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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ3.5
115/161

如月京一郎は変態である④




 翌日。


 俺は賢と共に、生徒会室にて勧められた椅子に座り茶を啜っていた。


 何でお前らが? だって?


「突然で驚いたけど、歓迎します。存分に見学していってね。大したお構いもできませんが」


 ニコニコと嬉しそうな顔で、兎川副会長が俺達に微笑む。


「いえいえそんなとんでもない。こちらこそ非常識にも押し掛けてしまって、申し訳ありません」


 俺は負けじと笑顔で、そう返した。


 ことの次第はこうだ。


 何と言うか……うん。気に入らなかったのである。


 昨日の会話に、どうしても納得できなかったのである。


 ……いや、だってあいつケーツーの分際で、何かカッコつけててムカつくんだもん。


 おせっかいだって?


 何を言っているんだ。俺はケーツーの為にここにきたつもりなどコレっぽっちもないぞ。


 あのアホが、うにゃうにゃと煙に巻くからモヤモヤしてしょうがないんだよ。


 と、まぁ隣を歩きながら俺をやんわりと止めるようなことを言う賢の言葉にそんな返しをしていたら、いつの間にか賢も乗り気になってきたようで、俺達は昨日の兎川さんのお言葉に甘え、生徒会活動とやらを見学することにしたのだ。


 こういった時、賢は乗ってくる。おそらくコレが宗二だったら「人のプライバシーに踏み込むのはよくないぞ」とか言っちゃってこうはいかないのだろう。


 そんなこんなで片方がダメならもう片方。兎川さんに話を聞きに来ましたー。ゴシップ大好きゲス魔王でぇーす。


 見学の件はお前に言ったんじゃないだろ、だと? 知らんなぁ。俺は確かにあの場にいて彼女の言葉を聞いたぞ。


 勿論、最初彼女は俺が訪ねてきたことに戸惑っていたが──


「僕も京一郎が更正することを願っているんです! だからあのへそ曲がりに代わって、生徒会の皆さんを見学し、その活動の素晴らしさを余すことなく説き! 彼を説得してみせましょう!」


 ──と俺が声高に宣言すると、彼女は上機嫌で俺達を招き入れてくれた。


 というワケで、俺達は今、お茶を啜りながら皆さんの活動を眺めている。


「……メチャメチャ忙しそうじゃね?」


 隣の賢が耳打ちしてくる。


「ね」


「俺達来るタイミングまずったんじゃね?」


「ねー」


「ねーじゃねー」


「ねー」


 しかし本当に忙しそうだな。確かに賢の言う通り、来るタイミングが悪かったかもしれん。


 などと微妙に罪悪感で居心地が悪くなってきた時に、ソレを察してくれたのか兎川さんが優しく冒頭の言葉を掛けてくれたのだ。


 そして俺は冒頭の言葉を返した、と。


「本当に非常識だな。こっちは再来週の生徒会選挙の準備で忙しいのに」


 そこで俺に向けて、そんな辛辣な言葉を投げ掛けてきた男子生徒がいた。


 サラリと癖のない直毛に、クールな印象を受けるフレームレスの眼鏡。見るからに勉強できるけど性格悪いって印象の、ヒョロっとした男だ。


「なんだとぉ?」


「よしたまえ石田くん」


 立ち上がりかけた賢を、俺は大物ぶった声で遮る。


「しかしボス……」


 誰がボスだ。


 しかしこいつも何かノリがよくなったな。本気でケンカを仕掛けるつもりなどなかったに違いない。


「彼の言うことは尤もだ。我々は一方的に押し掛けたのだからね」


長谷川(はせがわ)くん……っ! ごめんなさい。せっかく見学にきてくれたのに」


 俺の予想通り、いや、俺が誘導した通り、兎川さんがクール眼鏡を嗜めてくれた。


 どうやらクール眼鏡は長谷川というらしい。どうでもいいな。


「いえいえお気になさらず。大変な時にきてしまってこちらこそ申し訳ない」


「本当にごめんなさい……」


 申し訳なさそうに、まるで部下の手綱を握れていない自分の責任だとでも言わんばかりに、彼女は謝罪した。


「ボス、わたしが立場を分からせてやりますか?」


 そこで自分の出番だとばかりに、賢が存在をアピってくる。


「やめたまえ。人間が安くなるぞ」


 お前本気で言ってんのか? ケンカ弱いくせに。俺が止めなかったら、かませ一号だぞ? 二号は俺かもしれんが。


「ふふ、ソレにだ。彼が我々にストレスをぶつけることによって作業効率が上がるのなら、我々も貢献していると言えるのではないかね」


「社長……そこまで考えて……!」


「ボスだろバカ。設定をイジるな」


 感極まったような声を出す賢に、俺は小声でツッコミを入れた。


 しかしちょいとやり過ぎたかな? クール眼鏡は俺を睨んだまま動かない。帰り道で刺されかねん殺気だぞ。


 コレは怒りの矛先を変える必要があるな。


 そういえば、さっきヤツは、再来週の生徒会選挙と言ったな。


 なるほど。だから彼女はケーツーを熱心に勧誘したのか。


「なるほど。生徒会選挙が控えてるんですね」


「ええ、そうなんです」


「だから兎川さんは京一郎を熱心に誘っていたんですね。今回の選挙で生徒会にきて欲しいと」


「ええ……そうなん、です」


「でもあの変態で大丈夫なんスか? あいつが今ここにいる人達みたいにできるとはとても思えねーっスけど」


 ナイスだ賢。お前がそう言うことによって彼女は反論する形で自然にケーツーの話をすることができる。


 そしてそこからはおそらく、彼女のケーツーに対する気持ちが窺えるはずだ。


「この前も言ったけど、京ちゃん、昔はすごい真面目な性格だったんですよ? 特に、小学生の時は……ほとんど表情を崩さない……周りからは『勉強ロボット』って呼ばれてて……」


「ま、マジっスか」


「そんなステディロイドが、何故あんなセクハロイドになってしまったんでしょう?」


「あっはは……! 戸山さん、面白いこと言うんですね」


 俺の言葉に兎川さんはコロコロと笑った。ハッキリ言って可愛い。優乃先輩もそうだが、何故聡明な女性が表情を崩すとドキッとするのだろうか?


「あたし達、クラスは違ったけど、幼馴染で家もお隣同士だから、周りの男子にはからかわれてて……」


「あぁ、ありますね、小学生の年頃じゃ」


「あたし、京ちゃんはソレが嫌であたしを遠ざけようとしているのだと思ってたけど……そういうワケでもなかったみたいで」


「……?」


「何て言うか、他人に興味を示さないって感じで」


「女性にしか興味を示さない、の間違いじゃなくて?」


 聞き間違えたとは思えないが、俺は念を押すように確認した。大事なことだからね。


「えぇ、周りの男の子がハシャいでても、京ちゃんは自分は関係ない、みたいに冷めてて」


 ……早咲きの中二病かぁ?


「そんなある日……六年生の時かな? あたしが階段でつまづいて下にいる京ちゃんに倒れ込んでしまったことがあったんです……その時、唇がほっぺに触れたような……触れなかったような」


 少し頬を赤らめながら、懐かしそうに語る兎川さん。乙女だね。


「受け止めてくれてありがとうって、あたしがお礼を言いながら顔を上げたら……いつも無表情な京ちゃんが……顔を真っ赤にして震えてて」


「えぇ?」


「そのまま、走って逃げちゃって」


「えぇぇ?」


 ……ソレ、胸でも触っちゃったんじゃないですか、とはさすがに言えない!


 俺の頭には逃げながら胸に触れた手の匂いを嗅いだり、舐めまくるケーツーの姿が浮かんでいた。嫌だなぁ、そんな小学生。


「あたし、その時……京ちゃんのこと……とても可愛いと思ったの。その顔をまた見たいと思っちゃったんです」


 こ……この人、結構エスなんだな。オラゾクゾクしちまうぞ。


「ソレからしばらくして……あたし、教科書を忘れちゃった日があって、京ちゃんに借りに行ったことがありまして」


 相変わらずクール眼鏡が冷ややかな視線を送ってきていたが、既に兎川さんのエンジンが温まってきてしまったようだ。もしかしたらヤツのことなど眼中にないのかもしれん。


『はい』


 いつの間にか賢も話に引き込まれてきたようだ。俺と声を揃えて返事する。


「いっぱい教科書に書き込んであって、すごいなぁ、こんな先まで予習してる、と思ってパラパラ捲っていったら……」


『いったら?』


「そこに……『光ちゃんかわいい。どうしたらいいんだろ』って書いてあるのを見つけちゃって」


『……おぉう』


 あ……甘酸っぱい!


「あたし、嬉しくて……『京ちゃんもかわいいよ』って書いて返したんです。ソワソワと慌てながら『何か、見た?』とか言ってる京ちゃんに。そうしたら……」


『そうしたら?』


「次の日から、前以上に……よそよそしくなっちゃったんです」


 兎川さんはシュン、と俯きながら言う。


『えぇぇー?』


「そこは頑張れよケーツー!」


「うぅん……」


 天を仰ぎ叫ぶ賢に唸る俺。さっきのクール眼鏡がいい加減にしろと言いたげにこちらを睨む。


「ソレから、卒業するまでほとんどまともな会話ができなくて……寂しかった……何が、いけなかったんだろ……」


 ……可愛いってのがショックだったんだろうな。ソレか接し方が分からなくなったのかもしれない。


「ソレが中学に入ったら、向こうから話し掛けてきたんです」


『おぉ?』


「えっと……その」


 期待するように瞳を輝かせる俺達に、兎川さんは言い淀み、恥ずかしそうに顔を寄せ、小さな声で囁いた。


「『女子サッカー部で巨乳の娘が胸トラップしたらやっぱりボヨヨンてなっちゃうのかな? ねえ!? ねえったらぁ!?』……て」


「…………」


「…………」


 ……うえぇ。


 俺と賢は揃ってダメだコリャ、と中空に視線を泳がせた。


「あ、あたしの親しい友達にサッカーやってる女の子がいたから」


 補足、とばかりに兎川さんが言う。


「ソレからは普通にお話ができました。相変わらず他の人といる時は真面目というか無関心な感じでしたけど、あたしといる時は……よく喋るようになったんです」


「セクハラ発言を……ですよね」


「……はい」


 ……あいつは何を考えているんだ? バカなのか?


 あ、バカなのか。


「ソレでも、一緒に生徒会をやって、たまに二人で勉強して……京ちゃんはあたしだけには気を許してくれてる。こんな風に自分を見せてくれるのは、あたしといる時だけなんだって……思ってました」


「……ました、って」


「中学生活が終わりに近づくにつれて、普段から……その、今の京ちゃんみたいに振る舞うようになって」


 つまり、周囲三百六十度への変態だよな。


「その時、彼が分からなくなりました。もしかしたら、あたしは彼の特別でも何でもなくて、京ちゃんがあんな風に接してきたのは、異性として、そういう対象として見てないからこそだったのかな、て……あたし一人だけが、壁を作られていたのに気づいてなかったのかな、て……」


「だから……もう一度、京一郎を生徒会に?」


「はい……高校生になってから、京ちゃん、あたしを避けるようになったから。『自分なんかと話すと君に悪い噂が起つよ』とか言って」


「あいつが生徒会に入れば、ちゃんと話ができると思って?」


「……はい」


「何だよソレは。いくら君といえど、私情でそんな勝手な真似をされるのは困るぞ。生徒会は君の遊び場じゃない!」


 我慢の限界を迎えたのか、クール眼鏡が兎川さんに食って掛かる。


 そんな言い方があるか、と思ったが、言っていること自体は正しい気もするので、俺は黙って成り行きを見守った。


「違うよ長谷川くん……確かに私情が混ざってるのは認めます。でも、彼は本当に優秀な人材なの。だから……」


「僕達じゃ役者が不足してると言いたいのか? 僕達より、そんな変人の方が会長となった君をサポートできると?」


 言い争いが勃発してしまった。でもこいつの言うことも(もっと)もな気もするしなぁ……口を挟めないぞ。


「僕達では……僕では、君を支えられないと……?」

 

 ……アレっ!?


 こいつもしかして兎川さんに気があるの?


 俺と賢は口許に手を添えながら視線を合わせた。


(あらやだ奥様、聞きました?)


(えぇ、若い人達はお熱いですわねぇ)


 瞬時にアイコンタクトを交わす俺と賢をよそに、クール眼鏡、いや、ホット眼鏡はさらに続ける。


「副会長として君を支えるのは、支えられるのは……僕だけでいい」


(キャーっ! カッコいい!)


(キャーっ! 素敵! 抱いて!)


 口に出したら絶対に怒号が飛んでくるので、俺と賢は心の中で黄色い声を出した。いや賢が黄色い声上げてるかは知らんけど。勘だ。


 見れば兎川さんはちょっと戸惑いつつも、頬を赤らめていた。多分何となく好意に気づいてはいたけれど、面と向かってぶつけられたのは初めてだったのだろう。


「えっと……長谷川くんだっけ? 君も次の選挙で?」


「あぁ、副会長に立候補する」


 俺がそう尋ねるとクール眼鏡はだから邪魔するな、さっさと出てけと言いたそうな声でそう答えた。同じ眼鏡同士仲良くしようよ! 俺は伊達だけど。


 うーん……何かケーツーよかこいつの方がいいんじゃないかと思えてきてしまった。


 でも兎川さんは、ケーツーがいいんだよな。


 ……全く。女ってヤツはどうして男から見たら、大して魅力的に見えない男に惹かれてしまうのだろう。


 女の子は自分が好きな人より、自分を幸せにしてくれる人を選ぶべきなんだよ、と何かの本だかアニメだかドラマで言ってた気がする。


 じゃあお前よか優乃先輩を幸せにできるヤツが現れたらどうすんだ? だって?


 許すワケないだろ。埋めちゃうね、そんなヤツ。


「あ……」


 そうか、そういうことか。


 もし本当に俺の思う通り、ケーツーが兎川さんに多少なりとも好意を持っているんなら……ヤツに足りないのは危機感なんだ。


「あの……兎川さんは京一郎の気持ちを確かめたいんですよね」


「き、気持ち、というか……何を思っているのかというか……はい」


 クール眼鏡の熱い想いをぶつけられた直後に、俺から質問された兎川さんはしどろもどろになる。


「そんなん一発引っ叩いて『あたしのこと好きなの!? ハッキリしなさいよ!』って言ってやりゃいいんですよ!」


「そ、そんな乱暴なこと、できないよ……!」


「え、女の子って男を殴る生き物なんじゃないんですか?」


「え?」


「……え?」


 何だか怪訝な視線を感じて俺は、首を傾げた。


 何でだ。俺は今まで接してきた若い女子には基本殴られたぞ。


 愛理にもビンタされたし、まひるにも踵落としされたし。


 あと……誰だか思い出せないが、ビンタされたり噛み付かれたり、股関を蹴り上げられたぞ。


 そして極めつけには、優乃先輩にまでビンタされたくらいだぞ。


 まぁアレは、代わりに飛び降りるなんて無茶したからなのだが。


 しかもそのあと俺ビンタし返したし。


 ハっ……!?


 俺は優乃先輩を殴ったのか……!?


 うぉぉ……!? 死んだ方がいいんじゃないの俺?


「よく分からないが、そろそろいいかな? こっちは本当に忙しいんだ」


 俺が頭を抱えて身体をよじらせていると、クール眼鏡が、面会時間の終了を告げる看守の如く口を開いた。


「あ、うっす。ホラ、秋。行こうぜ」


 先に立ち上がった賢が俺の肩を叩く。


「あ、あの……京ちゃん、きて……くれますかね」


 俺にどうかそうなるように、と頼むように呟く不安気な兎川さんを、次いでクール眼鏡を見て、俺の脳裏にある考えが浮かんだ。


「どうでしょう……決めるのは、あいつ本人ですから」


 だが俺は、その考えとは別ベクトルな言葉を吐いた。


「そんな……」


「そいつに伝えておいてくれ。今更来ても居場所なんかないぞ、てな」


「自分で伝えてくれ。今言っただろう? 決めるのも、行動するのも本人だって」


「…………」


 俺はクール眼鏡にそう返した。何か言いたそうだが、特に反論は返ってこなかった。


「スミマセンお忙しいところにお邪魔しちゃって。失礼しました」


「失礼っした!」


「あ……」


 兎川さんが何か言いたそうに手を伸ばしていたのに俺は気づいていたが、気づかないフリをしてにこやかな顔で扉を閉めた。


 さて、どうなるかな……?





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