如月京一郎は変態である⑪
「オラァ!」
指導室から開放されるや否や、俺はケーツーに蹴りをぶちこんだ。
「ぐほぉっwww」
崩れ落ちるケーツー。ニヤニヤする宗二と賢。
「すげえ蹴りだ。秋は激昂している……凡人には見えないだろうが、今の一瞬で五発蹴りを叩き込んだぞ」
と宗二。
「あぁ……ソレに正拳が六発……」
と賢。
「そして極めつけにwww浣腸が七十七発www僕じゃなきゃ見逃しちゃうねwww」
とケーツー。
「浣腸の割合たけぇなおい! 俺執拗にアナルを壊しにいってるみたいじゃん!」
「七十七発は言い過ぎだろケーツー」
「せめて十発くらいだろ。音速の域じゃんソレじゃ」
「ソレでも多いわ! 何で俺マッハで浣腸した後で、また前側に回り込んでんだよ!」
「ケーツーのケツが壊れちゃうwww」
「うるせーよ!」
「ごめんねwwwアッキーwwwアッキーの演説見た後だったから、何か昂っちゃってさ」
「……最後にひっくり返してなかったら!本気で亡き者にしてたよ」
「いやぁwww勢いでとんでもないこと言っちゃったよwww」
「コレで一位獲れなかったら、究極のマヌケだぞ」
「まあwwwイケるっしょwww」
「本当に大丈夫なんだろうな!? 宣言通りいかなかったら、坊主頭の上に用務員の手伝いで雑用だぞ!」
「何かアッキーも、とばっちりで学年百位以内を約束させられるしねwww」
そう、停学だけはと懇願した結果、何とかそういう運びとなったのだ。
「本当だよ! お前、マジで一位獲って、副会長になって、兎川さんとくっつかないと絶対許さん! あと勉強教えろよ!」
「俺も俺も」
「俺もな」
「じゃあ今日からテストまで約二週間、僕んちで勉強会だねwww」
『押忍!!』
そう、時間がないのだ。夏休みが終わって、体育祭に文化祭が終わって、中間テストが終わって、生徒会選挙が終わって! 次の期末テストまでもう二週間しかないのだ!
「何で中間テスト終わってから期末テストまで約二週間しかないこのタイミングで、あんな公約をぶちあげるかなぁ……」
「もうやるしかないってwww背水の陣でいこうずぇwww」
そうだな。もうやるしかない、と俺は溜息一つ吐いて視線を上げた。
俺を追い込んだ張本人に言われるのは癪だったが、もう社会的に抹殺されると覚悟した瀬戸際で命拾いしたのだ。頑張るしかないな。
ソレから期末テストまで、俺達はケーツーの家に通い、勉強に勤しんだ。
……ちなみに余談ではあるが、ケーツーんちのお母さんがめっちゃ美人だった。何でこんな綺麗でまともな人からこんなのが生まれちゃったんですかと聞きたいくらいに。
「……なぁ」
「……黙れ」
「確かケーツー、球技大会の時に……」
「言っちゃダメだ! 考えるな!」
「両親の寝室から……」
「煩悩退散! さぁ勉強!」
なんて賢と俺の会話があったが、俺達はソっと胸にしまいこんで勉強した。
そして、あっと言う間に期末テストが終わり、気になる結果発表である。
なんと、なんとである。驚くことに、ケーツーこの野郎、本当に学年一位を獲りやがったのである。
あんだけ余裕ぶっこいてて、こいつにはプレッシャーとかないのか、と思った。順位を見に行く時、俺の方が緊張しちゃったくらいだ。
しかもテスト前もテスト中も、入念にカンニングしてないかチェックされていたのに、だ。こいつは心臓に毛が生えているのか。
……え? 俺? 俺の事はいいんだよ。ギリギリ百位以内には入れたんだから。
翌日から早速、このことは校内新聞などで大々的に発表され、学校中が大いに沸いた……が。
……コレ、どうなるんだ? 本気で署名運動とかすんのか?
さすがにコレは、俺にも先が読めないな。
ソレから一週間が経った。
結果から言おう。ケーツーは副会長にはならなかった。
票数で負けたワケじゃないぜ?
ケーツーは宣言した通り、期末テストで学年一位の座を勝ち獲ったのだ。ソレに感銘を受けた一部の生徒が実際に署名運動を始めたりもした。
各教室のHRに突撃するなどと、熱意が故に若干空回り気味ではあったが、相当頑張っていた。
一方的にケーツーが壇上から放っただけの、応える義務などない約束に、大多数の生徒が応えたのだ。
しかし、教職員及び生徒会からの発表は、既に生徒会役員選挙は終わっている。再選挙及び際選考の必要性は認めない、といったモノだった。
結局教員達は、ケーツーは生徒の模範足る副会長として相応しくない言動を取った為、失格。投票も無効としたのだ。
後に生徒会の集計係から脅し半分で聞き出したところ、如月京一郎の獲得した票数は初回時も、署名での集計数も副会長となった長谷川を上回っていたらしい。その中には戸山秋色なんて無効票も多少あったらしいが、ソレはどうでもいい話だ。
「くそったれが!」
摘まみ出された俺達は、眼前の生徒会室のドアに向き直り、毒づいた。
一方的な通達に当然俺も宗二も抗議して暴れかけ、またも停学になるところだった。
「なめんなよ! こっちには霊長類ヒト科最強のマウンテンゴリラがいるんだぞ!」
「ソレはもしかして、俺のこと言ってんのかコラ」
背後に佇む三山先輩が呆れたような声を出す。
元々、すれ違ったら挨拶くらいはする関係だったが、この間の体育祭でチームを組んで以来、時々話すくらいの間柄になったのだ。
「さぁ三山先輩! ドラミングで敵を威嚇してください! ウホウホって! 俺も一緒にやりますから!」
「殺すぞ。言っとくが俺は手を貸せねーからな」
「何で!? 何の為にあんたを連れてきたと思ってんスか!」
「知るか! 事情も話さずにお前が引っ張ってきたんだろが!」
そこまで言って先輩は、ごほんと咳払いを一つして、少し照れ臭そうに俺を見た。
「一応……空手で推薦貰えたからよ。ここで暴れてソレがおじゃんになるのは御免だ。わりーけどな」
「マジっスか。おめでとうございます!」
宗二が嬉しそうな声を出す。
「おう」
「推薦!? ゴリラなのに!? 痛え!」
強烈なデコピンを喰らった俺は、首を後方に持っていかれる。超痛い。やっぱゴリラだこの人!
「ゴリラなのにだ。いや、ゴリラじゃねえが」
「推薦? どこに!? どこ動物園っスか!」
「もう一発いくか?」
「あ、嘘。ごめんなさい。そうですよね。森の賢者と呼ばれる方ですもんね」
「結局ゴリラじゃねーか! ……まぁインターハイでも結構いいとこまでいけたからな。拾ってくれるとこがあったってことだよ……何つーか、お前のおかげだ。だから、手を貸してやりたい気持ちはあるんだが、すまねぇな」
先輩は、本当にすまなそうに下を向く。
……人間、変わるモンだな。
「……何言ってんスか。俺は何もしてませんよ。ソレは先輩が絶滅危惧種だからでしょ」
俺は一呼吸吐いて、幾分か尊敬の念を言葉に乗せた。
「おめーはどんだけ俺をゴリラにしてーんだ。そこで『先輩が努力したからでしょ』とか言えりゃ、おめーもカッコつくのにな」
「まぁ事情は分かりました。じゃあ先輩を巻き込むワケにもいかないスね」
「わりぃな。しかし……あの選挙見て思ったけどおめーは相変わらずだな。あの如月ってのもそうだが……ずっとあんなんじゃ敵作るぞ?」
「……精一杯生きてるヤツは、そうでないヤツの目には疎ましく映るってだけです。ソレに……そんなヤツとも精一杯ぶつかれば分かり合えるって知ってるんで、俺は生き方を変えるつもりはありません」
……あんたと俺みたいにな、とは、さすがにクサ過ぎて言えんが、俺は先輩の目を真っ直ぐ見てそう答えた。
「そうか……まぁしんどいだろうがお前がソレでいんならいいか」
「うす。しかし、どうしたモンかな……」
「余計なお世話かもしんねーが、そいつが憤ってここで抗議すんならともかく、本人がその気もねーのに周りが騒いでも仕方ねーと思うぞ」
う。確かに。
「何っスかその正論は、ウチの『殺人機械』と言われた人が!」
「勝手に恥ずかしい名前つけんな! まだゴリラの方がマシだ! いやゴリラも嫌だけど!」
何だか『ゴリラ』がゲシュタルト崩壊を起こしそうになった。
とまぁこんな具合に(どんな具合だ)、俺達の抗議の念は花開くことなくうやむやになってしまった。
しかし、ヤツは宣言通り過半数の生徒の心を動かしたのだ。そいつらの中ではケーツーは英雄視されていて、一部では無冠の性王などと呼ばれることになった。
ただ無為に学校にきて、教員の言うがままに過ごしている連中の心に一石投じたのだ。ただ言いなりに過ごす連中の心に自主性の芽を植え付けたのだ。結果、生徒達は自発的に自分達の過ごす学校を変えようと行動した。
俺達も含め、大半の生徒は納得していない様子だったが、当のケーツーはあっけらかんとしたモノで、いつしか反対活動を目論む生徒達も、振り上げていた拳を、不承不承降ろさざるを得なかった。
そんな感じで、何かを失ったワケではないが、何を得たワケでもない、今まで通り、いつも通りの日常が戻ってきた。
だが、今まで通り、いつも通りでは困るモンがある。なんて俺が思っていた時期だった。
どうやらそう思っていたのは俺だけではなかったようで、ケーツーは冬休みとクリスマスを目前に控えたある日の放課後、ある人物に中庭に呼び出された。
ある人物とか言っちゃったけど、分かるだろ?
当然、兎川光さん、その人だ。




