第八話
「さぁ次だよ! やってやんよ! やんよやんよ!」
「やんよですよ!」
先日の落ち込みようはどこへやら。やる気を出しているくるりと、嬉しそうにソレに同調するリライ。
そして俺の目の前にはそんな二人の合作……ケチャップで『アキーロ』と書かれたオムライス(リライはケチャップで文字書いただけ)。
前に買った鶏肉がまだまだ残ってるからな。考えてみりゃ親子丼とオムライスって材料同じだね。すっご~い。
「うめーですよ! やべーですよ!」
目の前の『リライ』と書かれた……って言ってももう三分の一程平らげられて読めないけど、オムライスを食べながら上機嫌なリライがはしゃぐ。前にファミレスで食べてから気に入ってたモンなぁ。作り方教えてもらえてよかったなぁ。
「おいしいです……やばいです」
その向かいでは『リトラ』と書かれたソレを頬張り涙する少年……何でこいつはメシ食うと泣くのか。確かにメチャ美味いけどさ。
「ふふん……実は、ボクのオムライスはまだコレから。中程まで食べてから生まれ変わるのだよ」
俺の向かいで『クルリ』と書かれたオムライスを誇らしげに掲げ、渾身のドヤ顔を晒している少年のような少女。彼女がこちらに来て初めて料理を作って以来、我が家の台所を取り仕切ることとなったのだ。こう言うと、何かぽっと出の強キャラに厨房を乗っ取られた駄目料理長みたいだな、俺。
「生まれ変わるですか?」
「うむ。実は卵とチキンライスの間にスライスチーズを敷いてあるのさ。今頃閉じ込められた熱でトロっトロになっているだろうねぇ……」
「ふおぉ~っ! スゲーですよクルリ!」
「凄いですくるりさん」
「ふっふっふ」
リラトラズの胃袋をガッチリ掴んだくるりがあんたはどうなんだい? と言わんばかりにこちらに視線送ってくる。
「……美味いよ。いや……スゲー美味い。トレビアン。ボーノ」
俺は多少苦々しく思いつつも、正直に彼女を賞賛した。
「ふっふっふ! 成敗! この調子で次こそは浄化してやる!」
何か最近妙に元気だな。こないだは失敗して鼻水垂らして泣いてたくせに。勿論教える側としては、やる気ないよか、ある方がいいに決まっているが。
「でも実際コレは活かせそうな特技だな。もし次のターゲットが料理の出来ないヤツだったら『ちゃんと栄養摂らなきゃ駄目だよ』とか言ってお弁当作ってくとか、有効かもしれん」
「え……」
「……? 何だよ?」
「いや、何か、ソレ……ボクのキャラじゃなくない?」
「いやぁ、むしろ料理出来そうにないのに、こんだけのモン作れたらギャップでかなりキュンときそうだが……少なくとも男は」
「……んん」
「何だよ?」
「……何かボク、ここの人達にしか、ご飯作りたくないなぁ」
「……何で?」
「わ、分かんないけど、何となく」
「ふーん? アレか。『大好きな人にしか美味しいの作れないの』みたいな?」
「そ、そんな感じ? ……て、リライとリトラがメインだからね! あんたはついで! 勘違いすんなよ!」
「急にツンデレ属性を付与するなよ。キャラが定まらないだろう!」
「いや、まぁ必要とあらば作るけど、さ……」
「ふーん……? じゃあ、アレだ。誰かに何か作ったら、同じの俺達に作ってくれよ。てか、どうせリライが『自分もアレ食べてーです! 覚えてーです!』て言うから」
「言うですよ!」
「な。で、俺にも作ってくれよ。ついででいいから」
「……うん。分かった」
そう言って、少し恥ずかしそうに笑うくるりだった。
コレまでのことを思い返すに、俺達は急ぎ過ぎていたのかもしれない。故にくるりは失敗した……の、かもしれん。
俺だって今まで浄化をする際は、浄化対象に出会って、話して、そいつのことを理解して、ソレから浄化をしていた。
言いたかないが、ソレこそギャルゲーでヒロインを攻略するかのようにそいつの居所に足繫く通い、好感度を稼ぐかのように情報を手にしたのだ。勿論ゲームとは違うということは、嫌って程思い知らされたけどな。
優乃先輩は中学の屋上。まひるはあいつの家の近くの街を見下ろせる公園。愛理は高校の屋上。あと……浄化対象ではなかったがアルルは中庭……て具合にな。
……何か、年頃の女の子って縄張り意識があるのかしら? 少年が秘密基地を作るようなアレか?
まぁソレはいい。要するに俺が言いたいのはだ。即日で浄化をやろうなんてのは無茶なのではないかということだ。
微に入り細を穿つ、とまでは言わんが、その人が何を好み、何を嫌うのかくらい分かれば、幾分かやりやすくなるだろうて、と思ったワケだね。
そんなワケで俺はソレをリトラに進言し、ならば事前調査に赴きましょうぞと話が運び、今、俺達は次の浄化対象を調べるべくファミレスに来ているのである。
「入州香奈。ソレが次のターゲットの女性の名です」
メロンソーダに挿されたストローから離したリトラの口から出たその名前に、何だか妙な既視感……この場合既聴感か? ええい、そんなことはどうでもいい。とにかくその既知感に、俺とくるりは顔を合わせた。
「…………」
「…………」
イリスカナ……イ、リスカナ……。
「リ……リスカな女じゃん。まさかその女、自分で手首切って死んじゃうの?」
「……その確率が高いようです」
ま~た確率か。何だか聞き慣れつつあるフレーズだが、聞き慣れても全っ然心地良くないぞ。
「ソレより……入州って……最初、くるりが敵前逃亡したリストラマンと同じ名字じゃないか。もしかして……娘さんとか?」
「あ、ホントですよ」
「はい。親子です」
ま、マジか……。もしかしてここで彼女を救えないと娘の死がショックで親父もこの世を……ってパターンになるんじゃないだろうな? アレ? ソレがあり得るとしたら逆パターンもあり得る? 彼女を救えば親父も助かるのか?
「どうやら彼女はとても繊細かつ、激情を爆発させるタイプのようで、自分の趣味に時間と財を注ぐことに躊躇いを持たない人間のようです……所謂、? フジョシ? と上司が──」
「ググリ先生が言ってるですよ。ヒジョーにキョーミブケー人間だとか」
「──です」
「ふ、腐女子……か。何かあんま関わったことない人種だな。いやまぁ俺が関わるワケではないが」
大丈夫そうかくるり……と問いかけようとそちらに視線をやると、くるりは口許に手を当て考え込んでいた。
「ふむ。そっか……まぁでも、男の相手するよりはいいかな。ソレに腐女子の嗜好なら読めそうだし! 多分腐女子ネタの二つや三つブチ撒ければ簡単に懐に潜り込める気がする」
コレは予想外だ。意外にもくるりは、たじろくどころかやる気を出しているみたいである。
「でも気を付けろよ。仲良くなろうと共通の話題を振ったつもりが、うっかり勘違いで別の話題を振っちまうと大恥をかくぞ。俺も相手がタイ◯ニの話してんのに対◯忍の話してるって勘違いして『感度三千倍とかやばいよね』とか言っちまったことあるからな。もう赤っ恥だよ」
「……そんな特殊な上に、特大の赤っ恥のかき方はそうそうできないから心配無用だと思う」
「ほほう。理解したような口振りだが……何で十五歳のお前が18禁ゲームの内容を知っているのかな?」
「も……黙秘権を行使するっ!」
「?」
なんて、リライとリトラには理解出来ていないであろう、アホな会話を繰り広げていたその時だった。一人の女性が俺達の横を通り抜けて、俺とくるりの背後の席に腰掛けたのだ。
「お待たせ~☆ ごっちん久し振り~♪」
「おうカナカナ。久し振りよのぅ。遅いから先にビーフシチューハンバーグ頼んじまったわぃ」
先に対面側に座っていた友人に、テンション高い割に妙にか細い声で挨拶をした、カナカナと呼ばれたその女。
……イリスカナ。ぜってーこいつだ。
俺とくるりは謎の圧力……無理矢理言葉にするのなら、腐女子力? その圧倒的な特殊女子オーラを浴びて汗だくだった。どう特殊なのかと言うと……だ。
この女の出で立ち……パニエにガーターベルトにヘッドドレス……コレは所謂、ゴスロリだ! コリャすげぇ! やべぇ!
「カナカナ相変わらず青っ白いな。ちゃんと外出とるんか?」
カナカナの向かいに座った恰幅のいい女性が妙に男らしい口調でそう言った。
「やっぱごっちんには分かっちゃう? 実はここ一週間くらい外に出てなかったんだ~☆」
うーわ……カナカナ超アニメ声だな……しかも何か作り声っぽい。
「一週間? 何でよ?」
俺もそう思ってた。ナイスだごっちん。役に立つなこの娘。
「ゴスロリでバイト行ったら怒られた。ソレでもゴスロリやめなかったらクビになった。クソコンビニ超ムカつく」
おいおいやべーなカナカナ。その格好でコンビニのレジに立たれたら目立ち過ぎだし絶対窮屈だろ。『後ろ失礼しま……後ろ……通れねぇ!』てなるぞ絶対。
「いや、その格好で品出しとかできんやろ。しゃがんで立ったら周りの商品、棚から落ちまくりだわ」
おお。何か向かいに座ってるのがやべーヤツだからなのか、エラくまともに見えるぞごっちん!
「分かってっけどさー。自分を偽りたくなかったのー。でも注意しつつもあの店長絶対カナのことエロい目で見てたよ気持ちわりー。『最近の若い子はこういうの好きなんだ?』とか言って超興味津々だったモンあの親父」
そらカルチャーショック受けるでしょうよ、カナカナ。
「んでクビになって一週間引きこもり? メシは?」
「ん。食欲もないし、水だけ飲んでた」
「だからまたそんな痩せちまったのか。食え食え奢るから」
「あぁんありがとーごっちーん☆ 一応カロリーライトとか栄養補給食チビチビ食べてたよー?」
そう言ってメニューを開くカナカナ。何か……感覚大分ぶっ飛んでる気がする、この娘。
「最初は『また自分否定されたー』って手首切ってはヌルヌル弄って、カサブタになってはカリカリ弄ってたんだけどー」
……!? こいつサラっとすんげーこと言ってんな! ガチでカナカナリスカな女だった! 韻踏んでる場合じゃないが。
「リスカってる内に声が聞こえたの。『やめてカナカナお姉ちゃん。自分を傷つけないで』って!」
「……?」
俺はくるりに『意味分かる?』と視線で問う。
「……?」
くるりは『いや意味分からん』と首を振る。
「PC見たらね。以前くっっっそハマったショタゲーのアイコンからね、ショウタくんがカナカナに語り掛けてきたの!」
……もう言葉が出ないぜ。俺はげっそりした表情でくるりを見る。くるりは自分が同じショタコンとして同類に見られるのが嫌だったのか『一緒にすんな』と言いたげに首を振っていた。
「んじゃそのままショタゲー三昧?」
「そう! もう家にあるショタゲー全部の全キャラ全ルート完全制覇してた! もう次から次にで乾く暇ねーっつーの!」
「…………」
「……っ! ……っ!」
俺はまたもげっそりした表情で隣を見る。先程よりも高速で首を振るくるり。筋肉痛になるぞ。
「アキーロ、しょたって何ですよ?」
チリリンと音を立ててリライが首を傾げる。ううん、あんまりこの娘に聞かせたくないなぁ。
「後で教えてやるから。ドリンクバーお代わりしてこい。俺メロンソーダね」
「はいですよ。行くですリトラ」
「はい。くるりさんはオレンジですね」
「ん、ありがと」
遠ざかるリラトラズを見ながらも、俺達の耳は後ろの席にアンテナを向けたままだ。
「……そんで明日そのショタゲー作ってた会社の最新作が出るの! モチソッコー予約したし明日開店と同時に秋葉行って買ってくるし!」
「通販でポチったのかと思ったわ」
「カード全部停められたから無理! ソレに通販は散々待たせた挙げ句、発売日に届かないことがあるんだから!」
……一瞬、公園のブランコでワンカップ片手に項垂れてたおっさんの姿が脳裏に浮かぶ。
「バイトクビになったのにゲーム買う金あんのか」
本当に役に立つなごっちん。ソレとも俺の心が読めるのか?
「仕送りまだ残ってるモン! 他に使い道ないし」
いやあんだろ! と心の中でツッコむ。危うく声に出るとこだった。
しかし哀れリストラマン。娘はあんたの仕送りでショタゲー買おうとしてんぞ。
「カナカナのとこに届いてないのに、他のメス豚共がもうプレイしてるんだとか思ったら手首傷だらけになっちゃう!」
この娘は何かっつーと手首切ろうとするな。多分気に入らないこととか思い通りにいかないとこうやって意見を押し通そうとするクチなんだろう。
今をときめく芸人さんの名言を借りるが、弱さも振りかざすと暴力になるんだぞ。しかも『自分を傷つけるぞ』なんて言って自分を人質に取るなんて、俺が親なら泣いちゃうぞマジで。
「あー……あんま無茶すんなよ。傷残るぞ」
「この傷がショタを愛する誓いの聖痕なの。ショタゲーをやればやる程に癒されていくの」
「……もう現実の男は好きにならんの?」
少し困ったような声でごっちんはぼそりとそう言った。瞬間、空気が張り詰める。
「……ごっちん」
……目が座ってる。声もさっきのアニメ声とはかけ離れてる。
「や。分かってる。聞いてみただけ」
ごっちんは溜め息を吐きながら澱んだ空気を散らすように手を振った。この話は終わりだという合図なのだろう。
「……ならないよ。もうあんな思いしたくないモン」
自分を取り戻したのか、カナカナは少し拗ねたような声を出す。可愛く聞こえるようなあざとい声、つまり平常運転に戻ったということだろう。
「分かった悪かったわい。ホラ料理きたぞ。食え食え」
「わーい。いっただきまーす」
「…………」
「…………」
そこから先は、今期のアニメの誰が好きとかそんな話ばかりで、彼女の内面が垣間見えるような会話は特になかった。
とりあえず分かったのは、この女はやべぇ、てことだ。
「ごちそうさまでした~♪ ねぇごっちん、カラオケ行こ?」
「金ないんじゃないのかぁ?」
「あぁん。だってごっちんのアルトが聞きたいんだモ~ン♪」
「自分のソプラノを聞かせたいんだろぉ? しょうがねぇな」
「わ~い♡ ごっちん大好き♡」
そんな会話をしつつ退店していくイリスの背中を見送りながら、俺はボソリと呟いた。
「……俺のバリトン聞かせてやろうか?」
「いやあんたテノールだろ」
「バカ野郎どっちもイケるっての。俺の音域なめんなよ」
「ソレはどーでもいいよ。ソレより……何か、かなり難易度高そうじゃない?」
「確かに。危険な匂いがする女だ」
「全然心開かなそうだし、開いても選択肢誤ったら即刃傷沙汰になりそうな気がする……」
確かに……賽の出目次第で危険な橋を渡ることになってしまいそうだ。
目の前でリライとリトラの顔をふやけさせているパフェグラスに乗っかった生クリームを見ながら俺はまたも煙草が吸いたいと思っていた。
「……どうする? やめとく?」
あのターゲットはアプローチに失敗して下手に刺激したら本気で死にかねない。その結果くるりは消えない傷を心に負うだろうし、くるりもソレは分かっているだろう。俺は半分諦めを誘うような心持ちでくるりに問い掛けた。
「……やる。やるよ」
しかし意外なことに、くるりの闘志は衰えてはいなかった。
「……大丈夫か? 無理すんなよ」
……マジか。絶対撤退すると思ったのに。
「まだしてない。無理だと思ったら逃げるし」
……どうやら彼女は入れ込み過ぎという程熱くなっているワケではなく、されど決して冷めているワケでもないようだ。
「……ふむ」
……腰が引けてたのは俺の方か。
「立ててよ、作戦。ソレに従うから」
そう言って少し恥ずかしそうにそっぽを向いて唇を尖らせるくるり。
……アレ? もしかして前より信頼されてる?




