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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ4(上)
127/161

第二話




「ふう……」


 日中に比べて、まだ涼しい気温の午前六時前。


 夜勤明けの俺は、疲れた身体を引きずるように帰宅し、ポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し、回す。


「……ただいま」


 小さな声でそう呟き、開けたドアを後ろ手に閉め、鍵を掛ける。


 部屋へと歩を進めた俺は、少々驚いた。


 寝ているモノだと思っていたリライが、パジャマ姿で抱き枕を抱えたまま、俺のベッドに座っていたからだ。


「おかえりなさいですよ……アキーロ」


 とろんとした目のリライが、いつも以上に甘ったるい声で俺のただいまに応えた。口許が嬉しそうに緩む。


「起きて……待ってたのか?」


 部屋着へと着替えながら俺は質問する。あまりこの緩んだ顔を見られるのも気恥ずかしい。


「寝たり起きたりで待ってたですよ……くぁ……」


「寝ててよかったのに……俺ももう眠いぞ」


 リライの前に胡坐を掻きながら、俺も釣られたとばかりにあくびをする。


「あ。アキーロアキーロ。ぢゃあ寝る前にここに寝っ転がるですよ」


 抱き枕を放り出し、正座したリライが自分の膝をぺちぺちと叩く。


「んあ?」


「目ん玉マッサージしてあげるです」


「恐ろしい響きだな……ソレはもしかしてアイマッサージのことかぐえっ」


 俺がそう言う間に、リライは俺の頭を引っ掴んで自分の太腿へと着地させてしまう。


「ソレですよ。メガネも外すです」


 何だかノリノリで俺の伊達眼鏡を外したリライは、置き場所に悩んだのか自分に掛ける。


「……掛けながら徹夜してたからヌルヌルすっぞ」


「ヌルヌルすっですよ」


「じゃあ外せよ。気持ち悪いだろ」


「へーきです。このヌルヌルわアキーロがリライの為に寝ないで働いたからですよ」


「…………」


 ……何も考えてないのかと思うとたまーに嬉しいことを言ってくれるんだよな。


「アキーロ、目の下、隈すごいです」


 リライが、俺の目の下を優しく指でなぞる。


「コレは……いつの間にか濃くなってたんだよ。多分もう取れない」


 優乃先輩を失って、色々なことに失望して、夢に破れて……気がついたらこんな目になっていたんだ。


 リトライの結果、彼女を救うことができて、しばらくは消えていたのに、いつの間にか元通りになっていた。


 まぁ以前の俺はソレに加え、濁ったような死んだ目をしていたのだが。そっちだけでも消えてくれて助かった。


「大丈夫ですよぉ。リライがキレーにしてあげるです。メガシラからメヂリに向けてギュッ、ギュッ、てするといーみてーですよ?」


 何だか楽しそうな声でリライが言う。冷たい指先が疲れた目に心地よかった。


「へぇ、どこで覚えたんだそんなの?」


「テレビです。アキーロわただでさえ野菜食わねーですから、血液がドロドロなんですよ。でもこのリライ先生のスペシャルマッサーヂでケッコーがソクシンされるからもー大丈夫です」


「ふふふ、そっかぁ」


「そーですよぉ。よいしょ……よいしょ」


「…………」


 何だか頼もしく思えた。ソレは今まであった辛いことや悲しいことを、全部自分が拭ってみせようと言ってくれているかのようで、俺はもしかしたら本当にリライならこの隈を取ってしまえるんじゃないかと、知らぬ間に期待している自分に気づいて少し驚いていた。


「いーてててて……もうちょっと優しく」


「はいですよー。ギュッ……ギューッ……♪ どーですかアキーロー? 気持ちいーですかー?」


「うぅむ、なかなか悪くないぞ」


「ぬふふ、もっとやったげるです」


「あぁ。てか……俺、寝ちゃいそうかも」


「いーですよ? 寝ちゃったらリライがいーこいーこしてあげるです。お昼まで寝て、起きたらお昼ご飯一緒に食べるですよ」


 こいつに、こんな慈愛に溢れた母性的な一面があるとは驚きだ。俺がめちゃめちゃ疲れてるからかな?


 あぁ……いや、そうだった。初めてのリトライで優乃先輩を救うことかできて俺が泣き崩れた時も、自分には夢を追い掛ける資格がないと悔し涙をこぼした時も、こいつは俺の気持ちを優しく受け止めてくれたし、一緒に泣いてくれた。


 そうなんだ。こいつは……時折並外れた慈しみを見せることがある。俺はこの優しさにコレでもかってくらいに救われていて、この無邪気さを守らなきゃ、って頑張れるんだ。


「いや……お前の……朝飯……作ってから寝なきゃ……」


「大丈夫です。リライ自分でできるです。安心して寝ていーですよ?」


「……火と包丁は……使うなよ」


「ぬふふ、了解です。おやすみなさい、アキーロ」


 後半の声はもう遠くなっていた。俺はおやすみも言えず、あまりの心地よさに抗えず意識を手放し──


「あの」


「──!?」


 俺は予想外の声に目を見開く。


「あ」


 瞬間、リライの指が目ん玉に突き刺さる。


「ぎゃーっ!」


「だ、大丈夫ですかアキーロ?」


「な、な、一体何が!? って言うか一体誰が!?」


 俺は激痛に涙目になりながらも視線を巡らせた。


「どうも、お邪魔しています」


「……!?」


 視界の端。普段リライが寝床にしているロフトから子供が二人、顔を覗かせていた。


「え、え!? な、な……? 誰?」


「あ、そーでした。アキーロ、お客さんです。アキーロと、自分に」


 リライがあっけらかんとした声で言う。


「えー……と、早朝に押し掛けてアレだと思ったんだけど、姉さんが大丈夫です、自分が紹介するです、って言うから、お邪魔してました」


 そう声が聞こえたと思うと、ロフトの梯子を降りてくる二つの人影。


「……は?」


 ……どういうことだ?


 ……つまり、俺のいない間に来客があって。


 ……リライが不用心にもそいつらを家に招き入れたってことか!?


「リライ!!」


「にゃー! ちげーですよ! 忘れてたのわアレでしたけど! アキーロが心配するよーなアレぢゃねーですよ!」


「何がだ! 捨て猫を勝手に家に入れるのとはワケが違うんだぞ!」


「ちげーですよ! よく見てください!」


「あぁん……?」


 リライのほっぺたを抓りながら、言われた通り降りてきた二人の子供に目を向ける。


「お邪魔してしまってすみません。リライ姉さんが混乱しているみたいなので、僕から説明します」


「リライ……姉さん?」


「はい。秋色兄さん」


「…………」


「…………」


 ……なるほど。そういうことか。


 その少年は俺の良く知る顔をしていた。銀髪に碧眼。もっと言っちゃえば、今俺にほっぺを抓られて涙目になってるアホ娘と同じ顔だ。


「君は……リライと同じ、死後の世界からの執行者、てことかな?」


「その通りです。兄さん」


 無表情のままその少年が頷く。声もまだ幼いこの子供が、何故少年なのだと分かったのかと言うとだ。どちらかと言えばリライというより、俺の出会ったことのある監視者の双子の弟。エルク・マテリアルをそのまま小さくしたような顔をしていたからだ。 


「なるほど。リライが君を害のない存在だと、家に招き入れた理由は分かった」


「はい」


「だからそーせつめーしよーとしたですよー」


 リライが自分のほっぺをぐにぐにとさすりながら言う。忘れてただろうがお前。


「じゃあ次の質問。君は……君達は何の用で俺のところに?」


「はい。順番に説明します」


「頼む」


 俺の返事に彼は頷くと、こちらの目を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。


「秋色兄さんは、今や死後の世界ではちょっとした有名人です。現世に留まりながらにして難しい浄化案件をいくつもこなしている失敗知らずの天才だと」


「……マジか」


「マジです。わざわざハードル上げて楽しんでるドM縛りプレイヤーとも言われてますが」


「…………」


 こう、相手を褒めるんなら余計なことを言わない方がいいんじゃないの、と思ったが、同時に俺は懐かしいとも思っていた。初めて会った時のリライがこんな感じだったな。機械的にテキストを読み上げる、って感じの。


「そこであなたから浄化成功の極意を教わると同時に、新人の教育を行ってもらおうかと思いまして」


「……浄化の極意ぃ?」


「はい。リライ姉さんに聞いてもレポートを提出してもらっても『自分がいたからですね!』とか『愛と勇気と希望だけが友達ですよ!』とかしか返ってこないので……」


「…………」


「ぢ、自分……思ったこと言っただけですよ?」


「……はぁ」


 目を逸らしながら唇を尖らせるリライを見て、俺は溜息を吐いてしまう。


「……て、新人の教育?」


「はい。ここまで連続で浄化を成功させ、さらにそこで新人の教育も経験してもらえば、リライ姉さんの権限もソレなりのモノになりますし、今後現世にいながらにして条件を優遇させる交渉材料になる、と、上司が」


「……上司」


「ググリ先生ですよ」


「……あのアマ、先に知らせとけよ」


「『あのアマとは何やねん!』と言ってます」


「『この娘に知らせたけど、この娘があんたに伝えなかったんや!』って言ってるですよ!」


「……ほう」


「あ……にゃ~!!」


「んでその新人ってのが君で、そちらの彼が……?」


 俺はリライのほっぺを抓りながら、もう一人の少年へと視線をやる。


 ……身長はそんなに高くない。中学生くらいだろうか? 新人執行者の彼と同じで、飾り気のないスーツを着ている。あ、コレはリライもそうだったな。


「…………」


 目付き悪いな。しかも片目が前髪で隠れている。ヤンキーのショタッ子て感じ。その目もどこか虚ろで、目の下には隈がある。ようするに俺にそっくりだ。


 何か……同族嫌悪じゃないけどさ、複雑な気分になる。確か浄化前の引き籠りバージョンのまひるもこんな感じだった。


「はい、正確には──」


「誰が彼だよ。見て分かんないのかよ。ボクは女だよ。おっさん」


「…………」


「…………」


「正確には──彼女、です」


「誰がおっさんじゃああ! まだお兄さんで通じる歳だぞ俺は! トゥエンティーファイブ!」


 新人君の声を聞き流し、俺はその生意気なクソガキに向けて叫んだ。


「ボクから見れば充分おっさんだよ。妹といちゃいちゃしちゃって気持ち悪い」


「そういうお前はいくつだ!」


「レディーに歳を聞くとはね。十五だよ。もうすぐ十六……あ、いや。もうすぐは……ないんだった」


「……は?」


 俺が呆けていると、リライ弟が口を挟む。


「彼女は、償いをして次の人生を始めることを受け入れたんです」


「…………」


 ……そうか。そういうシステムだったな。


「……勿体無い。十六なんて女子高生じゃん。コレからチヤホヤされる人生の絶頂期がくるところだったのに……女子高生ってブランドなんだぞ? 制服にミニスカなだけで七の娘が十になるんだぞ」


「おじさん気持ち悪い」


「おじさんゆーな。せめて秋色さんって呼べ!」


「呼び方なんてどうだっていいじゃないか。海外では上司と部下だってファーストネームで呼び合うのに。本当この国の老害は、小さくて下らない封建的なことばっかり……」


「お前、海外で暮らしたことあんの?」


 やれやれ、と生意気なポーズで首を振るがきんちょに俺はそう質問した。


「……ないけど」


「…………」


 ……ねーのかよ。


「てか、まず名前を名乗っていただけません? 最近の若いモンはそんなこともできないの?」


「うわー出た。自分はもう知られてるから名乗らないでいいだろうって考えた上で相手が名乗らないことにはしっかりと文句付けるおっさん!」


「戸山秋色だ! 二十五歳! 童貞! よろしく!」


 俺はブチギレた。キレたせいで余計なことまで言ってしまった。


「うっわマジありえない! 聞いてもいないのにセクハラだよ!」


「そいつは失礼! 手本を見せなきゃ挨拶もできないだろうと思ってね! さあ君の名前は!?」


「彼女の名前はく──」


久遠(くおん)くるり! 十五歳! 処女! よろしく!」 


「うっわないわー! 自分から処女とか! 引くわー!」


「あんたが言ってきたんだろ! ボクはあんたのレベルに合わせてあげたんだよ!」


「お前が挨拶しないからだ!」


「自分は戸山リライ十八歳ですよ! しょ──」


『言わなくていい!!』


 慌てて俺達はリライの自己紹介を阻む。しまった。こいつの前で変なこと言うんじゃなかった。


「……むー」


 仲間ハズレが嫌だったのか、むくれるリライ。


「あんたね……妹の前でそんなこと言っちゃダメだろ」


「……そうだな。その点に関しては悪かった。落ち着こう……で」


「?」


「彼には……名前ないのか?」


「僕……ですか?」


「そうだよ。何とか・マテリアルとか名乗ってくれるかと思ってたんだけど」


「名前は……ないです。彼女……くるりさんが」


「だからボクがつけてあげるって! ルシフェリューゼ・アドレアン・伊集院・ド・パンデモニウム!」


「と言うのですが……覚えられません」


「うわひっでぇ名前!」


「何だよ! じゃあ伊集院はやめて綾小路にすればいいんだろ!」


「そういう問題じゃない! てかその名前はどこから?」


「だってホラ……せっかくあんな美少年なんだから……お金持ちっぽくて貴族や悪魔の血を引いてて世間知らずな感じの名前をつけてもいいじゃないか」


「乙女ゲーか。ソレか重度の中二病だな」


「ぐっ……じゃあおっさんならなんてつけるんだよ!」


「アキーロにつけてもらうといーですよ。自分のリライって名前もアキーロがくれたですよ」


「いい名前ですね。姉さん」


「そーですよー。気に入ってるですー。あんたもいー名前をつけてもらえるですー」


「はい」


 ……リライ。プレッシャーを掛けるな。でも気に入ってくれてたんだな。


「……ううん」


 ……どうしよっかな。リライの時だってこいつは俺に上書きの機会をくれるからってリライトから取ったんだし。


「……あ」


 一つ思い付いた。というか思い出した。リライにそう名付けた時、男の子だったら、と思い浮かべた名前の一つ。


「……思いついたですか?」


「……気に入らなかったら、また考えるけど。思いついた」


「はい」


「リトラ……。でどうだろう」


「リトラ……僕の名前」


「いーじゃねーですか! リトラ!」


「どうかな? 気に入らない?」


「いえ、嬉しいです」


 彼は表情一つ変えずにそう言った。でも心なしか嬉しそうに見える。多分。


「と、ゆーワケで今日からお前は戸山・リトラ・マテリアルだ」


「マテリアルの名前までもらっていいのでしょうか?」


「え? マテリアルって偉いの?」


 確かにあの双子は、リライ達執行者を監視する立場だったし、階級が違うかのように偉そうに振る舞っていたな。


「一応……一人前の証、みてーな風潮わあるですよ。自分わキョーミねーですけど」


 リライが複雑な表情でそう言う。お前最初アルルのこと敵対視してたモンなぁ。もしかして、自分が名無しだったことへのコンプレックスもあったのかもしれない。


「そうなんだ……いいんじゃない? こう付けておけばあの戸山の名前の上、さらにマテリアルシリーズでもあるんだ、っていじめられないんじゃん?」


「……はい」


「俺有名人なんだろ? だったらソレくらいのワガママはさせてもらおう」


「ありがとうございます。兄さん。嬉しいです」


 嬉しいと言う割には全く笑ってないが、嬉しいのだろう。平時よりは若干声が弾んでいる……気がする。


「リライもうれしーですよぉ。よろしくですリトラー」


「んん……姉さん」


 何だか嬉しそうに兄弟で抱き合ってる。あ、コレってリライに弟か妹がいればって、考えてた俺の理想通りの展開じゃないか。


「リライ、お前もマテリアルつけとく?」


「キョーミねーです。戸山だけでいーです」


「そか」


 何だか頬が緩みそうになるのを律して、俺はくるりへと向き直り。


「……ふ」


 ドヤァァアアア……!! と顔を歪ませてやった。


「くっ……! くうぅ……!」


 苦虫を噛み潰すような顔ってのはこんなのをいうのだろう。何て清々しい気分なんだ。


「で、くるりとリトラが頑張って罪人を浄化するのを、俺は見守っていればいいワケだ」


「はい。色々ご指導していただければと」


「いーですか? アキーロ?」


「うん、いいよ。名前まで与えといて、今から放り出すのもね」


「やったですよリトラー!」


「やりました姉さん」


 またも抱き合う二人。てか抱き着くリライ。


 ……べ、別に寂しい気分になんてなってないんだからね!


「でもなぁ……俺浄化を行う本人にはまだな~んにもお願いされてないんですけど?」


 俺は意地悪な笑みを浮かべながら、くるりの方を見る。


「な、何だよ……もうあの子、リトラが言っただろ?」


「へー、お前の浄化なのに? お前はあんな小さな子に言わせて、自分はムスっとしたままで済ませるつもりなんだ? お前の方がお姉ちゃんなのに?」


「別にお姉ちゃんとか関係ないだろ……? あの子達年齢とか関係ないんだから」


「年齢の問題じゃない。人生の経験年数の問題だ。お前のその十五年生きてきた経験があるのに、ソレで済ませようって根性はNGだ。俺はそういうとこビシバシ指摘していくかんな」


「むうぅ……」


「悔しかったらお得意の理屈でも捏ね回してみろよ……おおん!?」


 すっかり調子に乗った俺はくるりの頭に乗せた手をグリングリン動かした。ソレに合わせてくるりの首がおきあがりこぼしのように回る。


「よろし……し……す」


「聞こえねぇぞ、おういぇいいぇい! なっはぁんん!??」


「よろしくお願いします!」


「よーし! 俺は寝る! お昼頃に起きるからまた来て!」


 すっかりいい気分になった俺はそのままベッドに向かう。今ならさぞ心地よい眠りにつけるだろう。


「え?」


「あ、秋色兄さん」


「ん?」


「僕達。他に行く所がありません。ここに置いてくれませんか」


「え、えぇ? だって、そのスーツを用意してくれた人とか、協力者がいるんじゃないの?」


「いえ、確かにこちらの世界で使えるお金を出資してくれる方はいるようですが、実際に手を貸してくれる協力者はいません。スーツも、こちらに来た時にいた場所に置いてあるのを持って行くように言われてただけです」


「んー、でもこのワンルームに四人て、キツくない?」


「リライわへーきですよ!」


「まぁ……嫌で嫌で仕方ないけど……病原菌とかいないんなら」


 涙目になりながらも、精一杯くるりが憎まれ口を叩く。


「言いにくいんだけど……ウチはただでさえ俺より食う妹がいまして。コレが三人になったらとても食費が足りないし。その食費を稼ぐとなると仕事を増やさないといけないし……君達の浄化を監督してるヒマがあるかどうか……」

 

 残念ながら『家族が増えるよ』『やったねリラちゃん』『おいやめろ』とは行かないかな、と俺が口にしようとしたその時。


「あ。そう言えば渡すのを忘れていました。コレをソレらに当てて下さいとのことです」


 そう言ってリトラが差し出してきたのは……マジか。


 俺が毎日必死こいて稼いでる諭吉が百人。つまり、札束だった。


「いくらでもいなさい! 戸山家へようこそっ!」


 俺は感極まった声を上げて二人を抱き締めた。


「よろしくお願いします」


「は、離せ! おっさん臭いんだよ!」


「にゃー! リライもー!」


 三者三様の騒ぎ方だったが、既にアレ買おうコレ買おうと物欲に精神を支配されていた俺の耳にはそんな言葉は届いていないのだった。





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