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リライトトライ  作者: アンチリア・充
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第七話




 さて、職員室でたっぷりとお説教を頂いたワケだが……問題は未だこの手に握られし革靴よ。


 下駄箱に返そうにも……クラス知らない。


 ゲーセンで返そうにも、いつくるか分からない。もし来なかったら女子の靴を抱えて一人ゲーセンに佇む俺はかなりのアホだぞ。


 職員室で「ついでにクラス調べて返してくっさいよぉー」と担任のジュンコ先生に言ったのだが……






「ソレ、女子の?」


「え? うん」


「そうか。なら自分で探して自分で渡してやれ」


 先生はニンマリと笑って、そんなことを言ってきた。


「はぁ!? 何で! どう考えてもそっちでやった方が効率的──」


「黙れ」


「──にゃん」


 一瞬で殺気を剥き出しにした、その鬼のような気迫を前に、俺は愛玩動物に成り下がり、媚びた鳴き声を上げる他なかった。


「数々の問題を起こしたお前のフォローを毎回しているのはこちらだ。一体今まで私が何度お前の為に下げたくない頭を下げ、何日の休日を無に()してきたと思っている……! しかも教師に残業はつかん! だからみんな部活の顧問になることを嫌がるんだ。知ってたか。えぇ秋色ぉ!?」


「にゃ、にゃあぁん」


「二年でお前を受け持つことが決まった時、私は頭を抱えたくなったよ。『げー! あの体育祭で暴れまくったヤツかー!』てな」


「いや、アレには深い事情が……」


「知ってるよ。大事なとこで転んで、戦犯になりそうだった智美を助けたい宗二の為だろ」


「よくご存じで……」 


「他にも色々やってくれたよなぁ。生活指導で髪を切れって言われたら、宗二と二人でモヒカンにしてきたりなぁ!」


「あー……あの時は北〇の拳にハマってたからなぁ」


「そのナリで全校朝礼の壇上で『保健委員からのお知らせです。手洗いうがいを徹底! 汚物は消毒だ~!』とか言うモンだから私まで笑っちまって教頭に怒られたんだぞ!」


「アレはこの中学の歴史に残る偉業だったと自負しています。みんな大爆笑してたし」


「他にも修学旅行で作った陶器に『死』とか描くわ、赤〇こにち〇こ描いて職員会議になるわ」


「先生、今ち〇こって言った?」


「勝手に屋上に入るわ、そこで先輩と──あ、いや」


「ん? ソレ俺じゃなくね?」


「あ、ああ。コレはお前じゃなかった……とにかく! 私はお前から両手の指じゃ足りないくらいの迷惑を被っている! 命令だ。お前がやれ。正直クラスくらい教えてもとは思うが、お前が自分で行動することが大事なんだ」


「……にゃん」


「あ、でも、その……女子と関わってあまりに拒否反応というか、辛くなったら言え」


「はい?」


 拒否反応?


「分かったな」


「はい……あ、でも──」


「分かってる。いじめの件はこちらからつついてみる。証拠、というか武器になりそうな材料があったら拾っておく」


「──にゃん」





 ……てなことがあって、俺の手元に残ったのはこのちっちゃいローファーだけ。となると取れる手段は一つだけだ。


 ずばり、シンデレラ大作戦!


「この靴の持ち主を探しております。この靴にピッタリの足をした女性を探しております! さぁ!どうか我こそはと思うシンデレラ! 正直に名乗り出ろ! 先生怒らないから手を挙げろ!」


 下校前のHRの時間、俺は教壇にて例のローファーを掲げながら声を張り上げた。


「何で盗難事件風なんだよ」


 宗二が苦笑いしながらツッコミを入れてくる。


「……ソレ、サイズは?」


 そう言ってきたのは宗二の彼女、赤西智美だ。彼女はこのクラスの学級委員でもある。


 ちなみに宗二は副委員長。こいつ彼女と一緒にいたいから立候補したんだぜ。


「え? えー……と、23.5㎝?」


「靴のサイズ23.5㎝の人~?」


 赤西の問い掛けにズババババ! と過半数の女子が手を挙げる。


「アレ!? シンデレラがいっぱい!?」


「アホ。サイズ同じ人間が何人いると思ってんだ」


 ソレもそうだ……アホじゃないのか俺は。


「アレ? じゃあシンデレラの話の靴のくだりって何で通ったの?」


「長さだけじゃなくて、幅やら高さやらもオンリーフィットだったんじゃないの?」


「いやおかしいだろソレ! そんなガッチリピッタリミラクルフィットしてたらあんな階段降りてるだけで脱げねーっつーの! 百歩譲って蒲田行進曲ばりに転げ落ちたなら分かるけど!」


「そこはホラ、お話だからさ。もしくは今まで散々だったシンデレラにチャンスをあげたかった魔法使いの優しさなんじゃない?」


 宗二の言葉に女子がうっとりする。


 一方俺は「はぁ? 夢見てんじゃねーぞメス共」と若干いらっとする。


「つまりシンデレラ大作戦は失敗ってことだ」


「マジかよちくしょう。まだ何か特徴はないか!? そうだニオイとか──」


「やめなさい変態!」


「引っ込めバカ!」


「せっかく宗二くんの言葉でいい気分だったのに台無しじゃないの!」


「物を投げないで下さい! 物を投げないで下さい!」


 宗二と赤西の制止の声も虚しく、飛び交う(正確には俺に飛んできてるだけ)上履きや筆箱を俺は巧みなウィービングでかわしながら叫ぶ。


「うるせー! メルヘンビッチども! 絶対王子様もニオイの一つも嗅いだはずだぞっ! そして『嗚呼、コレがシンデレラのカホリ……』とオカズに──」


「サイッテー!! 死ねバカ色っ!」


「変態色っ!」


「クソ色っ!」


「変態色ってなんだ! 語呂悪いぞ! てかクソ色はさすがに酷いんじゃないのぉっ!?」

 

 などと余計な時間を取られてしまい、先に下校時刻がきてしまった為、俺は同学年の全クラスを回ることはできなかった。






「……いるかな」


 いつものゲーセンの前で、未だにローファー片手に俺は呟いた。


 あの後、クラスのみんなの協力もあって、すぐに都のクラスは判明した。


 だが既に彼女は教室を後にしてしまっていた。


「……コレ、あいつの下駄箱に突っ込んでおくんじゃ駄目かな?」


 とクラスのみんなに聞いてみたところ、


『絶対駄目。会って直接渡しなさい』


 と、先程のジュンコ先生と同じことを言いだした。クラス一致でだ。


「じゃあ、誰か代わりに渡してくれない? できれば女子。ホラ、やっぱりこういうのは女子が渡した方がいいと思うんだ。『あんたが盗ったの!? キモい』って言われる未来が若干見えるんだ俺」


 と訴え掛けるモノの、


『絶対駄目。秋色が会って直接渡しなさい』


 と一蹴された。


 そんなワケで、結局俺が自力であいつを見つけ出すことになった。


 しかし……何でだ? 何であんなに俺から女子に渡すことを強要する?


 おそらく俺の女嫌いを解消させようという目論みなのだろうが、いくら何でも大げさ過ぎやしないか?


 確かに以前より大分女が醜く見える。相変わらずワケの分からない夢を見ては涙を流している癖に、内容は覚えていなかったり、女性特有の媚び売りとかを見ると無性に腹が立つ。


 ……そもそも都に興味を示したのも廊下でヤンキー女が言っていた「先生に色目使った」という言葉に嫌悪感を抱いたからだ。


 でもコレって結構普通のことなんじゃないのか? みんなが当たり前に抱く感情で、当たり前に通る道だと思うんだけど。


「……マジかよ」


 ゲーセンの入り口を潜った俺は、大きな溜息を吐いた。


 目的の都優美穂がいなかったからじゃない。


 ()()()()だ。


 いつものように、当たり前のように、そこにいたからだ。


 いつものようにそこにいて、いつものようにいつもの伊達眼鏡をして、いつものように連勝を重ねていた。


 いつもと違って、スリッパを履いて。


「……や」


「……あぁ」


 いつものように画面を見たまま、素っ気ない挨拶をしてくる都に俺は短く返す。


 ……普通、自分の革靴がなくなって、多分だけどソレが誰かによるいじめなんだって分かってて、その日はスリッパで帰ることになったとして……


 ……そのままゲーセン来るか?


「……お前は、俺とは別のところが壊れてるな」


「……何ソレ?」


 彼女は短くそう聞いてきた。


「別に。何かちょっとカッコいい台詞だろ」


 ……なんで平然としていられる?


 誰かに隠されたんじゃなくて、うっかり自分が違う人の下駄箱に入れてしまったと思ってる?


 ありえない。そこまで馬鹿だとは思えない。


 そういや今日はアイスを咥えてないな。他に変わったところは……


「あ……」


「……?」


 スリッパ……だと?


 彼女の出で立ちを見て、あの時既に帰ってしまったはずの、都の下駄箱を開けた時に感じた強烈な違和感の正体に気がついた。


 ウチの学校は上履きと……体育用の学校指定の外履きスニーカーがある。


 つまり、外履きが無くて困っているとしたら……まず間違いなくその学校指定の運動靴を履いて帰る筈なんだ。実際俺は朝登校時に大雨に見舞われ、帰りにまだ靴が乾いていなかった時などはそうしている。 


 ……つまり、この女はそうせずにわざわざ職員室に出向いて、教師に断ってスリッパを借りたということになる。


「……サインか」


「……!」


 俺がポツリと呟くと、少し驚いた顔でようやく都がこちらを見た。


「……先生、聞いてきたか?『外履きはどうしたんだ?』って」


 俺はその顔に、さらに質問を投げ掛ける。


「……ん」


 都は再び俺から目を逸らし、悲しげな顔で頷いた。


「ソレで? お前は言えたのか?『多分同じクラスのクソ女に盗られました』って」


「…………」


 都は無言のまま、フルフルと首を振った。


「……そうか」


「うん……ミャっ!?」


 画面に視線を戻し、ゲームに意識を戻そうとした都が素っ頓狂な声を上げた。


 屈んだ俺が都の脚を掴んだからである。


「な、な、な、何して……あっ」


 顔を赤くした都が抗議の意を伝えんとこちらを見る。そこでようやく俺の手に自分の革靴が握られていることに気づいたようだ。


「暴れんな。てか下半身だけでいいからこっち向けろ」


「い、い、いいよ……自分で」


「いいからゲームしてろ。別にパンツ覗いたりしねーよ」


「うぅ……本当に覗かないでよ? 覗いたら怒るからね?」


 真っ赤な顔で、精一杯凄みつつも対戦相手をボコボコにしている都が、ようやく抵抗をやめ、下半身だけ横に向ける。


「へいへい」


 そう言って、俺は跪いた自分の膝に都の足を乗せ、スリッパを脱がせる。


「どこで見つけたの……ソレ?」


 都の質問に、俺の動きが一瞬止まる。


 ……正直、俺はこのゲーセンに入るまで、この質問をされたら『いやぁ廊下に落ちてたんだよ』やら『下駄箱の上に置いてあったんだよ』やら言うつもりだった。そのあとは野となれ山となれの精神で成り行きに任せようかと。


「こないだ廊下で会ったクソ女共が、焼却炉に捨てようとしてたから……力づくで奪い取った」


 でもこいつのサインに気づいてしまったからには、そんな嘘は意味がない。俺はそのままを話した。


「……そう、なんだ。ありがとう」


 スリッパを脱がせた足に靴を履かせる。次は左足だ。


「お礼言われるようなことでもないさ。いや謙遜やカッコつけじゃなくてマジで。あのバカ女共にムカついたからやったってのが本当のところで、お前を助ける意識は結構希薄だった」


「……でも、ウチに返そうって……ウチを探して、見つけてくれてる」


「そうした方がいいって、友達に言われたからだ」


「でも……ソレでも、唯一人……ウチのサインに気づいてくれて……今、優しく……してくれて……る」


 都が、跪いた俺の頭に、手を乗せてしがみついてきた。


「おいおい。対戦負けちまうぞ」


「いいよ……ってか……無理だよ……涙で、まえっ……見えない……もん……!」


「…………」


 後頭部にポツポツと当たる感触で、言われる前から分かっていた。


 都が泣いている。大泣きだ。


「なぁ……」


 頭にしがみつかれた状態で、都の靴を履き換えてやりながら、俺はボソリと呟く。


「……何?」


 ぐすっ、と鼻を啜りながら、都が返事する。


「あいつら……俺がブチ殺してやろうか……?」


「駄目……! 絶対駄目……っ!」


 即座に拒否の言葉が降ってきた。


「……分かった」


「殺すなんて……絶対……言っちゃ駄目……!」


「……悪かった」


 こいつ、強いな。


 ソレにさっきの顔を真っ赤にしての初心(うぶ)な反応といい……全然聞いた話と違うじゃないか。


 ……参ったな。俺は今日の朝まで、こいつの文句を宗二に言っていたのではないか?


 何だかその時の自分をぶっ飛ばして、都に罪滅ぼしがしたい気分になっているぞ。


「……あ。対戦。負けちゃった」


「マジか。もう靴は履かせ終わってるぞ」


「……ん。ありがと」


 そう言って頭の上から重みが消える。どことなく名残惜しそうな声に聞こえたのは気のせいか?


「んじゃ、負けたばかりでスマンが今日もお前に挑ませてもらおうかな」


 気を取り直して向き合い、俺はニンマリと笑ってそう言った。


「んー。今日は何か協力ゲーがしたいな」


「えぇ? 俺はお前を倒しに通ってるんだぞ?」


「今日は何か、戸山のことボコボコにする気分じゃないんだよね」


「き、決めつけんな。俺がボコボコにする側かもしれんだろ!」


「協力ゲー」


「ぬうう……」


「……駄目?」


 そう言って都が甘えるように首を傾げた。まださっきの涙が残ったままの瞳はキラキラと光を放っていて、何だかいつもより綺麗に見える。


「…………」


 アレ? こいつ……実はかなり可愛くないか?


 アレアレ? こいつが妙に可愛くなったのか、俺が急激にチョロくなったのかどっちだ?


 ……さっきの真っ赤な顔も声も可愛かったし、実は頭に柔らかいモノが当たっていたような?


「……いいよ」


「ホント!? じゃあアレやろう! 爆弾警部!!」


 都がパアっと笑顔になる。


「う、うん」


 何だか妙にハイテンションの都に引っ張られて、今日は戦うことなく二人で楽しく過ごすこととなった。




 俺の胸には、いつの間にか二つの感情が生まれていた。


 一つは、正直良く分からない。でも一つは分かる。


 ゲームがめちゃくちゃ上手くて、友達が欲しくて、色々と頑張っていて、虐げられたとしても、その相手を攻撃しようと思わない、優しい都。


 誰かに助けて欲しくて、ソレでも怖くて、精一杯の小さな分かりづらいサインを出すことくらいしか出来ない都。


 そんな彼女を、俺は守りたいと思った。


 コレは決意だ。




『偽物ドライとロードポイント』

第8部

都 優美穂①のミャー子からの分岐点。

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