#33
――あれは、俺が12歳の頃だった。
俺の家は、少し周りと違っていた。俺はべつに気にしていなかったし、むしろそれでいいと思っていた。ただ、毎日疲れた顔をして帰ってくる母を見ると、胸が苦しかった。
俺は、母と姉と、小さなアパートで暮らしていた。父は、俺と姉が幼い頃、母と離婚して出ていったらしい。俺と姉は、母に引き取られた。父、もとい、元父は、遊び呆けているような人間だったらしかった。
小学生の俺は、三人の中で、家に帰ってくるのがいつも一番早かった。次に高校一年生の姉が、そして夜遅くに母が、という順番だった。姉は料理が苦手で、母も帰ってくるのが遅いから、夕食はほとんどスーパーやコンビニで売っている弁当だった。俺はべつに、それでも構わなかった。ただ、毎日平穏に暮らせていれば、それでよかったんだ。
ある日、元父が家に来た。
母が帰宅したすぐ後に、家のチャイムが鳴った。母が恐る恐るドアスコープを覗くと、驚いたような顔をして振り返った。そして、俺と姉を急いで部屋に隠した。何のことかと訊ねると、出てくるなと言われた。俺達は、母に言われたとおりにした。
母が玄関へ向かうと、一人の男の声がした。ドアの隙間から覗き見ると、その男は勝手に部屋に入ってきた。母が止めても、無駄だった。その時は知らなかったが、その男が俺達の父親だったらしい。これが、初めて父を見た時だった。
男は、本当に俺達の父親なのかと疑うくらい酷い奴だった。ここからではよく聞こえないが、母と男の声がする。何か話しているようだ。しばらく耳を澄ませると、突然何かを叩いたような音がした。それと同時に、ガタガタ、と床に倒れ込むような音も聞こえてきた。俺達はすぐにわかった。男が母を叩き、母が倒れたのだと。
すると、男は何かを持って家を出ていった。それを見計らって、俺達は母のもとへ部屋から出た。
床に倒れ込んでいた母は、叩かれた痕と傷でいっぱいになっていた。大丈夫か、と訊ねると、母はこう微笑むのだった。
「あなた達は、絶対出てきちゃダメよ」
気づくと、テーブルの上に母の開けられた財布が置いてあった。それでわかった、男は母の金を取っていったのだと。それが目的だったのだと。
その日から、男は頻繁に家に来た。母に傷をつけるだけつけ、金を持って逃げる。とても口を挟みたい衝動に駆られたが、母の言うことを守った。




