#08
とある日、事件は起こった。
(テストまであと三日。これは勝てそうだな)
千歳との勉強会も無事終え、帰路に就こうと昇降口まで歩いていた。もうすぐで湊との関係が終わりを迎えられる、そう気分が上がっていた。だからだろう。
最後の一段。下も見ずに階段を降りていたひかりは、その一段を上手く踏めずに滑り落ちたのだった。
「いったぁ~~~~っ」
仰向けの体勢で、尻を階段に強打する。尻を擦りながら声をあげた。
(……何? 今、何が起こったの? 私って、ドジだったの!?)
そんなはずない、と頭の中で自問自答を繰り返す。すると、どこからかクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「……だっせぇ」
未だに笑いながら姿を現した彼。その正体は湊だった。ひかりの無様な姿に、笑いがおさまらないといった様子だった。
(……あ、笑ったところ初めて見たかも)
ふと、今までの記憶を辿る。湊はいつもムッツリしていて、笑顔を他人に見せないような人物だと思ってきた。現実はその想像どおりで、人前ではいつも無表情。宏樹のような仲の良い友達の前では見せているとしても、普段は表情を変えていない。そんな湊が、初めてひかりの前で笑顔を見せた。ひかりは驚きを隠せないのと同時に、その笑顔に見入ってしまった。
「……何だよ」
ひかりの視線に気づいたのか、少し不機嫌そうに訊ねてくる。ひかりは、一言「べつに」と答えると、立ち上がろうと右足に力を入れた。
だが、何故か立ち上がれなかった。力を入れようとしても、スッと外に逃げていってしまう。何故だろうか。
「どうした」
そんなひかりを不思議に思ったのか、湊はひかりの近くに屈んだ。ひかりは何の躊躇いも無く事実を口にする。
「足捻ったみたい……」
ははは、と乾いた笑いをする。すると、湊は呆れたように、「バカ」とひとつため息をついた。
「乗るか?」
「はっ?」
自身の背中を指で示しながら訊いてくる湊に、思わず聞き返した。すると、続けて「じゃあこっち?」とお姫様だっこの仕草をする。
「どっちも却下!!」
即答するひかり。そんなひかりを、湊は数秒見詰めた。そして、「じゃあ、肩貸す」と自身の肩をつついた。肩くらいならいいか、とひかりは肩を借りることにした。
(案外、優しいところもあるのかもなぁ……)
そう思いながら、湊の右肩にちょこんと手を乗せる。体重は殆どかけなかった。相手が相手だし、自分の重たい体重を乗せる訳にはいかなかったからだ。
「……お前、意外とドジなんだな」
「いやっ、今回がたまたまだし!」
嫌味を言いながらも、「もっと体重かけろよ」と気にかけてくれた。有り難く思いながら、少しずつ体重をかけていく。重くないかな? と、心配になりながら。
そんな時、予想もしていなかったことが起こった。
「……あれ、ひかり?」