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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ4(上)
139/161

第十四話




 そんなことがあってから、くるりは俺の言うことを全く聞かなくなった。会話も最小限しかしないし、極力目も合わせてこない。


 そして話は今に至るのだが……


「ぐはぁっ!!」


 くるりに顎を蹴り上げられ、そんな何ともカッコいい悲鳴を上げて宙を舞ったのち、地面に叩きつけられて失神した男の名は、入州虎男。


 そう、リトラいわく、借金を苦に死んでしまおうかと考えてるリストラ男。


 そして……俺達の何とも気まずいこの状態のきっかけとなった、入州香奈の父親だ。






 到着と同時に、くるりは俺の指示など聞く耳持たずといった態度で、無策でいつかのように公園のベンチで酔っぱらっているイリス父の方へと、スタスタ歩いて行った。


 以前はあんなに、無理だ嫌だとギャーギャー騒いだ相手の所に、である。


 妙に達観した顔つき……いや、アレはもうどうなってもいいやという、諦観というか、投げやりな目だな。


 自分や他人が、どうなろうと興味がないといった様子だ。


 イマイチ遠巻きからでは何を話しているのかは分からなかったが、意外なことにイリス父はくるりを追っ払おうとはしなかった。くるりがブランコの隣に座っても嫌がる様子はない。


 所々聞こえてくるくるりの言葉はたどたどしかったが、どうにかあいつは家族を話題に出し、死んだら残された家族は悲しむ、と話に持っていった。


 ここで予想外の出来事が起こる。


 何と、イリス父が愚痴り始めたのだ。


 おいおいおい……相手十五歳の女の子だぞ……酒が入っているとはいえ、ソレでいいのかおっさん。


 だがまぁ、コレは彼が心を開いている証拠なのだ。


 作戦が上手くいっている証なのだ、と俺が自分を納得させていると、ヒートアップした酔っぱらい親父がこんな言葉を口にした。


「娘だってよぉ! いっつもいっつも! 金せびりに来る度に、まるでゴミでも見るかの様な目をこっちに向けてきやがる! そのクセ金だけは持って行きやがるんだ! 何の為に、誰の為に働いてたと思ってんだ!」


 ……コレはまずい。ご存じの通り、くるりはイリスカナに死ぬほど悪い印象を持っている。


 ここでこのおっさんと一緒になって悪口を言い出したら、結果おっさんは勢いづいて家族にリストラを打ち明けるかもしれない。


 ……が、漏れなく離婚&家庭崩壊までついてきてしまうだろう。


 勿論、おっさんが誠意を持って家族にリストラを打ち明けたところで、そうならないという保証も確証もないが、とにかくこの流れが余りいいモノだとは思えないな。


「あいつが生まれてこなければ、こんな人生にはならなかった! あんなヤツいなけりゃ良かったんだ!」


「…………」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はずっと自分の中で必死に守り続けていた旗が、いつの間にか倒れていたことに気付いたときのような……言葉にするのは難しいが……そんな、何とも酷く虚しい気分になった。


 ……俺は、何であんなヤツを助けたいと思っていたんだ?


 と心が暗い液体に沈んでいくような、重たい思考に囚われそうな反面、


 ……いやいや、酔った勢いで言ってんだろ。


 ……子供を持った父親は、冗談でも子供の愚痴は一生言うなってか?


 ……そこまで清廉潔白に生きていられる人間なんかいないって、分かってるだろ。


 などと年齢を重ねるに連れ鈍く、動じなくなった自分の側面がそう囁いていた。


 ……いやぁいるさ、ウチの親父。


 ……などと頭の中では『秋色超会議』が始まってしまいそうな勢いではあったが、ソレを延々と語っていると、いつまで経っても話が進まなそうなのでここは割愛させていただく。しかも長い割にあんま意味ないし。


 とにかく、だ。俺はへっちゃらだけど隣にいるリライとリトラには聞かせたくない言葉を、イリス父が吐いた。


 さてここからくるりはどうするんだ?


 まあセオリー通りにいくなら、ここで毒を吐かせまくって、ガス抜きが済んでスッキリしたところで『もう、疲れたでしょ? 打ち明けてみなよ』ってのが単純かつ、最も効果が期待できそうだ。


 俺がそんなことを考えていると、ブランコに腰掛けながら俯き、愚痴を垂れ流していた入州虎男の前に、無言で……そう、一切の音もなく、くるりが佇んでいた。


 こちらから表情は窺えない。


 だが、おそらく俯いていた視界にくるりの靴が映ったのだろう。イリス父が顔を上げる──


「ぐはぁっ!!」


 ──上げたその顔に、下からくるりが必殺級の蹴りを叩き込んだ。


 そうして先述した様に、彼は宙を舞い、(したた)かに背中から着地した。


「死ね! あんたみたいなダメ親父、生きてる価値ないよ!」


 完全に失神しているイリス父に、くるりが言い放つ。


「……はあぁ」


 俺は特大の溜息を吐きながら、携帯電話を取り出す。呆れながらも既に考えは纏まっていた。


 救急車を呼べば家族に連絡が行くだろう。そして何故こんな場所で酒を飲んでいたのかという話になるだろう。


 つまり、もう自動的に、強制的に、彼が家族にひた隠しにしていた『リストラされた』という事実が白日の下に曝されてしまうのだ。


「ゲームオーバーだな」


 俺は、未だに苛立ちを隠そうともしない様子で、こちらに歩いて来るくるりに向けてそう言った。


 勿論、くるりは俺を完全に無視した。スタスタと歩いて行ってしまう。


 ……問題は、意識を取り戻した彼がくるりに蹴りを入れられたことを警察に届けるかということなのだが……できれば忘れていて欲しいモノだ。酩酊(めいてい)していたし、そもそもあまりくるりの顔を見ていなかった印象はあるが、コレばっかりはそうならないよう祈るしかない。


 ……まぁ、なったらなったで、もうどうでもいいんじゃね? いい加減もう面倒見切れねぇよ。


 などと囁く輩を、即座にボコボコにして脳内会議室から叩き出す。


「リトラ、くるりについて行け。リライは俺と来い、救急車を呼ぶ」


 俺はすぐ後ろに待機していた二人に向け、指示を出す。


「はい」


 リトラがそう返事し──


「……やです」


 ──リライはそう返事した。


「…………」


「…………」


「……じゃあ、くるりについて行け。リトラは俺と来い」


「……はい」


「……フンっ」


 リトラが先程より小さい声で応え……リライは眉間に皺を寄せて走って行った。


「…………」


 俺は、その背中が小さくなっていくのを見つめていた。


「……兄さん」


「……ああ」


 リトラに短く返事をして、俺は入州虎男へと向き直る。


「…………」


 ──この間のイリスカナの浄化にくるりが失敗した日、俺はくるりと大喧嘩をした。


 みんなそう思っているだろう? ソレは正しい、概ね正解だ。


 だが、もっと正しく説明するならば、だ。


 ──この間のイリスカナの浄化にくるりが失敗した日、俺はくるりと大喧嘩をした後、リライとも大喧嘩をした、が正しい。


 大喧嘩というか、俺が一方的にリライを傷つけただけだ。


 本当にどうかしてた。宗二や誰かにぶん殴られたり、壁に頭を打ち付けるまでもなく、俺はソレを悔いて悔いて悔いて、大反省している。






 あのくるりとの大喧嘩の後、一言の会話もなく、風呂から出てきたくるりとリライがロフトへと昇って行こうとしたその時、俺は本当にこのままでいいのか? こんな状態で明日からやっていけるのか? と思ってしまった。不安に駆られたのだ。


 そしてこの空気を何とかしたい一心で、俺は最低な選択をした。


「リトラ……おねしょとかお漏らしすんなよ」


「はい。しないと思います」


 もう何日も一緒に過ごしてるのにいきなり何を? と言いたげにリトラが首を傾げながら答える。


「何言ってんの……? するワケないでしょ」


 限りなく冷たい視線と声だったが、くるりが反応を示した。


「え、そうなのか? だってリ──」


「さー! 早く寝るですよ!」


 リライが慌てて俺の声を遮る。


「はい。寝ましょう」


「本当に大丈夫か? 漏らさないように寝る前にトイレ行っておけよ」


「……はい」


 だから何で? と言いたげながらもリトラが頷く。


「……何でそんなに心配してんのさ?」


 若干イラついた声でくるりが訪ねてくる。


「だってリライは前に……あ、リライもちゃんとトイレ行っとけよ。また前みたいにおね──」


「アキーロなんて……大っ嫌いですよ!!」


 またもリライが俺の声を遮る。顔を真っ赤にして目に涙を溜めながら。


「……!!!??」


 ガーン! と頭の中で衝撃音がした。


 世界が終わるような絶望感のあまり膝の力を失い、 俺はその場に座り込んでしまう。


「え、リラ……え? 何で……」


 リライが何で怒ったのか、俺は本気で分かっていなかった。


 今となっては、何で怒らないと思ったのか知りたいくらいだ。


 つまり、俺はこの日のことで相当参っていた。 大分堪えていた。 まともな思考力を失っていたのだ。


「もう知らねーです! 寝るですよくるり!」


 自分の異変を自覚しつつあった俺との会話を打ち切り、俺を見限り……リライがくるりに声を掛ける。


「はいはい……」


「おやすみなさい。姉さん。くるりさん」


 リライの羞恥心も、俺の絶望も、何もわかっていない声でリトラがそう言った。


 視線を上げると、ロフトへ続く梯子へと歩きかけていたくるりがくるりと振り返り、


「……最低」


 既に瀕死だった俺にとどめを刺した。


「……っ!!」


 立ち上がれなかった俺は、壁の代わりに床に頭を打ち付けようとしたが、リトラに襟を掴んで止められた。






 以上が、非常にくだらないが悔やんでも悔やみきれない……戸山家の乱、夏の陣だ。





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