如月京一郎は変態である⑨
「……『どいつもこいつも同じようなこと言って、つまんねーんだよ。生徒会なんて誰がやっても同じ、誰がやっても自分には関係ない。一番真面目そうな人、もしくは一番顔が好みの人に一票入れよっと。てゆーか……なげーんだよ。早く終われよ腹減った』……てとこだろ? 今、君達が考えてるの」
ボケーっとこちらに視線を送っていた群衆が、ざわめき、どよめくのが分かった。
「うっわ……ははは、すごいプレッシャーを感じるよ。コレは怒りだな。『こんな時に何なのあの不謹慎な人は』って思ってる人には謝るよ。ゴメン。でも『何だあいつカッコつけやがって』とか『何となく気に入らねー』とかしか考えてないヤツには絶対謝らねー! 大体そんなヤツらが怒ってんのは、今俺が言ったことが図星だからだろう!」
先程のヘラヘラとは一転、渇を入れた俺に一瞬アンチ勢が怯むのを感じる。実際に怯んだかは分からんが、勝手にそう思うことにした。畳み掛ける!
「本気でこの生徒会選挙を、学校のコレからを決める、厳かで崇高な行事だと思ってるのは、多くて四割……いや三割。興味ないけどこの場にいないワケにもいかないから、仕方なくいるヤツが六割! 後の一割は……本気で興味ないモンに参加する気のないサボり魔か、体調の優れない気の毒なヤツかな」
……よし、興味を引いた。
何人かは超能力か読心術でも使うのかよ……と驚いた顔をしている。
何人かは未だ不謹慎な……と、目を細めているな。
そして何人かはさすがゲス魔王……と瞳を輝かせている……あ、アレは愛理か。祈るな祈るな。俺は神でも何でもないぞ。
まぁ視線の性質には色々あれど、俺は間違いなく、こいつらの興味を引くことに成功した。
「……と言うのも、俺も去年まで、いや、つい二週間前までそんな考え方をしていたからなんだ。『そんな真面目ぶったヤツらだけ優先的に、公認的に全校生徒の前でステージを使わせてもらえるなんて、不公平じゃねーか。そんな下らないことに時間を費やすのなら俺に歌わせろ、文化祭のリベンジを果たさせろ』って思ってました」
どこからか『歌って!』なんて声が聞こえる……が、さすがにここでその声に応えるワケにいかない。ありがたいとは思うが。
「そんな勝手なことを考えていた俺なんだが、自分の友達が立候補するって聞いた途端、生徒会選挙ってモンが俺の中で他人事じゃなくなったんだ。今までは会長が誰になろうが、総理大臣が誰になろうが自分には関係ないって思ってたのにな。我ながら現金だと思う」
いつの間にかざわついていた声が消える。完全にここにいる全員が、俺の声を聞き逃さないように耳を傾けているのが分かる。
ソリャそうだ。こんな演説をするヤツはいないだろう。似たような演説に飽きてきているところを狙ってこんな話をしたんだ。利用できるモノは全て利用する。他の候補者の演説もな。
「でもみんなそうだろ!? 特に興味もないけど自分の住んでる国や、地域のスポーツチームが優勝したらテンション上がるし、身近な人間がプロの世界に足を踏み入れたり、他のすごいヤツらと対等に渡り合おうと頑張ってるのを見たら、最初は嫉妬したりもするかもしれないけど、何だかんだで応援したくなるだろう!? 少なくとも『失敗しちまえ』とか、『自分には関係ない』なんて、そんな風には思わないだろ!? そういうことだよ!」
俺は意識して声を少し大きくした。今度は耳を傾けるだけでなく、全員が俺を見ているのが分かる。正直緊張に足が震えそうになるが、俺はみんなからは見えない角度で、腿を思い切り抓り、精一杯、自信満々に不敵な笑みを浮かべて見せる。
兄貴の出番は終わりだ。ここからは、感情をぶつけて感情を揺り動かす!
俺は伊達眼鏡を外し、もう一度大きく息を吐いてから、目を開いた。
戸山四季……! 親父……来い!
て……アレ。何か、愛理がめっちゃ泣いてる。ま、まぁ今はソレはいい。
「だから、今の俺と、君達に何か違いがあるのかと言えば、ソレは『他人事』か『自分事』かの差だけだ! ……アレ? じぶんごと? ワタクシゴト? ま、まぁ、そんな感じ! ニュアンスで分かって!」
どっ、と笑いが起きる。こ……コレも計算の内さ!
「もちろん何の見返りもなく『君達もどうか他人事と思わず、自分の過ごしている学校を変えるのは、君達の持っている清き一票なんだと気づいてくれ! 頼む』なんて言う気はサラッサラない!」
俺は両手を、エアお姫様抱っこをしているかのように尊大に広げて見せる。いわゆる支配者のポーズだ。
「今回俺の推薦した如月京一郎は変態だ! およそ全校生徒の模範となって清く正しい道にみんなを引っ張る! なんてキャラとは対極にいる存在と言えよう!!」
爆笑が起こる。さすがに教師達の視線が、ちょっと厳しくなってきたな。
「今回ヤツを立候補へと衝き動かしたのは健全たる精神などでは断じてない! 自分の願望を叶えようという何より利己的で、そして何より純粋な野望! ソレこそがあいつの原動力だ!」
ちょっと不安そうな顔をしているヤツが何人かいるな。大丈夫だ。コレは俺の作る波に、すでにこいつらの心がたゆたっている何よりの証拠! 行け!
「考えてもみて欲しい。『この学校をよりよいモノにしたいんだ』なんて抜かす輩より『俺は叶えたい夢の為に副会長になる』ってヤツの方が、共感できるし、興味湧くだろう? そんでもって、如月京一郎は自分の願いを叶える為ならば、手段を選ばない、絶対に諦めないヤツだ! 俺と同じでな……!」
みんなが驚きに目を見開き、ついでに口を半開きにしているのが見える。だが、その瞳は如実にこう語っていた。『……確かに!』と!
「引っ張ってしまってすまないが、『何で会長じゃなくて副会長なの?』という疑問や、あいつの願いが何なのかは、後ほど本人の口から語ってもらうとして、ここで俺から素敵な提案がある」
えぇ……じらすなよぉ……って顔だな。ふふふ、全てが俺の掌だ! しかも後のことはケーツーにぶん投げるという高等テクだ。みんなも真似していいぞ!
「俺が今まで言ったことをまとめてみよう。俺は君達に、今回のコレを他人事ではなく、我がことと捉えて欲しい。そして京一郎は何としても、何をしてでも副会長になりたい」
「…………」
……静かだ。ここにいる全員が、俺の言葉を待っているのが分かる。
「つまりだ、京一郎は副会長にしてもらえたら、君達の要望を叶えざるを得ない……!」
え……、という声が聞こえた。袖のケーツーか。
「君達は副会長となった京一郎に、どんな無理難題でも、どんな利己的な要望でも、吹っ掛けることができるんだ! しかも君達は一切責任を取らなくていい!!」
ざわめく声。だが俺は畳みかける。
「責任は全部、この後ここに立つ男が取ってくれる! 如月京一郎という傀儡を介して、君達は学校を自分達の過ごしやすいように作り替えることができるんだ! コレから自分達が利用される十倍は利用してやれ! もしヤツがこの約束を反故にしようというのなら、このゲス魔王戸山秋色が全力で叩き潰す! あることないこと吹聴して、捏造して! 社会的に抹殺し、二度と学校に来られないようにしてやることをここに誓おう!」
コレが最後だ。俺は大きく息を吸い込む。
「コレが! 俺に約束できる、君達に自分の過ごす学校を能動的に動かしてもらい、自分の居場所を好きになってもらい、そして! 友人の願いを叶えることができる、最善の提案だ!!」
「…………」
「…………」
「以上だ……!」
ソレだけ言って俺は袖へと歩き出す。一泊置いてから、誰かの『……あ』なんて声が聞こえて、ソレから間もなく、大喝采が巻き起こった。
歓声に応えようかとも思ったが、やめておいた。振り返りすらせずに、一瞥すらせずに引っ込んだ方がカリスマっぽくてカッコいいかな……なんて思ったし、何より、もう気力を使い果たしてフラフラだったから。
「……おかえり」
「お疲れ」
「やったな」
「……おう。ただいま」
ケーツーに、宗二に賢、三人の出迎えに俺は応える。
「……何かwwwすんげー出難いんですけどwww」
「コレで『彼がさっき言ったのは無しで』なんて言ったらどっちらけだな」
「やってくれたねアッキーwww最高の援護射撃だったよwww」
「ああ、お前は追い込まないと頑張らないって分かったからな」
本当はアドリブが過ぎた、予定外にこんな流れになってしまった、と謝ろうかと思っていた。が、俺は逆のことを言ってやった。男子言動裏腹ってヤツだな。
「如月京一郎さん、お願いします」
「オラ、出番だぞ」
「勇者になりたい……なんて言ったけど、僕は本当は君になりたかった」
「……はい?」
何を言い出すんだ、こいつは。
「不真面目で、お茶らけているようで、肝心なところで真面目。自信がなくて、臆病なようで、肝心なところで勇敢」
「…………」
「兄のように冷静に効率性だけを優先させようとするのに、感情に任せてしまう。父のように情熱を優先させようとしてもブレーキがかかってしまう。アッキーは自分をそう思ってるでしょ」
「……何が言いたいんだよ」
……こいつはドレだけ洞察力があるんだよ。
「僕から見れば、効率的でありながらも情を忘れない優しい人。感情的に行動しながらも二の手三の手を考え続けられる聡明な人間だよ」
「……お前、俺とBLルートに突入したいのか?」
「いやぁ、残念ながらアッキーは攻略対象外だよwwwダウンロードコンテンツに期待だねwww」
「そうだよ。攻略するのは兎川さんだろ」
「……僕は君になりたかった。カリスマがあって、そのようで自分と同じだ、と親近感も感じさせる君に」
「おいおい──」
──いつまで続ける気だ、と言おうとした時だった。
「でも僕は、どこまでいっても僕でしかないから。僕のままでいってくるよ」
「あぁ、いってらっしゃい。今のお前なら、俺も好きになれそうだ」
「告白……トゥンクwwwジュンジュワァ……」
「うっせ、早く行け」
……俺はそう言ってケーツーに向かって親指を立てた。両隣に立った宗二と賢も、同様に親指を立てた腕をかざしてみせた。
ケーツーは先程と同じように、にっと歯を見せて笑い、親指を立ててみせた。
「盛大な前フリを頂きまして大変恐縮です。ご紹介に預かりました、如月京一郎です」
ケーツーが出てきて喋るなり、拍手と喝采が巻き起こる。俺が温めに温めた舞台だからな。
「親友の彼が言ってくれた通り、僕は変態であり、時として秀才でもあり、そして……自己中心の権化のような男です」
「…………」
「正直……今も、自分のことしか考えてません。みなさんが僕を副会長にしてくれたら、ついでにみなさんの要望を叶えてやってもいいくらいに思ってます」
一瞬、傍聴しているヤツらの空気が張り詰めるのを感じた。大丈夫なのかケーツー。
「この如月京一郎には夢がある……! 当然、生徒会副会長になることだ。その夢を叶える為ならば、この場で土下座をしようと、どんな恥をかこうと構わない」
覚悟の程が伝わったのだろう。聴衆が気圧されているのが分かる。ケーツーの声にはソレを感じさせる凄味があった。
「では、何故副会長になりたいのかというと……」
ついに来たか……と皆が固唾を呑む。
「必ず、今回生徒会長になるであろう人のそばにいたいからです。そばでずっと見ていたいからです……!」
皆が今度は息を呑む。こういった話が大好きな女子が押し殺しつつも黄色い声を出す。
おぉお……!? まさか、あいつ、壇上で告白するつもりか?
俺がそういう方向へと誘導したのは確かだが、やるじゃないかケーツー! ここまでドストレートにぶち込むなんて、とんでもない度胸だ! 見事に俺のパスに応えやがった!
自分本意である、と宣言し多少の反感を得つつ、自分は何に変えても勝ちたいという決意を表明しつつ……!
ソレが何故なのか、誰もが体験したことのある、誰もが共感できる、自分本意にならなければ成就させることのできないモノ……即ち『恋』の為なのだとここで打ち明ければ、大半のヤツらはあいつを支持する。
そして、共感すると同時にこんな大それたことをやってのける勇者に憧れ、尊敬の念を抱くだろう! この恋がどうなるのか、続きを、結末を見届けたいと思うだろう! あいつを応援したくなるだろう!
見事だケーツー! コレはいける!
「何故そばにいたいのかというと! ああいう成績優秀、清廉潔白で万能、物静かで綺麗な女性が実はエロいことに興味津々なドスケベなんじゃないかと想像するとたまんねぇからです!」
「…………」
「…………」
『…………』
「……え?」
高まっていた熱が、昂っていた空気が、こんなにも一気にサーっと、波のように引いていくのを、俺は初めて感じたのだった。




