第三話
ソレは休み時間のことだった。
季節は六月。ジメジメとした空気が、元からダウナー気味な気分を一層陰鬱にさせる、そんな季節である。
「『付き合ってみる?』は告白にカウントされるのだろうか?」
クラスメイトのタケシくんが、いつになく重々しい声でそう問い掛けてきた。
何て答えるかは当然決まっている。脊髄反射ばりの速さで俺は口を開いた。
「されないでしょ」
「されるでしょ」
「…………」
「…………」
『……え?』
声のした方を見ると、宗二が俺が今浮かべているであろう表情……つまり、『何言ってんだこいつ』って顔をしていた。
「いや、されないだろ宗二。都合が悪くなったら『だってアレ冗談だし~本気にしちゃった? おっぺけぺ~♪』て緊急脱出する為の前フリじゃん。そんなモン告白であってたまるか」
「そうとは限らないだろ秋。『うん付き合おう』って言われても不思議じゃないじゃん。言われたらカップル成立じゃん。その気もないのにわざわざそんなこと言わないだろ」
「いやぁどうかな。『うん付き合おう』『え? 本気にしちゃったの? マジウケるんですけど!』とくるかもよ」
「ソレはさすがに酷い。酷すぎる……でもこっちが好きだったら『俺はマジで好きだからダメ?』って聞くキッカケにならん?」
「おいおいおい宗二。そんなナメたこと言われた時点で冷めるだろ普通。しかもそこで『ダメ。ありえない』って言われたら、もう殺すしかないじゃないか」
「いやでも──」
「話……戻すぞ」
タケシくんが低い声で言う。
『──あ、うん』
俺と宗二は、どうぞとばかりに二人同時に先を促した。
「とにかく、俺はそう言われて付き合ったのね」
「付き合ったんだ……」
すげぇな、警戒心ないのか? と内心思いながらも俺は感嘆したような声を出した。
……みんな、そんなに彼氏、彼女が欲しいモンなのか?
俺は正直、憎たらしい女子なんかとお近づきになりたくないのだが……。
憎たらしくて、心は汚くて。
相手を傷つけてでも、自分は傷つきたがらない。
大事なのは自分だけ。傷つくことがあれば、全て他人のせい。
俺は同年代の女を、そんな生き物だと思ってる。
「ソレでさ、付き合ったばっかの時は『こんなに誰かを好きになったの初めて』とか『そっちがあたしを嫌いにならない限り、あたし達ずっと一緒だから』とか言ってたのにさ……いや、言ってたって言ってもメールとかだけど」
「うん」
今の俺と前の俺で決定的に違うモノ、いや、決定的に見え方が変わってしまったモノ……ソレは女だ。正確には、恋愛絡みの視点で見た場合の女だ。
……理由は分からない。少なくとも女子に何か嫌がらせをされた覚えはない。
もしかしたら不登校になる前に何かあったのかもしれない。でも、あまり過去のことは考えたくない。頭が痛くなるし胸がザワザワするから。
「最近どうも様子が変だな、よそよそしいな、て思って聞いてみたんだよ。元気ないけど悩みでもある? て」
「うんうん」
タケシくんの自分語りに宗二が相槌を打つ。俺は黙って耳を傾けていた。
「そしたら『ごめん、好きな人ができた。話したことないけどすごい顔がカッコいい人』だってさ!」
「アチャー……」
「しかも! しかも……!『こんな気分で一緒にいるの悪いから別れよう』だってさ!」
「何、今更いい人ぶってんだその女!? あなたの為に別れましょうって? 人のせいにすんな!」
俺はキレた。何だそいつは!? 悪者にくらいなってやれよ!
「だろ? だろ!?」
「うんうん、ソレは君は悪くないよタケシくん」
俺は腕を組み同調する。
「しかもデート代ほぼ俺持ちだったんだぜ!」
「最低だな! そんな女別れて正解だよタケシくん!」
マジでか。何というかタケシくんも馬鹿過ぎやしないだろうか、と若干思い始めてきたが、ソレにしてもその女は酷い。
「俺も頭では分かってるんだよ! 今まで交わした会話……撮った写真……行った場所……流れていた歌……全てが俺を苦しめるんだ……だけど、だけど! 『やっばり他の男と話してみたらタケチャンマンが一番だって気付いた』って言ってくるのをどこかで期待してる自分がいるんだよ!」
号泣するタケシくん。そんな目に遭わされたのにどうして……?
「……タケチャンマンて呼ばれてたのかい、タケシくん?」
宗二の質問を遮り俺は声を荒げた。
「目を覚ませタケシくん! その女は顔がいいってだけで君がさっき言った思い出を全部ブっちぎって他所に走るようなヤツだぞ! 帰ってくるワケないじゃないか!」
「そんなの分かってるよ! しかもあいつ、俺フった後に友達に『フラれるよりフる方がキツいね』とか言ってたんだってよ!」
もうタケシくんは止まらない。誰にも彼を止められない。
「万死に値するよタケシくん! フラれる方が辛いに決まってんじゃん。バカじゃないのそいつ?」
「いやぁ……ホラ、自分といたらタケシくんの妨げになるとか、タケシくんを気遣った的な事情があるのかもよ?」
宗二が口を挟む。
……はぁ~? 何言ってんだコイツは。
「そうかな? 俺も実はそうなんじゃないかと……」
宗二に同調し始めるタケシくん。
おいおいおい。そんなワケないだろ!
「だとしたら美しい話だけど、そんなワケないに決まってるだろ宗二。そんな綺麗事は便器に流しとけぇ」
「な、何でだよ?」
「何故なら『女』だからだ。女とは自分のことしか考えられない生命体だからだ。可愛い服も自分の為、綺麗なバッグも自分の為。じゃあカッコいい彼氏はー? はい、自分の為!」
「ソレ別に女に限らないだろ? 男が女に優しくするのも、自分がそうしたいからじゃん、ソレだって自分の為だ」
「オーケー、確かにそういう考えもある。でも俺が言いたいのは、だからって優しくされる側がソレを当たり前だと思い、自分の都合によってはうざがったり迷惑がる権利はあるのかってことだよ!!」
「う、うーん……」
宗二が怯んだその隙を見逃さず、俺はタケシくんを暗黒面に引きずり込むことにした。
「その女はダメだよタケシくん。今すぐその意中のイケメンに、先んじてその女のクソさ加減を吹き込んで復讐すべきだ」
「で、でもソレって男としてどうなんだろ?」
だがタケシくんはまだ暗黒に染まりきっていないのか、甘っちょろいことを言い出す。
「そうだよ秋。ソレはタケシくんの為にもその娘の為にもならんぞ」
「だがそのイケメンが騙されて、いずれ捨てられるのを阻止することはできるぞ。犠牲者を減らせるではないか。よくアニメとかで言うだろ? 『こんなことをしてもあの娘は戻ってこない。でも、もう俺のようなヤツを生み出すワケにはいかない!』ってヤツ」
「ソレは意味合いが大分違う気もするが……タケシくん、やっぱりもう一度その娘と話し合うべきだよ。そんで気持ちを固めるんだ。もっといい男になったら改めて告白するか、思い出をありがとうって諦めるか」
宗二が甘々なことを言う。
「ソレではそのビッチは痛くも痒くもないではないか。諸悪の根源を絶つべきだと思うが。男女平等を求める癖にレディーファーストをも求める矛盾生物に鉄槌を下せ!」
「秋! いい加減にしなさい」
さすがに見兼ねたのか、宗二が叱責の言葉を口にする。
だが俺は即座に反撃した。
「いいのか宗二。俺の予想ではそのビッチが言うカッコいい人は、多分お前ってオチだぞ。そして相談に乗ってもらった手前、お前を憎むことすらできないタケシくんの未来が俺には見えるんだが」
「え……」
タケシくんが驚きに見開かれた瞳で宗二を見る。
「……い、いやぁ……ないだろ」
「お前今一瞬、もしかしたら有り得るかもって思ったろ! 自惚れてんなよオラァ!」
俺はここぞとばかりに攻め込んだ。
「な、ないないないって! ソレに俺はやっと智美と付き合えたんだぞ? もし万が一そうでもなびかないって!」
「そうさ、だとしてもお前にはそんな女の都合でフラレる男達の気持ちは分からんだろう! 俺も好きになった人がお前のこと好きだったなんてパターンは、一度や二度ではないぞ!」
俺が一気呵成に攻め込んだその時、
「もう放っといてくれよぉ!」
タケシくんが泣きながら走っていってしまった。
「あぁ待つんだ! タケシくぅぅぅん!」
こうして、六月の空にまた一つの純情が散ったのであった。