第三話
リトラから渡された資金を使い、二人の下着に寝巻に歯ブラシと、生活必需品を揃え、奇妙な、そして窮屈な共同生活が始まって三日程の時が流れた。
コレまでで、久遠くるりについて分かったこと。
まず、クソ生意気。
前髪長い。片目が隠れて見えない。キタローヘア。
チビ。
ボーイッシュな格好を好む。
女らしさをあまり前面に出すタイプではないが、テレビや、街中で見かける広告の中のイケメンに興味を示したり、リライがくっつくどさくさに紛れてリトラに肉体的接触を図ろうとしてやめたり、と全く異性に興味がないワケではないらしい。
ようするにアレだ。思春期と反抗期の真っただ中にいるようだ。
何度かそのクソ生意気な物言いを嗜めて、口喧嘩をする内に気づいたことだが、本気でそう思ってるワケでもないくせに、とりあえず不平不満を漏らす。
やたらと理屈っぽい。面倒なスイッチが入ると長ったらしい理屈を延々と喋り続ける。
そのくせ、こっちが煽るとあっという間に感情的になる。
多分本人は冷静沈着な分析家でいたいのだろうが、生まれついての直情派なのだろう。ソレに感情が顔に出やすいし泣き虫だ。本人は泣いていることは頑なに認めないが。
……何か、誰かに似てるんだよな。
身近に、こいつそっくりのヤツがいたと思うのだが、誰なのか思い出せない。
どうやら彼女は、今より幾ばくかの未来からやってきたらしい。
あまり核心に触れる話題はリライとリトラから禁則事項だと止められてしまうが、何度かそう思わせるような発言があった。
リラトラズとテレビドラマを見てて、このキャラいいよな的な会話になった時だ。
「リライこの人好きです」
「はい」
「確かに、口じゃなんだかんだ言って絶対仲間を見捨てないよな」
何てことを言う俺達の後ろで、漫画を読んでいたくるりが、ぼそりと呟いたのだ。
「でもそのキャラ続編で裏切るクソ野郎になった挙げ句に、刺されて死ぬけどね」
「マジでっ!?」
なんて感じだ。一応あとから『嘘かもよ?』とニヤリとされたが。
どうやら現世に留まりながらタイムリープをしている俺と違って、くるりは嘘が吐けるらしい。
俺は自分の意識や記憶を過去の自分に同期させることができる。つまりタイムリープだ。
そこで俺が怪我とかしたら、過去の俺としては迷惑極まりない話だ。まぁアルルの能力で、その時感じる痛みをこっち側の俺のモノとすることもできたが。
でも結局過去の俺の怪我がなかったことになるワケではない。痛みを分けるだけだ。得どころか損しかない。
だがくるりは、元の時代から自分の身体ごと過去に飛ぶことができる。つまりタイムトラベルだ。
ソレってつまり、こちらの時代にいるくるりとバッティングしてしまうんじゃないか? と思ったが──
「ああ、ボク、まだ生まれてないから」
──らしい。
他に特筆する点と言えば……ゲームがめちゃくちゃ上手い。
基本彼女の行動パターンは、俺の部屋で寝るか、本を読むか、ゲームをするかの三つだ。
いや浄化しろや、とツッコミたくなるだろうが、まだ準備が整ってないらしい。
詳細は知らんが、俺としては滞在期間が長引けば、延長料金が貰えるのかしら、などとゲスい考えが一瞬出てきつつも口には出せないもどかしさを感じるが、とにかく、そういうことらしい。
同じ部屋でゲームをやってると嫌でも目に付く。やがて一緒にプレイしようと対戦になる。
なので気がついたのだが、俺より格段にセンスがある。
特に格闘ゲームに於いては、異常な程の腕前だ。
俺もこう見えて格ゲーにはハマったクチだ。と言っても、俺の周囲にはあまり格ゲーが得意な友人がいなかった為、対人戦よりはCPUを相手に覚えたコンボを決めるのが楽しかったくらいのモンだが。
……昔は兄貴とよく対戦をしたな。でもボコボコにされて、いつしか楽しみを見出せなくなった俺は、CPU戦に逃げてしまったが。
そう、くるりはゲームに関して兄貴と考え方が似ている。
どのキャラのどの行動が無敵時間、火力、リーチ、判定、発生が強いか、ガンガン押し付けていけるのかを研究して、あっと言う間に慣れてしまう。
初めてやらせるゲームで対戦しているのに、五戦もすれば指に馴染んでしまうのだ。
「お前すごいな。てかこっちにも楽しませろ! ずるいぞ!」
「そっちがこの行動に対して、どうするのが有効か知ろうとしないからだよ。ただ喰らって負けて悔しい、じゃ何もしてないのと同じ。勝つ為の努力をしないのに楽しめるワケないじゃん」
……どうやら涼しい顔して、かなりの負けず嫌いらしい。こういう生意気な小娘を見ると打ち負かして泣きべそかかせたくなるよね。
こいつのおかげで、俺の携帯のブックマークは格ゲーの対策ページだらけになっちまった。
「だークソ! せっかくの確反の場面でデスコンが決められない!」
何言ってるか分かんないって? 俺は確実に反撃できるチャンスで最大火力コンボを決められないってことだよちくしょう!
「力みすぎだよ。超必出そうとしてジャンプしちゃってるじゃん。気持ちが逸やると何故かレバーは上に行きやすいんだよ」
いつの間にか購入してきやがったアケコンのレバーを、ワイン持ちしながらくるりが呟く。俺は純正コントローラーなんスけど。
「技を分割して考えるから間に合わないんだよ。このキャラの場合↓↘→↓↘だからしゃがみ攻撃から→↓↘を出せばいいんだよ。最後が→じゃなくて↘なのがミソだね」
「……は?」
「だからぁ、しゃがんでる状態から→に持ってくと自然と↘を経由するんだよ」
「ふむ」
「つまりしゃがんでる状態から→↓↘を出せば自然と↓↘→↓↘になるのさ。やってみたら?」
「……ホンマや!!」
「あとねぇ、作品にもよるけど、このキャラの超必↓↙←↙→てなってるけど実は↓←→で出るよ」
「マジかよ……!」
「やってみたら?」
「……ホンマや! ゲ●ザー出るやん! お前すごいな!」
「ふふん、凄いんだボクは。悔い改めると良いよ」
「実は研究熱心なんだな! 偉いぞくるり!」
俺はくるりの頭に乗せた手を、ピザを伸ばすかのように動かす。
「ちょ! あ、頭触んな……か、髪傷むだろ……! もー!」
「ニャー! アキーロ自分もー!」
来るかと思ってたら予想通り、さっきまでリトラとひっついてウトウトしていたリライが飛び込んでくる。
「あぁ暑苦しい。離れい!」
「やー! 自分も偉いぞするです!」
そう言ってリライが、胡座をかいた俺の腿に頭を乗っける。
「リトラも来るですよ! 安心するですよ」
「はい。お邪魔します。秋色兄さん」
そう言ってリトラが逆側の腿に頭を預ける。
「いででで。俺身体硬いんだぞ! 股関節が開かれちゃうぅ!」
「平和な兄妹だねぇ」
「はーやーくーなーでーるーでーすー!」
「はいはい」
リライの催促の声に応じて、俺は両手をチビ共の銀髪にソレゾレ乗せた。
「んー……ぬふふ」
「んん……」
「た、た、た、大変可愛くて結構だけど、そ、そ、そ、ソレじゃゲームできないじゃん!? 練習する? 代わろうか?」
目を閉じて、口許を綻ばせる二人を見て興奮したのか、くるりが鼻息を荒くする。
「いや、三分待って」
「……へ?」
「ぬふふぅ……」
「……ん」
「…………」
「……すぅ」
「……くぅ」
「よし、寝た。続けよう」
「早っ! 何かもう特技じゃん!」
「ソレは俺のか? ソレともこいつらのか?」
「どっちもかな。てか、まだやんの?」
「当然だ。お前の最大のミスは俺に塩を送ってしまったことだ。コレで俺はお前に劣らぬ火力を手に入れた」
俺はギラリと瞳を輝かせ、口角を歪める。
「いやいや、おっさんなんかボクから見れば欠点だらけだから。必要ないタイミングでいらん行動するし、投げ抜けの反応遅いし、送っても送っても塩が余るね」
「ぐぎぎぎ……!」
「あと対空技を持ってる相手にホイホイジャンプしない。転ばせて起き攻めで捲くる時くらいか、ソレか何度か対空迎撃されたらソレを逆手に取って飛び込むと見せかけて垂直飛びで対空の暴発を誘発させたり──」
「うるせー!」
「んー。アキーロ何言ってるか分かるですか? 自分さっぱりですよ?」
「僕もさっぱりです」
起きてたのか起きたのか知らんが、リラトラズが眉間に皺を寄せながらこちらを覗いてくる。
「じゃあ次でラストにしよう。ボクが勝ったら今日はリトラと寝る」
「ダメだ。お前絶対性犯罪を犯すだろ!」
涎を垂らさんばかりのくるりを見て、俺は思わずツッコむ。
「そ、そんなことするワケないだろ! ただひたすらに香りを楽しんだり寝顔を愛でたいだけだよ! あ、でも向こうから甘えてきたら仕方ないよね、うん!」
「うんじゃない。しかもソレだと俺がリライと寝ることになるじゃねーか」
「ふへっ? そーなんですか? ソレぢゃ仕方ねーですね!」
アホ毛をピコピコ動かしながら、リライが瞳を輝かせる。
「別に今までだって何度も寝てるんだろ! ロリコンめ!」
「ぶっ飛ばすぞ。誰が妹に手を出すか。俺はリライにそーゆーことはしねーよ」
「嘘……!? すごくない?」
くるりが驚愕の色を浮かべた瞳でこちらを見ていた。
「……こんなことで尊敬されたくなかった」
「リトラわ誰と寝たいですかー?」
「誰とでも構いません」
「んまっ! 誰でもいいなんて近頃の子は!」
くるりが何やら興奮している。こいつの興奮ポイントは謎だ。
「こいつもお前も近頃の子じゃねーけどな」
「何であんたそんな冷静なんだよ。こんな美形で可愛い子と寝れるチャンスなんだよ!?」
「誤解を招く発言はやめろ! 俺はロリでもショタでもホモでもない!」
「ホモって言うな! ボーイズ! ラブ! あ、でもおっさんはボーイズではないので該当しません!」
「何一人で昂ってんだ。そろそろ始めるぞ。ご飯の支度しなきゃ──」
そこまで言いかけて俺はもう一度くるりの方を見た。
「……何?」
「──なぁ、どうしてお前、コレまでの人生を捨てることにしたんだ?」
「またその話? 前にも言ったじゃないか。もう選んじゃったんだからこの話に意味はないよ」
「だってさ、ゲームとかBLとか、そういう娯楽に楽しみを見出だせるんなら、早計だったんじゃないかな、と」
「娯楽はあくまで娯楽。人生に於けるおまけでしかないよ」
「未練、ないの? アレしたかった、とかコレ欲しかった、とか」
「過去への未練より、未来への希望の方が強かったんだ」
「親とか、友達とかと離れるの……辛くなかったか? 忘れられるの……寂しくなかったか?」
俺は、自分が死ぬと分かったら、メチャメチャ怖かった。
親友との繋がりも再確認できたし、最愛の人も救えた。もう思い残すことはないと思っていても、ソレでも震えが止まらなかった。
「全然。もう即決だったよ。すぐに次の人生に思いを馳せることができた」
「……そうなのか」
「いえ」
「……え」
俺が声のした方を見ると、リトラが俺の膝を枕にしながら碧い瞳を向けてきていた。
「即決には程遠かったかと。『ママになんて言おう』とか『まだイケメンに壁ドンされてない』とか『処女のままで死にたくない!』とか、散々待たされました」
「…………」
「…………」
「同期するために粘膜を重ねる時も、体勢や台詞の指定が多過ぎて苦労しました。壁に押し付けて股の間に脚を入れて『駄目です。今は僕だけを見て下さいね』とか両手首を掴んで『そんな生意気な口が利けなくなるくらい……メチャメチャにしてあげます』とか──」
「オーケー、リトラ。ブレーキ」
さすがに惨すぎる。俺はリトラの冒頭陳述を止めた。
「──はい」
特に気に障った様子もなく、リトラはいつもの無表情だ。頭を撫でてやると、少しだけ眠たそうな顔になった。
「…………」
俺は顔を真っ赤にしながら、滝のような汗をかいているくるりを見る。
「……お前さ」
「うるさいうるさい! 何も言うな!」
俺が半目になって口を開くと、くるりが頭を抱えてヒスり出した。
「もう捨てた人生のことで、嘘吐いたり取り繕うのは……」
「うっさいってば! 貧乳だって処女だって稀少価値だ! ボクは清いまま死にたかったんだ! 実はコレサラシ巻いてるんだからな! 外すと爆乳なんだからな! 何見てるんだよ! いっそ殺せよもぉぉぉぉ!」
昔話に出てくる大ホラ吹きレベルの嘘を吐き始めたくるりをどうすんべかと俺が見ていると──
「秋色と同じですねー。『ドーテーのまま死にたくない!』」
──リライが全く悪気のない碧眼をこちらに向けてコロコロとリラックスした声でそう言った。
「…………」
「…………」
……ふむ。
「……あんたさ」
「うるさい! 仕方ないじゃないか! 処女はステータスでも童貞は恥以外のナニモノでもないだろう!」
今度は俺が頭を抱える番だった。
「アレだけ偉そうなこと言っておいて……」
「うるさいうるさい! やろうと思えばやれるさ! でも俺が本気出したら目が合っただけで相手がイってしまうから、脱水症状起こされたら大変だろ!」
「うっわキモいなぁもぉぉ! そんな女は薄い本の中にしかいない!」
「リライ……リトラも余計なこと言いやがって!」
「ニャー!」
「んん……!」
俺は両膝に乗っかった二人の頬を引っ張った。
……なーんて、本当は俺はリライがああ言い出すのを予想していた。
空気が悪くなったのでソレを改善するきっかけになればと、予想していた上で止めようとしなかったのだ。
「じゃあ生まれ変わったらメチャ萌え美少女になってモテモテ人生目指すのか」
おかげで少しはマシになった空気が変わらない内に俺は次の話題を出すことにした。
「いや、アホみたいに裕福でバカみたいに高身長、高学歴な坊っちゃんイケメンになってアホ女共をバシバシ孕ませたいね」
くるりが乗ってきた。いやコレ続けさせていい会話か分からんが。
「孕ませ……で、堕ろせって言うの? ソレは最低だ」
「まさか。重婚エンドに決まってんじゃん。毎日酒池肉林して『俺様の美技に酔いな』して暮らすよ。魔族や天使に転生するのもいいなぁ」
「女共に刺されて何回か繰り返せばイケるかもな。やっぱ俺だったら超エロ萌え可愛いロリ美少女に生まれ変わりたいけどな」
「女の人生って男が思ってるほどチョロくないよ」
「そう? もし自分がうまくいかなくても成功者に嫁ぐという一発逆転ルートがあるだけいいと思うが。しかもソレに必要なのは知性などではなくエロパラメータや家事スキルだけってのも魅力的だ」
「ないない。夢見過ぎ。女は大変だよ。ストレス溜まるし、自分を解放できないし、月に一度具合が悪くなることが確定してんだよ? 最悪だよ」
「そうか。じゃあやっぱり男がいい」
「じゃあって……」
「男で、大好きな人達を愛して、守りたい」
そう言って俺はリライとリトラの頭を撫でた。
「ぬふふ……アキーロ、ソレわ男に限った話ぢゃねーですよぉ? リライだってアキーロ守りてーです」
「そか、そうだな」
「ん……」
「要するに……今のままがいいってこと?」
「ん? んー……欲を言うならもう少し身長と金が欲しい。あとやっぱり目が合うだけでスプラッシュ……」
「ソレはもういいから。ホラ、この話もうおしまい! 続き! ボクが勝ったらリトラと寝る! 俺様の美技に酔わせて『なるほど、Rainy dayじゃねーの』って言ってやる」
「そうはいかんな。何も知らない無垢な少年を穢されてたまるか。リトラの貞操は俺が守る」
「あ、ぢゃあ間を取って自分がリトラと寝るのわどーですか?」
「ソレだと俺とこいつが一緒に寝ることになっちゃうだろ!」
「はぁ!? か、考えただけでも気持ち悪い! やめてくれる!?」
「俺に言うな。リライが言ってんだ」
「リライ。その案は却下だね。ボクを加齢臭で窒息死させる気かい?」
「むー、自分もリトラと寝たいですよー」
「いや、お昼寝の時、お前らずっとくっついてたじゃねーか。ソレを見てくるりはずっとニヤニヤそわそわしてたぞ」
「に、ニヤニヤそわそわなんてしてない! ただ、どうにかしてあの美しい寝顔を写真に残せないか、あわよくば混ざれないか考えてただけで!」
「ソレをニヤニヤそわそわと言うんだが。ちなみに俺は三晩リトラと同衾に至っているがな」
「ず、ずるいよ! こんな無垢な子をおっさんの加齢臭で汚すなんて許されない! 秋×リト反対……!」
「仕方ねーだろ。寝てるとこいつの方からくっついてくるんだから」
「安心するですよ。ねーリトラ」
「……安心します」
「ぐぎぎぎ……まさかのリト×秋ぃぃ……!」
嫉妬に歯軋りするくるり。コントローラー壊すなよ……!? しかし効果覿面のようだ。コレなら勝てるかもしれん。
「今日も一緒に風呂入ろうな、リトラ」
「はい……お背中流します」
「ず、ずるいよおっさん!」
「ズリーですよリトラ!」
アレ? リライが寝返った!?
なんてチマチマと精神攻撃を重ねたにもかかわらず、俺はくるりに完敗を喫した。
ちなみに風呂やら寝る配置については、リトラの『家主であり、指導者である秋色兄さんに従うべきです』との一言で解決した。
あの時のくるりの恨めしそうな視線は正直ちょっと怖かった。