プロローグ
『神』というのは、何だと思う?
信仰である、と答える者がたくさんいるだろう。断食したり祈ったり、今自分がここにこうしていられるのは神のおかげだと、心から信じている者達だ。
奇跡である、と答える者は何人いるだろう? コレは信仰が膨大に増殖した際になりえる。今ここでこうさせてもらっているのだけでは足りず、何らかの奇跡を授からんと願う者達だ。少し欲張りなんじゃないかと思わないでもない。
でも、コレらは神の存在を信じていなきゃ、できないことだよな。
神を信じないなんていう人達も、たくさんいるだろう。
本当にそうなのだとしたら、とても強い心を持っていると思う。
どんなに辛いことがあってもソレにすがらず、どんなに嬉しいことがあっても、ソレは自分の研鑽があったればこその幸運なのだと、自信を持って言えるのだから。
独断と偏見に満ちた意見ですまないが、コレ以上にないというくらい乱暴な言い方をすれば、僥倖に恵まれた際にだけ意識される感謝の対象であり、凶事に見舞われた際にだけ責められる捌け口。
ソレが俺の考える神である。反対意見は──すまないが、今は聞いている余裕がない。
神を信じますか──という言葉があるよな。
コレは神の存在を信じているか、ということなのだろうか?
ソレとも、神を信頼しているか、ということなのだろうか?
実は、俺こと戸山秋色は──神の存在を信じている。
一度最愛の人を救うことができた時に、神様っているんだな、とぼんやり思ったモノだ。
では神を信頼しているかと言われれば、答えはノーだ。
存在は信じてる。でもとても信頼なんてできたモンじゃない。
だから俺は、神を信じてるかと聞かれたらこう答えるんだ。
いると思うよ。人がもがいてるのを見て楽しむクソ野郎だろうけどな……!
そうとでも思わなきゃ、やってられないんだよ……!
コレは俺の失敗談だ。いや、そんな生易しいモンじゃない。
悪夢だ。
受け入れたら、精神がぶっ壊れてしまう程の悪夢だ。
何が罪魂の救済者だ……何がヒロイックエゴイストだ……!
ふざけるな……! ふざけるな……!
「ふざけるなぁぁっ!!」
叫びながら俺は、目の前の少女に詰め寄る。
いや、襲い掛かるといった方が、正しいのかもしれない。
襲い掛かり、そのまま少女を壁に叩きつける。
銀髪が揺れる。
俺はそのまま怒りに任せて、彼女の細い首を掴む。
ちりん、と首輪に付いた鈴が音を立てる。
俺は呪いの言葉を吐きながら、その鈴を壊さんばかりに力を込める。
「……っ」
苦しいのだろうか。碧い眼が見開かれて俺を見つめる。
俺は力任せに少女の頭を壁に叩きつける。
「…………」
少女の身体から力が抜け、糸の切れた操り人形のように彼女が崩れ落ちるのに気付き、手を離す。
「……!」
床に突っ伏したまま動かないその少女──戸山リライを見て、俺は自分のしたことを理解する。
俺の妹。俺の大切な家族。俺に生きる実感を、目的を、生き甲斐を与えてくれた天使。命より大切に思っている俺の全て。
「──っ!」
そんな大切な妹に、俺は何をした?
「ううぅぅああああぁぁぁぁぁ──っっ!!」
俺は絶叫した。天を仰ぎ、絶叫した。
頭を抱え、自らの顔に爪を立て、血を流しながら絶叫した。
血が目に入った。端から見れば俺は血の涙を流しているように見えるのだろう。
夢だ……こんなの、夢だ、夢であってくれ……頼むから。
意識が薄れていくのが分かる。記憶が薄れていくのが分かる。
夢であってくれと願ったが、コレは夢が覚める前の兆しなどでは決してないことが分かっていた。
「やめろ。やめてくれ……頼むから……! お願いだから……!」
このまま意識を失ったら、俺は目覚めた時には全てを忘れているだろう。
嫌だ……! そんなのは嫌だ……!
「俺が死ぬから……! 俺の命と引き換えでいいから……!」
神でも天使でも何でもいい……! 悪魔でもいい……!
「あいつを……! リライを返してくれぇっ!!」
自分の愚かしさが恨めしい。
上手くいったんだと思っていた。
コレでいいんだと思っていた。
俺が間抜けだったせいで。
俺が止めなかったせいで。
俺が気付かなかったせいで。
俺のせいで……!
俺のせいで──リライが死んだ。
俺が──リライを殺した。