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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ4(上)
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第十五話




 その日の夜。俺は久しぶりに我が家のバスタブにお湯を張り、そこにリトラと並んで浸かる。


「あぁ~……」


「ふぅ……」


 俺はおっさん丸出しの声を上げ、リトラも隣で心地よさそうな声を出す。


 しかし、リトラの肌の若々しさといったらスゴいモノがあるな……!


 そんな趣味のない俺でさえも、目を奪われてしまう。


 もしワシがホモの変態だったら、今頃大変なことになっとるでぇホンマぁ……などと頭の中でくだらない台詞を呟いてしまう。


 ……いかんいかん。


 俺はリトラから視線を外し、我が家のバスルームを見渡す。


 我が家自慢のバスタブは、そこら辺の安アパートより大分広いんだぜ。


 バスルームがトイレとセパレートなこと、ロフトが付いてること、そしてバスタブが広いこと。


 この三つの要素が、俺をここに住まわせていると言っても過言ではないのだ。


 さて、自慢話はそこそこに、俺はまだ塞がりきってない傷口が濡れないようにタオルを当てつつ、リトラに気になっていた話題を振ってみる。


「リトラ……お前、笑わないな」


「はい。まずい……ですか?」


 リトラは珍しく少し不安そうな声を出した。


 おそらく俺に『無理矢理にでも笑え』と言われたら困るからだろう。


 つまり、こいつは本当に笑わないんじゃなくて、笑い方が分からないのだ。


「まずくはないけどさ。笑った方が楽しいだろ」


「……面白くもないのに笑えません」


「お前は三船●郎か。逆だよ。笑ってれば勝手に面白くなるんだよ」


「……リライ姉さんは、よく笑っていますね」


 リトラが俺から目を逸らし、水面に立った波紋を見る。 


「あぁ。あいつは笑って泣いて怒って、ソレをずっと繰り返してるな……」


「そうなんですか」


「あぁ……つまりあいつが人間になったってことだ」


「……笑って、泣いて怒ってを繰り返すのが……人間、ですか」


「そうだよ。リトラ、お前俺が今まで何人か浄化してきたのは知ってるよな」


「……はい。自分を殺す人だけでなく、他人も殺す人まで。見事な手腕だと──」


「そんなことはどうでもいい」


 目を輝かせてこちらを見るリトラを、俺はピシャリと遮る。


「いいか。俺が今まで助けた人達はな、みんな俺の前で笑って、泣いて、怒ったヤツらなんだ。そんで、俺が笑って、泣いて、怒るのを見たヤツなんだ」


「……だから助けた、と?」


「いや、助けた後に泣いたり、怒ったりしたヤツもいたし、そこは関係ない……けど」


「……けど?」


「最後はみんな笑ったよ。笑わせてやった。浄化も大事だけど、俺にとってはそっちの方が達成感あったんだよ」


「…………」


「だからかね、お前も、くるりも、最後には笑わせてやりたいなって思っちまうんだよな。おせっかいだろうが」


「……笑えますかね、僕は」


 リトラが再び視線を落とす。


「まぁ無理して笑うことはないさ。気楽に考えとけ。大体リライだって最初は無愛想だったんだぞ」


「……本当ですか?」


 意外だったのだろう。もしくはリライと違って笑えない自分を気にしていたのかもしれない。


「あぁ、いきなり怒ってキン◯マ蹴りあげてきたけど、その後はロボットみてぇに事務的でよ。こう言えって命令されたことをただ口に出す、って感じだった」


「……そうなんですか」


「そうなんですよ。で、俺が想定外の行動を取ったんだろうな。しどろもどろになってたよ。ソレが可愛くってさぁ……」


「はぁ……」


「……アレ?」


「……?」


「リライが最初に笑ったのっていつだ? 卵かけご飯食べた時か? 俺が根負けして部屋に入れた時か?」


「……さぁ?」


 ……思い出せん。


「……あいつの笑顔、いいよな」


「リライ姉さんのですか?」


「うん、何の気取りもなくニーって歯を見せてパーって笑うんだ。あの笑顔に元気をもらって、あの笑顔を守りたいから頑張るんだな、俺は」


「……はい」


「もう一人お前らと同じ顔したアルルってのがいるんだけどさ、そいつは猫被ってる時は童貞を殺さんばかりにチャームスマイルするし、被ってない時は不敵にふふん、て自信満々に笑うんだけどさ、やっぱり取り繕わずに大笑いしてる時の顔が一番可愛いかったよ」


「アルル……姉さん?」


「そう……まぁ、ようするにだ! あいつらと同じで、お前の中にもちゃんと心があって、いざって時はソレが出てくるはずだよ」


「……どうなんでしょう」


「きっと笑えるさ。お前も、くるりも」


「……くるりさん?」


「ああ。あいつ、クソ生意気な作り笑顔や嘘臭い高笑いとかはするけど本当の笑顔をまだ見せてない。最近俺はちょっとソレが本気で見たくなってきてるぞ」


「本当の笑顔……」


「そうだ。ソレを見るまでは投げ出さない。どんなにメンドくさくても、な」


 俺はそう言ってリトラの頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でる。


「……はい」


 リトラは、頭を撫でられると発動するリラックスウィスパーを、いつも以上に心地いい声音で出して目を細める。


 ……お前コレ、ワシが変態だったら今頃ドエラいことになっとるでぇぇえ……!






「アレ……メシは?」


 傷口を避けて濡れた髪をタオルで拭いながら、俺は先に風呂を済ませていた女性陣に尋ねる。


「…………」


 くるりは完全シカトだ。まるで夫婦喧嘩をした時の奥さんのようである。全然そんな歳ではないが。


「……そんな気分に、なれないそーですよ」


 リライが俺の問いに、目も合わせずに答える。


 ここで『お前は作らないのかよ』などと言う程俺はアホではない。本当はちょっと作るべきか挑戦してみたくてソワソワしているのが窺えるからな。


 多分自分もくるりと同じように少なからず俺に腹を立てているのに、ここで料理を作ってしまったらなぁなぁと俺を許したことになってしまうのでは? と考えているのだろう。ふふふ、また人間らしくなってくれちゃって。


「…………」


 リトラが俺に何か言いたそうな、許可を取るような視線を向けてきたので俺は苦笑いしながら首を横に振った。


 おそらく、『監督してもらって、居候させてもらっているのにそんな姿勢でいいんですか』と言っていいか訊いてきているのだろう。


 確かに(まご)うことなき正論だ、だけどいくら正論といえど相手に届かなくては意味がない。


 ……俺が反抗期の時も、両親はこんな苦労をしたのだろうか?


「……ふむ。じゃあ近場のファミレスにでも行くか」


「……!」


 俺がぼそりとそう言うと、そっぽを向いてるリライのアホ毛がまだ濡れてる髪の中からアンテナのようにぴん、と立つ。


「えぇ……めんどくさ」


 とくるりが溢す。


 若干こめかみがビキビキしてくるがここで『は? お前は誘ってないけど?』やら『じゃあお前は来なきゃいいだろ、メシ抜きだ!』なんて悪手を取るのはNGである。バッドエンドにまっしぐらだからな。


「ハンバーグにしようかな、パスタにしようかな?」


「……っ! ……っ!」


 リライのアホ毛が、尻尾のようにブンブン揺れてる。


「デザートはケーキにするか、パフェにするか……でも一人じゃ食べきれないかもな」


「くるり! 行くですよ! 立つです!」


 辛抱堪らなかったリライが、がばっと立ち上がり、くるりを引き起こす。


「え、えぇ~?」


「は、腹が減ってわ、いくさわできねーですよ!」


「……しょうがないな」


 ……くっくっく。チョロいモンだぜ。






「あー……食った。たまには外食もいいかな」


「ご馳走様でした」


「……ごちそーさまですよ」


「…………」


 何だか雨が降り出しそうな空模様だが、空腹が満たされると、身体とは対照的に気持ちが軽くなった。


 ……ふむ。もしかしたら俺のせいで訪れた冬の雪解けは、思ったよりも早く訪れるかもしれないな。


 何てソレゾレの謝辞を聞き、満たされた腹をさすりながらそう思っていた帰り道。


 俺は……いや、俺達は……とんでもない試練にブチ当たることとなる。


 ──ニャー


「…………」


 最初は気のせいかと思った。


 しかし、俺と同じようにリライが辺りを見渡しているのを見て確信した。気のせいではない。


 ──ニャー


 今度はハッキリと、確かに聞こえてしまった。


 弱々しく、だけど紛れもなくそこにいるのだと知らしめるような、泣き声が。


 問題はその姿が窺えないことだ。


 最初は俺も『あぁ、猫がいるな』くらいに思った。


 ソレで塀の上にでもその姿を確認できたなら、リライが嬉しそうに近づいて、そして逃げられて……ソレで終わりだったはずだ。


 ──ニャー


 三度(みたび)声がする。そう、そこらでしょっちゅう耳にする声とは明らかに違う、少し高く、そして成熟しきっていない弱々しい声が。


 ……寄りによって、ゴミ捨て場に置かれた段ボールなんかから……!


「……っ」


 俺が『よせ、やめろ』と声を掛けるより先にリライがその段ボール箱に駆け寄り、声の主を覆っていた上蓋を開いてしまう。


 ──ニャー。


 今までとは比べ物にならない程、その声はハッキリクッキリ鮮明に、コレ以上ない形で厄介事の到来を告げてくれた。


「……アキーロ」


 あぁ、分かってるよ……リライ。そんな悲痛な顔をするな。


「……猫だな。多分……いや、間違いなく、捨て猫だ」


 俺の言葉通り、屈み込むリライの肩越しに見えた箱の中には、自分でどこかに歩き出すこともできない様子の仔猫が三匹程、リライに何かを訴えるように鳴き声を上げていた。


 先程までの気分に水を差すように……予想通り、雨がパラついてきた。


 ……くそったれ。


「……アキーロ」


 再度リライが俺を呼ぶ声で俺は我に返った。いつの間にか現実逃避していたのか? もしかしたら何度も呼び掛けていたのかもしれない。


「……ああ」


 俺は自分でもどんな感情が込められているのか分からない返事をして、泣きそうなリライの表情を見ていられず、背を向け煙草に火を着けた。悪いが今はアレコレ迷惑を考えていられる状況じゃない。


「……リライ。可哀想だけどさ、現実的に考えて、ボク達には何もできないと思うんだ」


 くるりが、くるりなりにリライに気を遣っているのが窺える様子で重々しく声を掛けた。


 言っていることは(もっと)もなように聞こえるし、全く以て正しい。非の打ち所がない正論だ。


 俺が口に出していてもおかしくない内容。むしろ何も言わず煙草なんか吸ってる俺の代わりに言ってくれているという解釈すらできそうな状況だ。


「ソレに……こういう時に人間が触れると、人間の匂いが着いちゃって、母猫が迎えに来なくなっちゃう」


「迎えに……くるですか? ママが」


「…………」


「いつですか?」 


「…………」


 くるりは何も言えなくなった。


 黙って雨に濡れるしかなくなった。


「くるり……! アキーロ……!」


 しかし、リライは自分の身を傘にするように仔猫達に触れ、抱き寄せる。


『ニャー』


 凍えるように身体を震わせていた猫達が、リライの温もりに安心したように声を上げた。


「……ボクは、ボク達は……自分のことで目一杯なんだ。他の誰かや何かを助けていられる余裕なんてないんだ……」


 くるりが絞り出すように言う。


「あのアパートじゃ飼うワケにも、引っ越すだけのお金もないだろう? 最後まで責任が取れないんならそんなことすべきじゃないんだ……!」


「くるり……!」


「そんな顔したって仕様がないだろ……! この先こんなことはいくらでも──」


「ありがとうな、くるり」


「──おっさん」


 俺はくるりの肩に手を置き、会話に割って入る。


「スマンな。俺の代わりに」


 俺のその言葉を聞いて、リライが涙の浮かんだ目で俺を睨む。


「アキーロ……っ!」


「そんな睨むなよ、リライ」


 俺は目を逸らす。


「なぁ、くるり」


 逸らした視線の先にいたくるりに、声を掛ける。


「……?」


「この場合、行動しなかったときと、行動して上手くいかなかったとき、お前はどっちの方がマシだって思える?」


「……はぁ?」


 ぽかんとしたくるりの声を聞きながら、俺は人知れず心を決める。


 ああ、くそったれが……!


「リライ!」


 俺がそちらを向かないまま、でかい声を出したからだろう。リライが身体を強張らせる。


「……は、はいですよ」


「……お前はどうしたい?」


 予想した言葉と違ったのだろう。若干の間が空いてから、


「この子達を……助けたいです」


 彼女はそう答えた。


「……うん、そうか」


「……ダメ、ですか?」


 決して簡単に『駄目なワケがない』などと言えてしまう状況でないのは百も承知だ。


 ……だが、お前にそんな声を出されて心は固まった。


「全然。お前はお前の正しいと思うことをすればいい。ソレでうまくいかなかったら、その時は俺が何とかするよ」


「…………」


 リライの瞳から涙が一筋零れた。


「……へへっ」


 俺はいつも親父がそうだったように、にひっと歯を見せて笑い飛ばして見せる。


「……はいですよっ!」


 ソレに応えるようにリライが一気に涙を溢れさせながら笑った。


「よーし、俺とリライはすぐにこいつらを動物病院に連れていく。くるりとリトラは家に戻ってもっとましな箱……こないだスーパーで大量に買い物した時のがあったろ。ソレにタオルを敷いて空の綺麗なペットボトルを用意しておけ」


「はいですよ!」


「分かりました」


「んじゃ、行動開始だ。くるり、家の鍵渡しておく」


「ねぇ……何で?」


 俺が近づくとくるりが不思議そうな、ソレでいて不満そうな視線を向けてきた。


「何が?」


 俺はくるりが何を言いたいのか分かっていたが、敢えてすっとぼけてみせる。


「ここで猫を助けて……おっさんに何の得があるの?」


「俺が俺を好きになれる。リライが俺にシビれてくれる。最高だろ?」


「……変な人だね。ここでこの猫達を助けても、何十、何百って動物が殺処分に合ってる事実は変わらないんだよ?」


「ソレ……リライに聞こえるように言ったら殺すぞ」


 俺は表情を全く動かさずに、感情のない声をくるりにだけ聞こえる音量で出した。


「あ、あんたがここで頑張ったところで何も変わらないんだよ? そんなのただの自己満足……きれいごとだよ!」


 くるりはビビって目を逸らしながら、早口で捲し立てる。


「だから何?」


「何って……!」


「分かってるよ。だけどソレは俺にとって偽善を行わない理由にはならない」


 最初はくるりと全く同意見だったのに、コロっと態度を変えた自分を棚に上げて、俺は胸を張った。


「…………」


「覚えとけ。俺は……てか、戸山一族はきれいごとが大好きなんだ」


「……何ソレ」


「人生ってなーなぁ、何割かは自己満足でできてんだよ。オ◯ニーで結構」


「お……!?」


「つまり! 人生はオ◯ニーだ!」


「さ、さいてー……」


「うるせー! オラ鍵任せたぞ! 文句言う前にソレくらいのことやってみろ! 行動開始!!」


 俺は会話を打ち切って、全員に聞こえる声を出した。


「はいですよ!」


「分かりました」


「くそ……了解!」


 俺達は二手に別れる。


 後ろをついてくるリライの、俺の背中へと注がれている視線がとても誇らしげなモノであることに、俺は気づいていた。





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