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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ4(上)
132/161

第七話




「ぐすっ……うぅ~……」


 見慣れた我が家、我が部屋にて。


 さっきから泣き止まないくるりの前に、俺は湯気を(くゆ)らせるカップを置いてやった。


「……何? コレ?」


「温かいミルクココアにございます」


 向けられた潤んだ瞳に、俺はぼそりと返した。


「……この蒸し暑いのに?」


「……『落ち込んだりして泣きやまない女や子供には温かくて甘いモンを出せ』って親父に言われたんでな。ホラ、リトラも飲みな」


「はい。いただきます」


「おいしーですよ。自分が夜泣きしてた時、いつもアキーロわコレ作ってくれたです」


 リライが懐かしそうに言う。今でもたまにするだろうがお前。あ、でもくるり達が来てからはしなくなったな。そういや。


「……熱い」


「ふーふーしながら飲むですよ。おいしーですよ?」


「……ん、おいしい」


 そこまで言ったくるりの目尻から、また涙が溢れ落ちる。


 俺はソレを黙って見つめていた。






 公園での任務は、失敗だった。


 いや別にあの子供が飛び出して車に衝突して死んでしまった、とかそんな悲惨な話になったワケじゃないぜ?


 が、くるりが説得をしてボール遊びをやめさせる。くるりが小さな命が失われるのを防ぐ、といった点に於いては、失敗だ。






「ボール蹴るの、すごい上手だね」


 自分の掌から出た拍手の音の後に、くるりはその言葉を追わせた。


「…………」


「…………」


 少年は何も答えなかったらしい。ただじーっとくるりを見ていたそうな。


「えと……今日も、蒸し暑いね」


「…………」


「ちゃ、ちゃんと水分摂らなきゃ、ダメだよ……?」


「…………」


 ここら辺で、くるりがこちらを振り向いて視線でHELPを送りたがっているのがすっげー分かった。首がこちらを向きたがっているのに全力で抗ってるように見えたのだ。


 もしくは『おいこの野郎、予想してた反応と違うぞ。誰がメロメロになるんだよ、おい』と念を飛ばしたかったのかもしれん。


「…………」


「…………」


 あ、やばい。俺の掛けた暗示が解けかかってる。しっかりしろくるり! お前は美少女だ! そういう設定でいけ!


「こ、こんなところで、な、何してるのカナ~?」


 おおそうだくるり! たとえ『見りゃ分かんだろ』で済んじゃう質問でも会話ってのは大事なんだよ! 投げ掛けなければ始まらない!


「……誰?」


 初めてそこで少年は口を開いたらしい。まぁその口から出てきたのはくるりの投げ掛けに対する答えではなく、質問だったワケだが。


「…………」


 既にこの時のくるりの脳内には『おっと会話が成り立たないアホが一人登場~~質問文に対し質問文で答えるとテスト0点なの知ってたか? マヌケ』という言葉が装填されてしまっていたらしいが、彼女は全力でソレを排除、別の言葉を再装填したそうだ。


「お姉さんはね、くるりっていうんだ。キミは?」


「何か用?」


 コレは予想だが、多分この時のくるりの頭には『質問を質問で返すなーっ! 私が「名前」はと聞いているんだッ!』という言葉が装填されたに違いない。


「……たまたまそこを通りがかったらさ、キミがボール蹴ってるの見えたからさ」


「……だから?」


「え、と……危ないよ? ボールが道路に飛んでって、ソレをキミが追い掛けて、そこに丁度車が来てたら? 大怪我しちゃうか、怪我じゃ済まないかもしれない」


「……ソレだけ?」


「え……? うん」


「…………」


 そしてまたその少年は、ボールを蹴り始めた。


「アレ? えー、と……」


「…………」


 ここでくるりはいい加減どうすればいいのか分からなくなったのだろう。俺達の方を見た。


「……!」


 俺達は頑張れ! と言うかのように親指を立てた。


「……!」


 くるりが頷く。


「こ~らっ! だから危ないってば」


 そう言ってくるりが少年と柱の間に入り、ボールを足で止めた。


「ボール蹴りしたいならさ、ボク……あたしと、公園の真ん中でやりましょうね? 二人いれば、ちゃんとボールは返ってくるよ」


 くるりがボールをひょいと持ち上げ、少年に近づく。


「何……?」


「何……? ってさっきも言ったよ? お姉さんはくるり。従兄弟のメイクアップマジシャンのイリュージョンで爆誕した美少女だよ」


 そこまで言わなくていいんだよ……! そのメイクアップマジシャンはお前の心の中にしかいないぞ……!


「美少女?」


「うん美少女。ホラ、お姉さんが相手してあげるからそっち行こう」


「…………」


「……?」


 無言でジロジロと自分を見るその視線にくるりが疑問を抱いたその時だった──


「うっせーブース! えらそーにメーレーすんな!」


 ──少年がくるりの胸を両手で鷲掴みにした。


「……っ!?」


 息を呑む音がした。


 あまりのことにくるりが言葉を失っていると、


「今の感触、ニセモンだな! このオカマやろー!」


 さらにそのガキんちょは、くるりのスカートを、もうホント、コレでもかってくらい思いっきり捲った。俺の位置からもくるりのパンツがガッツリ見えた。多分360度どこからでも見えたであろう。


「ぎ……ぎ……」


「女のパンツはいてんじゃねーよオカマやろー!」


「ぎぃあああああああ!!」


 そう絶叫しながらくるりは持っていたゴムボールを高く掲げ、なおも文句を言うガキんちょの頭に思い切り振り下ろした。


「いって! なにすん──」


「わああああああああ!!」


 更に絶叫したくるりは少年の顔面を蹴り飛ばした。スーパーケンカキックだ。吹っ飛ぶ少年!


「にぁぁあああああああ!!」


 ソレでも絶叫するくるりはこちらに向けて駆け出し、そのまま俺らの横を通り過ぎて行った。グングンその背中が小さくなる。


「リトラ! くるりを追い駆けろ! リライ、来い!」


「はい」


「はいですよ!」


 俺の言葉の通り、リトラがくるりを追い駆けるのを確認するや否や、俺はリライと共に倒れたままの少年へと駆け寄った。






「……あの子、どうなった?」


「大丈夫ですよ。鼻血が出てたけどすぐ止まったです。アキーロと一緒におうちに送ってきたですよ。アキーロがアイス買ってあげてたですよ」


「失敗、ですね……アレでは実績とはなりません」


 リトラがココアを飲んで一息吐いてからそう言った。悪気などなく、事実を言ったのだろうが、今のくるりには酷な言葉となったようだ。


「ぐすっ……うぅ~……」


「…………」


「…………」


「…………」


 ……あぁ、煙草が吸いてぇな、と胸中で呟き、俺は天井を見上げた。


 ……と、まぁ、そんなワケで、例のガキんちょを家まで送り届け、親御さんに公園の道路に面した出入り口付近でボール蹴ってたので危ないですよ、と助言し、帰ってきたらくるりはこの有様だった。既に着替えて、ウィッグも外してしまっていた。そして、泣き続けていた。


 で、今、反省会のお時間だ。


 しかし俺はちょっと悩んでいた。何についてかというとだ。くるりを褒めるべきか叱るべきかをだ。


 正直くるりはやり過ぎた。そりゃ相手が同年代の男だったり、変態親父だったりしたら全然構わない。おっぱい触られた上にスカートまで捲られたのだ。万死に値する。普通に通報案件だ。


 しかし相手は子供である。子供ならば何をしていいのかと聞かれたら勿論答えはノーだが、顔面に蹴りを入れてぶっ飛ばしていいのかと言われたら、こちらの答えもノーだ。


 実際アレで後頭部をしたたかに打ちつけていれば、死んでもおかしくなかったのである。過剰防衛もいいとこだろう。


 勿論叱りつけるべき場面ではあった。あんなモンをスルーしていたら話しかけてくる女全ての乳を揉む変態に育ってしまう。


 要するに、くるりはやり過ぎただけで、方向性自体は間違っていなかったのだ。


 方向性と言えばあのガキがおっぱいに手を出すまでの流れも悪くはなかった。


 まず予定通りに声を掛け、接近した。


 相手が予想より無愛想で距離を縮められそうになかったが、あそこでのボール蹴りが危ないこと、そして何故危ないのかもしっかり噛み砕いて説明しようとしていた。


 ソレでも耳を貸さず、ボールを蹴るガキんちょを物理的に止め、公園中央で二人でならいい、コレなら問題はクリアできると譲歩した。そして二人ならここじゃなくてもボールは帰ってくる、と二人の方が楽しいし、自分は味方だということもアピールしていた。


 要するに、あのガキがセクハラをするまでくるりはペースを掴むことに成功していたのだ。


 ハッキリ言って俺はくるりを見直していた。もっともっとポンコツ少女だと思っていたのだ。そりゃ俺の掛けた暗示や与えた設定があったからこそかもしれないが、あそこまでできると思っていなかったのだ。


 あそこで、おっぱいを触られた時点で暴走せずにあしらえていたなら問題はなかったのだ。


 ……よし、そこは叱りつつ、でも流れは悪くなかったと褒めるとこは褒めよう。


「あんたなら──」


「ん?」


「──あんたなら、どうしてた?」


「……そうだな。煽ってたかな?」


「煽る?」


「そうだよ。お前がいつも俺にやるみたいに、自分をあのガキんちょと同じラインまで持っていって勝負する。そんで実力を見せつけてドヤる」


「……どうやって?」


「んー、具体的には、リフティングかな? 俺サッカーやってたし。まぁ音楽に目覚めてからは幽霊部員だったけど」


「あっちの方が上手かったら?」


「いいんだよ負けても。勝負に引き込んだ時点でこっちのペースなんだ。負けたら本気で悔しがって『もう一回勝負だ!』って言うんだ。もしくは『お前すごいな! もう一回やって!』って相手を褒めるんだよ。いずれにせよ、同じ目線で真剣に向き合えば相手は絶対心を許しちまうんだ。ウチの親父が得意だった」


「……駄目だな、ボクは」


 そう言ってくるりが、体育座りした自分の膝に頭を埋めてしまう。


「だ、誰だって悪いところくらいあるし、悪いこともするですよ? 自分だって秋色のプリンとかアイスとかしょっちゅう黙って食べちゃうですよ?」


 リライが慌ててくるりを慰める。やはりお前か。いや、まぁ……いいけどさ。


「……惜しかったな」


 俺はくるりの頭上から声を掛けた。


「……何が?」


 くるりは不思議そうにこちらを見上げた。


 そんなに意外か? 俺が『あんな偉そうにしてた癖にガキの相手もまともにできねーのかよ』とか言うとでも思っていたのだろうか。


「実際お前はほぼ主導権を掴みかけていた。予定通りに声を掛けて、接近してたし。相手が予想より無愛想で距離を縮められそうになかったけど、あそこでのボール蹴りが危ないこと、そして何故危ないのかもちゃんと噛み砕いて説明しようとしていたじゃないか」


「そ、そーですよ。ね、リトラ!」


「そうですね」


「ソレでも耳を貸さず、ガキんちょがボールを蹴った時、お前はソレを物理的に止め、『公園中央で二人でならいい、コレなら問題はクリアできる』と譲歩した。そして『二人ならここじゃなくてもボールは帰ってくる』と二人の方が楽しいし、自分は味方だということもアピールしていた。俺がやったとしても、多分同じ流れになったと思うぞ」


「……本当に?」


「ああ。要するに、お前はあのガキがセクハラをするまでは主導権を握ることに成功していたんだよ。正直言って俺はお前を見直したぞ。あそこまでできると思ってなかった。もっともっとポンコツ少女だと思っていたよ」


「……マジ?」


「……マジ」


「……マヂですよ! リライもビックリしたですよ!」


「ソレにしても、生意気なガキだったな。俺が想定してたより、大分難易度高かったな」


「ほ、ホントだよ……もうちょっと心開けっての……こんな美少女に……もう」


 ようやくくるりは少し軽口を叩いた。少し安心したのだろう。


「だけど、おっぱい触られてからのお前は大減点だ! 暴走しやがって。アレで打ちどころが悪かったら死んでてもおかしくなかったんだぞ」


「だ、だって──」


「だっては無しだ。アレが脂ぎった中年オヤジだったら話は別だが、相手は子供だぞ。叱りつけるならともかく、いきなり蹴り飛ばすのはどう考えてもやり過ぎだ」


「でも──」


「でもも無しだ! 勿体無い。アレを上手くあしらって、窘められていれば、完全にお前のペースで進められたのに!」


「触られたの……初めてだったんだもん」


「処女だモンなぁ……だからってあんな子供の悪戯にあそこまで過敏に反応するかぁ? よし、俺が揉んでやるから慣れておこう。揉める程あればの話だが」


「死ね! 変態童貞!」


 くるりが遠慮なく毒を吐く。元気になったみたいだな。


「クルリ。ホントわアキーロもガキんちょに怒ったですよ? 『彼女でもない女のおっぱい触るなんて殺されてもおかしくないんだぞ。鼻血で済んでラッキーだ』って」


 あ、コラ。余計なこと言うなよリライ。


「……何で黙ってたのさ」


「あー……今の時代はアレだ。たとえ自分の子が間違ってても他所の人が叱ることに対して怒る……狂った親とかいるから、あんま大っぴらにしたくなかったんだよ……まぁ、そんなアレな親には見えなかったけど。だからってワケじゃないけど、一応叱っておいたから、忘れろとは言わんが、お前もあのガキんちょを恨まんといてくれ」


「……ん」


「よし。じゃあまとめに入るけど……くるり」


「……何さ」


「今回は失敗だ。お前はやらかしちまった」


「……うん」


「でも負けじゃない。『あそこでこうしてれば上手くいった』とか『ああしてりゃやらかさなかった』とか、失敗から大いに学べよ。格ゲーやってる時にお前が言ったんだぞ。ただ負けて悔しい、じゃ何もしてないのと同じ。勝つ為の努力をしないのに楽しめるワケないじゃん、てな」


「あ……」


「ここでこの失敗から何も学ばず、ただ転んでただ立ち上がり、また同じ失敗を繰り返したその瞬間が、お前が本当に負ける時だ」


「……うん」


「次、頑張れよ」


「うん!」


 くるりは俺の言葉にハッキリと頷いてみせた。もう涙は出ていなかった。


「ソレでも自分が惨めな気持ちになったり、落ち込んだ気分になったら──」


「なったら?」


「──シャワーを浴びてる時に、目の前の壁に手をついて、物語の主人公のように言うんだ。『クソ……っ!!』てな」


「な、何ソレ。バカじゃないの」


「いや一回騙されたと思ってやってみろ! マジで自然と笑えるから!」


「やらない! 絶対やらない!」


 何故か頑なに拒否するくるりだったが、その晩、くるりとリライが風呂に入ってる時、ドアの向こうから大笑いする声が聞こえてきた。


 リライにあの笑い声は何だったのかと聞くも、『ナイショですよ』と満面の笑みで言われてしまった。


 ……どうやら、心配はいらないみたいだ。






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