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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ3.5
104/161

肉食ウサギと草食ライオン⑧




「いい加減泣き止みなさいよ。男でしょ?」


「ずびばぜん……」


 ようやく、少し落ち着いてきた。


 状況を再確認しておこう。


 僕こと獅子堂凛音は、自分のコンプレックスについて相談したく、校内一の美女と噂されている留学生のアルテマ・マテリアル先輩の元にやって来たのだ。


 そしてお淑やかで、女らしい先輩の声や仕草にドキドキしながら話をしていると、ある人物が僕らの前を通りかかった。


 魔王、戸山秋色とその愛人である。彼らは公衆の面前でしていいようなモノではない、お下劣な会話を繰り広げ、肉欲の彼方に消えて行った。


 そこで僕は気分を害した、と帰ろうとするアルテマ先輩の背中に、戸山先輩の悪口をぶちまけたのだ。


 そう、そうしたら……あぁ、夢であって欲しかった。あの純情可憐だと思われたアルテマ先輩が豹変して僕に向き直り、恫喝してきたのだ。思い出すだけで身体が震える。……さっきから震えっぱなしなんだけど。


「……そんなに怖かった?」


「はい」


「そこは『そんなことないよ』でしょ!」


「そんなことありませんすみませんっ!」


 僕は即座に従った。射程距離にいる限り、機嫌を損ねたら食い殺されるような緊張感がある。


「はぁ……まぁ、あんたの言う通りな気がしないでもないんだけどね。確かにあいつスケベだしカッコつけだし自己陶酔が趣味のナル男のくせに弱っちい虫けらだし」


 溜め息混じりに、ストッキングに包まれた脚を組みながらアルテマ先輩が言う。


「…………」


 ……はいって言ったら絶対怒られる。僕は無言を貫いた。


 というか……僕以上に言い過ぎなのでは? でも怖いから何も指摘できないけど。


「でも、最低ではないわ」


「……はい」


「さっき言ってた停学事件のことだけどね……アレは……」


「…………」


「……あー……」


「……?」


「……ごほん。えー、──あるところに、とても美しいお姫様がいました」


「……は?」


「いいから聞く。──お姫様は自分が美しいことを知っていました。パーティーや舞踏会に行く度にたくさんの人達がお姫様を見てそう言ったからです」


「…………」


 ……何か、始まった。


「どんな貴族も王族も、誰もがお姫様の前に立つと目を奪われ、魔法にかけられたかのようにもてなし、もてはやし、ちやほやしてしまいます」


 ……コレ、自分のこと言ってるのかな? 確かに絶世の美女だけどさ。自信家だな。


「お姫様は美しいけれど世間知らず。そんな彼女に未だ知らぬ様々なことを教えてくれ、美しいと称賛してくれる人達がいる舞踏会が、お姫様は大好きでした」


 ……確かに、文化祭で舞台とかやることになったら間違いなく先輩はお姫様役だろうな。


「今日も舞踏会。早く夜にならないかしらとお姫様が王宮の中庭で思いを馳せていると、ふらりと一人の男が近づいてきました」


 コレって、今考えながら話してるのかな? すごいな。


「その男はかつて戦争で、味方も顔をしかめるような卑怯な作戦を立てたにも関わらず負けてしまい、敵はおろか味方にまで忌み嫌われているゲス魔王と呼ばれる男でした」


 ……コレ、戸山先輩だよな。戦争って多分球技大会……。


「彼はその他にも問題を起こしていました。以前の舞踏会の際に、国で一番いくさ上手の将軍相手に決闘騒ぎを起こし、敗北した将軍に土下座をさせたのです。そんなこともあり、彼は今では没落貴族。舞踏会にも出入り禁止です」


 ……ソレってウチの学校で一番凶暴な先輩とケンカしたって話かな? 質問する(いとま)がない。


「そんな危険人物で、他の人から見ればアンタッチャブルな彼ですが、お姫様は彼がそんなに怖い人だとは思いませんでした」


「…………」


「何故なら、彼が将軍に決闘を申し込んだのは、彼の妹が将軍にバカにされたからだったのです。お姫様はソレを知っていたのでした」


 ……妹?


「自分より数段上手(うわて)の将軍にボッコボコのギッタンギッタンにされながらも勝つまで戦いをやめなかったのは、その妹の為だと知っていたからです」


 ……妹。コレは実際に起こった話なんだろうか?


「お姫様が何をしに中庭に来たのか聞けども、魔王は答えません。舞踏会までまだ時間もあることだし、お姫様は魔王と話してみることにしました」


「……ふむ」


「舞踏会で会う人達はみんな優しいとお姫様が言うと彼は『ソレはお前に優しいと思われたいからやっているだけだ。そんなのは優しいとは言わない』と言いました」


 ……何か、段々話に引き込まれてきた気がする。


「じゃあどんなのが『優しい』なのかお姫様が聞くと、彼は『ソレはお前が決めることだ。優しいかどうかは優しくされる側が決めることであって、優しくする側が決めることではない』と答えました」


 ……される側が決めること……か。


 確かに、男が優しく思われたいから優しくするってのはよくある話だと思う。ソレをいかんとしているワケだな、この魔王様は。何か頑固親父みたいなイメージだ。


「……『あなたは優しい人なの?』お姫様が首を傾げながら尋ねると、魔王は何も答えずに去ってしまいました。時計を見れば、もうすぐ舞踏会の支度をしなくてはならない時間です」


 ……ううん。ここで魔王が自分は優しい、とか言ったら間違いなく悪役と断定できるのだが。


「次の日も魔王は中庭にやってきました。でもお姫様も魔王に聞きたいことがあったから、丁度いいと思っていました」


 ……聞きたいこと?


「……『愛って何?』お姫様が尋ねると魔王は小瓶を片手に飲んでいたブドウ酒を鼻から噴き出して悶えます。その姿があまりにおかしかったのでお姫様は大笑いしてしまいました」


 ……何かディティールが凝ってるというか、ところどころ実話っぽいんだよな。どこまでが本当で、どこからがフィクションなんだろう?


「『愛とはなんでしょう?』気を取り直してお姫様は魔王に尋ねます。何故ならお姫様は昨夜の舞踏会で求婚され、『愛してる』と囁かれたのでした。今まで愛されるばかりでお姫様自身は愛というモノが何なのか分からないのです」


 ……愛、か。僕も分からないな。愛したことも愛されたこともないし。


「もちろん魔王が来る前に色んな人に同じことを尋ねて回りました。しかしどうしてもお姫様はみんなの言うモノが愛だとはしっくりこなかったのです」


 ……腑に落ちない、というヤツですね。


「初めは言葉を濁していた魔王も、お姫様がしつこく聞く内にとうとう重い口を開きました。『愛とは心を受け取ると書く。だから相手に心を受け取って欲しい。心を受け取りたいと思う気持ちが愛なのではないだろうか』と」


 ……コレ、日本の話だったんですか、なんて言うのは野暮の極みというヤツだろう。そんなバカじゃない。


 ……心を、受け取る。


 否応なしに心に刻まれた。自然と拳に力が込められ、胸が熱くなる。


 素晴らしい言葉だと思う。


「愛という言葉に、意味を見出すことができたお姫様は、ご機嫌な様子で今夜の舞踏会が楽しみだと言います。しかし魔王は『あまり相手に気を持たせるような振る舞いばかり続けているといつか痛い目に遭う、やめた方がいい』という言葉を残して去ってしまいました」


 ……あぁ、魔王様、そこはハッキリ舞踏会になんて行くな、と言って欲しい。


「──何故? 愛というのは幸せの上に生まれるモノなのでしょう? お姫様は疑問に思いましたが既にそこに魔王の姿はありませんでした」


 ……何か嫌な予感がする。


「翌日。いつものようにゲス魔王が中庭にやってきました。しかしお姫様は顔を上げません。俯いて黙り込んだままです」


 ……あぁ、先を聞くのが何か怖い。


「初めてゲス魔王は自分から声を掛けました。するとお姫様は『あなたの言う通り、自分は痛い目に遭ったようだ』とこぼします」


 ……あぁ、あぁ……。


「話を聞くと、昨夜の舞踏会でお姫様はまたも求婚されたモノの、ゲス魔王の言葉を思い出し、ソレをハッキリと断ったそうです。相手が泣いたり怒ったりと必死に攻め方を変えども、終ぞお姫様の心が変わることはなかったそうです」


 ……おぉ、おぉ……!


「問題はそのあとです。舞踏会終了後、お姫様が帰りの馬車を待っている最中、護衛の目が離れた隙に、彼女は物陰へと引き込まれました」


 ……あぁっ!


「突然の出来事に驚くと、目の前にいたのは先程の求婚者でした。お姫様の心が手に入らないのなら身体だけでも手に入れようと力づくで彼女を襲ったのです。男の風上にも置けない最低最悪のクズ野郎です。しかしお姫様は焦りました。抑えつけられた腕はびくともしません」


 ……お姫様に手を出すなんて、極刑モノだぞ……許せないなコレは。早く助けに来い魔王! あ。コレはもう起きたことなのか。落ち着け。落ち着け。


「一瞬の隙をついて大きな声を上げたので男は逃げて行きましたが、お姫様の心には消えない傷がついてしまったのです」


 ……何てことだ。


「ことの顛末を、ゲス魔王は黙って聞いていました。急かすこともなく、囃すこともなく。彼が黙っているとお姫様は『愛というモノがどんなモノか知りたかった』とぽつりと言いました」


「…………」


「前に舞踏会で妹の為に将軍に決闘を挑んだ男を見た時に、お姫様はコレが愛というモノなのだろうと思っていたのです」


「…………」


「『どうして自分は女なのだろう。自分が女でなければ、美しくなどなければ、こんなことにはならなかったのに』とお姫様は泣きました。お姫様がよ?」


「は、はい」


 急に素に戻った先輩が釘を刺してくる。なるほど。こんな物語り形式にしたのはこの為か。


「──翌日。いつものようにお姫様が中庭の景色を眺めていると、いつものようにゲス魔王がやってきました。いつもと違っていたのは、魔王のその姿でした。身体の所々に傷があり、服は血にまみれています」


 ……え。何か急にバイオレンスな流れになってきた。


「魔王の後ろには衛兵がいます。何故かと聞くと魔王は王宮内で突然他の貴族に襲いかかり、その人を殺してしまったそうです。その罰として領地も没収。平民として王宮から叩き出されるのだそうです」


 ……こ、殺し? ここもフィクションだよね? そうであって欲しい。


「誰を襲ったのかと聞けば、舞踏会の時にお姫様に求婚し、そのあと彼女を襲ったクソ痴漢貴族だと言います」


 ……何だか言葉にすごい怨念のような悪意を感じる。


「何故襲ったのかと聞けば、前々から彼はゲス魔王にいかがわしい書物を譲渡する約束をしていたのに、ソレを反故にしたからだと言います」


 ……え、いかがわしい書物って……! ソレってつまり……!? 


 え、え? どこまで現実でどこからフィクション? 


 なんて僕が頭を混乱させていると、アルテマ先輩は話を進めてしまう。


「お姫様を襲ったことを言えばヤツには罰が下るでしょう。しかし魔王はお姫様がそんな目に遭ったこと、心に傷を負ったことを周囲に公表したくなかったのです」


 ……コレが、エロ本停学事件の真実……なのか?


「『もう自分が女であることや美しいことを悔やむな。お前は誰よりも、どんな宝石よりも美しい』と言い残して魔王は背を向け歩き出します」


 ……じゃあ、アレはアルテマ先輩の為に?


「その背中にお姫様は問いかけます。『どうしてあなたは毎日この中庭に来てくれたの?』と。魔王は一度だけ振り返り、言いました」


「…………」


「『お前の心を受け取りに来たのだ』と」


 ……か、カッコいい……!


「お姫様は小さくなっていく魔王の背中をいつまでも眺めていたのでした。もうここには魔王は来ないかもしれません。でもお姫様は大丈夫。彼の心を受け取ったのですから……」


「…………」


「……以上」


 少し恥ずかしそうに、胸を張るアルテマ先輩。


 僕はささやかなれど、パチパチと拍手を送った。


「……どう? 少しは参考に……って、あんたまだ泣いてるの!?」


「ち、違いますっ! コレは、足し湯と言うか、足し水と言うか!」


 そう、僕は泣いていた。今の話を聞いて。


「……しょーがない子ね。ホラ、使って」


「す、すみません……」


 アルテマ先輩が差し出したハンカチを受け取る。やっぱり弟がいるからなのかな? 世話の焼き方に慣れたようなモノを感じる。


「全く……エルより、あいつより甘ったれね」


 困ったような声を出しながらも先輩は笑った。何だろう。先程とは打って変わって、怖くない。むしろ、こちらの彼女の方が魅力的とすら思えてくるから不思議だ。


「あの……感動しました」


「そ、そう……? ソレは……良かったわ」


 少し恥ずかしそうに目を逸らすアルテマ先輩。やっぱり実体験が含まれてる話なんだろう。


 となれば、今の話についてあんまり追求するのは乙女の事情を根掘り葉掘りすることになる。ソレは男らしくない。紳士らしくない。


「はい……僕も自分がどうすればいいか、少し分かってきた気がします」


「お! やるじゃない。そうよ。相談なんてのは他人の意見を参考にしつつも、あくまで答えは自分で出さなきゃならないのよ。ああしろこうしろ言われてその通り動くのは、ただのゲームの駒よ」


 本当にその通りだと思う。そして僕は今回自分なりの考えに至った。


 僕は……彼女に自分の心を受け取ってもらう為に、まず自分の心がどんなモノだかをハッキリさせなきゃならないんだ。


「……うん。最初話しかけてきた時より、男らしい顔してるわよ」


 そう言ってアルテマ先輩が微笑む。さっきまでとは確実に異なる笑顔だけど、やっぱり可愛いなぁ。


「はい、ありがとうございます!」


「あたしはただ美しいお姫様の話をしただけよ。お礼を言われるようなことしてないわ」


 あ、エルク先輩が言ってたっけ。彼女は恩に着せるのが嫌いみたいなこと。


「……いいお話でした。ありがとうございます」


「……うん」


「……正直、途中から怖いと思ってましたけど、やっぱり優しい人でした」


「ふふふ……正直ねぇ」


「ぼ、僕は……優しくしてもらって、何も……返せませんけど……」


「……ふふ、あんたみたいなチビッ子からお返しを貰おうなんて思ってないわよ……あのね?」


「はい?」


「最初に優しい人が好きって言ったわね。コレもさっきの話にあったけど、優しさって、見返りを求めることじゃないわよ?」


「は、はい……」


 僕がそう返事をすると、彼女は満足そうに笑って立ち上がり、歩き出した。


「……っ」


 僕はその背中に頭を下げる。


「あ、そうそう」


 そう言って彼女が振り返る。


「あとね、あたしがそいつの……一番好きで、一番むかつくところ」


「……へ?」


「……誰かを助ける時、自分が泥を被るのを躊躇わないところよ……くしゅんっ!」


 ソレだけ言って、今度こそアルテマ先輩は行ってしまった。


 僕はその背中が小さくなるのを見ながら、考えをまとめていた。


 僕のするべきことは分かった。僕はもう一度彼女と向かい合いたい。そして自分の心を伝えたい。自分が、何を思っているか受け取って欲しい。


 そして、できることなら彼女をもっと知りたい。彼女の心を受け取りたい。


 その為には彼女に伝えられるくらいに、僕自身が僕の心を理解する必要がある。多分あと少し、あと一回でまとまる気がするんだけど……一番厄介な気がする。


 何せ、僕が今回出くわした事柄は、結構レアで特殊なケースなのだと自分でも思う。僕はコレを受け入れ、次に何をすべきなのかの答えを一人で出せなかったから他人に相談という手段を取ったのだ。


 おかげさまでここまでは来れた。でも次は、もっと具体的な答えが必要だと思う。

 

 自分一人でソレが出来れば一番だとは思うけど、情けないことにソレも難しい。


 だから次は、もっと具体的に、言葉を濁さずに相談する必要があるのかもしれない。


 ソレにはこの恥ずかしい話を決して笑わず、決して言いふらさない相談者が必要だろう。


 幸い一人心当たりがある。自分も信じられないくらいの恥をかいていて、自分の悪評の弁解すらせず、英雄譚すら他人に漏らさない人。


「よし……決めた」


 もう一度会ってみよう。戸山先輩と。





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