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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ3.5
103/161

肉食ウサギと草食ライオン⑦




 翌日。


「お、おいしくな~れ……も、萌え萌え……きゅーん」


「ちっがーう! もっと! ぶりっ娘して! あんたはソレをしても許される存在なんだから!」


「意味が分からないよ……」


「昨日遅れて来た分頑張りなさい! この瞬間のあんたは獅子堂凛音ではない! ぬいぐるみ集めとお客さんの笑顔が何よりの喜びの看板娘、リオンちゃんよ!」


 ……なんだその設定は! 地獄か!?


「も! 萌え萌えきゅーん☆」


『きゃあああ可愛いぃいい!!!』


「やばい!」


「動画撮っていい!?」


「さ、撮影は禁止ですっ!」


「いっそ有料で許可したらいけるんじゃ?」


 やめてくれ……! 記録に残るなんて末代までの恥だぞ……!


 僕は今、猫耳のカチューシャを頭に着けながら、地獄の接客特訓を受けている。他のメイド役の女子の前にはクラスの男子達が、女子達はここぞとばかりに僕のお客さん役の取り合いをしている。そして僕はここぞとばかりにイジられまくっている。


「…………」


 ……そちらを見ずとも、兎川さんが瞳をキラキラさせているのが分かる。


「…………」


「…………」


 ……しかし、目が合うと彼女は俯いて視線をそらしてしまう。あの日以来こうなんだ。


 ……何だか、気持ちが沈む。






 ……いた。


 放課後の中庭に、僕は探し人の後ろ姿を見つけた。


 あのエルク先輩と同じ髪の色は、多分間違いないだろう。


 ……しかし僕も図々しいな。三日連続で話したこともない、学校でトップクラスの人物に相談事を持ちかけようというのだから。


 この勇気をどうして……彼女には出せないのだろう?


 考えても分からないので、頭を振って僕は切り替えることにした。


 そうだ。今は意を決して、今までのように声を掛ける勇気を絞り出すんだ。大丈夫だ。エルク先輩があそこまで褒めちぎるような人だぞ。少なくともけんもほろろに一蹴されることはないだろう。


 僕はそう思い、その後ろ姿のすぐ近くまで近づき、声を発した。


「あ、あの! マテリアル先輩!」


「……!」


 僕が背後から声を掛けると、彼女の頭が僅かに持ち上がる。


「……はぁ」


 と思ったら、直後に彼女は溜息を吐いた。何かがっかりされた?


 というか、何で僕は後ろから声を掛けているんだ? 前に回って頭を下げるべきだろう。


「し、失礼します! 僕、一年の獅子堂凛音と申します! マテリアル先輩……ですよね?」


「あ、はい……そうです。アルテマ・マテリアルです」


 そんな声が返ってきた。僕は視線を上げる。


「……!」


 本当だ。とても綺麗な人だ。ソレと同時にどこか可愛らしさのようなモノを感じる。長いストレートの銀髪。磨きこまれた宝石のような碧眼。白い肌に長いまつ毛。彼女を見れば誰もが百点をつけるだろう。僕も鼓動が速くなるのを感じていた。


「あ……すみません! 突然押し掛けて! 実は……相談に乗って欲しいことがありまして……」


 僕は用件を伝えていないことを思い出して、慌ててそう捲し立てた。


「相……談……?」


「はい! 昨日……エルク先輩のところに行ったら、その、あ……アルテマ先輩のところに行ってみたら、と紹介されまして……!」


「ふえ? エルが……? 嘘……?」


「ほ、本当です……!」


「へー、エルがそんなこと……じゃあ、あなたいい人なんだねー。あの子ああ見えて人見知りするから、珍しいことなんだよ? ソレって」


「そ、そうなんですか……や、やった」


 何だコレ? やったって何だ? 

 

 ……何だか気持ちがふわふわするぞ! コレが舞い上がるというヤツなのか?


「うん。やったー、だねっ」


 そう言って彼女は、胸の前で可愛いガッツポーズを作って見せる。


 もうやめてください! コレ以上血圧が上がると危険です!


「うん……エルが信じた人なら大丈夫だよ。はい、座って座って?」


「し、失礼しますっ!」


 そう言って僕はベンチに腰かけた。勿論できる限り彼女との隙間を空けてだ。理由は分かるよね! 無理だよ! 彼女は僕なんかが間違っても触れちゃいけない存在だ!


「ふふ……そんなに緊張しないで? あと、エルとも仲良くしてあげてね?」


「は、はい! 僕なんかで良ければいくらでも!」


「ありがと……くしゅんっ!」


 そう言って彼女は、可愛らしいクシャミをした。


「か、風邪ですか?」


 瞬間僕は、自分が風邪や寒さに対して有効なモノを持っていないことを、激しく罵りたい心持ちになった。


「んー、なのかなぁ? 今まで風邪引いたことないからバカなのかと思ってたけど、コレが風邪ならあたしバカじゃないね! やった♪」


 か、可愛らしい人だなぁ……!


 何て言うか、守りたくなる、というか……うん。分かってるさ。皆まで言わないで欲しい。『守るぅ~? お前がぁ~?』て言うんだろ。


「あの、ここじゃお身体に障るかもしれませんので、場所を移しますか?」


「んーん。平気……くしゅんっ!」


「でも……ソレか、日を改めてでも構わないので、もっと暖かい日か、体調が万全な時に……今日はもう帰った方が……」


「いいの。ここでいいの」


 彼女は頑なに、ここを離れようとはしなかった。


「誰か……待ってるんですか?」


「あー、うん。そんなところ……かなぁ?」


「待ち合わせしてるんですか?」


 だとしたら僕はとんだお邪魔虫になってしまう。


「……またね、て約束はした、かな?」


「ソレって……」


「その人ね、あたしがいないと何にもできないから、何かに困って助けを求めて来た時、あたしがここにいないと……困るから」


 先輩は苦笑いをしながら言う。


 ソレってもしかして……エルク先輩が言っていた最低男のことかな? 多分……あの人だ。


 まずいな。確証はないけどエルク先輩が危惧していた通り、アルテマ先輩は悪い男に捕まっているんだ。


 こんな可愛らしい人がそんな目に遭っているなんて、許されていいのだろうか?


「その……その人、先輩が自分を待ってて風邪引いたら、責任を感じませんか?」


「うん……感じると思う。ソレできっと何でこんなところで待ってるんだ、って……叱ると思う」


 どういうワケだか彼女は嬉しそうに言う。

 

 分からない。僕には分からない。


「ソレで、相談って何? あたしなんかで力になれるかは分からないけど……くしゅんっ!」


「あ、はい……!」


 そうだ。初めて女性に相談するんだ。女性ならではの意見が頂けると助かる。


「女の子って……男の、どういうところに魅力って言うか……男らしさを感じますか?」


「え、え~? 魅力、かぁ。どうかな~? あたし、結構特殊な感覚してるみたいだし」


「先輩の好きな人の魅力は……どんなところですか?」


「え、えぇ~!? べ、別に、好きとかそういうのじゃない、けど……そ、そうねぇ……えーと……」


「…………」


「や、優しい……ところ」


「…………」


 ぜ、全然特殊な感覚じゃないじゃないか!


「あ! えっとね! あたしを特別扱いしないところ!」


「そこが、好きなんですか?」


「うん! あ、いや! むしろ好きじゃないところ? だから逆にあたしを特別扱いしろ~っ! って思った! うん! あ、でも……別に好きじゃ、ないからね?」


 か、可愛い……肌が白いから赤くなるとすぐに分かるんだな。

 

 アレ? コレは僕にも言えてしまうことなのか?


「えっとね、あたし……結構色んな人にしょっちゅう声掛けられるんだ。その人達、みーんなあたしの機嫌を取ろうとして、みーんなあたしに好かれようとしてたの」


「はい」


 ソレはそうだよな。こんな人が自分と同じ空間にいたら、手に入れたくなるか、自分との違いを見せつけられて現実の非情さに心をやられてしまうかのどっちかだ。


「でもその人は違ったの。いい気になってたあたしを叱ってくれたし、心配してくれたし、色んなことを教えてくれた……別に好きじゃ……ないけど」


 何だか懐かしむように、ぽつぽつと語るアルテマ先輩。


 ……しかし、どこか具体的な話がないというか、コレさえやればイチコロだ! みたいな切り札のようなテクニックはないのか。やはり現実は甘くないってヤツか。


「あとねぇ……」


 先輩が指を顎に当てて空を仰ぎながら考えていたその時だった。僕たち以外の誰かの声が聞こえてきた。


 男女の声だ。会話する声が近づいてくる。


「文化祭でわたしメイドさんやるんですよ! 来て下さいね!」


「んあー。気が向いたらな。ソレより今は学食だ」


 ……ソレは、ウチのクラスの高橋愛理さんだった。少し前まで地味な格好をして、長い前髪で表情が窺えないような、言っては何だがあまり存在感を感じないような人だったのだが、ここ最近になって突然金髪になったり、明るくハツラツとよく喋る女性になってしまった変身女子だ。


 何でも、噂によると音楽ライブのオーディションに受かったとかで、既にプロデビューが決まっているんだとか。レッスンとかお仕事だとかで、たまに学校を休む時がある。


 しかし今は僕は、彼女よりその隣にいる男性の方が気になった。高橋さんの隣を歩き、というか、ほとんど高橋さんにしがみつかれるかのように腕を抱きかかえられながら歩いているクセ毛のメガネ男子。


 ……戸山先輩だ。何してるんですかあなたは。ここであなたを待っている人がいるのに、そんな、腕を女性の胸に挟まれながら……!


「腹減ってるからチャーシュー麺に味玉乗っけてライスも頼んじゃうぞ。いい?」


「はい! 先輩──いえ、ご主人様の命令なら何でも聞いてみせます! 服を脱げと言うなら今すぐ全裸になりますし、受精しろと言うなら今すぐ受精します!」


「分かった。じゃあ喋るな」


「はい! あ、喋っちゃった! ぞくぞくっ!」


 ……な、な、なんて下品な会話なんだ……! 僕は遠ざかっていく背中に軽蔑の眼差しを送った。


「……!」


 今の、アルテマ先輩聞いちゃったかな? この純真無垢な先輩には聞かせたくない会話だった。どうか聞こえてませんように。聞こえていても理解してませんように。あぁ、何でこんな時にあんな会話しながら通りがかるんだあの人達は……!


「……あたし、帰る」


「……え」


「気分が悪いの……ごめんね?」


 そう言って、立ち上がってしまうアルテマ先輩。


 ……や、やっぱり意味分かっちゃったんだ! 怒ってる!


 戸山先輩のせいだ。あの人がこの聖域を汚したから。大体自分が待たせてる人の居るところを、他の女性とべたべたしながらソレを見せつけるように通るなんてあんまりじゃないか?


「じゃあ……」


 歩きだしてしまうアルテマ先輩。


 彼女は何も悪くないのに、あんな身勝手な人のせいで気分を害されるなんて、かわいそうだ。


 男として、紳士として……僕は何も言えずに黙ってこの背中を見送るつもりか?


「あのっ! あんまり……気にしない方がいいです! 先輩はああいう人達と住んでる世界が違うんです!」


 僕は、何だか先ほどよりも小さく見えるその背中に声を掛ける。


「あんなの、男として間違ってます……! 女の子にご飯奢らせたり、あんな、いやらしいことまで言わせて……」


「…………」


「やっぱり……女をそういう道具としてしか見てない、スケベな人なんだ……! エッチな本の為に暴れまくって停学になったって本当なんだ……最低ですよね!」


 何だか僕も裏切られたような気分だった。拳に力がこめられていく。


 ……本当はカッコよくて、いい人だと思ったのに……!


「最低じゃない」


「……え?」


 僕が顔を上げると、アルテマ先輩はいつの間にか立ち止まっていた。


「え、ちょ……」


 立ち止まり、振り返り、すごい速度でずんずんとこちらに歩み寄って来る。そして──


 ガスっ!


「ひいいぃぃぃっ!!!」


 そして──僕の顔のすぐ真横──ベンチの背もたれに蹴りを入れた。


「……は、は? え? あ?」


 そのまま蹴り出した脚に体重を移動し、腕を乗せる。いわゆる港でよくやる海の男のポーズみたいな格好のまま、彼女は僕を睨みつけてきた。別人とも思えるような目付きで。


「……最低じゃない、わ」


 ……何だコレ? 何だコレ? 何だコレ!?


「あんたのダメなとこ一つ教えてあげる。よく知りもしない相手を最低呼ばわりするところよ。そんなのが男らしさだとか思ってるの? アホなんじゃないの?」


 ……誰だコレ? もしかしてもしかすると僕がさっきまで半分くらい心奪われてしまっていたアルテマ・マテリアル先輩その人!?


 あ! コレがギャップ効果!?


 いや無理助けて井上先輩!


 頭の中は真っ白で、先ほどから警鐘が鳴りっぱなしだ。


 ソレでも僕は胸中でコレだけはと、思い切り叫んでいた。


 ──全然お淑やかじゃないじゃないですか!! エルク先輩!!





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