」
都が小さく、だが悲しそうな声を溢す。
「違う違う、そういう意味じゃなくて。俺……女が気持ち悪い。男に媚びて楽しようとしてんのとか、猫撫で声ですり寄って来るのとか、見てて気持ち悪いし、吐き気がする」
「うん」
「そういう嫌いな女とは、お前は違うのに、そんな男に媚びてる女共に、お前が男に媚びるぶりっ子だって思われてるのとか、周りもソレを見てそうだって思い込んでるのが、我慢出来なかった」
「……そうだったんだ」
「うん」
「……ありがと」
「……うん」
「……戸山、女嫌いだったんだ」
「うん」
「……戸山、ゲイだったんだ」
「……は?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「……だからいっつも井上くんと一緒なんだ。ちょっといくら何でも仲良すぎだと思ってたんだよね」
「おいちょっと待て」
「ちなみに、どっちから告白したの? ていうか、どこまでイってるの?」
「お前は何かを勘違いしてるぞ! 俺はホモではない!」
「でも大変じゃない? ベッドの下の……その、エッチな本とか、そーゆー系なんでしょ? 親が見つけたら、即家族会議じゃない?」
少し頬を赤らめながら、都が気を遣うような目でチラチラ見てくる。
「違うっつってんだろ! あと、ウチの母さんは普通のエロ本でも親父に相談しちゃうぞ! 親父は笑ってたけどな!」
あぁ、もう……!
最近一緒にいる、気になる人はお前だよって言っておけばよかった!!