#09
「……あれ、ひかり?」
ハッとして、俯けていた顔を上げた。そこには、目を丸くしながらひかり達を凝視している波瑠がいた。
「波瑠……」
波瑠を見詰める。いつの間にか、波瑠の目線はひかりの手元に移っていた。その手に改めて気づき、パッと離した。
「いや、違うの! これはっ……」
何とかして誤魔化そうと必死になる。両手を左右に振ったり、湊と波瑠の顔を交互に見たり。相変わらず無表情な湊と、ひかりの行動を見てフッと笑う波瑠。
「なに誤魔化そうとしてるの? ひかりと相沢は付き合ってるんでしょ。やっぱり、恥ずかしがりやだね」
前にも言われた言葉。それは、痛く胸を締め付けた。湊の顔を見ると、「こいつが恥ずかしがりや?」と言っている。腹が立つ。
「俺、邪魔だったかな?」
「あ、いや……」
ずっと微笑み続ける波瑠。全く、本当の気持ちが読み取れない。すると突然、微笑んでいた波瑠の表情が一変した。
「……にしても、ここどこだと思ってんの? 公共の場だよ?」
背筋がゾクリとした。今までに見たことのない、波瑠の表情。言葉。その言葉は、なんだか湊だけに向けられているような気がした。
「皆帰って誰もいないから大丈夫だと思ったんだろうけど、俺みたいに突然来るかもよ? わかってんの、相沢?」
やはり、湊だけに言っていたようだ。湊は「俺かよ」と、面倒くさそうにしている。それにしても、何故波瑠がそんなに怒るのかがわからない。放っておけばいいものを、何故そんなに熱くなるのだろうか。
「それじゃあね、ひかり」
用が済んだのか、そう言い残して去っていった。姿が見えなくなると、湊が口を開いた。
「何だよ、あいつ」
「波瑠……ちょっと変だった」
どうしちゃったんだろう、とひかりは見えなくなった波瑠の後ろ姿を見詰める。あんな波瑠、初めてだった。いつもニコニコしていて、優しい言葉をかけてくれて。波瑠の口からキツい言葉が出てくるなんて、思ってもいなかった。
「……変だよ」
消え入りそうなほどの、小さな声。悲しく、心が泣きそうになっていた。
「……家教えろ。送ってく」
ひかりの心境なんかお構い無しに、湊はぶっきらぼうにそう言った。ひかりは静かに頷く。再び肩に手を乗せ、帰路に就いた。
会話が無い帰り道。男子と帰るなんて、初めてだ。波瑠とだってしたことない。ふと、湊が口を開いた。
「……お前、あいつのこと好きなの」
「……は?」
「西宮」
波瑠のことが好きなのか。そう訊かれた。顔が熱を帯びてくる。
「なっ……そんな訳ないじゃん! いや、でも好きじゃない訳じゃないし……。わからないっていうか……。とにかく、肯定はしない!」
いつもの調子で怒鳴り散らす。突然の質問にあたふたしていると、何故か湊が薄く微笑んだ。
「お前にはそれが自然だ」
湊からの意外な言葉に、目を丸くして固まる。照れ隠しのつもりなのか、ひかりの頬を摘まんで横に引っ張った。いひゃい、と変な言葉になる。それに、湊は笑った。転んだ時よりも、少し大きめな笑いを。
「お前にしんみりした空気は似合わない」
会ってから間もないけど、と付け足す。湊の言葉に、自然と笑みが零れた。救われた気持ちになった。感謝の気持ちを伝えたいけれど、似合わないな、と確信した。
「……まぁ、美味しい情報もゲットできたし」
何それ!? と食いつくひかりであった。