表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イツワリ  作者: 柏原ゆら
38/43

#38

 俺は、母の言葉に適する場所に向かって走った。

 いつかは忘れたが、前に、母と姉と訪れた崖。波の心地よい音がして、涼しい風が気持ちよかったあの場所。母はそこにいる気がしてならなかった。

 ――だが、着いた時にはもう遅かった。

 崖の上には、母が愛用していた、踵の低い白のパンプスが。その眼下には、高い荒波が押し寄せていた。


「……湊、お母さんは……?」


 後から追いついた姉が訊ねてくる。すると突然、姉はハッと口元を手で覆った。どうやら、母の靴を見て察したらしい。姉の目には、次第に涙が溜まっていった。

 ――もちろん、俺の目からも、一粒の雫が落ちた。




 翌日の文化祭は休んだ。とても、行けるような状態ではなかったのだ。

 その日から、俺達は二人で暮らすことになった。平日は、母を失った悲しみに耐えながら過ごし、休日は用がない限り家から一歩も出ない日々を送っていた。そんな休日のある日突然、電話がかかってきた。

 どうやら相手は母の姉、つまり伯母からのようで、一緒に住まないかという話だった。なにも、死んだ母からの頼みのようで、その日から、俺と姉は伯母の家族に引き取られた。

 伯母は母よりも少し早く結婚しており、『篠原(しのはら)』という大きな家に嫁いだようだった。

 そんな篠原家には、優しくしてくれる伯母と、文句が多い義理父(おじ)と、三人の姉弟(きょうだい)がいた。

 三姉弟には、姉と同い年の音歌(おとか)、俺のふたつ上の恋歌(れんか)、俺のひとつ上の陽汰(ようた)がいた。三人とも、性格がいいとは言えないような奴らだった。

 それは、大晦日の大掃除の時だった。


「それじゃ、音歌と恋歌と妃ちゃんはこの和室を、陽汰と湊君はその前の廊下をよろしくね」


 伯母から、大掃除の分担をされた。俺達五人は、はーいと返事をする。大掃除が始まった。

 ――と思ったのが間違いだった。伯母が二階へ消えた後、掃除を始めるかと思いきや、三姉弟は掃除用具を手に取らなかった。


「もう、一年の最後の日に掃除とかあり得ないんだけど」


 最初に愚痴をこぼしたのは、音歌だった。音歌は、どこからか取り出した手鏡を持ちながら続けた。


「私、明日カレとデートがあるんだよねぇ。なのに前日に掃除とか、全然やる気出ないし」


 音歌の言葉に、恋歌はスマートフォンをいじりながら、「ホントホント」と便乗する。音歌も恋歌も、掃除は最初っからやる気無しといった様子だった。


「あのさ……手伝ってほしいんだけど……」


 そこへ、熱心に掃除をしていた姉が口を挟んだ。すると、音歌の形相が変わった。


「はぁ? なに偉そうに言ってるの? あんた、ここに住まわせてもらってるってこと、わかってる?」

「そうよそうよ。あんた一人でやるのが、当然でしょ?」


 音歌は、姉に向かってほうきを投げつけた。音歌と恋歌は、楽しそうに笑っていた。


「おらっ、なに見てんだよ!」


 突然、横から雑巾が飛んできた。どうやら、姉と姉妹のやりとりを見ているのを、陽汰にバレてしまったようだった。

 そんな陽汰の手には、ゲーム機が握られていた。廊下に座って楽しそうにやっている。だが俺は、何も言わなかった。口出しすると、きっと面倒なことになるだろう。

 真剣に掃除をやっている時、誰かの足音が聞こえてきた。聞く限り、義理父だろう。

 すると、姉妹はそれを察したのか、急に動き出した。音歌は姉の横に落ちているほうきを拾い上げ、恋歌は姉から雑巾を奪い取った。あたかも、今まできちんと掃除をしていたかのように見せている。

 予測どおり、義理父が俺達の掃除場所にやって来た。まず、和室を覗く。義理父は、「ちゃんとやってるか?」と姉達に訊ねた。


「パパ、聞いてよぉ。妃がね、全然何もしてくれないの」


 音歌は、何も持っていない姉を指さした。持っていなくても、仕方がない。ついさっき、恋歌に取られたのだから。何も掃除用具を持たない姉は、義理父の目にはサボっているように見えているだろう。


「さっきから私とお姉ちゃんでちゃんとやっているのに、酷いよねぇ、パパ?」

「そうだな。ちゃんとやんなくちゃダメだぞ」


 最低な父親である。それ以前に、あの姉妹が最低であるが。

 すると、義理父は廊下の俺達を見た。


「おい、陽汰。何でゲームしているんだ」


 よくぞ訊いてくれた、と俺は思う。すると、陽汰はあり得ないことを口にした。


「だって、俺終わってんもん。ほら」


 陽汰が指さしたのは、先ほどから俺が掃除していた所だった。


「俺達、担当の場所を分けたんだ。で、俺の担当の所は終わったから、ゲームしてたわけ」


 もちろん、こんなのデタラメである。だが、義理父はそれを信じ、納得したようだった。


「お前も、姉と同じなのか。ちゃんとやれよ」


 やはり、最低な父親である。もちろん、陽汰もズルいことを考える男だ。

 義理父が去った後、三姉弟はしてやったり、という表情で笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ