如月京一郎は変態である⑫
「ごめん……待った?」
「んーん。全然。ごめんね、寒いのに」
なんて会話が聞こえてくる。
「よしよし、感度良好だ」
茂みから目を覗かせ、俺は呟いた。
「俺達あんなに頑張ったんだし、コレくらい、いいよな?」
「問題ねーだろ。一緒にテストという難関を乗り越えた仲間だぜ」
『お前は赤点ギリギリだったろうが!』
俺と宗二が両脇から賢の頭を叩く。宗二、お前も人の事言えんだろ、と言いたいが、コレ以上騒ぐとケーツーに気取られかねん。
「ねぇ……何であたしまで隠れてるの?」
気まずそうな声がする方に視線をやると、戸惑い気味に銀髪が揺れている。
ここ中庭に先客がいた為、一緒に茂みに引っ込んでもらったのだ。
「正直すまん。だがアレは今回さまざまなリスクを背負った俺達が、最も見たかった舞台となるかもしれんのだ。付き合ってくれ」
「んん……」
渋々、といった声が返ってくる。
よし、コレで集中できる。
「……あたしね。初めて、怒ったんだ」
「?」
「先生達が京ちゃんの票を握り潰したことで、『こんな一方的な弾圧がまかり通る学校の生徒会長なんて願い下げです!』って……初めて怒って行動したし、ヤケクソになっちゃった」
「……そっか。光ちゃん、怒ってくれたんだ」
「うん。そうしたら長谷川くんが、『ソレなら僕が辞退する。望まれてもいない席に居座れる程自分は図々しい人間ではない!』って」
「あぁ……プライドを傷つけてしまったか。悪いことしちゃったな」
「人に迷惑をかけないのって難しい……ね」
「ふふ……そうだね」
「何だか……ケーツーが、凄い大人の男に見えるの俺だけ?」
「いや、俺もそう思う」
「俺も」
「…………」
何ていうか、お似合いというか、やっぱりお互い言葉に出さなくても、気持ちが通じ合ってる二人に見えるんだよな。
でも、言葉に出さなくてもいい時期は終わったんだ。コレからの行動と言葉で、二人のコレからが決まる。
「ソレで『君達にいなくなられたら成り立たなくなる』って先生方が謝ってきたの。あたし『謝る相手が違いませんか』って言おうかと思ったけど──」
「いやぁ、僕は謝ってもらわなくとも平気だなぁ」
「──だよね。だから黙ってた」
「うん。嬉しくないし。今、光ちゃんが僕の為に怒ってくれたって聞いただけで、胸がいっぱいなんだ。光ちゃんだけじゃなく、アッキーも、ソージーも、サッシーも、みんな僕の為に動いてくれた。ソレだけでもう……涙が出そうなくらいに嬉しいんだ」
……ケーツー。
「うぅ……」
「泣くな、バレる……!」
「分がっでる……!!」
「……な、何なの」
ええい、寒いからか鼻水が出てきた。ブレザーは構造上前が寒いから困る。学ランの時は大丈夫だったのに。
って、そんなことはどうでもいい。二人の会話に集中するんだ。
「選挙……終わっちゃったね」
「……そうだね」
「でもあたし……すごく嬉しかった」
「……そう」
「京ちゃんが、あんなにハッキリとあたしの為に表立って行動してくれたの、初めてだったから……本当に嬉しかった。夢みたいだった」
「……夢」
「うん……夢。でも、終わっちゃった。夢、覚めちゃった」
「そうだね。今までの僕達はまるで夢みたいな……現実味や、掴み所のない、そんな関係だった。家族……兄妹みたいに思うこともあったし、自惚れた話、恋人みたいに思うこともあったよ」
「うん……あたしも」
「でも……夢はいつか覚める。兄妹ごっこであり、恋人ごっこだったんだ」
「うん……ソレも……もう終わりかな?」
「そうだね──」
「…………」
ケーツーの答えを聞いた兎川さんが、眉間にぐっと皺を寄せる。
その辛そうな表情目掛けて、ケーツーが歩み寄って行く。
「──『ごっこ』はもう終わりにしよう」
「え……?」
歩み寄って、近くで聞こえたその声に顔を上げる兎川さんに、涙を浮かべていた彼女に──、ケーツーはキスをした。
『えぇぇぇ~~!?』
「……!」
俺達は三人揃って、大口開けてアホ面を晒すことになった。
反対側からも息を呑む音がする。見れば隣で揺れている銀髪の奥に覗く白い肌は真っ赤になっていた。
「…………」
「…………」
「光ちゃん。僕は君が大好きです。恋人になって下さい」
か、か、か、カッコいい……! 誰アレ? もしかして俺の知っている如月京一郎、その人!?
「ちょ、超超超、超カッケー」
『超超超超超カッケー』
「超超超……」
「ちょっと、うるさい……! 聞こえないでしょう……!」
熱に浮かされたように小声で合いの手を決める俺達を遮る声。さっきまで迷惑そうだったのに打って変わって真剣な声だ。いつの間にかノメり込んでるようだな。
そうだ。ワンシーンも見逃すな。目を離すな!
と、俺が改めて二人に視線を戻した瞬間──。
──兎川さんがケーツーに強烈なビンタをした。
『えぇぇぇ~~!?』
今度は四人だ。俺達は四人揃って口を大解放した。
「さんざん何考えてるか、表に出さないで! さんざん人のこと振り回しておいて、勝手すぎない!?」
「ご、ごめんなさい!」
そ、ソレもそうだ。ソリャそうだ。
と、俺達が互いに視線を交わしつつも激しく頷き合っていると──。
──ぐい、とケーツーのネクタイを引っ張った兎川さんが、ケーツーにキスをした。
『えぇぇぇ~~!?』
三度俺達は、誰も見ていないのに大口を開ける羽目になった。
「……!!」
隣からまたも息を呑む音がする。見ればそいつは両手で口許を覆い、耳まで真っ赤にしていた。
「今度はあたしが振り回す番なの。京ちゃん。あたしはあなたが好き……大好き。あたしの恋人になりなさい……!」
「は、はい……」
『えぇぇぇ~~!?』
何か……さっきからコレばっかりだな俺達。
しかし……やっぱり彼女はエスだった……! 意中の彼女に似た雰囲気を感じ取った俺の目は、正しかったのだ!
「何ニヤニヤしてるの」
「ご、ごめんなさい」
「あたし怒ってるんだからね。抱き締めなさい」
「い、いいの?」
「いいのじゃないの! 抱き締めなきゃいけないの!」
「は、はい!」
若干ビクビクしながらも、ケーツーは恐る恐る彼女の背中に手を回す。
ソレに応えるようにケーツーの背中に手を回す兎川さんは、ケーツーの角度からは見えないだろうが、とても……本当にとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
……可愛いな。兎川さん。
「超超超、超可愛い」
『超超超超超可愛い』
「うるさいってば」
あぁ……怒ってるんだから、抱き締めなさい、か……なんか、いいなぁ……。
優乃先輩に言われたら、堪んないな……やばい、会いたくなってきた。会って意地悪されたくなってきた。変態か俺は。
「……何? ああいうの好きなの?」
隣から、何故かちょっと怒るような声で質問が飛んでくる。
「好きってか、可愛いなぁ、と」
「ふぅん?」
「例えば喧嘩しててもさ、あんな可愛いこと言われたらもうその時点で降参だな」
「抱き締めちゃうの? 誰でも?」
「いや、ソレは分かんないけど、怒りはどっか行っちゃうかな。素直に謝れない時とか、ああやってくれたらソッコーで仲直りできるわ」
「……そうなんだ」
ちなみに、俺達が茂みに潜んでいたことはケーツーにはバレバレだったようだ。あの野郎、兎川さんを抱き締めながらこちらにぐっ、と親指を立ててきたからな。
『…………』
俺達は、無言で立てた親指を茂みから覗かせた。ミッションの終了を祝い合うかのように。
こうして、今回の生徒会選挙、そしてソレに纏わる友人の色恋沙汰に巻き込まれたドタバタ劇は幕を閉じた。
余談だが、ケーツーの恋の成就の経過から結果まで見届けた俺は、昂る心を抑え切れず優乃先輩の元へと走った。
今回の事の顛末、テストで頑張ったこと。今までの経緯を全て話した。
勢い余って、ケーツーの告白やら兎川さんの返しを見て、何だか優乃先輩に会いたくなったことまで伝えてしまった。
「へぇ……ソレであたしにイジめて欲しくて走ってきたんだぁ? 秋くんは変態さんだね……?」
「んあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 優乃先輩ぃぃぃぃ!!」
察しのいい彼女は全てを分かってくれたようで、俺の大好きな、意地悪で妖しい笑みで応えてくれた。
今回のご褒美としては大満足にして最高級。ソレだけで一ヶ月は戦えそうな素晴らしく妖艶な微笑だった。