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リライトトライ  作者: アンチリア・充
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第八話



「えっと、ごめん……母さん。悪いんだけど……ちょっと今日帰り遅くなるっていうか……夕飯の時間には戻れなさそう」


 ゲーセンからの帰り道。学校では禁止されている為、滅多に使うことのない携帯電話を耳に当てながら俺は母親に詫びの言葉を述べる。


《そんなぁ……夜遊びなんて……秋ちゃん不良になっちゃったのぉ……? パパに相談しなくっちゃ……》


「ち、違う違う違う。今日だけ。ちょっと事情があって遅くなっちゃうだけ」


《でも、ママ悲しい……せっかく秋ちゃんの好きな唐揚げいっぱい作ったのにぃ……》


「マジで!?」


《マジでぇ》


 あ、涎出てきた。やばい、お腹鳴りそう。


「か、帰ったら絶対食べるから。俺の分残しておいて」


《いいけど本当に大丈夫なのぉ? ママ心配》


「大丈夫大丈夫。いつも通りの秋色です。本当は飛んで帰って夕飯を全部貪りたい」


《全部は春くんに怒られるわよ。じゃあ、誰かの為?》


「別に。自分の為。自分がそうしたいから──」


《そういうカッコつけはいいから。そうなんでしょ?》


 ピシャリと断定。父さんで慣れているのか? 即効で看破された。


「──はい。まぁ、そんな感じ」


《…………》


「……何?」


《……女の子?》


 やっぱり慣れているのか!? 妙に鋭い!


「……言わない」


《まぁやっぱり女の子の為なのね! パパに相談しなくっちゃ!》


 父さんも以前俺と同じことをして、同じことを言ったのか? 何故こんなにもバレバレなのだ?


「やめてくれ! とにかくそんな感じだから、帰るの遅くなるから先に夕飯食べてて!」


《はいはーい。でもあまり無理しちゃ駄目よ? ママ心配なのは変わらないんだから》


 ……以前からたまに宗二と遊んでて遅くなることくらいあったのに、何でこんなに念を押すんだ?


「勿論。できるだけ早く帰って好物にありつきたいからね」


《じゃ~あ~、ママのこと好きぃ?》


「そういうのは止そうぜぇ。もう中三だよぉ? 第二反抗期の真っ只中よ?」


《やっぱりグレちゃったのねぇ! 待ってる女の気持ちなんてどうでもいいのね! 男っていつもそう!》


「だー! 分かったよごめんなさい!」


 何だか母さんの闇と、父さんの業が垣間見える発言に、俺は慌てて反抗期の角を引っ込めることにした。


「……母さんも、母さんの作るご飯も好きだよ……コレで勘弁して」


《はぁ~い。気を付けてね》


「はぁ……」


 ようやく電話を切ることができた。


「お母さん? 仲良いね」


「あぁ、俺が一回不登校になってから妙に心配性──うおおっ!?」


 一息吐いた俺にいきなり声を掛けてきたのは、少し離れた所に待たせていたはずの都だった。


「お前、どこから聞いてた?」


「え?『やめてくれ~』てとこから『好きだよ』まで。日本の男の子にしては珍しいね」


 うおおおやめてくれぇ……こういうことがあるから嫌なんだ。


「日本の……?」


「うん。向こうでは家族みんなくっついてるけど、こっちの子ってみんな親をババア呼ばわりして背伸びしてるから」


「海外に住んでたみたいな言い方だな」


「アメリカ住んでたよ。ジュニア……小学生の時に」


「マジで!?」


「マジで」


「何かかっけー……」


「お父さんに付いていっただけ。自分で何かを決めてそうなったワケじゃない」


 ゆっくりと夜の街を歩きながら、都がぽつりと呟く。


 俺はやたらと遅いその歩調に合わせながら、彼女の身の上話に耳を傾ける。


「じゃあ親父さんに感謝だな。普通はそんな貴重な体験、望んだってできねぇ」


「全然感謝する気になれなかったな……最初は言葉も通じないし、辛かった」


「親父さん、嫌いなのか?」


「今は尊敬してる。単身赴任で数か月に一度しか会わないけど。きっとキミの家に負けないくらい、家族仲いいよ」


「そうか、ソレは何より。……で、どうして辛くなくなった?」


「……日本のアニメにハマってる子が、話し掛けてくれたの」


「おお! やっぱり日本のアニメは向こうでもファンがいるのか。何か誇らしい気分になるな」


「ふふ、そうだね」


 いちいちテンションを上げる俺がガキっぽくておかしかったのか、都がこちらを見て微笑む。少しドキっとした。


 先程から……都が俺を真っ直ぐ見つめるようになった気がする。前は喋っていても目も合わせなかったのに。


「その子が手を引いて、みんなの輪の中に引っ張ってくれた」 


「ヒーローじゃん。かっけー」


「うん。今、どうしてるかな、みんな……」


 そう言って都が俯く。


 ……辛いな。初めから一人だったんじゃなくて、誰かといる楽しさを知ってからこうなってしまったんだから。


「こっち戻ってきたら、全然話題合わないし。昨日のドラマの話やらJ-POPやらジャニーズやら何代目何チャラやら」


 相当ストレス溜まってたんだな……以前に比べて、滅茶苦茶喋る。


 俺は黙って耳を傾け頷いた。


「アニメやゲームの話は男子特有のモノ。……ソレもちょっと、見た目とか周囲にどう見られるかとかに無頓着な──」


「キ、モ、オ、タ!」


「──もうっ。折角言い方選んだのに」


 なんて言いつつも、少し楽しそうな顔しているではないか。


「知らんな。野郎に遣ってやる気は持ち合わせてない」


「ふふっ……でも見た目で選ぶのなんて良くないってさ、頑張って話し掛けたんだ。すぐに前と同じように盛り上がって、やっぱりアニメに国境なんてない、コレでいいんだって思った」


「……でもそうじゃなかった。そいつらは、初めてオタ話の通じる異性に舞い上がってただけだった」


 宗二から聞いているからな。その辺は知っている。でもまぁ吐き出すことでスッキリするんなら全部言わせるか、と俺は先を促す。


「そう。すぐに付き合ってくれって言われた。全然そんなつもりなかったのに……そういう目で見られていたのがショックだった」


 ……んー。個人的には無理もないと思う。そいつらを責める気にはならんな。


 ハッキリ言ってこいつ可愛いし。そして胸がデカい。


「……そう、そうやってみんなが胸を見てくるのも、気持ち悪かった」


 都が唇を尖らせて、自分の胸を両腕で抱く様に隠してしまう。


「えっ!? 俺、そんなに見てる!?」


「気づいてないの!? まだ出会ってそんなに経ってないのに胸見られた回数トップだよ!?」


「えぇっ! マジでか!? ご、ごめん」


「本当に気づいてなかったんだ……そんなに見たいモノなの?」


 見たいに決まってんだろ! と反射的に叫びそうになるのをグッと堪えて俺は弁解することにした。


「いや、違うんだ。ソレは。猫の前でボールが跳ねたらつい目で追ってしまうような、本能的に抗えない、もうどうしようもないことなんだ。で、でも! 決していやらしい意味では……あるけど! 決してその、相手の女性を嫌な気分にさせたくてやっているワケじゃないんだ!」


「そ、そんな必死にならなくても……」


「いや、やっぱソレでいらん恐怖とか与えてたら結構ショックよ? かといって見るのをやめられるワケじゃないんだけどね」


「……開き直った」


「ま、まあまあ。ソレはさておき──」


「……はぐらかした」


「──まあまあ。ソレよりお前さ、アメリカ住んでたってことは英語ペラペラ?」


「うん。日本語の方が怪しいくらい」


「マジかよすげぇ」


「帰ってきてから何の役にも立ってないけどね。むしろ英語の授業でネイティブな発音したら気取ってるって言われるし」


「……くっだらねぇよな。他の人達より優れてるヤツを妬むのはまだ分かる。悔しいのも、だ。だけど自分をそいつの位置まで押し上げるんじゃなくて、そいつを自分の位置まで引き降ろすってのが理解できねぇ」


「……キミは、ゲームで何回ボコボコにやられてもこっちの邪魔したり妨害はしてこなかったね」


「当たり前だろ。自分の畑耕すのに忙しくて、他人の畑荒らしてる時間なんてねぇよ」


「……カッコいいじゃん」


「お前は俺が倒す。だからそんな生ゴミ共の嫌がらせで、調子崩されるのは困るな」


「……ん」


 そろそろ前に別れた場所に着いてしまうな。都の超遅い歩調に合わせてたので、ソレなりの時間がかかったが、ここまでかな。


「…………」


 そう思って、ここまででいいか視線で都に問うと、彼女は恥ずかしそうに眉間に皺を寄せ、俺の袖をくい、と引っ張った。


「……何? おしっこ?」


「ち、違う、バカっ」


 面白いくらい赤くなる。


 ……こんなにコロコロ表情の変わる娘だったんだな。


 というか俺は変な性癖に目覚めたのだろうか?


 ……何か、怒った顔の方が可愛いと思ってしまった。


「……ここから家までの短い距離で何かあったら嫌だから……もうちょい、いて」


 言われるまでもなく分かってはいたが、家というパーソナルスペースまで押し掛けるのはまずいかと思って遠慮したのだ。


 しかし……思いの外、俺は信頼されているようだ。


「分かったよ。もしかしたら玄関に雇われたヒットマンがいるかもしれないからな」


「……ありがとう」


 ……あ、アレ? ふざけたのにツッコミがない。


 どうやら結構マジで不安なようだ。茶化したりしている場合じゃないな。秋色反省……。


「だ、大丈夫だ。変なのいたらお前が逃げる時間くらいは稼いでやるから」


「だ、駄目だよ。戸山が危ないじゃん」


 しかし反省したモノの、俺は真面目な話というヤツができないので、結局こんな感じになってしまうのだった。


「じゃ、じゃあ引っ張って一緒に逃げる」


「うん。ウチ足遅いから、ちゃんと引っ張って。転んだらおんぶして」


「……おんぶしたら俺が走れなくなっちゃいそうなんだが」


「そ、そんなに重くないよ……! そりゃ軽くはないかもだけど……」


 都がむくれる。


 ……いや、そういう意味じゃないんだが……まぁ、いいか。


「……また胸見た」


「ご……ごめんなさいぃ」


「本当に条件反射で見ちゃうんだね」


「も、申し訳ない」


「いや、別に怒ってるワケじゃないけどさ」


「仕方ないんだよ。この際だからハッキリ言ってやる。話してみて分かったけど、お前は可愛い!」


 俺は逆ギレした。


「ミャガっ!?」


 都が何だか素っ頓狂な声を上げて真っ赤になる。


 ……俺も恥ずかしいがハッキリ言うと宣言したのだ。ハッキリ言ってやる。


「こんなにコロコロ表情変わると思ってなかったからな。笑った顔も可愛いし、怒った顔してても可愛い! しかもゲームやアニメの話にもついてこれる!」


「ミャっ……ミャ……」


 火を吹くんじゃないかと思うくらい、真っ赤になって狼狽える都。もう既にその様子が小動物のようで可愛いのだが。


「そんな可愛い女子の、可愛い表情から、少し下に視線をやれば、デケーおっぱいがあるんだぞ! 見るさっ!!」


「分かったから! もう『可愛い』は禁止!」


 よほど恥ずかしいのだろう。泣きそうな表情で都は俺の鳩尾をドスっと突いてきた。


「おぼえぇ……」


 女子の一撃で蹲ってしまう俺。


 な、情けねー!


「あ、ごめん……!」


 まさか効くと思わなかったのだろう。都が慌てて蹲った俺の背中を擦ってくる。


「お、お前、ヒットマンいても逆に始末できるんじゃねーの?」


「む、無理だよ。たまたま。ソレに勝てる勝てない抜きで怖いじゃん。そこの物陰に何かいるかもって思っただけで」


「あー、分かる。俺『つむじかぜの夜』やったあとトイレ行くの怖くて、廊下の電気付けっぱなしにして母さんに消された」


 ヨロヨロと起き上がりながら、俺はホラーゲームの話題をフる。


「分かる。ウチは『ツクツクボウシのなく頃に』かな」


「あ、すげー分かる」


「ふふふ」


「はっはは……」


 などど話に花を咲かせていたら都の家に着いてしまった。


「……デケーマンションだな。貴様お嬢かぁ?」


 コレは、明らかに裕福な人達の暮らしているリッチ物件。親父さんは相当稼いでいるようだ。


「別に裕福じゃなくていいから、引っ越しの少ない家庭がよかったよ」


 ……ないものねだりだな。引っ越し多くても貧困よかマシだろ、と思ったが俺は何も言わなかった。


「じゃ、俺行くな。また明日」


「……っ」


 またもくい、と引っ張られる感覚がして振り返る。


「……あの」


 振り返ると、やはりまたも俺の袖を摘まんだ都が、またも眉間に皺を寄せた上目遣いでこちらを見ていた。


「……何よ?」


「……ねぇ、もし良かったらさ」


「……何?」


「……ウチと、付き合って……みる?」


「……はぁっ!?」


 今度は俺が素っ頓狂な声を上げる番だった。


「と、戸山……廊下で助けてくれた時も靴の時もゲーセンで絡まれた時もウチのこと気にしてたよね? そんな心配ならウチの近くにいてよ。守ってよ」


「やだ」


 俺は即答した。


「アレ? あ、はは……やだ、かぁ……」


 別にこいつを彼女にするのが嫌だったワケじゃない。


「心にもないこと言わなくいいよ」


「え……? ひっどいな。こんなこと言うの初めてだよ。てか、今フラれてちょっと泣きそうなんだから……」


 こいつがそんなことを望んでいないのが、手に取るように分かっていたからだ。


「……マジ?」


「……マジ」


 ……脚、震えてるじゃんか。


 そんな嘘を吐いてでも、一人になるのが嫌なんだろう。


 ソレも分かる。自分の味方が一人もいないって思い込んじまうのって、マジでキツいんだよな。


「…………」


「…………」


「友達でいいだろ」


「……!」


 目に涙を溜めていた都が、こちらを見る。


「異性として見られるのが嫌だって言った癖に、そんな風に自分の『女』をエサに釣るような真似しなくていい。そんなことしないでも……ちゃんと一緒にいるよ」


 俺のその言葉を聞いた瞬間、大粒の涙が都の目から零れる。


「……ホント? 本当に、一緒にいてくれる?」


「本当だ。だからそんな嘘吐かなくていい。お前には……お前を本当に好きになった人を、お前が本当に好きだって思えた時にそうなって欲しい」


「……うん」


「あと、格ゲーでお前に勝てるヤツ」


「うん」


「だから、無理しなくていい」


「うん。ありがとう」


「あ、でも、英語教えて欲しい」


「……ふぇ?」


 俺がそう言うと都はキョトンとした瞳で俺を見る。


「英語苦手なの?」


「いや、そんなことはないけど。俺、音楽やりたいからさ、英語で歌詞が書きたいんだ。その……いわゆる『教科書英語』とかじゃなくって」


「…………」


「……頼める?」


「……分かった。じゃあ最初は友達から」


 そう言って涙の浮かんだまま笑う都。


「ああ……携帯も教えとく。何かあったら言え」


「うん。ありがとう……また明日ね!」


「ん。また明日。おやすみ」


 そう言って俺は先程までとは違う、いつもの歩調で歩き出した。


「ん……?」


 最初は……友達、から?


 少し引っかかったが、まあ嬉しそうだからいいか。


 今更確認するのは何だか気恥ずかしかったので、振り返ることは出来なかった。




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