如月京一郎は変態である②
「京ちゃん……またそんなこと言ってるの? そんな風に周りを遠ざけて……友達とうまくやれてる?」
「もうヤリまくりエブリデイですけど?」
あ、ダメだコレ。俺が発狂したら元々発狂してるこいつを誰が止めるんだ。狂人二人になったらさすがに副会長が可哀想すぎるだろ。
「……とにかく、困ったこととか、分からないことがあったら言ってね? あたしは京ちゃんの味方だから」
そう言って彼女は、味方の証明だと周囲に知らしめるかのように手を差し出した。多分ケーツーが孤立してるのでは、と心配してるのだろう。まぁ、こんな性格のヤツを小さな頃から見ていれば心配にもなるわな。
「……お姉さんキャラみたい。相変わらず優しくて、大人だね」
そう言って、ケーツーが彼女の手を取る。
……何で俺、クラスメイトと副会長が廊下で握手するのをボーっと眺めてんだろ? 謎だ。
「だが……」
そのままケーツーは、握手したあとの自分の手を……ベロリ、と舐めた。
「この味は……処女の味だぜ? 兎川光ぃ……」
「…………」
「…………」
変態だ……。変態がいる。
何故俺がここにいるのか分かった。この変態からこの女性を守る為だな。
俺がケーツーに当て身を入れようと、延髄に照準を定めていると、
「ふふ……もう、相変わらずね、京ちゃんは。そんなんだから心配になるんだよ?」
健気にも兎川さんは、何てことない風に笑ってそう言った。
さすがというか、あしらい方に年季を感じるな。そう、こういった輩は女がワーキャー嫌がるから図に乗るんだ。こうやって何てことないですけど? みたいな顔をしていればいいのだ……大人だなぁ。
やっぱりこの人、どことなく優乃先輩に似てる気がする。
「さっきも言ったけど、分からないことがあったら何でも質問してね」
「じゃあ……何で今日は月曜日なのに、いつもの白いパンツじゃないんですか?」
「…………」
「…………」
こいつやべぇ……!
俺は戦慄した。
「何っでお前が彼女の下着のローテーションを把握してんだよ!?」
俺はケーツーの耳元でそう抗議した。さすがに周囲に聞こえる声を出すのは憚れる。
しかも何故今日は違うのを知っている……!
「ふふん。一度順番を把握してしまえばあとは簡単さ。その日ベランダに干してある下着から割り出せるっ! 真実はいつも一つ!」
「うるせーよっ」
俺がツッコミを入れるも、ケーツーは推理を披露する探偵顔のまま続けてしまう。
「しかし犯人にとっても思わぬ誤算があった。そのせいで履いていくパンツの順番が狂ってしまったんです。ではその誤算とは何か……?」
「何なんだよ……?」
最早モブ臭が留まる事を知らない自分に気づいてはいたが、こうする他にないと、俺は目の前の変態探偵にそう聞き返した。
俺の返答にケーツーは満足そうに、そして大仰に頷き、若干のタメを作ってから目を見開いた。
「ズバリ! お漏らしだっ! ジッチャンの名にかけて! バッチャンの顔にかけて!」
「かけるなっ! お前本当にその内退学になるぞ!? いいか、コレは冗談で言ってるんじゃなくてマジでだぞ!」
予想外に予想通りなことを言いやがる変態の肩を揺すりながら、俺は懇願するような声を出した。
「憎しみは全て一所に集めなくてはならないんだ。この世界の下ネタは全て僕が引き受ける……汚れるのは、僕だけでいい……」
何かカッコいいこと言ってるけど! 誰かこいつを止めろ!
「兎川さん……! あなたは……お漏らしを……しましたね……?」
まるで断崖絶壁の上で、犯人に語りかけるベテラン刑事のような重々しい声で、ケーツーが確認する。何なんだこの空気は。
「してません! 新しいの買っただけだよ……もう」
兎川副会長が呆れたような声を出す。そこでようやく、変態が展開したワケの分からん世界が破壊された。ふう。
しっかし……気ぃなげーなこの人。普通の女ならとっくに殴るか逃げるか通報してるぞ。
「京ちゃん……いつも覗いてたの?」
「うん。干してある下着を目撃したところを咲ちゃんに目撃されたので、知ってると思ってたよ。あの娘、約束は守るんだなぁ……」
「サキちゃん?」
「あ、妹です……約束?」
俺の質問に答えつつ、副会長はケーツーに質問する。
「うん。黙っててくれる代わりに、男という生き物が何を考えてるのか教えろって」
「……あの娘が? ……ソレで、京ちゃんは何て答えたの?」
「『男は常に女子のパンツが見たい生き物なんだッ!』てwww」
「お前ふざけんな! ち、違いますからね!」
俺はケーツーの頭を鷲掴みにしながら、副会長に弁解するような声を出す。
「あは、あはは……ホント……相変わらずだね、京ちゃん」
微妙に乾いたような、引きつった笑みを浮かべる副会長。
「…………」
そこで彼女は一度姿勢を正し、場の空気を作り直すように大きく息を吐き、再びケーツーを見た。
「……今年こそ生徒会に来ない? 待ってるのに」
あぁ、多分コレが本題だな。コレを言いたいが為にこの人は耐えていたのだろう。
……て、ちょっと待て。今年こそ、ということは、去年も彼女はこの変態を我が校の生徒会に誘っていたというのですか?
……そりゃあ明らかに愚策だぁ。やめておいた方がいいですぜ! と俺が忠告しようとすると、
「興味ないっス。のっといんたれすてぃんwww」
反対しようとしていたはずの俺がイラっとしてしまうくらい、ムカつく断り方をケーツーが先にしてしまった。
「どうして? 中学の時は……」
「……え? 中学の時って? もしかしてお前生徒会だったの?」
「恥ずかしながらwww」
こいつの辞書に恥ずかしいという言葉があったことに、俺が驚愕していると副会長が続ける。
「あたしが会長で、京ちゃんが副会長。……京ちゃん、とても優秀だったんですよ」
俺への説明が勧誘への取っ掛かりだと思ったのか、彼女は若干嬉しそうに、声を弾ませる。
「ハッ……とても優秀て……何か上から目線だね」
ソレに対して、またも劣悪な態度でムカつく声を出すケーツー。やめなさい、失礼でしょ!
「ご、ごめんなさい……」
「……あの、でも……こいつ、こんな変態っていうか……変態じゃないですか。こんな変態で副会長なんてできたんですか?」
「アッキーwwwキミのそういうとこ好きだなぁwww」
「中学の時は、違ったんです。その……何て言うか、真面目な、青少年って感じで」
「え」
「青少年……ねwww」
え……じゃあ何? こいつ……高校デビュー!? いや、変態にデビューも何もあるモンなのか知らんけど!
「成績も学年でトップで……昔は一緒に勉強してたっていうか……教えてくれたんですよ」
懐かしそうに、そして若干嬉しそうにそう呟く兎川副会長。マジか。
……え、マジなのか。こいつケーツーのくせにそんな女子と二人で勉強なんて勝ち組イベントを経験済みだと? 屋上に行こうぜ? 久々にキレちまったよ?
「いつからか……あたしの部屋に来なくなったし、二人で勉強することもなくなりましたけど」
あー……同じ男である俺には分からんでもない。
女の子の部屋で二人で勉強ってのは、思春期を迎えた中学生にはちょっと難しい。自然と心の中にその状況を避けたがる心理が生まれるんだ。その原因が気恥かしさだったり、幼馴染みを性的な目で見てしまった自分への嫌悪だったり、そこは人ソレゾレだけどさ。
「いやwww一度光ちゃんのいない時にベランダから忍び込もうとして落っこちて骨折したからトラウマになっちゃったんだwww」
全然違った。
そしてこいつは、やはり変態で、おまけに臆病者だ。忍び込んで何をしようとしたのかは聞かないことにしよう。
「もしかして、その時に頭でも打って脳味噌に異常をきたしたせいで、こんなアホな上に、今世紀最低の変態に生まれ変わってしまったとか?」
「ひでえwwwいや今でも僕は成績優秀でしょうにwww」
……む、確かにそうだ。こいつは変態のクズだが頭はいい。テスト期間が近づくと、大体俺達はこいつに泣きつくことになる。
いや、俺文系は得意なんだけど理数系はさっぱりなんだよね。不覚だがこいつの編み出した卑猥な語呂合わせのおかげで何点稼げたかは計り知れない。
「で、何でお前そんな変態になっちゃったの?」
「僕は元々自分に正直な人間だったよwwwねぇ?」
ケーツーが副会長に振る。
「ええ……まぁ、確かにエッチでした……けど学校では大人しかったじゃない。ソレが……段々と」
彼女が答える。
ふむ……段々と……中学生活が終わりに向かうに連れて、人目を憚らず下ネタをまき散らすようになっていってしまったと。
「僕はね……気づいてしまったんだ。勉強という字は『強い、免除される為の力』であると」
はいぃ?
「実際にテストでいい点さえ取っていれば、教員共も何も言わなかったからね。そこでさらに気づいたんだ。周りから見た今までの僕の印象は──『勉強のできるヤツ』ただソレだけだったんだって」
「あたしは、そんなこと──」
「そこで猫を被るのをやめた。本当の自分を殻に閉じ込めるのはやめたんだ。だから何て言うか、自分を偽っていた身としては……猫を被ってる人は分かるんだよね。留学生の姉弟、とか」
……え? どゆこと? 話がよく分からん方向に流れてるな。置いてけぼりだぞ俺。
「……どうしてなの? 京ちゃん」
「ふ……あの時とは違うのさ……あの時はチョロチョロだったのに今ではボーボーなのさ。ソレと同じだよ」
こいつ……よくこんなこと言えんな。しかも廊下で。
「……? そんなこと言わないでちょっとは興味持って欲しいな。良かったら今日からでも生徒会、見学に──」
「あー、無理。帰って格ゲーのコンボ練習しなきゃwww」
「…………」
ここでようやく俺はケーツーの頭を引っ叩いた。
我ながら、よく我慢した方だと思ってる。




