如月京一郎は変態である①
如月京一郎は変態である。
俺自身、この変態という言葉で呼ばれることが度々ある。
だが、俺がただの変態ならば、あいつはよく訓練された変態なのだ。
在学時代、ヤツが原因で起こった騒ぎは数知れず。周りの友人やクラスメイト達のフォローがなければ、間違いなく退学になっただろうと断言できる事件を発生させたのは、一度や二度ではない。
ゲス魔王と呼ばれる俺ですら、女の子と会話をしていて、相手の言葉に対し、不適切な返しを脳裏に思い浮かべることはある。
しかしソレでも『ここでコレ言ったらやべーだろーなぁ』と踏み止まる。空気を読む。
しかしこの変態は踏み止まらない。むしろここぞとばかりにブっ込んでいく。『ここでコレ言ったらどうなっちゃうんだろぉ!?』みたいなスリルに身を任せるのが大好きなヤツなのである。
しかも相手を選ばない。老若男女問わず、その場の勢いだけで、己の身を顧みない行動を取る大迷惑野郎だ。
俺こと戸山秋色は、他人に比べ自分の命を軽んじている傾向があるらしい。
誰かを助けたなんて話をする度にそこを指摘され、その話になる度に『悲しむ人がいるんだからダメだよ?』なんて毎度おなじみの言葉で締め括られることがある。
もしかしたら俺は、その人にそうやって窘められたいから、そうやって好きな人のむくれた顔を見ないと自分の存在意義を実感できなかったから、そんな行動を取っていたのかもしれない。
まぁソレは今はいい。今俺が留意して欲しいのは、世の中には自分の身を軽んじているヤツもいる。そしてソレを今一つ自覚してないヤツもいる、ということだ。
その点に措いてもこいつは俺以上なのだ。その時面白ければよし、その時気持ちよければよし、と思っているところがある。
もし退学になってしまっても、自分ならばすぐに人生をどうにか軌道修正できるだけの力を持っている、という自信の表れだったのだろうか?
いっそ自分なんてどうにでもなってしまえ、という自暴自棄な気持ちの表れだったのだろうか?
……だとしたら、そこに至るまでのヤツの痛みに気付けなかった俺達の責任でもあるな。まぁないと思うが。
あと何故なのかは知らないが、俺をやたら敬ってくれる。一方的に親友呼ばわりしてくる。
最初は序盤から親友と見せかけて『いつか裏切るポジション』に憧れていたのかと思っていたがそうでもなかった。ヤツが俺に友情と尊敬の念を感じているのは間違いない。理由は知らんが。
まぁ、とにかく、如月京一郎という人間は、変態で、何をするか分からない、何を考えているか分からない。あと変態で、俺以上に自分の身を省みないアホであり、そして、変態なのである。
「そこで僕はこう言った。『ご、ごめん。わざとじゃないんだ』……下心が全くないワケでもないけど。反射的にこんな状況になってしまった時、世の中の男はこう言うべきであるという習わしに従って」
「……ふむ」
「しかし彼女は狼狽える僕に天使のような微笑みを向けて言った。『気にしないで下さい。男の人はそういうモノだって聞いてます。ソレに男の人がエッチじゃなかったら、人類は滅亡してしまいます』と」
「…………」
「……天使だ。僕は彼女に出逢う為に生まれてきたのかもしれない。『じゃあ、超エッチな僕は人類の救世主だね』自分なりのイケメンボイスで、僕はそうキメてみせた」
「…………」
「『はい! そうですね!』やはり彼女は天使だ。満面の笑みを返してくれた」
「…………」
「元の世界では変態やら性欲が服を着てると言われた僕も、この世界ではやっていけるかもしれない。コレから僕の本当の人生が始まるんだ──。彼女との出会いは、そう確信させる胸の高鳴りと共に訪れたのだった──」
「…………」
「──という夢を見たんだwww」
「……長いよっ! とうとう頭おかしくなっちゃったのかと思ったよ!」
俺はそこでようやく、隣を歩く友人の延々とした語りに抗議の声を上げることができた。
場所は廊下。時は休み時間。特別でも何でもない学生による連れションタイムの帰りである。
唐突にアホがアホなことを言いだしたのだ。とりあえず黙って様子を窺うことにしたのが間違いだった。
「いやwwwアッキーなら共感してくれるかとwww」
「異世界ハーレムか……ちょっとベタ過ぎやしないか?」
「ベタではなく王道と言って欲しいなwwwトレンドと言ってもいいwww」
「ソレに、確かに女の子が男のスケベを肯定してくれるのはありがたいし夢があるが、俺みたいな『恥じらいこそ女性の魅力である』と考える野郎としては一抹不安が残るね!」
「ああwwwさすがアッキーwww『くだらねぇ』の一言で一蹴するヤツらとはワケが違うwwwやはり君は僕の親友だよwww」
「やめろ気持ち悪い。さぁどうなんだ。その世界で暮らす男共は草食ばっかの右手愛好者で、ソレを女達は憂いているんだろ!? そんな乙女達に恥じらいなんてモノがあるのか? むしろ男は力仕事にしか役立たない家畜扱いのアマゾネス状態なんじゃないのか!」
「おそらく地域によってはそういう集落もあるだろうねwwwしかし旅の途中で立ち寄った僕がそのアマゾネス達に初めて教えて上げるのさ! 女として守られる喜びをね!」
「ぬぅっ!?」
「今まで男を家畜扱いしていたその女性が初めての胸の高鳴りに息を詰まらせ! 頬を染め! 分からないなりに精一杯好意を示そうと不器用にデレるのさ! ベタだと言いたければ言うがいいさ! でも君はこういうの大好きだろう!?」
「く……っ! 大好きだ!」
「僕もさwww僕も……大好きだ」
俺達は固い握手を交わした。周囲から戸惑いなからも祝福するような黄色い声が上がる。
やべぇ! ここ廊下だった! しかも今の俺達は端から見ればどう見ても同姓カッポー!?
「……京ちゃん?」
一歩引いてこちらを見ている周囲より、やや近くでそんな声が聞こえた。一声で声の主が可憐で清純な女性だと分かるソレだった。
振り返ると、そこにはクセのない長い黒髪が揺れている。
「……! 優乃先ぱ──」
──待て。そんなワケがない。落ち着け。
あの人はこの学校の生徒ではない。だから彼女がここにいるワケがない。
……他校の生徒がやってくることだって有り得るんじゃないの? だって?
確かに頻度は高くはないだろうけど、有り得なくはないな。でもさ、今は放課後でも休日でもないただの授業間の休み時間なんだぜ?
そんな僅かな時間に、他校の生徒が尋ねてきたら幾ら何でも神出鬼没にも程があるってモンだろ。
そもそも、他校の生徒である彼女がこの僅かな休み時間に、わざわざウチの学校の制服を着て忍び込んでくるとなったらもう夢だよソレは。
転校生って線もないぞ。彼女は俺の一学年上の最上級生。つまり受験生なのだ。そんな彼女がこんな時期に俺を驚かせようと内緒で転校してきちゃいましたー、なんて現象が起こったらソレは最早正気の沙汰ではない。俺もそんな想像をする程ギャルゲー脳ではないのだよ。
極めつけはコレだ。さっきも言ったけど、そんなことが万が一、億が一あったとしたら、彼女は俺にソレを話さないワケがないのだよ。そして、この廊下で俺を見掛けたらまず俺に声を掛けてくるのだよ。間違いなく!
彼女は『京ちゃん』と言った。俺は京ちゃんではない。寄って俺に声を掛けたのではない。つまり彼女は俺が一瞬脳裏に浮かべた女性ではない、ということだよ。単純で完璧な推理だ。
「……て、京ちゃん??」
「京ちゃんですwww」
俺が未だ俺の手を握り締めている変態に視線をやると、そいつは何が楽しいんだか、至近距離スマイルで応えた。
「…………」
……有り得ない。こんなことは有り得ない!
俺は声の主が俺の想い人でない理由をベラベラと並べつつ、では彼女は誰なのか? ソレを同時に考えていた。そしてすぐ心当たりに行きついた。
だからこそ有り得ない! その人がこんな変態に声を掛けるなんて! しかも『ちゃん』付けで……そんな親し気に……っ! あってはならないんだ。だってその人は──!
「コレはコレは……入学時から成績優秀、品行方正とメキメキ頭角を表していて次の生徒会長は確実と言われる現副会長……ソレでいて僕の幼馴染みで家もお隣の兎川光さんじゃあ……ないですか」
誰に説明してんだ……!
「お前、説明台詞やってみたかったんだろ」
「うんwww」
何が嬉しいのかこの変態は満面の笑みで頷いた。まるで待っていた、百点満点のツッコミを俺がしてくれたと言わんばかりに。
ってそんなことはどうでもいいんだよ。
「幼馴染みいぃいっ!?」
「うんwww」
「……はい」
俺がこの世の終わりだと言わんばかりの絶望ボイスを上げると、ケーツーはいつも通りの笑顔を貼り付けたまま、兎川副会長は少々戸惑いながらも頬笑み、頷いた。
……アリエナイナンテコトハアリエナイ……ラ○ュタは本当にあったんだー……えへへ……
「アッキーwww発狂する程受け入れがたいことってかwww」
「な、何だか賑やかなお友達だね……京ちゃん」
俺が狂っているのを脇目に、兎川さんはケーツーにおずおずと声を掛けた。大丈夫ですかーそんなヤツに話し掛けてー。妊娠しますよーうひひ。
「光ちゃんもそこは『幼馴染み!? ただの腐れ縁よ!』みたいな方向できてもらわないとー。ソレで僕が『こっちの台詞だぜ! 幼馴染みってだけで周りに変な目で見られていい迷惑だ!』みたいこと言ってケンカする流れに持っていったら──」
──俺が『夫婦喧嘩すんなよなー』とか言うのか? 俺はモブか? うひひ。
「ご、ごめんなさい……難しいね」
兎川さんが苦笑いを浮かべる。まだ懐疑的だったがどうやら本当に幼馴染みらしい。マジかうひひ。
「ソレに、僕にはあまり話し掛けない方がいいよ。前にも言ったでしょ? 変態と話してたらキミの評判に傷がつくよ」
俺はそこでハっとなってケーツーを見た。こいつ、いつもの常にふざけてるようなニヤニヤがない。誰だコレ、と言いたくなるような真顔だった。
「……そんなこと、ないよ?」
対して兎川さんは、少し悲しそうな顔でそう言った。
え、何コレ? まさか品行方正代表みたいな彼女が品行下劣代表のこいつを追いかけてるスタイルなの? そんなの俺また発狂しなきゃいけないじゃん! やめて!




