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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ3.5
108/161

アルルの日記~朦朧編~①

 



 あたしはアルテマ・マテリアル。死後の世界より遣わされた、ミス・アース賞を授与されてもおかしくない絶世の美少女だ。


 さて、このアルテマ・マテリアルはこちらの世界で過ごすようになってから日記を書く習慣をつけた。


 理由はたくさんある。日本語を書く練習、単なる趣味、時に自分の行動を振り返り、後の行動に生かす為、などなど。


 しかし一番の理由は記憶、行動の保存である。


 いつかあたしが消えた時、誰かがコレを目にして、何かを感じてくれたら。


 もしくはあたしがあたしじゃなくなっても、コレを手放さず、肌身離さず持っていれば、という望みでもある。どちらも可能性は低いが。


 ここ最近は安定しているとはいえ、油断してはならない。


 いつ記憶が欠落してもいいように、記録として残しておくべきである。


 あたしが生きた証として、残しておくべきである。


 何故ならコレから書き残すことは、あたしにも原因が分からない貴重な事象だからだ。


 でも上に報告とかはしない。弟……エルにも言えない。というか誰にも言いたくない。


 何故かというと、貴重な事象が発生したと同時に、あたしがとんでもない醜態を晒した、少なくともあたしの中では『事件』と言って差し支えない類のモノでもあるのだ。


 できれば、他人には見られたくない。でも貴重な出来事でもあるので残しておかなくてはならない。羞恥心と使命感の狭間で頭を抱えるあたしは、日記という手段を取った。


 益々この日記の秘匿性が上がってしまったのである。


「文化祭の前日……あたしが熱出して学校を休んでた時ね……」


 そう思い返しながら、あたしはペンを走らせた。






 天井がボヤけて見える。


 もう何度目だろう。


「……はぁ」


 次に起きた時に身体が楽になってますように、と祈りながら寝に入り、起きた時に落胆する。


 もう何度目だろう。


 熱に浮かされるということが、こんなに辛いことだと初めて知った。


 時計を見る。その度に自分がドレだけの時間、一人で無為に過ごしていたのかを思い知る。


 ……もう、何度目だろう。


 自分だけが立ち止まっていて、他の者達が、世界が先に進んでいってしまうような、全てに置いていかれてしまうような錯覚に陥る。


 明日には文化祭だ。学校のみんなはどうしているだろう。あたしは昨日も今日も休んでしまったけど、ソレで迷惑がかかっていないだろうか。


「けほっ……」


 あの男らしくなりたがっていた少年は、どうなったのだろう。彼の願いは成就したのだろうか?


 ソレとも、今も自分の満足できる答えを求めて、駆けずり回っているのだろうか? 恐る恐る、なけなしの勇気を振り絞って。


「少年に幸あれ……」


 声を上げたところで、返事などないだろう。


「……寂しい」


 ぽつりと自分らしからぬことを口に出してみた。他人には聞かれたくない、誰かがいたらとても口に出さないであろう言葉。


「ニャー」


「……セバスニャン」


 そうだ。あたしは一人じゃなかった。枕元にはもう一人の家族がいた。


「おはよう……ご飯食べた?」


 もう全然おはようの時間ではないが、あたしはそう質問した。


「ニャー」


 あの弟なら大丈夫か。いや、でもあの弟だからこそ、この事態ではご飯をやり忘れることも有り得る気もする。


「ニャー」


 相変わらずマイペースなセバスニャンがゴソゴソとあたしの布団に入ってきた。こちらはもう熱をもて余してるくらいに暑いのだが、この子はあたしで暖を取るつもりのようだ。


「……ふむ」


 やっぱり今日は寒いのか。正直裸になってしまいたいくらいなのだが。


 全身にかいた汗が鬱陶しい。パジャマが張り付く。


「シャワー……浴びたい……」


 もちろん無茶なのは分かってる。逆上せて素っ裸で倒れて病状を悪化させたらさすがに弟も怒るだろう。いや、泣くかも。


「セバスニャ~ン」


「ニャー」


「あんたが今してる行為はねー、世界中の男が望んでやまないことなのよー? 光栄に思いなさーい」


「ニャー」


「ふふ、分かればよろしい」


 猫と人では感染するウイルスが違うから風邪は移らないと聞いたが、さすがにキスとかするのはやめておこう。あたしの免疫力が低下してて厄介なことになったら弟が発狂して何をするか分からない。


「……ないか」


 あの子も実はこの子にメロメロだし。


 いやでも、『泣いて馬謖を斬る』とかいう言葉もあるし、有り得なくはないか?


 なんて、アホなことを考えていると── 


 ピンポーン♪


 ──と、インターホンが来客を告げる。


「……無理」


 出られるはずがない。立ち上がっても数秒で倒れるに違いない。這いずって何とか玄関に辿り着いたところで、イタズラや取るに足らない用件だったらあたしはそこで力尽きるだろう。


 ピンポーン♪


 だが、インターホンはこちらの都合も知らずに粘る。


「……無理だってば」


 あたしがそう言って、眉間に皺を寄せながら無理矢理目を閉じたその時だった。


「──るぞ~」


 そんな声がした。


「え?」

 

 ガチャ。


「え、え?」


 鍵が差し込まれ、解錠されたような音がする。


「え、ええ?」


 エルじゃない。あの子だったらインターホンなんて押さない。誰?


 続けてドアが開く音、閉まる音がした。


「お邪魔します」


 そんな声がした。エルじゃない。けど、よく知ってる男の声。

 

 でも有り得ない。そいつがここに来るワケがない。


 廊下を歩く足音。ガサガサと何かが揺れる音。


「……えーと、ごめんください」


 コンコンと部屋のドアがノックされた。


「…………」


「……入るぞ」


 そんな声がしたあと、ついにあたしの部屋のドアが開けられた。


 ドアが開けられ、そこにはあたしの通う学校の制服を着た男子生徒が立っていた。


 クセ毛に伊達メガネ。どこか眠たそうというか、パッと見、真剣味に欠ける目付き。


「よう」


 ……そいつが、戸山秋色が両手にスーパーの買い物袋をぶら下げてあたしに声を掛けた。


「……はぁぁ」


 あたしは、大きな、本当に大きな溜息を吐いた。


 ……あぁ、あたしは、自分で思っていたよりずっと弱い人間だったんだ。


 熱にやられて、世界に置いてけぼりを食らって、寂しかった。確かに寂しかった。


 でもこんな有り得ない、都合のいい夢を見てしまう程にまで弱っていたなんて、情けない。自尊心を傷つけられた。


「人の顔見て溜息って……」


 目の前の男が、夢の分際で一丁前に呆れたような声を出しながら近寄ってきた。


「何?」


 あたしは不機嫌なことを隠そうともせず、ぶっきらぼうな声を出した。早く消えろ鬱陶しい。早く目を覚ませあたし。


「……どうだ? 身体の具合は?」


 なおもこの夢メガネ野郎は、心配そうなフリなんかする。仕舞いにはあたしの額を触ろうとしてきた。


 あたしは、その手から逃げるように寝返りを打って背を向ける。


「何よ。こうやって弱ってる時に来てまたお兄ちゃんぶろうってワケ?」


「?」


「ソレとも、また頼みごと? あいにくご覧の通りの体たらくでね。むしろあんたがあたしを手伝いなさい」


 そう言ってあたしは再び寝返りを打ってそいつに向き直る。セバスニャンが迷惑そうな声を上げて布団から出て行く。


 ……夢ね。だってこいつがあたしの家を知ってるワケがないモノ。教えてないし。


「??」


 ……ワケが分からない、とばかりに目の前のアホがアホらしくアホ面を晒す。


 ……コレが明晰夢というヤツか。


 ……いいや、どうせ夢なんだから、覚めるまで思い通りにしてしまおう。


「……おしっこ。肩貸して。てか……立てないから抱っこ」


「お、おう」


 あたしが寝転がったまま両手を広げると、そいつは慌てて枕元に膝を着いた。


 あたしの背中に腕が回される。


「もう……遅いわよ。もっと早くきなさいよね。待ってたんだから」


 あたしはそうぼやきながら、彼の首の後ろ側に両手を回してしがみつく。


「えと……ごめん」


「ううん……来てくれて、ありがとう」


 ……ようやく、少しだけ素直な言葉が言えた。


「おう」


 安心したような声を出して、そいつがあたしを抱え上げる。


「わっ」


 ……い、意外と力あるんだ……! 夢だからかしら?


 ……てか、コレお姫さま抱っこじゃない? いや確かにしろって言ったのはあたしだけど! 確かに荷物みたいに肩に担がれたり、犬やら猫やらぬいぐるみみたいに、脇に抱えられたりしたら怒るだろうけど!


「……テレるじゃない」


「大丈夫だ。重くないぞ」


「当たり前でしょ。聞いてもないのに勝手に答えるんじゃないわよ。あんたのそういうところがデリカシーがないって──」


「ちょ、トイレ着いたぞ」


「──どうも」


 あたしはそそくさと中に入ってドアを閉めた。この変態が『一人でできるか?』とか『一人でパンツ下ろせるか?』やら『一人で拭けるか?』なんてことを言い出す隙を与えない為である。


 勿論水を流しながら用を足した。セクハラチャンスを逃したこの変態が、音という新たな変態ポイントに目を付ける、いや、耳を傾けるのは明々白々だからである。


「……あ」


 そうでもないか。夢であろうとこいつがここに来てるということは、リライと同調している可能性がある。


 いくら何でも妹の前でそんな行為に及ぶとは……まぁ、多分、思えない。おそらくだが。


 あたしがトイレのドアに持たれるように出てくると、手慣れたモノだと言わんばかりの手付きで再び抱え上げられる。何イケメンぶってんのよ! と言ってやりたい。


「リライは?」


 ぶっきらぼうにそう尋ねる。多分こいつの頭の中で自分も抱っこして欲しいとか言っているのだろう、とあたしは予想した。


「……え、誰?」


 だが、返答は予想外のモノだった。


「……え」


「……え?」


 ……え?


 ……待て、落ち着けあたし。


 あたしは冷静な女だ。確かに今は熱で頭をやられているが、本来ならあたしは、類いまれなる聡明さと美貌を待ち合わせた完璧少女だ。


 その証拠にアレだけ夢だ夢だと重ねておきながらも、実はコレが夢ではないのではないか、と薄々気づいているのだ。


 つまりあたしの出した結論は、何らかの仕事で再びリライと一緒にこの時代にやってきたこいつが、あたしが体調を崩して休んでいるのを聞いてやってきたか、またあたしに力を貸して欲しいと泣きつきにきたのか、そのどちらかだ。


 そう、思っていた。


「ちょっと……嘘吐いてみて」


「は?」


「いいから。自分でもアホらしいと思う嘘を吐いてみて」


 あたしがそう言うと、そいつは少し考え込むような顔をして──


「……俺は実は異世界からきた、お前のお兄ちゃんなんだ」


 そう口にした。


「……!!」


 制約がかからない! ゲスの方じゃない!


「な、な、なんであんたがここここにいいいいいるのよ!?」


「何焦ってんだ。落ち着──」


「あ、あへってなんかいないわよ!」


 か、噛んだ──!


 熱暴走も相まって、あたしは混乱の極みにあった。





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