肉食ウサギと草食ライオン⑨
「きゃああ超可愛いぃぃいいい!!」
「やばい!」
「こっち向いてリオンちゃん!」
「俺……前から獅子堂のこと……」
やめてくれ! 特に最後の! 何なんだコレは!?
「う~……」
遂に完成してしまった、最終決戦仕様の猫耳メイド服に身を包み、僕は涙目で騒ぎ立てる連中を精一杯睨む。
嫌なら何を素直に着てんだお前は、だって?
仕方ないじゃないか! 衣装担当の人達が死に物狂いで完成させたんだもの! ここで僕が着たくありませんなんて言えないよ。というか言ったとしても無駄だよどうせ! クラス全員に無理矢理脱がされ無理矢理着せられるなんて冗談じゃない!
「デモンストレーションの為にも今日一日その格好で過ごしなさい! 脱ぐのは許しません!」
「……っ!!」
まだ僕を辱め足りないというのか!? 拷問だ!
「あ、でも傷とか付けたら許さないから! ……って言っても、獅子堂が兎川さんの作ったモノをぞんざいに扱うワケないか~」
そう言ってウチのクラスの実行委員が兎川さんに視線をやる。
「……ん」
僕も釣られて視線をやるが、兎川さんは僕の視線から逃げるように目を逸らしながら返事をした。
何とも言えない重い気分になる。
早くどうにかしたい。でもどうしたらいいのかまだ分からない。
「待って、獅子堂くん!」
猫耳メイドのままでもいいや、と僕が開き直って戸山先輩を探そうと教室を出た数秒後のことである。廊下で後ろから呼び止める声がした。
「……高橋さん」
そう、僕を追いかけてきて、声を掛けてきたのは、同じくメイドの衣装に身を包んだ金髪の女生徒、高橋愛理さんだった。
クラスメイトだけど、彼女と話をしたことはほとんどない。
あの時戸山先輩としていた会話を思い起こすに、あまり僕の得意なタイプではないと思われる。じゃあどんなタイプが得意なんだと言われたら困るけど……とにかく、接し方が分からない。
「採寸の時、何があったの?」
僕はその言葉にギクっとした。
「師子堂くんが走っていったあと、兎川さんが真っ青な顔をして放心状態だった。あの日から様子がおかしいよ。今日だって二人、目も合わせてないでしょ」
僕の返事を待たずに、彼女はそう続けた。
……目敏いな。僕達のことなんて誰も本気では気にしてないと思ってたのに。
というか……何で、高橋さんにそんなことを言われなきゃならないんだ。正直放っておいて欲しい。
「さぁ、分かんないよ。女だと思ってた僕が男だったのがショックだったんじゃない?」
僕は踏み込んでこないでくれ、と言いたげな声でぶっきらぼうに返事した。
「そんなワケないでしょ。みんな本気で女だなんて言ってるワケない」
しかし彼女は、全く怯まずに言い返してきた。
……まるで自分を男らしくないと思って言い訳をしてるのはお前だけだ、と。みんなが冗談半分で言っていることを本人が言い訳に使うな、と……そう言われた気がした。僕の自意識過剰だろうか。
「わたしね、以前は家に早く帰るのが嫌で、どこか時間を潰せる場所はないかって……色々と探し回ってた時があったの」
「……え?」
「ソレで放課後の教室を覗いてみた時に、見たの」
「……な、何を?」
放課後の教室って……まさか、アレを見られたのか?
「机にもたれて眠っちゃってる師子堂くんを、兎川さんがとても優しい瞳で見てたのを」
「え……」
……そんなこと、あったのか? 確かに、放課後まで寝入ってしまったことはあったけど……!
「兎川さんは……師子堂くんのこと好きなんだと思うよ。二人は付き合ってるんじゃないの?」
「まさか。それは妹……弟か小動物みたいに見てるだけだよ」
「そう思う部分があったとしても、ソレだけじゃないと思うよ」
「だったら……どうして」
「え?」
──いい子ね、リオンちゃん。
「……っ」
「何か……あったんだね」
「…………」
僕は答えなかった。答えることができなかった。彼女の名誉とかそんなんじゃない。自分が情けなさすぎて口に出せなかっただけだ。
「完璧な人なんていないよ。誰だって間違えるし失敗する。大好きな人を騙したり、傷つけたりして、後悔することもある」
「え?」
高橋さんが何のことを言っているのかはイマイチ分からないけど、一つ分かった。
……どうやら僕は、高橋さんを偏った目で見ていたようだ。
彼女は文句をぶつけにきたんじゃない。僕を助ける言葉……そう、助言をしにきてくれたんだ。
「とにかく付き合え、とか告白してこいとかは言わないけど何かあったなら許してあげなさい。師子堂くんは兎川さんが悲しい顔してるのが嬉しいワケではないでしょう?」
「……高橋さん」
「……何?」
「……何でそんなに鋭いの?」
僕がそう聞くと、彼女は微笑みながらこう答えた。
「……ずっと他人の顔色を窺って生きていたから」
ソレは、決して誇るようなモノではない、どこか儚げな笑みだった。
「自分がどうしたいのかの答えを早く出して、あとはソレに従うだけでいいんだよ」
儚さは一瞬で鳴りを潜め、助言者の顔に戻った高橋さんが言う。
「え?」
「こういうのって二種類だよ。考えてから行動する人としない人、考えないで行動する人としない人」
ソレって二種類じゃないんじゃ、と僕は頭に浮かべかけた。
「考えるか考えないかは問題じゃないよ。行動するかしないかが問題なの」
するとソレに答えるかのように、彼女が続ける。
「僕は……きっと考えてからじゃないと、何もできないヤツだろうな」
「じゃあいっぱい考えなよ。ソレでそのあと、自分が一番納得できる行動をすればいいんだよ」
彼女は、本当に僕と同い年なんだろうか? 僕ももっと濃厚な生き方をしていれば、こんな笑顔ができるようになっていたのだろうか?
「……うん。高橋さん。戸山先輩ってどこにいるか分かる?」
「もちろん。屋上でギター弾いてると思うよ。まず間違いなく」
彼女は『何でそこで戸山先輩?』とは言わなかった。もしかしたら全部お見通しなのだろうか。僕が何故彼を探しているのかも。……彼女なら有り得る気もする。
「屋上か……ありがとう」
「……行くの?」
「うん。悪いけど、一人で行きたい」
「大丈夫。わたし、練習中の先輩には会いに行けないから」
「……何で?」
「ん? んー……わたしは、自分より先輩の方がずっと音楽にひたむきで、すごいと思ってるんだけど、先輩は……そう思ってないみたいだから。嫌われたくないもの」
よく分からないけど、鋭い彼女にしか分からない何かがあるんだろう。
「そう……じゃあ、いってきます。多分、戸山先輩と話したら、自分がどうすればいいか考え付きそうな気がするんだ」
「うん。いってらっしゃい。大丈夫だよ。あの人以上に優しい人……わたし、知らないから」
「うん……期待に応えられるように頑張るよ」
「わたしの期待はいいから、まず自分自身の期待に応えられるようにしなさい」
……彼女には敵わないと思った。